直撃の爆風とほぼ同時に襲ってきた衝撃で、冷泉は、いとも簡単に海へと放り落とされる。
海面までの高さは、5メートルはあったはず。着水の衝撃で一瞬気が遠くなる。
甲板からの落下衝撃もかなりのものだが、問題なのはそれだけじゃなかった。
冬の日本海は、想像を絶する程に冷たかった。一瞬にして全身が痺れるほどの冷たさだ。
必死に海面へと顔を突き出し、自分がいたはずの場所を見やる。
そこには、激しく爆炎をあげるフェリーの姿があった。吹き上げる炎でこの距離でも顔だけが熱くなる。
全身は凍えるほどの寒さを感じるのに、水面に出た部分だけは、炎に焼かれるように熱い。
フェリーの乗客はそれなりにいたはずだ。
攻撃が夜中だった為、寝ていた人も多いだろう。
いきなりの爆発音や発生した火災の騒ぎで人々が目を覚まし、状況を把握できずにパニックになっているようだ。彼らの混乱を嘲笑うように、現実は容赦なく彼らを襲う。
耳を塞ぎたくなるような悲鳴や怒声が聞こえ、どうすることもできない冷泉を責め立てる。
そして、更に水面を幾筋の白い軌跡が音をたてて走っていくのを見てしまった。
―――魚雷?!
「おい、マジか!! 」
視界を猛スピードで横切った軌跡は、すべてがフェリーへと一直線に進んで行く。
着弾と同時に、巨大な水柱が何本も上がる。
船は、その衝撃で垂直に数メートル真上に浮き上がったと思うと、そのまま轟音を立てて着水すると同時に、その衝撃で中央から真っ二つに船体が折れる。
鋼鉄が引き裂かれるとこんな音がするのか?
割れるような引き裂かれるような音が耳をつんざく。そして、着水の衝撃による高波が押し寄せてくる。
フェリーは巨大な火柱を上げ、船首と船尾を持ち上げながら、中央部から傾き、ゆっくりと沈んでいく。
乗客達が逃げ場を求めて動き回り、落下していく姿も見える。
まずい、沈没する。
ぼんやりとここで眺めている場合じゃない。波に翻弄されながらも、冷静に脳が指摘してくる。
船との距離が近すぎる!!
このままだと沈没に巻き込まれてしまう。
冷泉は、必死でその場から離れようとするが、ダウンコートや靴がたっぷりと水を吸い込んでいて思うように泳げない。靴を履くとこれほどまでに泳ぎにくいなんて……。セーターやジーンズが体に張り付いて自分の体じゃ無いように重い。
それでも必死の想いで波の中を泳ぎ、できるかぎり安全な距離まで離れようとする。
冷たい海水を何度も飲み込み、むせる。
けれど、格好なんて気にしていられない。とにかく離れるんだ。
その思いだけで水をかき、蹴った。
冷泉がフェリーからだいぶ離れた頃、再び爆発音が聞こえた。
多くの乗客を乗せたまま、炎と黒煙を上げながら夜行フェリーがゆっくりと沈んで行く。
それを呆然と見つめるしかなかった。
自分が助かったことだけでも奇跡としか思えない。
誰も助けられなかった事に少し後悔する。けれども、あの状態で自分が何をできるというんだろう。そう思うことで心の隅に沸き出した罪悪感を打ち消そうとする。
しかし―――。
まだ油断できる状態ではないことを認識させられる。
暗闇にいくつもの灯りが接近してくるのが見えたのだ。
それは、フェリーを沈めた謎の船団の灯りだ。
船体につけられたいくつかの標識灯のような光が見えるが、艦橋などからは光が一切漏れていない。
目が慣れてきたせいか、そのシルエットが確認できる。
沈めた船団は五隻。
そして、大きめの船が一隻と小さいのが四隻だ。
しばらくの間、何かをしているのか停船したままだった。サーチライトの光が沈没した当たりを何度も何度も往復する。
生存者を確認しているのだろうか? 救助でもするのか? 沈めておいて?
もし、見つかったらどうなるのか?
少なくとも非武装の民間船に砲撃し、雷撃までした連中だ。見つかればどうなるかなんて想像ができない。少なくとも、無事では済まないだろう……。そう思うと、恐怖を身近に感じる。
冷泉は、できるだけ彼らから見えないようにと、ずぶぬれのコートのフードを頭から被り、音を立てないように少しずつゆっくりと、現在地から離れようとする。
船影が確認できるまで近い距離にいるんだから、発見される恐れがかなり高い。
緊張……。
心臓は激しく鼓動する。
しかし、船団はフェリーの完全な沈没を確認すると、そのまま反転し去って行ってしまった。
船が完全に見えなくなるまで懸命に音を立てないようにするしかなかった。
油断はできない。
「助かった…… 」
完全に船影が見えなくなった時、大きくため息をついた。
命の危機が去った安堵感。
そして、ふと我に返った。
自分がちっとも安全じゃないままだということに。
残された俺は、どうすればいいんだ?
そもそも、ここはどこなんだ?
陸までどれくらいある?
そもそも、陸地まで泳ぎ切れるのか?
周囲を見渡すが、どこにも灯りは見えない。
しかし、そんな心配、する必要なかった。
さっきまでは必死だったせいか忘れていた。必死だったので、気づかずにいられたことを。
日本海の冬の海水は恐ろしく冷たい。氷点下に近いんじゃないか。
こんな場所で、そう長くは生存できるはずがないよな。
いつの間にか指先や足先の凍えが次第に全身へと広がっていたんだ。
身体が震える。震えると言うよりも痺れているといった方が正しい。緊張から解放され、現実に気づかされてしまったんだ。否、気づいてしまったんだ。
体が動かない。思うように動けない。
動かさないと沈むのは分かっている。でも言うことをきかないんだ……。
「こんなところで死んでしまうのか? マジか……。まだ何もやってないってのに。誰か、誰か助けて、く」
叫ぼうとするが、口は微かにパクパクと動くだけ。
必死の抵抗空しく、凍える海の冷たさに次第に意識がなくなり、やがて沈んで行くのだった。
次の話から艦娘の登場です。