まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第188話 二人の会話

事務的な取り調べが淡々と続いている。ただし、取り調べ時間については軍と艦娘の取り決めにより決められているため、遅々として進まないといった印象だ。基本的に質問リストを取調官が読み上げ、それに対して答弁する形となる。

当然ながら可視化した取り調べということで、録画されることになる。翌日は取り調べ内容を文字起こしをした文章を確認し、署名する手続きを経てから、新たな取り調べとなる。こんな事を繰り返していたら、そりゃ進まないわなと思う。けれどそれが仕事なのだから、仕方無いのだろう。

 

しかし、冷泉にとっては、さっさと取り調べを終わらせ、軍法会議での無実の結審を経て舞鶴鎮守府に戻らなければならない。軍法会議を巧く乗り切れるかどうかは大きな問題だけれど、ここで取り調べばかり受けていては先に進めないのだ。

……焦りが無いといえば嘘になる。結果はともかく、今のままでは拉致されているのと何ら変わりは無い。こんなところで時間だけを浪費している間に、部下達がどうなっているのかが気がかりで仕方が無い。艦娘達は大湊警備府の葛生提督とうまくやっていけているだろうか? 彼女なら信頼できると思うけれど、舞鶴の艦娘達は気が強い子が多い。……特に加賀は。神通も従順そうに見えるけど、どうも周りの評価は違うみたいだし。葛生提督が手を焼いていないだろうか。一人の司令官の下に二つの鎮守府が置かれるわけで、そのバランスが巧く取れるのだろうか。葛生提督は有能だと思うけれど、距離が離れている鎮守府でそれぞれのルールを持った鎮守府の運営は大変だと思うし、どちらを大事にしても不満が出てくるはずだ。そんな事を考えると、余計な仕事を押しつけてしまい申し訳ないと感じる。

そんな彼女の苦労を思うと、何としても早く帰らないといけないと思ってしまうのだ。

 

「提督さん、どうかしたんですか? 」

その声に我に返る冷泉。取り調べが終わったため、部屋に戻っているわけだが、艦娘の鹿島も一緒にいた。テーブルを挟んだ向こう側に腰掛けている。テーブルに両肘をついて組んだ手に顎を載せ、少し小首を傾げてこちらを見つめている。

 

―――めちゃめちゃ可愛いし、……それでいてセクシーさもあるのだから。

 

組んだ長い足がとても綺麗だ。ふと視線を上にあげると、なんと彼女は胸を天板に載せていた。

重たいのかな?? などと自分の置かれた状況をまるで考慮しない、邪な思考がわき出してきてしまう。 

どういう意図で彼女がこうやって面倒を見てくれるのかが分からないまま、彼女の好意に甘える状態で暮らしている。甲斐甲斐しく世話をしてくれるのはとても嬉しいし、彼女と話すことはとても楽しい。何を言っても彼女は興味深く聞いてくれるし、ちょっとしたことにも大げさに反応して喜んだり、笑ったり、拗ねてみたり、怒ったりと目まぐるしくその表情が変化する。それを見ているだけで、とても心が弾むのだった。いろんな表情を引き出したくて、思わず会話も長くなってしまう。

任務だから仕方無く付き合ってくれているのかもしれない。それでも、漫然と時間だけを浪費させられるこの取り調べの生活の中では、唯一の救いだったのだ。

 

速やかに取り調べを終えて、軍法会議を迎えたいという気持ち、焦り。

軍法会議となれば処分は免れず、鎮守府はおろか、軍からも放逐されてしまうのではないかという恐怖。

更には、二つの想いの板挟みになって、全てを放り出してどこかに逃げ出したいという弱気。

来るべき終わりをのらりくらりとかわし、今の鹿島とのほのぼのした時間を延々と引き延ばしたい怠惰。

これらの想いの中で、どうしていいか分からない冷泉だったのだ。

 

「いや、いろいろと考えてしまってたんだ」

 

「それって、どういう事ですか? 」

 

「俺は、この先どうなるんだろうって。……一体、どこへ行くんだろうって。今更だけど、不安になってしまったのかもしれないね」

それは、本音。普段は、強がって隠していた弱気という奴が表に出て来ているのだろう。

 

「提督さんは、いろいろと考えないといけないことが多くて大変ですね。私なんて、いつも何も考えないで暮らしているから、提督さんの気持ちはよく分からないですけれど」

 

「そんな事ないだろう? 艦娘は、いろいろとやらなきゃ行けないことが多いだろうし、考えなきゃいけない事が多いんじゃないか。柵だって多いはずだよ。俺は、多くの艦娘を見てきたから、分かるつもりだよ。みんな自分の運命に立ち向かい、その中で懸命に生きている。君だって、そうなんだろう? 」

 

「うーん、そうなんでしょうけれど。私は、所詮、練習艦ですからね。……練習艦といったって、かつてのように兵士を乗せて訓練をするなんてことはありませんけれども。当然なんですけど、直接戦場に行くことなんてありません。第二帝都東京でずーっとずーっと、待機ばかりしていたんですよ、私。どこに行くでもなく、ただ港に係留されて……基本的にお空を眺めてばかりでしたから。。まあ、いろいろと仕事はあるにはあったんですけれど、外洋に出る事なんてありませんでした。いつもいつも、与えられた事務的な仕事を淡々とこなしていくだけの、退屈な毎日でしたよ。だから、何も考えないで良かったんです。ずっとずーっと何も考えないで、生きてきてたんです。まるで、機械のように……。他の艦娘のみんなみたいに、深海棲艦と戦う事も無いから命の危険もありません。平穏な平和が延々と続く世界で生きてきているんです。確かに安全だけは保証されていますけど、艦娘として生まれた者にとって、どちらが幸せかなんて分からないですね。もちろん、死ぬ事は艦娘の私でも怖いです。けれど、艦娘としての本来の「為すべき事」「かつて為せなかった事を果たす」という宿命を持つ艦娘にとって、平穏無事な生活が果たして幸せなのかどうかも、……私には分からないんです。でも言えることは、艦娘として鎮守府に着任し、多くの仲間や司令官との絆を結び、国家の為に戦うという事には憧れているのです。……へへへ、ちょっと変な子だって思いましたか」

真顔になったり照れ隠しに笑ってみたりと表情を次々と変化させる鹿島に、冷泉は無意識のうちに見とれてしまっていた。

 

「いや、そんな事は無いよ。君の気持ちも分かる気がする」

 

「話では聞いているんです。鎮守府にいるということは、自身の死と隣り合わせであるだけでなく、大切な仲間を失う現実を嫌でも見せられるという事を。けれど、そんな世界で生きるのが艦娘なわけで……。私はそんな艦娘という存在なのに、そういった世界から隔絶された場所で生かされている……そんな部分もあるわけなんです。もちろん、沈むのは怖いし、友達を失うのも嫌です。だから、鎮守府に着任して戦うということはしたくない。けれど、心のどこかでそれを受け入れない、受け入れたくない自分もいるわけで……。なんだかいつも気持ちの整理ができないんですよね」

 

「そっか……」

鹿島の気持ちは、理解できなくはない。戦場に立つ事が艦娘の本懐。その本能が彼女の心の奥底にも存在しているのだろう。

 

「さてさて、少し話過ぎちゃいましたね。私ばかり話してもつまらないですよね。うーん、私がつまらないだけなんですけどね。じゃあ……提督さん、提督さんの事も話してくださいよ」

そう言うと、彼女は椅子を動かして身を寄せてくる。

いつも思うが、彼女はパーソナルスペースというものが普通の人よりも随分と狭いのだと感じる。ほとんどくっついていても気にならないようだ。

 

わりとフレンドリーな対応をする金剛や島風でも、何も無いときは少し距離を置いていたように思うけど。……加賀なんかはかなり極端だったけどね。あいつは誰かがいたら、つっけんどんな対応をしてたなあ。二人っきりだとわりと反応してくれるんだけども。

などとかつての鎮守府の事を思い出してしまう。

 

「いや、しかし」

と、意味の分からない言葉を言いながら距離を置こうとするが、すぐに追い込まれて身動きできなくされてしまう。

 

「どうせ次の取り調べは、明日まで無いんですから。時間の進み方は何をしていても等しく同じです。だったら退屈な時間を過ごすよりは、私なんかとでも話していた方が気が紛れますよ」

と、やんわりと断ろうとする冷泉の機先を制する。

「あの……私なんかじゃ、嫌ですか? 」

上目遣いで潤んだ瞳で見つめられる。

 

「いや、そんなわけでは」

何故かしどろもどろになってしまう。自分より年下の女の子に戸惑ってしまう自分が恥ずかしい。

 

「じゃあ、お話ししてくれるんですね! 」

 

「あ、えっと……うん。……とはいえ、一体何を話せばいいのかな? 」

そう言ったきり、黙り込んでしまう冷泉。

 

艦隊運営の事や深海棲艦の事、艦娘の事や鎮守府の事、軍への不満……。そういった直接関わりのある事ならいろいろと話せる事はできるのだけど、フリートークとなると、途端に苦手になってしまう。

さて、何を話せばいいのかというと、何の話題も持っていない事に気づかされる。更には相手は年齢も随分と年下だし、女の子だし。自身の話の引き出しの少なさが露呈してしまうわけだ。

 

そして、明確に思い知らされてしまう。

 

鎮守府の艦娘とわりと会話ができたと思っていたのだけれど、あれは艦娘達が話を振ってくれて、それに対して答えるという状況ができていたから、会話が弾んでいたのだと。

明確な目的が合った時だけ、自分は艦娘に話しかけることができていた。それ以外は、彼女達の問いかけに答えることばかりだったのだ。

 

実際、元いた世界では、こんな綺麗な可愛い女の子と話す機会なんて皆無だったのだから。

否、艦娘のようなレベルの女の子は現実世界で見かけたことは無かった。テレビや映画でもいなかった。そもそも、補正の入った画像でしか見ることのないクオリティの女の子なのだよ。そんな子達と緊張もせずに話せるほどの度胸など無いし、鍛えるような場面も皆無だったのだから。

 

「どうしたんです、提督さん? 」

不思議そうにこちらを見つめる鹿島。目を合わすだけで照れてしまい、顔が熱くなるのを感じる。どうしてこんな気持ちになるのかが理解できない。こんな事にうつつを抜かしてる状況では無いはずなのに、感情を制御できない。これでは鎮守府指令官の威厳が保てない。

鹿島は冷泉の返事を待っているのか、黙ったままこちらを見つめる。

沈黙が辺りを包み込む。

 

なお、部屋には冷泉と鹿島だけというわけではない。監視役で兵士が一人、ドアの側に立っているのだ。彼はあえて聞こえないように目を逸らしているが、意識はばっちりこちらに向けられている。冷泉達の会話を一語一句聞き逃さないように注視しているのが分かってしまうのだ。

 

全くの他人に見られていることを意識すると、更に緊張が高まり、頭の中が真っ白になっていく。そして、さらに沈黙が続く。

 

「い、……いや、いきなり言われても何を話していいか分からないんだ」

と、思い切って正直に言う。実際には沈黙に耐えられないだけなんだけれど。

 

「どうしたんですか、提督さん。うふふ。じゃあ、私からの質問しても、いいですか? 」

何故か楽しそうに微笑む。

 

「あ、ああ、構わないよ」

 

「あのね、提督さんって、どこから来たんですか? 」

 

「ん? どこからって、どういう意味なのかな」

いきなりの意表をついた質問に言葉を詰まらせてしまう。

 

「提督さんは、舞鶴鎮守府の司令官として着任され、今まで鎮守府の指揮を執って来ましたよね。じゃあ、その前って何をしていたんですか? 」

 

冷泉は、鹿島の質問の意図が分からず、差し障りのない作られた経歴を語った。まるで他人事のような……実際、赤の他人の経歴だけれど。自分で喋っていて恥ずかしくなるほどのすごい盛った経歴。全ては贋物の冷泉朝陽だ。

苦々しい想いで語る冷泉を余所に、興味深げに傾聴してくれる鹿島。時々頷いたり驚いたりする。

「けれど、鹿島」

話をやめた冷泉が、艦娘に問いかける。

 

「なんですか、提督さん」

 

「いや、俺の経歴なんて、艦娘である君だって知っていただろう? 君たちが所有するデータベースにアクセスすれば、今話した事なんて、みんな分かるだろうし。……それに、君はずっと第二帝都東京で、三笠の下で働いていたんだろう? 」

 

「はい、そうです」

 

「じゃあ、俺の経歴なんて聞くまでもないだろう? データベースにも無い俺が話した以上の事も、知っているんじゃないのか? 」

 

冷泉の問いかけに、小首を傾げて冷泉を見る。良く分かっていないかのような素振りだ。

 

「三笠が俺について君に話しているんじゃないのか? 彼女に直々に命じられてここへ派遣するくらいなんだから、君にはいろんな情報が与えられていてもおかしくないと思うんだけど」

 

「えへへ。……すみません、提督さん。確かに、聞いています。提督さんが話したこと以上の事も教えられました……。そうですね、憲兵さんがいたら話しづらいですか? 」

少し照れたような笑みを浮かべた後、鹿島はドアの前に立つ兵士を見る。

いきなり注目された兵士は驚いたような表情でこちらを見た。

「憲兵さん、すみませんけれど提督さんと二人っきりでお話がしたいので、席を外してくれませんか? 」

 

兵士は唖然とした表情になる。

「くっ! そ、そんなことは受け入れられません。上官に相談しないと私では判断しかねます」

 

「聞かれたくない事だってあるんですよ。これからお話することは、あなたたちの取調べとは何の関係も無い話ですし、……あなたもずっと立ったままですからお疲れじゃありませんか? 少し休憩をとってもいいんじゃないんでしょうか」

 

「冷泉提督からは目を離さないように厳命されています。まだ身分は保持されているとはいえ、冷泉提督は我々にとって容疑者であります。そんな人物と二人きりにして万一の事があったら大変なことになります。彼があなたを人質に取るといった事態がないと言い切れませんから」

至極まっとうなことを憲兵が言う。確かに、艦娘は人を傷つけることができないようにされている。冷泉が鹿島を人質にするのは容易だろう。

 

「あなたの言う事ももっともですね。では、上官の方に相談してみてください。私は戦艦三笠より全権を委任されています。なので相談するまでもありませんが、確認してみてください」

 

そして、すぐに憲兵は部屋を出て行き、冷泉は鹿島と二人部屋に残されることになった。

「監視機能はオンにしていても構いませんが、音声はオフにしておいてくださいね」

と命令することを鹿島は忘れなかった。

 


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