まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第243 偽りの末路

「この町、日本が第二次大戦中に地下施設を作ろうとして途中で止めてしまっていたわけなんですけど、実は戦後、国民には極秘裏にその計画は再開され、今では結構な規模の地下基地が造られているんです。戦時中とは違う目的になってしまいましたが、当時の自衛隊は米軍と共同で軍事研究をしていたそうです。当時の研究は私たちにとって意味の無いものなので説明は割愛します。まあつまらない研究でした。そして、深海棲鑑との戦いが始まり、今度は日本軍に引き継がれて、今に至ったというわけなんですが……。けれど、最近、この施設とその周辺にあった関係者の居住施設共々攻撃を受けて、ほぼ壊滅したそうなんです。日本政府の回答では、深海棲鑑の攻撃だったと整理されているみたいですけれど……。しかし、深海棲鑑が内陸部を攻撃するってこれまで無かったんですけどねえ。私たちにも内緒で運用していたから、防空警戒エリアに入っていなかったもので守り切れませんでしたけど。……あれれ? 提督どうかされました? 顔色がよろしくないですよ……何か不味いことでもありましたか? 」

愉快そうに三笠が問いかけてくる。

 

あまりにも白々しい言い方に冷泉は天を仰ぐしか無かった。すでに完全に知られている。知っていてわざと尋ねてきている。

 

「日本の内陸部、甲信越地方に松白町って町があるんです。現在、そこには途中まで建設されていた施設を再利用して地下研究施設とその関連施設建設され、一つの町を形成しています……いえ、していました。主要な施設は地下に隠しているため、空から見ても仮に現地を訪れたとしても、特に珍しくも無い地方の一都市にしか見えないんです。私が画像で見てもそう思いましたもの。実際に事件が起こるまでは全く興味も持ちませんでしたし、持つこともなかったでしょうね」

とつまらなそうに三笠は話しているが、瞬きもせずに冷泉を凝視してくる。

 

「へ、へえ。そうなのか。そんな町には行ったこと無いから、全然イメージできないな」

最終的な証拠を出されるまではシラを切り通すことを決断した冷泉は、興味なさげな対応をする。じわじわと追い込んでくるんだろうけれど、三笠がどこまで知っているかが分からない状況である。こちらから話す必要は今現時点では無い。

彼女の説明を受けなくても、冷泉は松白町という町を知っていた。いや、偶然知ったのが正しい。

 

それは横須賀鎮守府に大和と武蔵の祝賀のために列車での移動中に、冷泉は感じたのだ。

原因の分からない、怖気るような違和感を。何かとてつもなく嫌な感覚。これまでの人生で味わったことのない恐怖を感じ絶望する何かの思いのようなものがどういうわけか冷泉に流れ込んできたのだった。

ただ、大きな行事を控えていたし、そもそも自力で動くことができなかった時の話であり、その時は何もできなかった。いや、したくてもすることができなかった。そもそも、虫の知らせ程度の何の確証も無いものだったので、確信など持てるはずも無かったのだ。けれど、その違和感が何かずっと気になっていた冷泉は、自身の全身麻痺が解消され、自力で動けるようになると、すぐに行動を起こしたのだ。

 

あの時に場所は冷泉の謎の感覚で把握でき、地図と照合していたから確定していた。冷泉が違和感を感じ取った場所から数百㎞北東にそれはあった。舞鶴鎮守府からは400㎞以上離れた場所だ。あとはどうやってそこへ行く時間を捻出し、手段を入手し、極秘裏に動けるようにするかだったのだ。

 

幸い、お金はあった。仕事漬けの毎日でずっと鎮守府の自室で寝泊まりしていたわけだから、給料など、飲食費以外に使うことがなかった。鎮守府の食堂でほとんど済ませていたからその費用すら給与からすると微々たるものだった。だから自身の貯金残高を見て腰が抜けるほど驚いたわけだが、その使うことのない金を使って、自分用の趣味の車を買ったのだった。こんな時代に自家用の車を買える人間は、非常に少ない。だからこそあえて購入したわけだ。違和感の感じた場所に行くためだけにだけれど。

軍の車で移動しようとすると、どうしても運転手として誰かが同行することになるし、どこに行くかも申請が必要だ。すべての行動は記録に残されてしまう。今の段階では、それは避けたかった。軍の人間といっしょに行くとなると、極秘行動ができない上に、冷泉の感じる違和感が悪い予感の的中だった場合、同行した者にも迷惑をかけてしまうことも考慮したのだ。すべては自分一人で調査し、何かあっても自分一人の胸中に納めることができるように。

 

自家用車であれば行動の不自由さはクリアできる。そして、休日であればいろいろな制約は少なくなるし、文句も言われにくい。もちろん、行き先や外出時間は嘘っぱちを言っておくことになるけれど。そして、超高級スポーツカーを大枚はたいて購入したから、試運転しにいくと言えば、馬鹿な司令官が成金趣味で騒いでいるという印象を与えられ、上層部のマークも弱くなると踏んだのだ。そして、購入した車であれば、その性能は折り紙付きだから、尾行をまくことも簡単だった。

 

そして、満を持して冷泉は単身行動を起こしたのだった。

もちろん、加賀や金剛たちのマークを突破してだ。……ただ、さあ出発というときに運悪く神通に見つかってしまい、彼女を同行せざるを得ない状況になってしまったのは失敗だった。完璧に隠密行動できたと思ったのに、なんで神通に見つかったのか未だに理解できないが……。

冷泉を見つけた彼女は、冷泉一人で外出するなんて危険過ぎる。提督を護衛するから、いっしょに行きますと言って頑として言うことを聞かなかった。普段は冷泉に従順な彼女が珍しくテコでも動く気配が無かった。なだめすかして誤魔化そうとしても通じなかった。びっくりするくらい頑固なのだから、どうしようもない。あまりこんなところでもたついても他の艦娘たちに見つかってしまい元の木阿弥になる。そんな焦りもあったが、まあ神通なら冷泉の言うことなら聞きそうだし……なんだかんだ言っても最終的には、どうにかできそうという妙な自信もあったから、仕方ないなあ、と連れて行くことになってしまった。

 

そして、違和感を感じた場所に向かい、二人でドライブとなったのだった。

久々というか、生まれて初めての女の子とのドライブデートにかなり興奮気味した。それも神通のような美少女が相手なのだから、気分もより高揚するものだ。彼女も任務以外で鎮守府の外に出るのは珍しいことなのか少し興奮気味になっていて、車中、ずっとテンション高めで喋り通しだった。いやもう、この子、俺に惚れているんじゃないの? と冷泉が勘違いさせられるくらいに何か良い雰囲気だった。もう完全にお互いが初デートの高校生って感じのノリだった。

 

 

―――松白町という町にたどり着き、その町の本当の姿を知ってしまうまでは。

 

冷泉の心の内など知りもしないはずの三笠は、淡々と言葉を連ねていく。

「その町では、私たち艦娘にも秘密で軍による研究が行われていたのです。しかも、日本国はそのエリアを艦娘研究施設としていたのです。その研究の目的は、……愚かにも来るべき私たち艦娘を排除する日が来た日ための研究を行うものだったんですよ」

 

「……」

冷泉は無言を貫くしかない。無意識のうちに三笠から目をそらしてしまう。

 

「提督はご存じでしょうか? ……深海棲鑑との戦闘において、鑑が大破し艦娘のみ救出されることがまれにあるということを。提督が着任されてからもいくつかそういった事案が発生しているから、知ってますよね? ……そういった事が発生した時には、艦娘の所属鎮守府は艦娘を第二帝都東京に返すことになります。そこで彼女たちは全面的なメンテナンスを受けることになります。そして新たに建造れるまでの間は待機となります。そして建造された艦とのリンク作業を行った後、再び元の、……もしくは新たな鎮守府へ着任することになります。この作業を行うには膨大な資材と資金が必要となりますが、所属鎮守府はその費用を自力で捻出しないといけません。その費用が出せない場合には、該当艦娘は第二帝都東京に収容されたままになるか、もしくは別の鎮守府が資金を出してその鎮守府で引き取るか、それとも日本国政府が国費を注入して新たな戦力配置のためどこかの鎮守府へ異動させるかということになっています。ここまでは提督もご存じでしょう? 」

 

「ああ、もちろん知っているよ」

 

「舞鶴鎮守府の話になりますけど、本来は舞鶴にいる長門も鑑本体を失っているわけですから、第二帝都東京に一度は返さなければならないところなんですよね。ただ、彼女の強い強い意志によって、例外的に舞鶴に留まっている状態でなんですよね。第二帝都に戻されたら、舞鶴鎮守府のお財布事情からすると、もう二度と冷泉提督の側にいられなくなりますからね。……実際、長門クラスの鑑を再建造するのは横須賀鎮守府以外には無理でしょうけど、横須賀はもう長門を必要としていません。国が立て替えることもあるかもしれませんが、資材も無いでしょうし、そもそも舞鶴鎮守府へ返すことは上層部が邪魔をするから無理でしょうね。長門は冷泉提督のおそばにいるべきだと考えますし、これまで日本国旗艦として働いてきた実績を考慮してもの意思は尊重したいから、私たちとしても積極的に動かそうとは考えていません。動かしたら本当に彼女はどうにかなってしまいますからね。一度捨てた命を提督に助けられたわけです。あなたへの想いは相当強固なものだと私たちは把握してますよ」

 

「ああ……長門の処遇については、本当に感謝しているよ」

もっとも、たとえ返還せよと命令されたところで、長門を他の誰にも渡すつもりは無かったのだけれど。長門を引き取るとしたら、呉か佐世保になってしまう。あんな奴らのところに長門を行かせられるわけがない。

 

「提督、感謝してくださいね~クスクス。ふふふ……話が横にそれてしまいましたね。さて、通常は先ほど説明しました手続きの流れで行くんですけど、ただ艦娘の返還状態については、特に規定していないんですよね。……すなわち、艦娘の本体が生きていようが死んでいようが、それについては問わないことになっているんです。だって、その方が現実的ですからね。戦闘で轟沈した場合は、鑑の中にいる艦娘だって、当然無事では済みません。鑑の損傷具合によっては体に重大な損傷を負うこともありますし、最悪、死亡することもあります。それどころか、戦闘では回収することができず、後に海の中で沈んでいるところをサルベージされることだってありますからね。そんなわけで、五体満足、健康体で救出されることのほうがまれだと言ってもいいわけです。ですから、私たちとしては艦娘の体に埋め込まれた本体(コア部分)さえ回収できれば、それをスペアボデーに移植すれば再生できるわけなので、……もちろん生きていてくれる方が良いに決まっていますが……最悪、本体(コア部分)さえ無事あれば、……それを納めるだけで再生可能ですから、まあそれで良いこととしてたんです。まあ、仕方ないですものね。人間からすればずいぶんと非情で合理的な考え方と思われるかもしれませんね。けれど、私たち艦娘にとっては、ヒトガタの部分は衣服や靴のようなものって感じでしょうか。汚れたり破れたりすれば、新しい物に交換するのに近い感じですかね? 」

詳しいことを知らない一般の人間が聞いたら、驚愕するような内容を何事も無いように言う三笠。

世間一般には、艦娘は美しく気高いものだと広報され、浸透している。いや浸透させている。人間に近い姿をしているが、人の形をした妖精のようなものだという印象を持たれている。だからこそ、人々は艦娘たちの美しさに憧れ敬愛し、その強さに信頼を寄せている。それがその美し外見はただの作り物で、中身は機械的なものでしかないと知らされたら、衝撃だろう。

人類の価値観では理解不能な、不気味で得体のしれないモノ……つまり、深海棲鑑とそれほど変わらないものと思ってしまうのでは無いか? ただ、深海棲鑑は人類に仇なす悪、艦娘は人類を守る善なる者という大きな違いはあるのだけれど。

それでも人間では無いというその正体を知れば、嫌悪し恐怖を感じるのではないか?

 

「それにしても、人間というイキモノは見た目以上に狡猾で醜いですよね。私はもっと善なるもの、私たちに帰依するものだと思っていました。けれど、この件で少しその考えを改めないと思いましたよ。だって、日本政府は生死を問わないというところを利用したのですからね。どの段階でそんなことを思い立ったのかは分かりませんけど、鑑を失う艦娘が出た場合は、すぐには私たちに知らせずに確保して、たっぷりと艦娘というものの研究をし、解体して研究し尽くしてから返すようになっていったんです。もっとも残念ながら艦娘のコア部分は人類のいかなる工具を持っても傷すらつけられない硬度を持っているので、そこを解明することは叶わなかったようですけどね、お生憎様クスクス。ですので、もっぱら人型部分の研究しかできなかったようです。艦娘の体は人間の体と創りはそんなに変わらない物なので、彼らが一生懸命調べたその成果が人類の反逆の役に立ったかどうかは不明ですけどね。それでも、艦娘の人形部分には人類には理解不能な強化液が体内を巡っており、全身を強化しているとういことには気付いたようです。それを解明したところで人類には流用できませんし、それを研究して艦娘を殺すことは無理でしょう。ですからもっと原始的な事……艦娘の美しさが原因ですが、もっぱら性的玩具として政治的に利用できるだけ利用し尽くし、その課程で壊れたら続いて人体実験を行い、死亡したら解体するという作業を行っていたようです。艦娘に対する毒物・薬物等の実験も行われていたようですね。そちらの研究は舞鶴鎮守府の反乱で有効活用されたようです。彼らは薬物を使用して、絶対命令権とまではいかなくても、艦娘を鎮守府司令官以外が使役できるようにする研究もしていたようですね」

 

「……」

聞くだけで気分の悪くなる話だ。そして研究が扶桑や不知火を結果として殺すことになった事に、怒りがこみ上げる。

 

「艦娘は、まだ少女のような子ばかり。そんな子たちを戦闘で酷使し、戦力として計算できなくなったら人間たちの性欲を満たすための性奴隷として使役し、それができなくなったら人体実験の材料にして切り刻み捨ててたんですよ。本当に酷いことをしますね、人間は。私たち艦娘は人類の味方、人類のために戦っているっていうのにね。共闘関係を結びながら、裏で傷ついた艦娘たちをもてあそび、そして私たちを排除する計画を練っているんですよ。なかなかすごいですよね……あら、提督? どうされたんです? 随分と平然としていらっしゃいますね。いつものあなたなら艦娘が酷い目に遭わされていたなんて知ったら、後先考えずに激怒されるんじゃないんですか? あれれーおかしーですねえー、どーかしたんですかあ」

俯いた冷泉を下から覗くようにして三笠が顔を近づけてくる。

その顔は、大切な仲間である艦娘を虐待されたことに対して怒る表情では無く、何か面白い物を見つけた時の子供のようなキラキラした瞳をしていた。

 

―――やはり何もかも知っている。知っていて、それでいて楽しんでいる。

まるで嫐るように。




何とか投稿できました。次回に向けて執筆中です。
読んでくれてる人、いるのかな?

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