まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第213話 秘書艦榛名への想い

秋月栄太郎は、その日行われていた会談を遠くから監視していた。

これは艦娘榛名よりの命令だった。

 

転生者である秋月は、舞鶴鎮守府における艦娘扶桑を主犯とした艦娘脱走および武装兵力による鎮守府攻撃の際、榛名より暴行を受けて強制的に従わされる犬にまで落ちぶれていた。あれ以降、ほとんど毎日のように雑用を命じられるようになっていた。しかも、それは榛名との関係を悟られぬように極秘裏にである。最初は逆らったら何をされるか分からぬ恐怖からであったが、二人だけの共通の秘密を持っているということで、まるで榛名が自分の彼女のような気分になり、いつしか彼女からの命令を心待ちにするようになっていたのだった。

 

榛名から言われた事は、部外者を近づけないように……ということだった。ただ、秋月は彼女にも内緒で榛名と山城の会話を録音をしていた。何かあったとき榛名に有利に使えるようにである。

 

そして新たな任務となった長波の動向をモニタリングもしていた。

想定内の事態であり、まるで焦ることは無かった。あらかじめ準備していた望遠鏡に集音マイクを駆使することにより、榛名たちの会話を盗み聞きしている彼女の監視も完璧だ。決して彼女に悟られぬよう監視していた。

 

そして、長波は呻くようにつぶやいた。

「れ、冷泉朝陽……お前を許さない。叢雲を使い捨てにした報い、必ず受けさせてやるからな。この命に代えてでも」

その決定的な場面を逃すことはなかった。

 

前後の会話だけで、どうして彼女が冷泉提督に対して猛烈な殺意を抱いたのかは想像もできなかった。秋月の知りえない場所で起こった様々な出来事が彼女の心を大きく揺さぶったのだろう。

一体何がそうさせるのか……。興味はあるが、それは後回しでいいだろうと秋月は考える。たとえ知ったところで、自分にとってのメリットはほとんど無かろう。

 

暗闇に身を潜めたまま、山城と長波が去って行くのを待った。艦娘の検知能力は人間の比ではない。榛名よりある程度は教えられているが、艦娘ごとにその力は違うであろうことから、警戒しすぎるということは無いのだ。監視していたことがばれたら、厄介なことになるからな。

 

そして、秋月は榛名のところへとやって来た。

建物内に入ると榛名を捜す。そして、一人部屋に立ち窓の向こうを見つめる少女を発見する。焦点の合っていない遠い目をして、何がうれしいのか声もたてずに笑う榛名の姿を見てしまう。狂気を宿したその笑みに戦慄せざるをえないのだ。

 

その姿は、とても美しい。けれども、ある意味怖くもあり、そして、また悲しさを誘うのだ。艦娘榛名は、艦娘の中でも特に綺麗なだけに、彼女の普段の姿とは明らかに異なる……その尋常じゃない状況を見ることは怖い。美しい芸術品でありながら、壊れた人形のように見えてしまうその姿に。

 

秋月の気配に気づいた榛名が彼を見る。秋月は自分の心の中のそんな感情を押し殺し、観察した事の詳細を伝えた。

 

「……うふふふ、そうですか。そんな事になりましたか」

彼からの報告を受けた榛名は、嬉しそうに声を上げた。

「とても、おもしろいですね」

と、さらに機嫌良く喋る。

 

「は、はあ」

それ以外の言葉が見つからない。

 

「少なくとも、あの二人には、虚偽の情報による冷泉提督への悪意を植え付けることができたようですね。これは想像以上に成功といっていいですねえ。山城は、私の話を完全に信じ切ってましたし。姉を殺された恨みなど、どこかへ消えてしまったようですね。それどころか、私に対して哀れみさえ感じてくれたみたいですし。彼女は今後、私の為にいろいろと役に立ってくれると思うわ。ふふふ……大成功だわ。しっかりと舵取りができたら、鎮守府を再起不能にすることだって……できるかもしれないです! それから望外なのは、長波が食いついた事だわ。あの子と叢雲がとても仲が良かったのを知っていたから、彼女の心にほんの少しの悪意を植え付けることができたみたいね。……あなたから長波が潜んでいる報告を受けてとっさに判断し、意図的に冷泉提督が陰謀を張り巡らせそのために、鑑娘を使い捨てにしたかのように話を作ってみたの。即興のシナリオだったけれど、どうやら想像以上にうまくいったみたいね」

榛名からは、事前に山城に対して事実を伝えると聞いていた。まあ、実際は意図的に改ざんされた事実ではあるkれども。それでも、山城にとっては、信じたくない「事実」から目を背けるにはちょうどいい嘘だったはず。都合の良い嘘を信じてしまうのも無理はないだろう。

 

彼女にとっては、扶桑という鑑娘の存在こそが絶対であり、その他のものはどうでもいいはずなのだから。唯一無二の存在が貶められていることを信じたくなかったのだろう。誰かに利用され仕方なく裏切った。そして、殺されてしまったという話の方が都合がいいのだろう。そりゃそうだよな。

 

不自然な金剛と叢雲の異動については、恐らく何らかの意図が含まれていたはず。それは秋月さえも思っていたことだ。冷泉提督の性格からすると。彼女たちの事を考えて行ったことだと思われるけれど、あえて曲解して捏造した。うまくいくかわからないけれど、悪意の種を植えることはできた。あとはどう成長するかだ。

 

秋月が長波が異常に動揺していたと自分なりの感想を述べると、何か彼女は疑問を持つような事態にあったのですねと榛名は満足げに笑った。

「こちらの話については、私がさらに彼女に問合せ、さらに追い込んでみます」

 

「長波は、かなり動揺していました。叢雲の異動の件についても、彼女なりに思うところがあったんでしょう。榛名さんの話を聞いて、異常なほどの動揺ぶりでした。想像すらできないですが、何か重大な出来事があったのかもしれませんね。少なくとも、榛名さんの話を聞いて彼女は何か確信を持ったようです。冷泉提督に対しては敵意を持ったことは間違いありません」

 

「それはすばらしい! うまくできるか不安でしたけれど、成功ですね。もっとがんばってよりすばらしい成果をあげれば……きっと、きっと高洲提督は、私をこの牢獄から連れ戻してくれるわ。呉鎮守府では、お役に立てなかったけれど、私だってきっと何かできる……。私はそう信じているの。私なんかでも、きっと提督のお役に立てるって。このままうまく事を運ぶことができたら、きっと! 」

すばらしい未来展望が見えたかのように、榛名は恍惚とした表情を見せる。

「いえいえ、まだ油断なんてしちゃだめですね。この動きを、あの加賀や長門にだけは知られないようにしないといけないわ。……彼女たちは、あの横須賀で秘書艦を勤め中心的な存在でいたのだから。いろいろと余計な事に気付くかもしれないからね。それに……特に二人とも、冷泉みたいなのにお熱をあげているから。私では気づかないことにまで気づいてしまうかもしれません。慎重に物事を進めないと、どこで足元をすくわれるかもしれませんからね。どう考えてもあいつらとは仲間にはなれそうもないから、気をつけないといけないわね。敵意を悟られちゃいけない。結構骨が折れることかもしれないけれど、私ならなんとかできるはず。困難なほうがやりがいがあるわ。困難であればあるほど、私の力を提督が認めてくださるのだから。……ふふふふ、楽しくなってきたわ」

嬉しそうに榛名が喋り続ける。

 

「そうですね、榛名さんならきっと成し遂げるでしょう」

秋月は旗から見たらあきらかに情緒不安定な彼女言動に困惑しながらも、そう言わざるをえなかった。たとえ全てがうまく運んだところで、彼女には何も得るものがないことを彼女は想像すらしていないだろう。

決して、彼女の想いは届かないことを。

 

そして、強い決意を持たざるをえなかった。

 

俺がこの榛名を守るのだと。

 

初めて出会ったときから、榛名という艦娘は秋月の瞳をとらえて放さなかった。この世界に来る前、艦隊これくしょんで自ら提督を務めていた彼の秘書艦は、戦艦榛名だった。しょせんゲームではあったけれど、イラストでしかない彼女の笑顔、声優の演技でしかないはずの声が彼の心の癒しであった。そして、そんな彼女が現実世界に存在したことに運命的な驚きを感じずにはいられなかった。そして、現実はあまりにも秋月に厳しく、自分は一兵卒であり、彼の秘書艦であった榛名は手の届かないところにいたはずだった。

しかし、運命の悪戯か……彼と彼女の運命は交差したのだ! そして二人の運命は茨の道でしかなかった。それが余計に彼の心に火をつけた。

 

榛名という艦娘……その美しさはもちろん、それ以外に瞳をそらすことができない部分があった。ゲームのキャラクターとはまるで違う彼女の呪われたような過酷な境遇。それに耐え切れなかったのか、どう考えても彼女の人格は崩壊してしまっているとしか思えない。そんな鑑娘に哀れみさえ感じていたのだ。

 

呉鎮守府でどれほど酷い目にあったのか、秋月には知る由も無い。しかし、そこでの仕打ちが今の彼女の性格に影を落としているのは間違いない。彼女の言動は、どう考えても二重人格としか思えないのだ。ある時はあまりに凶暴、しかしあるときはとてつもなく優しい。言動だけでなくその雰囲気すら変化していくのだ。少女のようなあどけなさを見せたかと思うと、商売女のようなぬれた色気を見せたり、悪魔のような表情を見せたり……。

 

どういった境遇が彼女をこんな多面性を持つ少女に変えてしまったのか? 普段見せている姿が本来の姿なのだろうけれど、裏の顔を知っている自分からすると混乱しか無い。

 

過酷な運命は舞鶴に来てからも逃れられないようだ。彼女は舞鶴へは刺客として送り込まれているらしい。

 

彼女の気持ちとは裏腹に、秋月には呉鎮守府の高洲提督の考えが透けて見えてしまう。

 

役に立たない戦艦を鎮守府より厄介払いをし、あわよくばその艦娘を使って成果を上げようと考えているのがよくわかる。失敗して当然、うまくいけば御の字程度にしか考えていないのがみえみえだ。そして、何かあったとしても、榛名が勝手にやったことと自分を安全圏において、リスクは彼女のみに背負わしている。

 

榛名を使い捨てようとしているのだ。あの野郎! と思わず呻いてしまう。

 

なんにせよ、今すぐ殺すべきゲス野郎だ。

 

高洲の予想以上に、今の榛名は活躍し結果を出しつつある。

あの状況で扶桑を殺害したのは、高洲提督の指示どおりであることを秋月は榛名本人から聞かされている。彼は、冷泉提督を自らの配下引き込むことができそうもないと判断するや即、今度は冷泉提督を陥れる策略を練り、それもうまくいっているようだ。仮にその策が失敗したとしても、榛名が冷泉をどうにかする算段であることは彼女の話している内容から推測できる。

 

危険で困難なことを榛名にやらせているのだ。それを分かりながら嬉々として従っている榛名に哀れみを感じてしまう。一体、どうすればここまで手なずけることができるのか。そして想像が知ってはならない領域にまで及んでしまい、吐き気をもよおさずにはいられない。どういったことをどういった方法で彼女の体に刻み込んだか……。元の世界で本やネットで見たことを思い出し、気分が悪くなる。

 

秋月は、思う。

冷泉提督のところでいたほうが、彼女は幸せなはずだ。彼ならば、彼女を必ず幸せにしてくれるはずだ。けれど、呉鎮守府の高洲提督の呪縛があるかぎり、彼女のその選択肢はありえない。利用するだけ利用されるのだろう。高洲にはすでに榛名に対する愛情は一欠けらも無いと秋月は考える。けれど彼女に刷り込まれた呪いは今も解かれぬままだ。……それが解ける時、それは彼女が死ぬ時か、高洲提督が死ぬ時だ。その行き着く先は、どちらにしても不幸しかない。

 

冷泉提督は、榛名の隠された事実を知らない。仮に知ったところで信じられないだろう。当然、榛名は否定するだろうし、鎮守府の司令官がそんなことをするなんて彼の性格から想像もできないだろう。信じることができたとしても、それを知る頃には、彼は殺されているだろう。

そして、その機会は永遠に訪れない。もはや、彼には何の力も無い。彼はすべての権限を奪われここにはいないのだから。

 

高洲提督を処断し、自らが榛名の主になるのが最良の選択だと秋月は結論ずける。

自分なら彼女をこの地獄から救い出し、そして愛の力で彼女を呪いから解き放ち、艦娘としても人間の少女としても幸せにすることができるのだ。不可能といっても間違いではない。そんなことは分かっている。けれど、彼女の苦しみ悲しみを知り、彼女をそこから救い出すことができるは自分だけなのだから。自分しかいないのだから!

 

冷泉提督は、すべてに絶望し死を選ぼうとした空母加賀を、その絶望から救いだしたと聞いている。

冷泉にできたことが、同じ転生者である自分にできないはずがない。だからこそ、決意をする。

 

俺が必ずお前を救い出してやる

榛名を俺が守るのだと。

 

 

そして、その頃……。

大湊警備府において、一つの選択がなされる。

 

それは、更なる深き悲しみと絶望を呼ぶこととなる。

 


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