まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第23話

冷泉は艦橋から外の景色を眺めていた。

 

……これが船なのかと思うほどの速度。海の上を言葉通り、まさに滑るように戦艦金剛は進んでいる。

 

―――その速度、時速50ノット―――。

 

これは陸上の乗り物でいうと時速90キロを超える速度だ。海上を走る船で言えばパワーボートだろか? そういえば、どこかのテロリストが反捕鯨活動に中古のパワーボートを使っていたな。

しかし、パワーボートは競技用のボートでありその、その大きさも小型だ。

しかし、今、冷泉が乗っている「戦艦金剛」は全長219.4メートル、31,720トンのパワーボートなど比較にならないほど巨大な戦艦なのである。

そんな巨大な船が、通常なら飛び跳ねてしまうような速度で進んでいる……。

 

それでも最大戦速からすると控えめな速度なのだ。

 

「ありえないな……」

思わず口に出てしまう驚愕。

そしてさらに驚くことは、乗っていても振動が全く感じられないのである。海面は穏やかとは言い難い状況。そんな荒れ気味の日本海を、滑るように金剛以下8隻の軍艦が信じがたい猛スピードで進んでいるのだ。

 

一体、艦娘たちは何者であり何なのだろうか?

今更ながらそんな疑問がよぎる。

これまで見てきた町の状況などから、冷泉がかつていたであろう世界と時代的にはそれほど変わらないはずである。鎮守府にあった設備からも21世紀初頭の時代設定としか思えない。スタンドアローンの提督用ノートパソコンのOSはウィンドウズ7だったしね。

しかし、艦娘たちの能力は全くそれらと次元が異なる。地球外生命体か、もしくは遥か未来のものとしなければ納得できない。

それは考えても答えは出ない。現段階では出ない設問なのだろう。冷泉自体がなぜこの世界に来たのかと同レベルの疑問だから。

 

ふと視線を感じそちらを見ると、金剛がこちらを注視していた。少し頬を赤らめている。

 

「ん。どうしたんだい? 」

 

「えーと、テートク、なにそんなに物思いに耽っているんデスか? 」

言いながら金剛がトテトテと近づいてくる。

 

「う? いや景色を眺めていただけだよ」

戦艦金剛はいかなる動力で動いているのか。なぜ50ノットという高速なのに揺れも無く、エンジン音も聞こえてこないのか。沖合に微かに見える赤黒い積乱雲のようなものは何か?……などなどいろいろと聞きたいことはあったけれども、これは提督であれば本来は既知の事であるので聞けなかった冷泉は、さしあたりのない言葉を返す。

 

「そうデスか。えーとね、何か真剣な顔で考え事しているテートクがなんだか格好よかったんで、ずっと見つめていたいねーって思ってたんデスよ」

思わず吹き出しそうになる。冗談のつもりなのだろうか。しかし、彼女の顔を見る限りそれは冗談で言っているようには思えない。

 

冷泉は、今更ながら思う。

どうしてこの子は自分に無防備なまでの好意を寄せてくるのだろうか……と。

 

冷泉は自分の事を普通の人間より客観的に見られると考えていた。そんな彼からして、自分の容姿は彼女と釣り合うレベルに無いと思っている。だから、そんな劣等感があるから余計に感じてしまうのかもしれない。まあそもそも女の子に積極的な好意を寄せられた経験がほとんど無いだけに、その扱いにとても苦慮するし困惑してしまうのは仕方の無いこと。そして、それが金剛のような容姿の女の子なら余計にだ。

 

仮に、まっさらな状態で出会い、女性からそういった好意を寄せてこられているのなら、そんなこともあるのかなと勘違いできるくらいの若さを持ち合わせているが、冷泉は彼が知らない「誰か」の後釜としてその「誰か」の人生を引き継がされた存在なのだ。だから金剛が彼に寄せる好意は、その前にいた「誰か」に対するものであり、決して冷泉に対するものではないという現実が立ちはだかる。その現実が重くのしかかってくるのだった。彼女の想いをそのまま受け入れることは彼女に対する欺罔であり、かといってすげなく対応することは自分の正体を明かしてしまう事になりそれもできない。その狭間でどうしてもつかず離れずの対応しかできないもどかしさ……。これは他の艦娘に対しても同様なのだろう……な。

舞鶴鎮守府提督である限り、この煩悶は続くのだろう。

 

「あー。またテートク、また何か考え込んでるデスネー。そんなに格好つけなくたって、いつでもテートクはイケメンなんですからネー」

そう言って腕に手を絡ませ、上目遣いでこちらを見つめる金剛。ごくごく自然にそういう事ができる子なんです。

「ああ、せっかく二人っきりになれたんですから、もっといちゃいちゃしたいネー」

冗談なのか本気なのかよく分からない口調で体をすり寄せながら金剛が囁く。

 

「あっふ、おっふ。こ、金剛……あとどれくらいで佐渡島に到着なのかな」

わざとらしく咳き込んでみせる。

 

「ちぇっ、これからなのにぃ。……まあ仕方ないですネー。今は出撃中でしたモンネ」

そう言うと組んだ腕をほどく。

「現状報告シマスね。まもなく佐渡島が前方に見えてくるネ。でも、まだ肉眼では見えないから、モニターに映すね」

そう言うと、パチンと指を鳴らす。

 

いきなり巨大な画面がポップアップし、そこに島が映し出される。そして沖合には何隻かの駆逐艦らしい艦船が見えるし、港付近にも複数の船が停泊しているのが分かる。

 

佐渡島。

新潟県佐渡市。新潟県西部にある、沖縄本島についでの大きさの島。

万人を越える島民が暮らしている。それは冷泉のいた世界でも同じであるが、異なる点があった。

この島はほんの数ヶ月前までは、深海棲艦の支配領域の中にあったということだった。つまり、海域解放がなされるまでの間、島民は先ほどから遥か沖合に見える雲のようなものに包まれた支配領域の中にあり、外界とは完全に遮断されていたのだ。

なお、佐渡島の海域開放は、大湊警備府所属の艦隊によりなされている。

新潟県は本来なら舞鶴鎮守府の管轄区域であるから、舞鶴鎮守府により攻略がなされるべきものであるが、なぜ大湊の艦隊が攻略を行っていたかは扶桑からも聞いていないので冷泉には分からない。その時に聞けば良かったが、それ以上にショッキングなことを聞いてしまったため、そこまで考えが及ばなかったのだ。

 

それは―――。

 

大湊の艦隊が海域を解放した後、陸軍兵士を乗せた船が到着し佐渡島に上陸し、島を探索したのだが、そこに島民誰一人いなかったのだ。島は破壊された痕跡などほとんど無かったというのに、島全域からすべての人が消失していたのだった。さらに消失は家畜・ペットにまで及んでいて、島に上陸した兵士たちはゴーストタウン化した町に呆然としたのだった。

そして現在に至るまで捜索が続けられているが、いまだ一人として生存者はおろか死者すら確認されていないのだった。期間も経過したことから、島の捜索もまもなく打ち切られる予定となっている。

 

島民の消失。それが何を意味するのか? 

それは、この世界を理解していない冷泉でも分かる。佐渡島は深海棲艦の支配下にあったということは、島民が自力で島を脱出することなど不可能だったということだ。なのに解放後島民は行方不明となっているということ。遺体は一切発見されていないということ。……普通に想像すれば島民たちは深海棲艦によってどこかに連れ去られたと考えるしかない。そして島民たちの運命は決して楽観できない状況であるということは簡単に想像できてしまう。殺されるか奴隷とされるか。それくらいしか無いだろう。

……深海棲艦のあの領域に取り込まれてしまえば、皆同じ運命を辿るのは火を見るより明らか。考えるだけで怖気が走る。

 

「みんな、港に入港するネー」

金剛の声に我に返る冷泉。

そうだった。今回の任務は海域解放の戦いがメインであるが、現在復興作業中の佐渡島に物資を運び届ける事も重要な任務だったのだ。

 

軍艦は荷物の運搬には適していないが、日本国の現存する艦船の絶対数が少ないことから、機会があるごとに荷物の運搬も任務に入れられてしまっている。

甲板には所狭しとコンテナが積み込まれ、ワイヤでくくりつけられている。そこには建築資材や食料などが入っているのだろう。今後は佐渡島に基地建設がなされ、人も住むようになり、海域解放の拠点として利用する目的もある。本来の鎮守府の任務とは離れているように見えるこの輸送も、将来的には中継基地として利用することになるのだから文句は言えない。

無理矢理荷物を搭載したために、船のバランスがかなり悪くなり、速度を落とさざるをえず、万一本格的な艦隊と交戦したとしたら、かなり危険な状況になるはずなのだから、なんとか無事たどり着けてホッとしていた。

 

「やっとこの重たい荷物を下ろせるネー」

金剛が肩をぐるぐると回す。艦への影響は艦娘にも及ぶのだろうか?

「私は輸送船じゃ無いのに、いっつもこんな作業嫌ネー」

 

「それについては同意するわ」

扶桑が同意する。

「さっさと入港して荷物を下ろしてもらいましょう」

 

「そうだね。……みんなお疲れ様だったね」

冷泉がモニターに映った少女たちの顔を一人ずつ確認しながら、労りの声をかける。

一様に疲れた表情をしていた少女たちに笑顔が戻る。

「荷下ろし作業が終わるまで少し休んでくれ」

 

「あの、ところで提督」

唐突に扶桑がモニタ越しに話しかけてくる。

 

「なんだい扶桑? 」

 

「提督は下船されないのでしょうか? 」

 

「え、……なんで? 」

彼女の意図するところが分からずに問い返す。

 

「いえ、次に出航した後は戦闘領域となります。……その間、いつ休憩が取れるかわかりません。私達は問題が無いのですが、提督は人間ですから、その、あの」

モニター越しに何故か言いにくそうに言葉を濁す黒髪の少女。

 

「え、どういうことかな。食い物でも買っておいたほうがいいってことかな? それとも風呂でも入っておけとか? 」

 

「えと。まあそちらもありますが、まず優先すべき事は、飲食をすればその後どうなるかを考えたらお解りになるかと」

 

「……うん? 食べたら……、あー、そか。トイレね。でも船にはトイレあるでしょ」

 

「提督。これまでの出撃の時は、提督がどうしていたか覚えていますか? 」

 

「えーとだね。鎮守府で待機して指示をしていたよな」

 

「そうです。これまでは艦娘だけで出撃していましたから、私達は、人間が船に乗るようには作られていないのです。……つまり」

 

そこで冷泉は気づいた。気づいてしまった。

「そうか、宿泊する設備が無いんだな。でも大丈夫だよ、毛布かなんかがあれば床で寝られるし。風呂やトイレくらいは、金剛用のはあるだろう? 共用になるのは金剛には抵抗があるかな」

 

「お風呂もそれからト、トイレもありませんよ」

 

「そーでーす。戦艦金剛、風呂トイレ無しネ。劣悪物件あるね」

金剛がちゃちゃを入れる。

 

「え、でもお前たちは……」

 

「私たち艦娘はトイレなんて行きませんよ」

 

「えーーーーーーー!! 」

まさかの衝撃の事実。

 

「私達には、そういった生理現象などありません。だから艦内にそんな設備など必要ないのです」

 

「えええ、じゃ、俺はどうすれば」

そういって金剛を見る。

 

「いくら夫婦といえども船の中でお漏らしとかは、ちょっと。……ゴメンネー」

 

「あのさ、教えてくれるかな。深海棲艦との戦闘ってどれくらいの期間かかるのかな? 」

 

冷泉の焦りを感じ取った扶桑がなぜか意地悪な笑みを浮かべた。

「そうですねぇ。敵との遭遇はある意味ランダムでありますし、一概には言えないのですが、少なくとも艦隊戦の勝敗が決するには2-3日はかかりますね。海域解放まで4~5戦はあるでしょうし、移動時間まで入れたら、うーん。……どれくらいかかるんでしょうねぇ」

 

これって深海棲艦との戦いより厳しい戦いではないのか!

冷泉は天を仰いだ。

 

南無八幡大菩薩、わが国の神明、日光権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願わくばこの究極の危機から私を救ってください。この歳でお漏らしは耐えられそうにありません。しかも部下であり年頃の美少女たちの前でなんて……。

 

美少女たちに見られながら漏らす……。そんな羞恥プレイをご褒美と思えるような域に達するほどの達人ではありませんし、なりたくもないです。

まじで泣きそうデース。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




提督はこの危機から脱出できるのでしょうか?
しかし物語は淡々と進んでいきます。

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