まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第198話 運命の潮流

「では、対価は何ですか? 」

 

「は? 」

この女、一体何を言い出すのか? 

草加は、彼女の意図することが何か理解できずに、戸惑ってしまう。

 

「あなたは、万死に値する行いをしたのですよ。……戦艦金剛という、我々にとっても、そしてあなたたち人間にとっても貴重な戦力である存在を、愚かにも己が薄汚い欲望のはけ口に利用しようとして、その結果、彼女が命を絶たねばならなくなったのですよ。それほど重大な事案を起こしたことを、まさか認識できていないほどの愚か者では無いでしょう? 第二帝都東京は、私の完全なる管理下にあり、日本国政府の力は一切及ばない場所です。ゆえに、無為に時間だけを浪費する裁判などはありません。すでに私の中では、あなたの死は決定されているのです。「簡単」に、そして「楽に」なんて死なすつもりなどありませんよ。犯したその罪をしっかりと認識し、その罪の重大さを嘆きながら死んで貰うつもりなのです。もちろん、あなた如きの命程度で、罪を償いきれるわけではありませんが、かといって何もしないわけにはいきません。何かに当たり散らさないと精神の均衡が保てないほど、私は怒っています。なのに、あなたは助けろと言う。理解に苦しみます。……仮に私が、あなたを許すとして、私に何の徳があるのでしょうか? 私を納得できる説明をしてもらえますか? あなたの説得が私を納得させることができたなら……あなたの価値を証明したならば、許してあげましょう」

 

「……」

できるはずもないことを彼女は言う。ふざけるな! と立場を弁えずに怒鳴りそうになる。自分みたいな人間がどんなにがんばったところで、彼女の役に立つなんてありえない。経験も実績も何も無い。おまけに艦娘を暴行しようとした罪を犯している。一体どうしろっていうのか! 無傷の状態なら、飛びかかって押し倒しているところだ。

 

「さあ、どうしたのですか? 命乞いをするのなら、早く言ってください。さもなければ、あなたはこれ以上生きていくことはできなくなりますよ。フフン……もっとも、生きていたところで、何の役にも立たないのでしょうけれど」

よく人間を見下し虫でも見るような目をしていた三笠であったが、あれは兵士達全体を見る時の事だった。直接、一人の人間に対してこれほど侮蔑的な視線を浴びせているのを草加は見たことがなかった。もちろん、それが自分に向けられたのも初めてだった。屈辱で狂いそうになるが、どうすることもできない。反論しようにも、視線の迫力に押されて震えてしまう。

「……」

 

「この状況にまで追い込まれても、反論の言葉すらでないのですか? ……まったく、そのくせ性欲だけは強くて自制心がゼロとは。ケモノ以下の……クズのクズとしか言いようがないですね。やれやれですね。ふむ、所詮、人間とは、そのほとんどがそんなものなんでしょうかね。そんな掃き溜めから、よく冷泉さんや生田さんのような存在が出てきたものですね」

少し面白そうに三笠が呟く。

 

冷泉、生田……。

直接会ったことはないけれど、海軍に所属している者なら知らない者はいないほどの有名人だ。どちらも若くして鎮守府指令官にまで上り詰めたエリート中のエリート。二人とも、常に美しい艦娘を侍らせて、よろしくやっている性欲旺盛な助平な連中だと聞いている。見たわけではないけれど、実際にそうなんだろう。

「あんな連中と俺を一緒に、……するな」

思わずそんな言葉が口から出てしまう。

 

「おや、彼等に何か思うところがあるようですね。性欲だけのあなたが優れていると? 」

 

蔑む艦娘を無視して、草加は喋る。

「あいつらは、深海棲艦との交戦で多くの優秀な将校が戦死して、候補者がごっそりいなくなった時に、たまたま運良く軍にいただけじゃないか。本来、その職に就くべき人材は皆死んでしまっていて、たまたま生き残っていたから候補者になっただけじゃねえか。もっとも、現職の他の鎮守府指令官だって同様だけどな。優秀な人は、皆、あの深海棲艦の最初の侵攻の際に米軍と一緒に戦死して、生き残ったのはクズばかりだった。見ろよ、退職前のじじいと、行き遅れの政治フェミババアだけじゃないか。ジジイ連中は役に立たないから内地に残っていただけだし、ババアは男女同権の運動で司令官にさせてもらっただけ。ポンコツ連中が、司令官の席が埋めてしまったから、若い世代は上に上がることができない。艦娘が日本国の味方になったから、戦いも停滞状態になってしまったからな。戦闘であいつらが死ぬ可能性もほとんど無くなってる……死にやしねえ。どんなに優秀な奴でも、ポストが埋まっちゃどうすることもできやしない」

性欲だけのと詰られて、草加は頭に来ていた。自分の置かれた状況などお構いなしに、言葉だ次々と出てくる。

 

「なるほど……ね。あなたは、生まれるタイミングが悪かったからここで燻っているだけで、本来なら彼等に、冷泉提督や生田提督に負けない優秀な人間だというわけですか? 」

 

「も、もちろんだとも。一生懸命やっていたのに才能を見いだせることもなく、それどころか、生きて帰られる望みもない第二帝都東京に異動させられたんだぞ。希望も何も無いこんな街じゃ、やけを起こしても仕方ないだろう? 本当なら、俺だって艦隊を指揮して、敵と戦いたい。いや、戦える能力もある。冷泉や生田なんて目じゃないと思っている。ただ、チャンスが与えられなかっただけなんだ。運とタイミングを掴むことができなかっただけなんだ。チャンスが与えられれば、俺はきっとできると思う。いや、絶対にできる」

唾を飛ばし興奮気味に話す草加を、三笠は面白そうな表情で見ている。その目つきに悪寒が走ったが、今はそんなことを気にしていられない。ここで上手く彼女を説得し、自分の価値を知って貰わないと、確実な死が訪れるのだから。

どんな不平等な条件でも呑むだろう。死ぬよりは遙かにマシだ。今の草加にとっては世界のあらゆるものを犠牲にしても、自分だけは生き残りたかった。

急がないと、麻酔が切れてしまうということも恐怖だった。自分の負った怪我の程度は半端無くヤバイ。麻酔が切れたらその激痛を耐えきれる自身がない。死も怖いが、目先の苦痛だって怖いのだ。

 

「本当に、あなたにはそんな自信があるというのですね? 」

新しいおもちゃでも見つけたような、ワクワク感を滲ませて三笠は草加を見つめている。

 

「も、もちろん」

そう答えるしかない。それ以外の選択肢を彼女は求めていない。無理だと言えば見捨てられる。

 

「ここであなたの命を終わらせる代わりに、あなたは何を差し出せますか? 金剛の代償となるほどの対価を差し出せますか? 」

 

「……な、なんでもする。俺はあんな三下提督より遙かに優れているんだ。その俺が、あんたの為に働こう。何でもしてやろう。あいつ等よりはまだ認められていないけど、ここで俺を殺したら後々きっと後悔することになるはずなんだ。だからここで俺に賭けてみろよ」

 

「なるほど、自信はあるのですね? 」

 

「と、当然じゃないか」

本当は何の根拠も無いけれど、はっきりと答える。こんなもの気合いが大事、勢いが大事なんだ。

 

「あなたの命を助ける代わりに、あなたのその肉体、そして魂、そして未来を差し出すと誓いますか? 」

 

「え? 」

唐突な言葉に、その意味が分からない。

 

「早く判断しなさい。イエスかノーで構いません。このまま、痛みと苦しみを延々と与え続けられながら死んで行くか、私の駒として動くことを誓うか。どちらかです。私に魂を差し出すのであれば、その対価に見合う地位と権力を与えましょう」

清らかで美しいはずの艦娘の顔が、その時だけは、悪魔のように禍々しいもののように見えた。

まるでファウスト伝説だなと妙に冷静な思考が頭の中を占める。今、三笠の言葉は、まさに悪魔の誘惑だ。魂を差し出せば、己が欲望を満たしてくれるという。冷泉や生田と同じラインに立たせてくれるとは、さすがに思っていない。けれど、ここで死ぬまで働き続けるという未来からは抜け出させてくれるのは間違い無い。それに、今のままでは汚辱に塗れた死という未来しかないのだから……。選択肢などあってないようなものだ。

 

それにメフィストフェレスとの契約では、魂を奪われるのは死後のことのはず。だったら、生きている間に後悔ないほどやりたいことをやり尽くせばいいじゃないか。死ぬまでもまだまだ自分の若さからすると、随分先の事だ。未来なんてどうなるか知れたもんじゃない。運が良ければ三笠を出し抜くことだって可能かも知れない。いや、自分の能力なら、きっとできる!

 

ならば……。

 

「今の世界から抜け出すことができるんなら、喜んでその提案をうけてやるよ」

対等の関係であるかのような態度をあえて示し、草加は返答した。

「俺の力をアンタにも見せつけてやるさ」

きっと、お前を俺のモノにしてやるよ……。偉そうに命令しやがって……今に見ていろ。必ず力をつけて、お前をひざまずかせてやるからな。こいつは、金剛よりも遙かに上物だ。ヒイヒイ言わせてやんよ。けけけけけ。どろどろした欲望が溢れ出てくると、妙に元気が出てくる。自信まで増加されるようだ。

 

「契約成立ですね。では」

そう言うと、三笠は近づくと、再び、草加の股間を蹴り上げた。

 

「ぎゃーん! 」

 

どろどろとした欲望の泥沼の中に三笠を引きずりこんで、汚辱塗れにしようとする妄想を巡らせていた草加の精神は、一瞬で吹き飛んだのだった。

 

 

 

 

「はたして、これは役に立ってくれるのでしょうか」

手術室に横たえられ、何人もの白衣を着た人間に取り囲まれた草加を、手術室の二階部分から見下ろしながら三笠は笑う。

現在、負傷した草加の治療が優秀なスタッフによって進められている。欠損した部位や再生不可能な部位については、機械部品を取り付けてバージョンアップを図るように指示した。普通に復活させるよりも彼のちっぽけな能力を強化できるからだ。

左足首と右腕。左耳、左目が強化部品に変更される。バランスは悪くなるが、上手く動かせばこれまでよりも遙かに運動能力が上がるはずである。また、視力聴力ともに野生動物なみとなるはずだ。

なお、彼にとっては残念だろうが、生殖器については少し蹴りすぎたせいか、再生は不可能だった。排泄機能だけは回復させている。どっちにしても邪でどす黒い性欲から解き放たれた彼はより高みを目指すことができるはず。それこそ彼の望みだろうから、問題無いだろう。

決して、彼の思考から自らを性の対象としようとしていることを検知したから潰した訳では無い。

 

「とはいえ、自らの欲望の成就の為に全てを投げ出したのですから、……下劣な望みとはいえ、それは純粋な意思。その意思に忠実に暴走した彼のきっと私の役に立ってくれると信じないといけないですね」

誰もいない部屋で呟く。

 

少年兵という若さ以外は、見た目は並以下。

軍より得たデータでは、成績は凡庸。学科別成績でいうと、数学が平均値より少し高いだけで、他は並レベルもしくはそれ以下。

 

元々の本人の希望は、幹部候補生だったようだけれど、試験により弾かれて志願兵として軍へ。体力については、同年代の少年兵よりかなり劣る。正確に言えば、運動音痴と評される程度。このため、実戦部隊員としての使用も不可との判断が為された。整備兵としても、不器用であり集中力にも問題があったようで、軍務には適正が皆無であった。

 

能力不足は努力で補えるかもしれないが、性格的に協調性に欠ける部分が見受けられ、軍としての集団行動にも向いていない。……このため、第二帝都への派遣についても、軍からの意見は一切無かった。特記事項も無く、どのように使って貰っても結構との体で送り込まれたようだ。つまり、そういうカテゴリーの人間として送られてきた存在でしかないのだ。

科学者でも無く、整備兵でもなく、警備兵でもない。労働力としても見られていない。ただの献体として、軍からも厄介払いされたようなものだ。

 

正直なところ、彼に魅力は、ほとんど感じない。能力的にも、外見的にも……。

 

根拠の無い盲目的なまでの高い自己評価とガラスのように傷つきやすいナイーブさを持ち、自分の境遇を恵まれていないと嘆き、他人を嫉妬するだけでこれといった努力をするわけでもない。それなのに、欲望のまま、唐突に極端な行動に出る危うさ、愚かさ。そして、犯した失敗の原因を自らに求めることなど一切無く、他に責任を求め貶すことで自我を保とうとする女々しさ。どこをどう間違えたら、鎮守府指令官になっても十分務まると考えたのだろう? しかも、冷泉提督や生田提督よりも自らの能力が高いと断言する図々しさ。軍学校にいただけで、実戦経験など皆無なのに自ら領域へと出向くあの二人より優れている言い切る姿を見て、心底呆れてしまった。もしかすると、妄想の中で自らの評価を高め続け、その中でしか生きられない存在なのかもしれない。

 

「しかし、まあ、なかなかのクズっぷりですけどねえ……」

思わず口元が緩んでしまう。

「どこまでやれるかは現段階では分かりませんが、こんな無能な少年であっても、その能力に相応しくないほどの権限を与えたら、きっと面白い事になるはずなのです。彼の腐りきった性根がどういったうねりを起こしてくれるのか……少しではありますが興味と期待があります。もしかしたら、面白い化学変化を起こしてくれるかもしれませんね」

ただ、可能性は、ほとんど無いだろうけれど。けれど、彼と彼の起こす出来事を見ることは、きっと暇つぶしにはなるだろう。

 

「仮に役立たずということが判明すれば、彼なりに反省して今後の人生の糧にできるかもしれませんしね。まあ、反省する機会を与えるかどうかは、今後の彼の活躍次第なのですけれど」

そして、しばらく考え事をするような素振りをし、唐突に何かが閃いた。

「そうですね、早速、次の一手の駒として活躍して貰いましょうかね。身を粉にして働いてもらわないと、彼の背負った負債の利子すら返せないかもしれませんからね。取り立ては厳しく、生かさず殺さず、すり切れてボロ布のように使い物にならなくなるまで、運用させて貰いますね」

 

クックック―――。

 

抑えようとしても笑いが出てしまう。

所詮、使い捨ての駒。失敗したら処分しましょう。私にとっては何の傷手にもならない、ちょっとした気まぐれ。使い物にならない存在(クズ)でも、きっと何かの役に立つものです。すべての「モノ」には、何らかの存在理由があるはずなのです。存在価値は、使う側が見いだしてあげなければなりません。

 

使う側がしっかりと運用すれば、なんとかなるものなのです。

 

要は、使いようなのだから……。まあ、失敗したところで、もともと価値の無い存在なのであり捨ててしまえば良い。何ら痛みを感じることもない。捨て去れば、存在すら忘れてしまうだろう。所詮は、消耗品。しかも出来損ないの……ね。

 

全身麻酔を施されているというのに、手術台の上の少年は時折、顔を歪ませている。その様子を不思議そうに、そして興味深げに三笠は見ている。

「肉体は痛みを感じていないはずなのに、どうしてあんな辛そうな顔をしているのでしょうか? 確かに……魂が侵食されているから、その痛みを感じているのでしょうか? そんな事なんてあるのでしょうかね。もしそうなら、なかなか面白いですね」

身体の3割程度は人で無くなる予定の少年。さて、意識を取り戻した時、彼は彼でいるのでしょうか? うまく自分を保ち続ける事ができるのでしょうか? それとも違うモノになっているのでしょうか? 仮に自分を保てていたとして、その後、彼に与えられる権限で、どれほど彼が変化するのかとても興味深いです。

 

すべてはエクササイズ。

失敗も織り込み済みの実験。

 

結果の中で見るべき物だけを収集し、以後の実験に採用すればいい。

体も心も下の下でしかない彼がどの程度変わることができるか。データ収集は、これまでどおり完璧にやらないといけないですね。より面白い検体が出てきたら、それに応用して更なる成長を遂げないといけないですから。

 

「そうだ! もしも冷泉さんに同じような事をしたら、どんな変化が起こるのかしら? 」

ふと沸いた閃きに、三笠は嬉しそうに微笑んだ。その瞳は好奇心に満ちあふれていた。 

 

 


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