まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第228話 すれ違う想い

愚か者どものやりとりは続く。

 

冷泉提督と長波にとっては、緊迫したやりとりなのかもしれない。けれど、すべてを知る草加にとってはただの予定調和であり、この空気感を壊さないように吹き出しそうになる自分の感情を抑え込むほうに必死だ。

 

「提督……」

 

「なんだ? 」

ため息交じりに冷泉は応じる。冷え切ったような瞳で部下の艦娘を見下ろしている。もはやすべては済んだこと、これ以上何を語れというのかといった感情さえ含まれているように思える。

 

「あたしは、お前を許さない」

と、長波は宣言するかのように言った。

その声は小さく抑揚が無い分、その発言の凄みが草加にも伝わってきた。明確な決別と宣告が含まれているのは明らかだ。

 

「そうか……」

それがどうしたという表情で冷泉が応える。

 

「提督と艦娘という関係だから、あたしが今ここであんたを殺すことができないってわかっているから余裕だな。……でも覚悟しておけよ。どんなに困難だろうとどんなに時間がかかろうとも、どれだけの代償を払おうとも、あんたには必ず償いをさせてやる。叢雲を殺した罪を償わせてやるからな。どんな手段を使っても……だ」

 

「それがお前の選択なら、好きにすればいい。俺は、逃げも隠れもするつもりは、……無い」

 

「その余裕がいつまで続くかな。必ず報いを受けさせてやるからな、……覚えていろよ」

 

挑むような視線を双方が交わす。

両者の完全なる関係性の断絶がここに整った。彼女にそれができるかどうかはともかく、部下である長波は上官である冷泉に明確な殺意を確定させたわけだ。

 

冷泉は冷泉で、長波が至った思考の結論を否定さえせず、自らの弁解もしない。冷泉がどうしてそういった態度を取るのかは理解できない。もっと見苦しく、恥知らずな態度で喚き散らすはずなのに、なぜか長波に言われっぱなしだ。このままだと、冷泉が叢雲に命じて、三笠様を殺害しようとしたということになってしまうというのに。

……もはや言い逃れができない状況にまで追い詰められたと判断したのか? 事実と異なると釈明したところで、状況は変わらないと諦めたのか? 確かに、冷泉の今の状況では、何を言っても結果は変わらないだろう。もともと軍部に味方が少なく、さらに自ら敵ばかり作っていたような政治力の無い男だ。そんな男を助けようとする奴はいないだろう。今回は艦娘側からの情報のリークだからな。仮に冷泉に利用価値があり、手を差し伸べようとする者がいたとしても、艦娘側の意向と知れば、どうしようもない。政治力だけに長けた海軍の高官連中ならすぐに判断し、冷泉を切り捨てるだろう。

それら自分に都合の悪い現実すべてを勘案して、絶望した冷泉は投げやりな態度をとっているのだろう。

 

「……好きにするさ」

肩をすくめる仕草をして、長波を殺意を受け流す冷泉。

 

これ以上の会話は、時間の無駄でしかない。冷泉から言質を取ることができたし、本来の目的は達成した。これ以上の茶番は意味がない。

「冷泉提督、どうやらそろそろお時間のようです。今回の事件に関する提督の証言も得られましたし、あなたはここから移動となります」

 

「……そうだな」

淡々とした口調で冷泉が答える。長波は彼をいまだに睨みつけているが、冷泉はもはや長波に視線を向けることはない。

 

草加は壁に据え付けられた受話器を取り、連絡を入れる。

これから冷泉は憲兵隊の管轄を離れ、第二帝都へと移送されることになる。冷泉は知らないだろうが、今は第3師管の管轄下にある。本来であれば舞鶴憲兵隊により取り調べるはずだったが、公平性が保たれないということで、こちらに連行されていたとのことだった。バカげた話だけれど、陸軍と海軍との駆け引きもあったとも聞いている。この戦時下でくだらない勢力争いをしている連中がいることに呆れるが、それは人間の性であり、どんなに人が進化しようと変わらないのだろう。

冷泉の運命は大きく変わらないが、今回は三笠様の要望もあったことから、艦娘側により冷泉提督の処分を決めることになるようだ。

そのための手配は、こちらに来る前から完了済みである。かなり高圧的に決定が伝えられたようで、全然関係のない草加に対するここの連中の風当たりはかなり強かった。完全敵地の雰囲気に圧倒されたが、所詮、意味をなさない。檻に入れられた狂犬どもが喚いているだけでしかない。

 

サボタージュのつもりか、すぐ近くにいるはずなのに兵士たちがやってくるのは遅かった。

 

実にくだらないな。

 

屈強な体をした3人の兵士が部屋に入ると、敬礼をする。それは冷泉提督に対してのものであり、長波はもちろん、草加に対するものでないことは明らかだ。

 

彼らからは、明確な敵意しか感じない。今の草加は軍人ではない。少年兵として所属していた事など、誰も知らない。故にただの部外者、そしてただの餓鬼でしかない。

たとえ上からの命令であったとしても、部外者の子供のような奴から命令されて、気分がいいものではないだろう。

「冷泉提督を護送車にお願いします」

そんなものに興味がないかのように彼らに伝える。

彼らは無言で冷泉に手錠をかけると、草加を見る事さえなく、連れて行こうとする。

 

「長波……」

部屋の出口で冷泉が振り返る。

 

「なんだよ」

予想外だったのか、長波が驚いたように彼を見た。

 

冷泉はしばらく彼女を見ていたが、首を振ると

「いや、……なんでもない」

というと部屋を出て行った。

 

冷泉が何を言いたかったかは分からないが、長波に贖罪でもするつもりだったのだろう。もう二度と長波とは会うことはないだろうから、嫌われたままでは嫌だったんだろうか? 愚か者め。

「しかし、冷泉提督は、何だったんでしょうね」

まあどうでもいいことだ。自分にとってはエリート将校の転落がみえたこと、そして突き落としたのが自分であることに満足だ。撃墜マーク1ってところか。敵のエース級を撃墜って感じだな。

きちんとノルマを果たしたから、帝都に帰ったら三笠様からも褒められるだろう。こういった成功を積み重ねていけば、評価も上がるだろう。そして、階級を上げていき鎮守府司令官に上り詰めるんだから。その第一歩だ。

 

長波は何か考えているのだろうか、草加の問いかけに反応せずに突っ立っているだけだ。普段とは違い、どこか物憂げな表情をしていて、少しドキリとさせられる。彼女に悟られぬように視線を上下させる。

駆逐艦とはいえ、やはり艦娘だ。その外観は人間と見紛うほどだが、それぞれの部位がすべて洗練されている。少女とはいえ各部位の凹凸は素晴らしく、芸術品といってもいい。

そして嫉妬の炎がチリチリと体を焦がす。こんな子を冷泉は自由にしていたのだ。提督と艦娘という関係を利用し、彼女たちを好きに弄んでいたのだ。

許すまじ許すまじ。

提督という地位にあるべきは冷泉ではなく、自分である。今はまだその道すがらでしかないが、やがて辿り着く。辿り着いてみせる。ありとあらゆるものを利用し、つかみ取ってみせるぜ。そして、艦娘たちを従えてやるのだ。

 

「草加さん、何か用か? 」

長波に声をかけられて我に返る草加。

それにしてもこの艦娘はずっとタメ口だな。現在の階級からして、長波のほうが立場が上だからこの話し方も仕方ないか。少しの我慢だ。もう少ししたら階級でも追い抜くことになるだろう。そうなったら、この子の口の利き方を改めさせないといけないな。せっかく可愛いのにこんな口調じゃ台無しだ。

 

「おっと、失礼しました」

妄想の世界に嵌まり込んでしまっていたようだ。少し慌ててしまう。

何も知らない艦娘はこちらを見つめている。自分の心の中を覗かれちゃいないかと慌て、平静さを保とうと必死になる。

「これで私の任務は終了となります。ご協力ありがとうございました。大湊までお送りする車は準備できていますので、後程案内しますね」

 

「草加さんは、どうするんだ」

 

「私は冷泉提督の後を追って、第二帝都に移動します。軍法会議にも出席しないといけないですからね」

 

「そうか……冷泉提督はどうなるんだろうな」

 

「彼は三笠様の殺害未遂の容疑がかかっています。こんなことは前代未聞ですからね。艦娘と日本軍との信頼関係にかかわる重大事ですからね。そして今回、彼の自白があったことから、有罪は決定的でしょう。処断されるのは当たり前です。罪は重大だ。……でもね、長波さん。もっと許せない罪を彼は、いや、奴は犯しているんです。奴は叢雲さんを三笠様殺害のための道具として利用したんだ。あろうことか艦娘の提督への好意を利用し、使い捨てにしようとした。奴は叢雲さんの心を踏みにじったんです。そんな奴は私は許せない……絶対に許せない」

草加は長波の瞳をじっと見つめながら想いを伝える。気のせいか長波の瞳はうるんでいるようにさえ見える。

同時に尾てい骨から背骨を伝わり脳天へと抜けていく、えも言われぬ快感に酔いしれる。草加自身が起こしたことで様々な人が巻き込まれ、あるものは死に、あるものは憎しみにかられ、あるものは憎まれる。そして互いに憎しみあうのだ。すべてが自分を原因として……。

 

「長波さん、私はきっと冷泉提督に罪を償わせて見せます。叢雲さんの無念は私が晴らして見せます」

そういうと彼女の両手をしっかりと握りしめた。

「犯した罪に見合った罰を、冷泉提督に」

 

長波は何の反応も無い。言葉にすらならない状況か。

彼女の心の中は嵐が吹き荒れているのだろうと推測した。信頼した上官に裏切られたこと。親友が上官を愛していたこと。親友は上官にそれを利用され捨て駒にされたこと。上官はそのことに対して罪の意識などないこと。親友の無念を晴らせること。信頼していた上官を追い込んだこと。上官はおそらく有罪となり処断されること。おそらく死罪となると草加は予想している。その決め手となったのは長波であること。そういった様々な思いがぐるぐると回りまわっているのだろう。

 

ふと気配を感じてそちらを見ると、兵士が戸口に立っていた。何かと問うと二人の乗るそれぞれの車が準備できたとのことだ。

「すべて私に任せてください。長波さんにとって一番良い結末へと導いて見せますからね」

 

「わかったよ。ありがとう草加さん。あたしは、もう少し叢雲のそばにいてもいいかな」

 

「そうですね。彼女の遺体は帝都に運ばれますが少しくらいなら大丈夫でしょう。私から話しておきますから。……私は帝都に行かねばなりませんのでお先に失礼しますね」

そういえば、叢雲の死体はどうするんだろう? 三笠様からは何も聞いていなかったな。もはや何の用事も無いものだけれど、その辺は艦娘側でどうにかするんだろう。運搬が少しくらい遅くなっても問題ないだろうな。

 

「では、またお会いしましょう」

軽く彼女の肩を叩くと、草加は笑い去っていった。

 

 

一人部屋に残された長波は、叢雲が横たえられたベッドに歩みよる。近くにあった丸椅子を彼女のそばに置くと、腰かける。

そして、慈しむような瞳でかつての親友の亡骸に向かって語りかけるのだった。

「なあ……叢雲。やっぱり、提督はバカだよな。なんであんな嘘をつくんだろうな」

提督は長波に言った。叢雲に命令して三笠殺害を企てたこと。仮に失敗したところで損害は叢雲のみだから、問題ないと。すべては冷泉の企みであり、叢雲は利用されただけの犠牲者だと宣言したのだ。

「あたしはアンタからみんな教えてもらってたよね。信じてあげられなくて、……ごめんね。みんな三笠様たちが仕組んだことなのに……アンタはそれを提督に知らせようとしただけなのに。あたしは信じることができなかった。親友の言うことを信じられなかった。アンタが三笠様を殺そうとして、失敗して逃げてきて死んでしまったって思ってしまった。アンタがそんなことするわけない……だから提督に命令されたに違いないって思ったんだ。ううん、そうじゃないな……思い込もうとしていたんだよ」

だからこそ、冷泉提督を憎もうとした。自分にとって都合のいい結末を求めた。すべては冷泉提督が悪い。叢雲は、何も悪くない。騙されていただけなんだ。悪いのは、あの男なんだ。

 

「そしたら、どうだよ。提督は、あいつは認めた。すべてが自分の意思によるもんだって。軍の人間がいるところでそれを認めたんだ。自分の立場が最悪になるのがわかっていたのに」

 

そう―――冷泉提督は自らを犠牲にして、叢雲の名誉を守ろうとした。

 

そして、更には長波さえも救おうとしたのだ。

 

 

 

 

 


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