「俺は、俺は……」
冷泉は狼狽えているのが明らかだ。視線は宙をさまよっている。
草加は戸口に立ったままの長波に目で合図を送る。彼女が何をどう思っているかは手に取るようにわかる。自分が彼女の思考を誘導しているのだからな……当然だ。
ここで彼女を利用して冷泉に真実を……否、自分にとって都合のいいことを喋らせ、その言質を取ってあいつを追い込むのだ。
冷泉が叢雲に指示などしていないことは、明らかだ。しかし、証言の場であれば、冷泉は自らの潔白を示すためにそう発言するだろう。
だがしかし、それでは叢雲が罪を犯したことになる。上司の命令に背き、勝手な行動をとり、そして処断されたと……それを長波に伝えるだろうか? 冷泉の性格ならそんなことは絶対にしないだろう。だからこそ、この場に長波を連れてきているのだよ。
「提督、あのバカは……」
言葉を詰まらせながら、さらに長波は言葉を続ける。
「提督の立場が悪くなるってのに、それでも、三笠様を殺そうなんて愚かなことをしようとしたんだ? 軍規を無視しても……? 理解できない。」
その言葉の節々に何故、親友がそんな馬鹿なことをしたのかという批判と、なぜその行動を犯してしまったのかを友として理解できない自分に対する悔しさがにじんでいるように思える。
「あいつは、いつもあんたのことばかり話していた。いつもいつも提督が提督がって。褒めてもらったとか怒られたとか、頭をなでられたとか……くだらないどうでもいいことをホントにうれしそうに話していた。……あんたのことを提督という存在以上のものに思っていたんだ。それは提督だってわかっていただろ? だから、そんなあいつが、提督を追いつめるような真似をするはずがないんだ。なにか、なにか理由があったに違いないんだ」
「……叢雲は、戦うことに向いていなかった」
と唐突に冷泉が呟く。
「だから、そんなことが起こらない後方へ、……第二帝都へ移動させたんだ。なのになんでこんなことになったんだろう……な」
それは誰に向けて言った言葉でもないようだ。
「俺は、本当に馬鹿だ。言葉の上っ面しか見ていなかった。何もわかっていなかった。いや、理解しようとしていなかったんだな」
何か悟ったような、そしてあきらめたような表情を見せると、大きくため息をついた。
「提督、何をおっしゃっているんですか? ちゃんと長波さんの質問に答えてあげてください。意味の分からないことばかりで結論が無いじゃないですか」
くだらないことを繰り返して、結論をはぐらすつもりか? 草加は少しイラついてしまう。
「長波さんは真実を知りたいんですよ、なんで叢雲さんがあんなことをしてしまったのか? 本当のことを言ってあげてください。自己弁護に費やす愚行などせず、真実を仰ってください」
冷泉は草加を見、そして長波を見た。
「なあ、長波……」
「な、なんだよ? 」
いきなりまじまじと見つめられた艦娘は、動揺したように声を上げる。
「俺はな、叢雲のことを大好きだったんだ。もちろん今でもだ。部下である艦娘としても、一人の女性としても。そして、彼女も。……だからこそ、俺は彼女に縋るしかなかった」
先ほどまで見え隠れしていた躊躇いが消え去った、悟りきったような表情で彼は言葉を続ける。
「現状、追いつめられた俺にはもはや打つ手は無かった。どこに行こうとしても行き止まりだ。この状況を打破するには、手段を選ぶことはできない。だから、俺は叢雲に命令したんだ。……第二帝都東京へ赴き、艦娘の長たる三笠を討て……と」
「な、なんだって? 」
長波の驚きの声を聞きながら、草加はほくそ笑んでしまう。ついに言いやがった、この男は。やってもないことをやったと認めた。
予想通り。叢雲の濡れ衣を晴らすために、自ら罪をかぶるはずだと。自分が命令したことにして、叢雲が暴挙に出たことにするだろうと。
……本当は叢雲は騙されただけで、三笠を殺そうとする意志などまるでなかったのだけれどな。
「やっぱり、やっぱり叢雲はあんたに命令されてあんなことをしてしまったんだな。……そうだったんだ。なんでそんなことをしたんだ? 成功する見込みなんてほとんどなかっただろうに」
「……失敗する可能性のほうがはるかに高いのはわかっていた。けれど、可能性はあった。だから、俺は命じた。万が一でも可能性があるのであれば、やってみる価値はあった」
落ち着きを取り戻したのか、冷泉は淡々とした口調で話している。
「成功すれば第二帝都は大混乱だろう。軍部と艦娘側の連携にもヒビが入るのは間違いなかった。軍部には艦娘たちに対してよく思っていない勢力もあるからな。よからぬことを考え、これを機に起こす輩も出るだろう。そうなれば、今の俺にも逆転の目が出てくるからな」
「叢雲が失敗したらどうするつもりだったんだよ」
「失敗したら? ……作戦を実行するにあたり、失敗など考慮などしない。特に今の俺のように後が無い状況ならな。それに、失敗したところで、損害は叢雲だけだ。……痛痒を感じな」
次の刹那、鈍い音がして冷泉の体が宙を舞った。
「ふざけるな! あんたは、あんたはあいつを使い捨てにしたっていうのかよ」
長波が動き、冷泉を殴り飛ばしたのだった。そして倒れこんだ冷泉の体にまたがると、襟首をつかんでなんども揺さぶる。
「あんたはあいつが死んだところで何とも思わないのか。あんたにとっては、そんなもんなのか! あいつはただの消耗品だっていうのかよ」
冷静さを失った長波は、禁忌である人間に対する暴力行為を止められないようだ。
止めるべきではあろうけれど、草加は止めるつもりなどなかった。面白そうに二人のやりとりを傍観するだけだ。
「げふっ……」
激しくせき込む冷泉。どうやら強く首を絞められていたようで呼吸困難に陥ってしまったようだ。これ以上やられると冷泉が死んでしまうかもしれない。最終的には冷泉には死んでもらうが、こんなにあっさりと死なれると困る。それにそれは想定されていないはずだ。
「長波さん、それ以上やったら提督が死んでしまう」
あまり感情がこもらないけれど、長波に近づくと声をかける。
はっと我に返った彼女は掴んだ両手を緩める。そして冷泉から離れて座り込んでしまう。興奮はまだ収まっていないのか、肩を上下させている。
冷泉は何度もせき込みながら、起き上がる。
「フン……そうだよ、長波」
乱れた衣服を整えながら、冷泉は立ち上がり長波を見下ろす。
「所詮、艦娘は兵器でしかない。好きだとか嫌いだとかいう感情は上っ面のものでしかない。俺はいかに有効にお前たちを使うかだけしか考えていないよ。叢雲の死は確かに戦力の喪失としては痛い。けれど、それだけだ。いかに効率よく最小限に艦娘を死なせて、最大限の勝利を得るかを考えるのが提督というものの使命でしかない。……今回は、失敗でしかないがな」
吐き捨てるように彼は言った。
「艦娘は……ただの兵器かよ」
「そうだ。ただの兵器だ。それ以上でもそれ以下でもない。お前だってわかっているだろう? 何をいまさら言っている」
その口調は嘲笑うかのようでもあった。艦娘の理不尽な暴力にさらされて、彼も本性を現してしまったのだろうか。そうとしか思えないそれほどの変貌ぶりだ。
それを見て、草加は思わずニヤついてしまう。艦娘は人間と変わらず大切な存在だなどと、言っていたのはどの口か。所詮、きれいごとをいったところで、追いつめられれば腐りきった奴でしかないのだ……と。
所詮は、ただの屑だよ。鎮守府司令官だからって、大したもんじゃあない。
まあどうでもいい。冷泉が首謀者であるという言質を取ったのだ。これでこの男も終わりだ。ノルマ達成。帰ったら三笠に褒めてもらおう。
そして、何だか尾てい骨のあたりがうずうずしてしまうのを感じる。こいつらはいろいろと言い争っているけれど、すべての原因が自分であることを知らないのだ。
叢雲たちを追いつめ、そしてこいつらの大切な叢雲を殺したのが自分だと知ったら、二人はどうするのだろう。どう思うのだろう。
ああ、言いたい。伝えたい。
お前たちが大切に思っている叢雲を殺したのは、俺だよって伝えてあげたい。
その時の彼らの反応を想像したら、昇天してしまいそうになる。
泣きわめき怒り狂う姿が目に浮かぶ。それはどれほどの興奮をもたらすのだろうか。
駄目だ駄目だ。
草加の人生は、まだまだこれからなのだ。今後、これ以上の興奮することは数えきれないほどあるはずなのだ。
だから、ここはじっと我慢して見守ってあげよう。
愚かどもの運命を。