まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第241話 自分のできること

「結局、あなたたち……艦娘たちは、この状況下で何もするつもりは無いということなのか? それとも何らかの手を打つというのか? 教えてくれないか。これから一体、これからどうするつもりなんだ? 」

三笠が何を考えているのか思いも至らない。そして仮に彼女が口にしたとしても、それが本心かどうかはわからない。けれど、冷泉は知りたかった。何にしたって、自分には何も打つ手がないからだ。

 

「まずは状況からご説明しましょうか……。現在、海軍は政府からの指令を受け、横須賀鎮守府に指令を発出しています。これを受け、大湊警備府の制圧のため艦隊編成を行い、先ほど出撃したところです」

冷泉の反応を楽しむかのようなもったいぶった言い方をする三笠。

 

「やはり……全面対決となるのか? 」

わかりきっていることだが、こうなるしかないのだろう。

「艦娘同士での戦闘になってしまうのか」

 

「そうですね、お互いに交渉の余地は無さそうです。双方の勢力がそうなるであろうと予想したとおりの動きをしていますからね。誰も止めようとするものはいません。ぶつかるしかないでしょうね」

 

「出撃した横須賀鎮守府の戦力は、どの程度のものにしているんだろうか」

誰も戦いを止めようとしない事に苛立ちを感じるが、冷泉には止める権限が無い。何か情報を得るために話を促すしかないのだ。

 

「私が知り得た情報では、……横須賀鎮守府艦隊は戦艦金剛を旗艦とした戦艦3、空母3,重巡3、軽巡5、駆逐艦7の編成で出撃したようです」

 

「金剛が……旗艦? 」

 

「そうですよ。しかも、彼女自ら志願したらしいです」

 

「うう……」

驚きのあまり、思わず口に出てしまう。金剛は、舞鶴鎮守府の旗艦になることすら遠慮するような艦娘だったのに。それが日本国海軍最精強の鎮守府の旗艦になるなんて。しかも彼女自ら志願したなんて……どういった心境の変化があったというのか。

そもそも金剛は横須賀に着任したばかりのはず。そんな状況で旗艦に任命することは通常あり得ないという認識だった。精鋭揃いの横須賀で、どういった理由で抜擢されたのかも気にはなる。いきなりこの大きな戦い、しかも艦娘同士の戦いで旗艦を任じられ、横須賀鎮守提督が乗艦し艦隊指揮を執るというのか。

 

事実だけを見れば、確かにそれは、ものすごい出世であり目出度いことではあるけれど、艦娘同士の殺し合いになるかもしれない戦いだ。冷泉はかつての部下の旗艦就任を祝いたかったけれど、こんな戦いに金剛を出撃させたくない気持ちの方がはるかに強かった。

 

「金剛はこちらで改二改装を行い、大幅な戦闘力の強化がなされています。日本国最強の一人といっても過言ではありません。ゆえに現在の旗艦である大和を押しのけて横須賀鎮守府旗艦になった事は、まったく不思議ではありませんよ。それに……本来、彼女には旗艦になれる資質があったはずなのです。けれど、彼女のもともとの性格なのか、前にいたところの雰囲気がそうさせたのかは不明ですけれど……。改二になったことによる物理的な変化もあったでしょうから、彼女も自信がでたのかもしれませんね。もっと早く改装してあげれば良かったんでしょうねえ。あ……まあ改装には驚くほど莫大な資金と資材が必要でした……。舞鶴鎮守府では、その費用の捻出が難しい事だったんでしょう。けれど、それをあっさりと出せる鎮守府に異動できたわけですから、結局のところ冷泉提督のおかげと言ってもいいんじゃないでしょうかね。うだつの上がらない鎮守府で燻っていた彼女を本来の資質が活かせる鎮守府へと行かせてあげたのですからね! 部下の才能を見抜き、部下のことを思ってより適した場所へ移動させるという英断ができるというのも司令官としてはすばらしい才能ですよ! 」

 

「すまないがイヤミはやめてくれ。一応褒めてくれているんだろうけど、全然嬉しくない。それはまあいい。冗談は置いておいて……横須賀鎮守府の現有戦力は、そんなものじゃないはず。もっと大規模な艦隊を編成できたんじゃないのか? 大湊警備府だって結構な艦娘を保有している。横須賀鎮守府の全戦力を持って進撃すれば、それを見ただけで大湊は萎縮するだろう。圧倒的な戦力差を見せつけて、それで戦いを避ける方向へと持って行けるんじゃ無いのか? 仮に戦闘になったとしても、兵力差で短期決戦とすることが双方の犠牲も減らせるはずだ」

三笠から批判めいた言い方をされるが、そのことについては何も言わないでいた。金剛を異動するように仕向けたのはお前だろう……。思わずそれが出そうになる。誰も好きで彼女を手放した訳じゃ無いのに。

 

「もちろん、それが正解でしょうけれどね。そうもいかない事情があるのです。横須賀鎮守府全軍をもってあたることができれば、それは実に話が早いでしょう。舞鶴艦隊を引き込んだとはいえ、戦力差は大きいです。。けれど、鎮守府を空にすることはさすがに現状できませんからね。そもそも、深海棲鑑が隙を狙って横須賀鎮守府へ侵攻してくる可能性も想定されるわけですからね。けれど、どうもそれだけが理由では無いようですけれど」

 

「それは、どういうことなんだ? 」

深海棲鑑の侵攻に備えるというのなら、確かに手薄になった所を狙われる危険性は考えられる。しかし、それ以外に鑑を残す理由などあるのだろうか。

 

「横須賀の提督は深海棲鑑を警戒しているのはもちろんでしょうけれど、別の事を警戒しているんでしょうね。……こんな混乱の状況です。日本国と深海棲鑑との戦いにおいて、これまでとは異なる大きな変化が訪れています。それが関係するのかは分かりませんが、国内における政治的な力学にも変化が生じています。それは当然ながら、鎮守府間の力関係にも影響を及ぼしています。そこでこの混乱において……呉、佐世保の二人がどう動くかわからないと判断したんでしょうね。もしかすると大湊鎮守府の反乱に呼応して、何かしてくるという危険性を考慮しているんでしょう。そのため西へ睨みをきかせるために、横須賀に兵力を残したのかもしれません。もちろん、呉と佐世保の提督の件は、あくまで聞こえてくる噂からの私の推測でしかありませんけれどね。……ゆえに考えすぎということになるかもしれませんけれど、そんな噂がまことしやかに流れているのは事実です。この噂を意図して流していた者が存在するとしたなら、これはまあまあの戦術ですよねえ」

 

「横須賀の提督の考えている事態、……そんなことはあってはならない。いやありえない事だ。まあ、それはあくまで噂でしか無いことだ。現段階でそれを考慮しても話は始まらない。今考えるべきは、このままでいくと、大湊が全軍を持ってあたれば互角の戦いになるかもしれないってことか。しかし、このままだとは厳しい戦いになるな」

戦闘が激しくなるのは当然として、敵が同じ艦娘だということがより戦いを厳しいものとするのだ。

 

「提督の仰るとおりで、双方に大きな犠牲が出るでしょうね。それどころか、深海棲鑑が本当に葛木提督の支援をするのであれば横須賀鎮守府の討伐艦隊も危険な状況に追い込まれるかもしれません。実際に、大湊の動きに呼応するように領域で不審な動きがみられています。あちこちで領域が陸地側へ接近している情報が入ってきています。」

 

「けれど、俺は何もできない。このままでは……みすみす多くの艦娘を死なせることになってしまう。味方同士で殺し合うというのか。くそっ……くだらないただの権力闘争のために」

今のまま両勢力がぶつかればそういうことになるのは必然。なんとかしないと! なんとか!

「何か手はないのか? そうだ! たとえば大湊警備府に地上部隊を送り込んで、武力をもって反乱を鎮圧するとかはできないのか」

 

「その方法がないわけではありませんが、艦娘の索敵能力を考慮するならば、部隊移動などすぐに艦娘によって検知されてしまうでしょう。そして葛木提督が指令をだせば、艦娘の攻撃により地上部隊は瞬時に全滅でしょう。人類の兵力で艦娘に挑んだところで無意味な行動にしかなりません。それに陸軍は海軍とは犬猿の仲。おまけに彼らはどちらかというと周防氏の側にいますからね。もちろん、今は表立って行動などはしないでしょうけれど、政府からの作戦指令は消極的サボタージュされるのは間違いありません。よって陸軍兵力はあてにできないでしょう。海軍の特殊部隊を少数潜り込ませる案もあるでしょうが、それも接近はできるでしょうが、やはり艦娘の索敵網に引っかかって殲滅されるだけです。軍の皆さんは認識が甘々のようですけれど、本気で艦娘が人を殺しにきたら、人類なんかに勝ち目などありませんからね」

と、そこで言葉を切って冷泉に意味ありげな視線を送ってくる。

冷泉は何かその視線に意味があるのだろうけれど、想像もつかずに黙り込むしかできない。

「ふふふ……なかなかしらを切りますねえ。……さて、提督もご存じのように、艦娘による通常兵器での飽和攻撃をうければ、……そうですねえ、軽巡洋艦一隻の火力ですら、地方都市の一つくらいなら消滅させられますからねえ。……あら、提督、何か思い当たることでもありましたかしら? 」

三笠からの視線の意味に気付き、思わず目をそらしてしまう。

 

動揺するな! 動揺を悟られるな! 必死になって硬直しそうになる顔に笑顔を作る。

「地上部隊ではどうすることもできないのか。……では、このまま指をくわえて艦娘が殺し合うのを見ているしかないのか? 」

と言葉を絞り出す。言葉にしながらも別のことを考えていた。

 

「うーん、どうでしょうかね。難しいかなあ。……あ、でも冷泉提督、あなたにならできることがありますよ! 」

急に名案が浮かんだかのように、三笠がポンと手を叩いた。実にわざとらしい仕草だ。

「そうですよ、そうですそうです。あなたが単身、大湊に乗り込んで行って、直接、葛木提督を排除すればいいんですよ」

 

「そんなことできるわけないだろう。俺は特殊部隊で訓練されたエリートでもなんでもない。武器もまともに扱えないような、ただの平凡な運動能力しかない人間だ。おまけにたった一人だぞ。軍の特殊部隊でさえ歯が立たない相手に何もできるわけがない。何の技能もない俺に艦娘の警戒網を突破なんてできるはずないのは考えるまでもないだろう」

 

「たしかに、どんな特殊な訓練を受けていたとしても、普通なら絶対に無理でしょうね。誰か手引きしてくれるような事がなければね」

 

「そんなことをしてくれる者は大湊にはいないだろ。艦娘は絶対命令権で全員が葛木提督の支配下に墜ちているんだろう? そして軍関係者もすでに掌握済みだ。仮に俺に協力してくれそうな存在がいたとしても、すでに隔離されているはずだろうしな」

舞鶴鎮守府の兵士たちのほとんどは、艦娘のいない舞鶴に存置されたままだと聞いている。分からないが最初から蜂起を想定してそんな措置を取っていたのかもしれない。冷泉の命令に従ってくれるような兵士は大湊にはいない。仮にいたとしても、要注意人物とされて監視されているか、投獄されているはずだ。危険因子は排除するのが基本だからだ。

 

「兵士たちのことを言っているのならその通りでしょうね。反乱を考えている人間が敵となりうる提督の息のかかった兵士を近くに置くとは思えませんからね。けれどご安心ください……いますよ、ちゃんと。あなたのために働いてくれる存在が、しかも大湊警備府の中枢に。……しかも艦娘にね!! 」

と楽しげに三笠はこちらを指さした。


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