まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第245話 幾度目かの敗北

「はあい、えっと、提督の供述は、以上でよろしですか? 」

物足り気な態度を隠そうともせず、三笠は問いかける。先程まで期待に胸を膨らませるかのようにキラキラした瞳で見ていたのに、なんだか失望したような風にさえ見える。

 

―――ズキン、ズキン

 

冗談じゃ無く、本当に頭の中からそんな音が痛みを伴って響いた。再び、頭痛が酷くなる。それどころか、意識が遠くなったり戻ったりを繰り返すような不快感が連続する。痛みと不快感を必死に押さえ込もうと足掻く。

 

「……ああ、これが全てだ。これ以上は、無い。それに、そもそも……このことは、あなたも知っていたことなんだろう? もう、裏取りも済んでいる事なんだろう? 何を企んでいるのか知らないけれど、最初から全て知っていて、わざわざ余計な段取りを踏んだだけなんだろう? 俺にどうして欲しいのかは知らない。けれど、こんな茶番を続けるのはもうやめないか。何もかも分かっているんだったら、さっさと結論を俺に示したらいいじゃないか。俺に構っている時間なんて無いだろうに? 」

今、どういう状況にあるのか、三笠は理解していないのか。

―――くそっ。さっさと終われ。

 

「そうですねえ、うふふふ」

と、三笠は笑った。

いや、笑いじゃあない。心の底から嘲るように嗤ったのだ。もともと気高く美しい三笠がするとは思えないような、邪悪な笑み。それは、冷泉に恐怖を感じさせる。

「へぇ……なかなかしぶといですね。むしろ、私の方があなたにそんな茶番は止めませんかって言いたいくらいですよ、冷泉提督。ほんと、もう庇うのはやめたらどうですか? 見苦しいですよ、そう思いませんか? あなた、自分で言ってて空しくなりませんかね? ……どう考えたって提督の仰る事には無理が生じていますよ。提督がいろいろと見苦しい言い訳をするのが楽しくて黙っていましたけど、さすがに駄目でしたねえ。……私が何も知らないとでも思っているのですか? そんな稚拙な言い訳で突破できるとお考えなのですかね。だとしたら、随分と私も馬鹿にされたものですねえ」

 

「意味が分からない。俺は事実を言っているだけだ。事実は曲げることはできない」

この台詞はきちんと言えただろうか? 声が震えていないだろうか? 威厳を持って断言できただろうか。

 

「もうしつこいなあ……。いやだなあ、そんな回答いらないですよ。あーあ、もういいです。提督は赤点ですよ!! ……じゃあ、答え合わせしますね」

と、心底呆れたような顔をする三笠。

「……確かに神通の艦砲射撃により町は壊滅されましたが、それは冷泉提督の命令によるものではなかったでしょう。あなたの仰るように、私は本当は全て分かっているんですよ。裏取りもすでに終了しています。何もかも証拠は全てあがっているのです。では……真実をお話しますね。覆すことのできない真実を。……提督の記憶と答え合わせをしてください」

そう言うと、一度間を置く三笠。

冷泉は無言で彼女を見つめるしか無かった。今、眼前に絶望というものが可視化されているように思え、ずっと襲ってきている頭痛と相まって意識が遠くなりそうだ。

「さて、町の崩壊の原因となったものは何でしょうか? 思い出しましたか? お解りですよね? あれは凄惨な現場を見てしまった……つまり、艦娘が解体実験により虐殺されている現場を見てしまって、悲しみと恐怖と怒りと絶望によって暴発した、軽巡洋艦神通が自らの意思で起こしてしまったということを。……まあ正確には彼女の意思というよりは、完全な感情の暴走ですよねえ。まあなんとなくは理解できます。だって、かつて彼女の部下だった駆逐艦の娘たちが、何人もあそこに収容されていたんですからね。彼女たちは鑑を失い、艦娘本体のみとなったため、一時第二帝都に戻され、新しい鑑の建造が完了すれば復帰できると言われていました。けれど、舞鶴鎮守府が資金的に苦しい状況だったから、復帰するまで時間はかかるのだと説明され、神通はそれを信じていたようです。彼女たちが舞鶴に帰ってこられるように、それを心待ちにしながら、一生懸命任務を果たしていたんでしょうね。けれど、それがどうでしょうか。艦娘たちはあそこの町の施設に収容され、ただの雌として酷い目に遭わされたうえ、雌として使い物にならなくなったら今度は苛烈な生体実験に使用され、ついには殺されたことを知ってしまったのですから! そんな現実を前にしたら、あの部下思いの神通がどうなってしまうのでしょう。それについては、提督もご存じですよね。神通は部下を本当に大事に思っています。指導は鬼のように厳しいみたいですけれど、彼女の気持ちを知っているからこそ部下の子たちも彼女について行っていましたよね。自分以上に大切に思っていた子たちが、戦線復帰のために待機していると思っていた子たちが、余りに苛烈な運命にさらされ、命まで奪われていたと知ったら。……そして、必然のように惨劇が起きたわけです」

 

冷泉は何も答えない。答えられない。そんな冷泉を興味深げに三笠は見ている。新しいおもちゃを手に入れた子供のような純真な瞳で。

 

「あ、そうそう。それから提督。あなたは絶対命令権について、知らないなんて言っていましたけど、本当は知っていましたよねえ。だって、あの時その力を利用して、神通の暴走を止め、さらに彼女の記憶を書き換えたのですからね! うんうん、わかりますわかります。だって、そうしなければ、たとえ暴走したとはいえ、本当に多くの人を殺してしまった罪の意識で……いえそれもあるでしょうけれど、大半は自分の暴走で、あなたがとんでもなく厄介な事に巻き込まれると思い至ったために、神通の心が今度は崩壊しそうでしたからね。だから、冷泉提督の命令により神通は砲撃を行ったということに記憶を改ざんしたわけです。これはこれで異常な事なんですけれどね。町に住んでいる人を皆殺しにしろというとてつもなく理不尽な命令なんですから。けれど、彼女はあなたに完全に帰依していますから、あなたの命令で大量虐殺を行ったというのであれば、最も大切な人の命令に従っただけ……ということで彼女の心は全く平穏を保てるんですから……。あのまま放置していたら彼女は暴走したまま自身への罪の意識で心の平衡を保つことなど叶わず、死ぬしか無かったですからね。応急処置としては及第点ですかね。しかし、恐ろしいですよ。神通にとってあなたの命令があれば、何万人殺そうが心にさざ波すらたたないんですからねえ。あなたの役に立つなら何だってするようになっちゃってましたからね。彼女の心を何がそうさせたのかは非常に興味がありますが、これについてはあなたもよく分かってないでしょうね。分かっていたなら是非教えて欲しいですけどね」

 

「……」

声が出ない。息すらできないくらいに追い込まれたことに気付く。あのことをそこまで知られていたとは……。冷泉は動揺を押さえることができないでいた。

いつかは真相にたどり着く可能性を考え、いろいろと……せめてごまかせるような案を考えていたことが全くの無駄だったことに失望する。所詮、冷泉の考えることなどお見通しってことか。結局は無駄な足掻きだったということか。

「だったら……これから、どうするつもりだ? 」

と冷泉。

三笠の言うことを全て認めざるを得ない状況だ。逃げ道はない。自分のことはどうでもいい。だから、どれだけ妥協を引き出せるか、だ。

 

「えっと、どっしようかなあ? 」

小首をかしげて可愛い笑顔で冷泉を見る。しかし、その瞳は全く笑っていない。

「さっきから言ってたじゃないですかあ。……私のお願い聞いてくれたら、検討の余地があるかもう……ね」

 

「俺があなたの提案を拒否したら、どうするつもりだ」

口ではそう言っても、もはや結論は出ているのだが……。それでもあえて強がってみせる。切れるカードは一枚もないけれど、そうじゃないと思わせないと。とにかく無条件降伏は避けたい。

 

「へえ、提督にそんなことできるんですか? ご自身の立場をご理解できてないんですかね。あなたが私たちのために動いていただけないというのなら、仕方ありませんね。じゃあ、神通の犯した罪を明るみにしちゃいましょうかね。うん……そもそも真実は隠し通すことができませんからね。たとえ今のところは誰も知らないとはいえ、鎮守府司令官が大量虐殺のえん罪をかぶったままでは駄目でしょう。うん、あなたの心の葛藤や苦しみを解放してさしあげましょう」

 

「それでいいのか? 艦娘が大量虐殺を自らの意思で行ったなんてことが世間に広まったら、逆に艦娘の立場が危うくなるんじゃ無いのか? そんなことして大丈夫なのか」

 

「あらあら、この期に及んで脅したりするんです? 全然構いませんよ、私たちは。だって、別にそんなこと仕方ないじゃないですか。隠蔽なんてことをする方が、もっと私たちの立場を危うくする可能性だってあります。裏で何をやっているか分からない……ただでさえ、私たちに不信感を持つ人たちは多いんですからね。むしろ積極的にスキャンダルをさらしていった方が評価は上がりますからね。当然、罪を犯したものには代償を支払わせないといけません。神通に何らの罰を与えないわけにはいかないでしょう。ただし、処分は私たちが下すのでは無く、日本国……つまり人間の手に委ねたいと思いますけどね」

三笠は微笑みかけてくる。

 

「神通は何も悪くない。あんなゲスなことをしていた連中が悪いだけだ。殺されて当然のことをしていただけだ」

それだけは疑いようの無い真実。

 

「それを決めるのは、被害を被った人間の方々でしょう。さてさて、神通はどうなっちゃうんでしょうね。ま、それ以前に、自分がそんな事をしたんだと気付いた彼女はどうなるのかなあ」

 

「! 」

チェックメイトだった。神通の性格を知るものなら、彼女がどんな行動をするかは明らかだった。

 

状況は最悪だ。全てを知られている状況。誤魔化すことなどできそうもない。このままでいけば、神通は処断されるしか道はない。おまけに彼女は自分が感情を制御できずに暴走してしまい、その結果多くの人を自らの手で殺してしまった事を知ることになる。それだけはなんとしても避けたかった。なぜなら、それを知ってしまった時、神通の心が耐えられるかわからないからだ。 

 

否、無理だろう。

人類を守るための存在が、人類を自らの手で大量に殺したことに耐えられるわけがない。そして彼女の性格だ、自分の罪を絶対に許さないだろう。

 

彼女の冷泉に対する想いを知らないわけでは無い。彼女は冷泉の為に、全身全霊を持って役に立ちたいと考えていた。その神通が逆に冷泉の足を引っ張ってしまうことになってしまったとしたら、それを許すはずがないだろう。

 

そして、冷泉の中では結論は出ていた。

冷泉が自身の感情よりも、神通を守るということを優先することを、三笠にはばれている。

 

冷泉に最初から選択肢などなかった。

 

同意するしか無かった。

 

冷泉は、自らの手で葛生提督を殺すしかない……のだ。何に変えても、神通に真実を知られてはいけないのだ。俺があいつを守る。俺しか守れないのだから。

「わかった。あなたの言うとおりにしよう。いや、なんでもする。だから、神通の事は無かったことにしてくれないか。お願いだ、頼む」

いろいろと言いたいことはあるが、そんなことは神通の命の前には無意味だ。なんと言われても構わない。してはならないことだろうと、やる。

 

「覚悟は決まりましたかね、提督。可愛い可愛い神通の命には代えられませんか。部下の失態は上司の責任。すばらしいですね。そのお覚悟ご立派です。……けれど、折角覚悟を決めてくれた提督には失礼なんですけど、やっぱり心配かも。大湊までは行ったとしても、果たしてあなたにはできるんですかねえ。見知った人を殺す事ができるんですかねえ」

 

「人を自分の手で殺すなんて……したこともないし、本当はしたくない。けれど、もうそれ以外に道が無い事くらい俺は理解している。あいつを守るためなら、道理くらい曲げてやるさ」

 

「これ、あなたへの貸し、ひとつですよう。でもねえ、ちょっと心配なんですう」

と、妙に甘ったるい声色で三笠が言ってくる。悪い予感しかしない。

「提督は任務を実行してくれるって言ってますけど、やっぱり心配ですよねえ。だって、殺害対象が冷泉提督にとっての敵であり、それが悪であると断定されているなら私も心配しませんよ。……まあ、葛生提督は確かに今現在では日本国の敵となっていますけど。……けれど冷泉提督にとっては、その相手が顔見知り以上の存在なんですよねえ。今のところ、冷泉提督に対して直接害を及ぼしているわけではないんですよねえ。確かに艦娘を危険にさらそうとしていますが具体な事案が無い……ふん、冷泉提督にとっては、現状、彼女は敵として認知し排除しようとする意思は、まだ本当には沸いてきてないでしょうねえ。頭では分かっていても、実際にその場に立たされたら、きっとあなたでは、彼女を殺すことを躊躇してしまうでしょう。それは成功の確率を下げる要因です。……だから、その迷いを断ち切るような事実を教えておいてあげましょうか」

 

何かが壊れる嫌な予感がした。知りたくも無い事を知らされる予感がした。

 

「……ところで、舞鶴鎮守府の艦娘は、みんな大湊へ移動しているんでしたっけ? 」

と唐突に話が切り替わる。

 

「あ、う。恐らく、舞鶴には夕張と島風が残っていると思う。それは事前に決定していたことだから」

不意を突かれてあたふたとするが、答えることができた。彼女たちの船体状況は戦いに耐えられないからだ。

 

「ああ、そうでしたね。船体の根幹部分に致命的なダメージを受け、修繕が不能となっている艦娘でしたね。普通ならさっさと船体を造り直すんでしょうけど、舞鶴は貧乏だからそれができないんでしたね。……提督さんはお優しいから、鎮守府に使えない艦娘を置いたままにしていたんですねえ。あらあら、でもそれが幸いして、彼女たちはスケベ爺たちの慰みモノにされて殺されなくて済んだんですよねえ。良かったですね……あ、違ったですね。提督さんは知っていたんでしたっけ。だから、なんとしても手元に置いていたんですよね」

 

「それがどうしたと言うんだ。鎮守府司令官として当然のことだろう。いや、それ以前に人として当然のことだ。殺されるのが分かっているのに、そんな場所に送る奴がいるものか」

開き直って答える。

そんな冷泉を、三笠は何故か面白そうに見ているのは何故だろうか。

 

「まあいいでしょう。……でもね、提督がいないときだって深海棲鑑の攻撃はあるのは当然ですよね。鎮守府への直接攻撃もそうですが、一般市民への散発的な攻撃だって偶発的に起こることがあります。みんなが気をつけて警戒しながら行動しているといっても、魔が差すってこともあります。そして、そんな事件が舞鶴鎮守府近くで起こったんですよ。一隻の民間船が穏やかだった日本海を航行中、深海棲鑑と遭遇したんです。緊急事態ということですし、距離的に大湊から艦娘は派遣しても間に合わない。だから近くにいた島風に出撃命令が下ったんですね。それも、島風だけにね。夕張もいたんですけどね」

淡々と三笠は語る。深海棲鑑と交戦になった彼女は民間船を守るために戦ったことを。

「加賀たちも救援に向かったんですけど、深海棲鑑は罠をしかけていて、彼女たちをも沈めようとしていました。それを察知した島風があえてボロボロになりながらも自身を犠牲にして、罠のあることを知らせ、そして深海棲鑑ともども沈んでいったのです。おかげで罠に気付いた加賀たちは無事でした。島風は身を挺して仲間を守り切ったのです。素晴らしい艦娘です」

 

その時―――。

全ての音が消え去った。

世界が闇に閉ざされた。

 

それは一瞬の出来事だったが、冷泉にかつてない強烈な衝撃を与えた。

 

「し、島風が沈んだ? 」

言葉がそれ以上続かない。戦闘に巻き込まれないように、したんじゃなかったのか? 葛生提督にもそうお願いしたはずだった。なのに何でだ。なんで島風が戦闘に参加しなくちゃならないんだ?

その疑問だけがぐるぐると頭の中をかけ回る。

 

そして、現実に押しつぶされそうになり、呼吸ができなくなる。

叢雲も死なせてしまった。そして、島風までも死なせてしまった。守っているつもりだったのに、何の効果も無かった。こんなのじゃあ、何もできなかったと同じだ。

「……俺は、また何もできない。何をやっても悪い方向へとしか進まないっていうのかよ」

 

何もできずに死なせてしまったことに対する自身の無能さ無力さと絶望感。そして、何よりも大切な部下が死んだことを知らずにいたことに対する自身への怒りに苛まれ、もはや言葉さえ出てこない。

 

「島風は艦娘として立派に任務を遂行しました。そして、自身の命をなげうって加賀たちの窮地を救いました。素晴らしいです。……それに引き換え」

と三笠は島風を褒め称えた後、一呼吸置く。

「許せないのは葛生提督ですね」

 

「葛生提督がどうしてここで関係してくる? 」

冷泉はどういうわけか嫌な予感がした。 

 

 


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