まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第200話 駆け出すしかなくて……

「な! 何を馬鹿な事を言ってるの!! そんなの全部嘘よ。どこでどう間違ったら、そんな話になるっていうの? アンタ、どうしたっていうの? 訳分からないわ」

何を言っているんだ、この女は! 叢雲は怒りがこみ上げてくるのを抑えきれない。

何処でどう勘違いしたら、そんな結論になるというのか。少し前まではテートクテートクってはしゃいでいたはずなのに、どうしてここまで心境が変化するというのか。

 

元々、自分の感情を余り隠すことなんてしない金剛だから、誰の目にも彼女が冷泉提督を好きだということは明らかだった。……それもかなり本気で好きだったはず。なのに、今の彼女は冷泉提督の事を憎んでさえいるように見える。

 

気持ちの切替が早いといっても限度がある。一体、提督にどんな事を言われたというのか。仮に、提督が金剛の気持ちを受け入れないとしても、傷つけないように不器用ながらも気を遣うはず。実際、叢雲に対してもそうだった。彼は優しいのだ。憎しみを抱くなんてありえない。

 

「あれ? どうしたの、叢雲。何をそんなに熱くなってるのカナ? ……もしかして、提督の事を叢雲は好きだったの? 」

口調は冗談っぽいが、探るような瞳で金剛が見つめる。そして、叢雲は気づく。そういえば、金剛はいつも冷泉提督の事をテートクって呼んでいたのに、今は余所余所しい感じで提督と呼んでいることに。

 

「そうよ。それがどうしたって言うの? アタシは提督の事を好きよ」

もう叶わぬ願いであるがゆえ、誰かに隠し立てする必要もない。そして、隠す相手でもない。自然と自分の気持ちが口から溢れ出て来る。

もっと早く、そして本人に対して言っていれば何かが変わったかもしれないな……そんな事を想いながら。

 

「本当に冷泉提督の事を、一人の男性として叢雲は好きなんだ! ふふふ……面白いネー! 」

金剛が馬鹿にしたような口調で話す。

「艦娘が本気で人間を好きになるなんて、興味深いナ。是非是非教えて、どんな気持ちナノ」

 

「馬鹿にしないで。アンタだって提督の事を好きだったでしょう? 何とぼけた事言ってるのよ」

 

「はあ? ワタシが提督の事を好き……だったですッテ? えっと何それ、ジョーダンのつもりなのカナ? だとしたら笑えないよー」

驚いた表情で問いかけてくる。その表情、言葉から決して冗談で答えているようには見えない。 そして、叢雲の真意を確かめるような瞳でしばらく見つめていたけれど、何かに思い至ったように冷めた表情になる。

「なんで、ワタシがレイゼイなんて人を好きにならないといけないワケ? うーん、冗談にしても、笑えないネ。そもそも……艦娘が沈む原因を作ったニンゲンなんだヨ。大切な仲間を、無為に死なせた奴なんて、許せるわけ無いネ」

それは、金剛の本音に聞こえた。嘘偽りの無い、今の彼女の気持ちであると分かった。

 

「ア……アンタ、一体……何者なの」

思わずそんな言葉が口から出てしまう。目の前にいる艦娘は、叢雲のよく知る艦娘のはずなのに、ずっとずっと同じ時間を共有していたのに。まるで別人のような反応をする存在に混乱が止まらない。

ありえない事が起こっているというのか? 目の前の金剛は、少なくとも叢雲の知っている金剛じゃない! 

 

「面白い事言うネ。ワタシがワタシじゃなければ、一体何だっていうネ? ここにいるワタシがニセモノって事? 何か叢雲、今日はとっても変だネ。大丈夫ナノ? 」

まったく冗談を言っている風でもない金剛の態度を見ていると、疑惑が核心に変わっていく。彼女は嘘をいうようなタイプではないし、そういった演技なんて絶対にできない事くらい知っている。

「ワタシの事が変だって叢雲は言うケド、どっちかっていうと叢雲のほうがおかしいネ。まるで人が変わったみたいダヨ。だって、ナンカ、いつもより感情的すぎてちょっと怖いし。そこまで提督に固執すること自体、いつもの叢雲らしく無いネ。いつもなら一歩引いた感じで物事を見てたって思うケド。レイゼイ提督の事が好きで好きで堪らないのかもしれないけど、恋愛感情っていうより、ただ何か追い詰められたような切迫感しか感じられないネ。まるで、誰かに操られているみたいに」

 

逆に叢雲自身が改変を受けたかのような言いぐさをする金剛に、これ以上の会話はもはや平行線を辿るだけでしかないと判断せざるを得なかった。

「もういいわ。これ以上、アンタと話しても何の答えも見いだせないみたいだし。自分で答えを見つけてみせるわ」

 

「そーなの。よく分からないケド、叢雲が納得するまで調べてみればイイネ。何が正しくて何が間違っているかは、結局、自分で見てみないと判断できないものだし」

妙に達観したような言葉を金剛はかけてくる。

 

「そうね、そうするわ。……けどね、金剛。これだけは覚えておいて。アンタがこれから何をしようとしているのか、それとも何をさせられようとしているのかはアタシには分からないわ。でも、冷泉提督は、いつもアタシ達の側にいてくれて、アタシ達を守ろうとしてくれている。……それだけは絶対に忘れないで。アンタがどこで間違った事を刷り込まれたのかは知らない。でも、提督は絶対にアタシ達の味方でいてくれるのよ。決して、アタシ達の敵になるなんてことはない。それだけは忘れないで」

無駄とは思いながらも、口にせざるをえない。

どこで金剛が変わった……変えられてしまったかは分からない。本当なら力尽くで彼女を止めるべきなんだろうけど、もはや自分にはそんな力は無い。そんな立場でも無い。彼女を納得させる言葉も持たない。それでも、金剛が後で後悔するようなことだけはさせたくない。

自分の無力さを痛感しながらも、言葉を紡ぐしかできないのだ。

 

同じ提督を好きになった者として……。

 

「あはははははは! ふう、叢雲もジョークが上手くなったネー。ワタシの上司でも無いニンゲンが、ワタシのためなんかに行動なんてするわけないデース。そして、レイゼイ提督は、艦娘に害を為す存在の可能性がとても高い存在ネ。ワタシは新たな鎮守府に属することになるから、新しい提督の命が無ければ行動を起こすことはデキマセンけど、横須賀鎮守府提督は、正義の人だと聞いていマスネ。きっと、悪事を謀る者達を許さない。みんな討伐していく筈ネ。その標的にレイゼイ提督もいるのは間違いないネ。……もしいなければ、ワタシの知りうる情報全てを提督にお伝えして、レイゼイ提督を討伐対象に入れて貰うデース! 」

と、愉快そうに話し、そして笑う。

 

「な! ……」

次の言葉が出てこなかった。

 

本当に目の前にいる艦娘は、自分の知る金剛なのか? 不知火といい金剛といい、まるで人が変わったかのような……まるで別の何かになっているようにしか思えない。

根本部分は間違い無く本人である。叢雲の知る艦娘達なのは、間違い無い。けれど、ある時間以降今までの記憶が完全に欠落し、その時間の中で得たはずの楽しかったり辛かったりした様々な思い出を失い、その時々で自ら考え至った結論を全て捨て去ったものになってしまっている。……想像でしかないけれど、それは確信に近いものがあった。それを認めることは、辛いだけでしかないのだけれど。

 

「まあ、これ以上話合ったって、何の解決も見出さないネー。ウン、時間の無駄無駄。ここで道草食ってたら、ドックでワタシを待ってくれている人達に怒られてしまうネ。改二改装の完了を、生田提督も首を長ーくして待っているって聞いてるモンネ。ってことで、叢雲、ここでバイバイだよ。なんかワケのわかんない妄想に浸ってたら、本当に駄目になるヨ! 」

そう言い終わると、それまで口論していた事を忘れたかのように、人なつっこい笑顔をみせて、彼女は叢雲に背を向け歩き出した。

 

「ちょ、待ちなさいよ! 」

そう叫ぶが、彼女はもう振り向かなかった。

 

しばらく金剛の後ろ姿を見送っていた叢雲だが、すぐに思い出したかのように……走り出した。

 


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