まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第184話 救いたい命、救えない運命

「な! ……」

冷泉は愕然とし、その衝撃で次の言葉が出てこなかった。

何を言っているのだ、この男は。何を考えているのだ、この馬鹿は。それでも何かを言わないわけにはいかない。この無法を放置などできない。

「どうしてそんな馬鹿な事を言うんだ? 一体、そんなことしてどうなるっていうんだ! どうしてそんな結論になるんだ。…お前も軍人だろう? ……軍人ならわかりきっているだろう? 艦娘は、俺たちを、日本を守って戦ってくれているんだぞ。仲間であり、親友であるべき存在なんだぞ。そんな彼女達に、どうしてそんなことをしようなんて事になるんだよ」

 

必死になって叫ぶ冷泉を、冷めた瞳で男達は見ている。

「げっへへへ。お前、まさか艦を失った艦娘の運命ってやつを、鎮守府指令官のくせに本当に知らんのかよ? 冗談抜きで本気で言っているのか? おいおい、お前等。この男は何も知らないだってよ」

と、佐味が叫ぶ

 

ブーブー!

下卑た歓声が一斉に起こる。

 

男達は煽られるでもなく、上司に気を遣ってという気配などなく、心から無知の者をあざ笑っているのが冷泉にも感じ取れた。馬鹿にするだけでなく、同情そして哀れみさえも含まれている。どうしてそんな瞳で見られるのか、冷泉には理解できない。

 

「仕方ないなあ……教えてやるよ、本当の事をな」

そう言うと、佐味が語り始める。冷泉はその瞬間、猛烈に嫌な予感がした。聞いてはならないことを佐味が話すという気がしたのだ。

「なあ、冷泉。艦娘が艦を失ったら、どうなるか分かるだろう? そう、もう深海棲艦と戦うことはできなくなるよな。するとどうなる? 当たり前だけど、鎮守府では使い道が無くなるじゃないか! じゃあどうする? 女として慰み物にでもするか? それはそれで楽しいかもしれないが、さすがに貴重な艦娘を性欲のはけ口として派遣しておくほどの余裕はないんだな。さすがにずっと持ち続けるには理由が必要だしな。だから、艦娘勢力に返すことになっているんだよ。けれど、不思議なことに生死は問われないわけだ。あいつ等曰わく、首より上があれば、問題ないってことらしいんだよな」

 

冷泉は、必死で佐味の語る言葉の意味を理解しようとする。彼の言葉をそのまま理解するとするならば、とてつもなくロクでもない事態が冷泉の知らないところで行われていた事になる。

戦闘で艦が沈没した場合、通常は艦娘も道連れに海の底へと沈む。運良く艦娘だけ救出できたとしても、常に無傷で艦娘が帰還できるわけではない。敵の砲撃・雷撃・爆撃や艦事態の爆発で手足を失ったり、最悪は頭部のみ回収なんてこともある。全身焼け焦げた状態での回収だってありうる。実際、そういった状態で引き渡しとなったことも何度もあるのだ。そういった前例を見ている内に、五体満足で返さなくても、たとえ生きていなくても問題が無いことが判明したのだ。

 

「一体、それはどういう事なんだ……よ」

呻くように言葉を発する冷泉。

吐き気がする。それは、肉体的に受けたダメージから来るものではなく、語られた事によるショックであった。

 

苦しそうにする冷泉を見、満足そうな笑みを浮かべて佐味が言葉を続ける。

「俺も良くは分からないが、艦娘には、なんか小脳のある辺りに基板のようなものがあるらしいんだな。あいつ等にとっては、それさえあればヒト型の体なんてものは、どうでもいいという結論らしいんだな。それは、もの凄く頑丈なモノで、その基板みたいなものは作られている。その基板は、我々人類の英知を持ってしても、まるで解析不可能だし、分解さえもできない代物なんだ。そもそも傷をつけることさえできないんだからな。人類が仮に、その叡智の中身を少しでも垣間見ることができたなら、人類にとって、想像を絶するような進歩をもたらすだろうと言われているが、どうしようもないものはどうしようもないんだ。だから……人間は艦を失った艦娘を、まずは実験場で性の慰みものとして利用し、……もちろん、これは鎮守府指令官が艦娘の廃棄を決定しなければ無理なんだがな。それでも、何の役に立たない艦娘を鎮守府に置いておいても、鎮守府全体としての所有数は艦1とカウントされる事情があってな。そうなると役立たずの艦娘がいる限り新たな艦は、補充されない。これは、いわゆる定員みたいなものだ。だから、司令官も新しい戦力が必要となるわけだから、廃棄するしかないわけだ。そもそも、十分にその体を味わい尽くし使い込んだ艦娘よりも新しい艦娘を入手したほうが、司令官としても夜が楽しくなるわけだしな。けけけけ、クソ……ホント羨ましいぜ、お前等司令官は。……廃棄となった艦娘は、実験室において生体実験や解剖を行われ、肉塊なるまで十分に研究しつくして後、あいつ等に返される事になるわけだ。そのための研究施設が「牛尾実験場」ってわけだ。もちろん、すぐに解剖するわけじゃねえぞ。嘘か本当か分からないけれど、艦娘の性奴隷先も予約で3年先まで一杯っていう話もあるくらいだからな。政治家や金持ちが好きなように楽しむんだろうなあ。本当に羨ましいぜ。庶民の俺たちには絶対に手に入らない上物……それが艦娘なんだよ! 本当にむかつくんだよ! 俺たちは死ぬほどの努力をして戦っているっていうのに、艦娘という決して手の届かない宝物を遠くから指をくわえて見るしかできないんだぞ。……今まではな! 今は違うぞ。我々の元に艦娘が降臨したのだからな。艦娘が勝手に来たとなれば、……こんなチャンス二度と無いぞこれは! 俺たち全員でまわしちまおう」

瞳を血走らせ、興奮気味に佐味が吠えた。ゴリラたちも歓声を上げる。

 

「ふざけるな! そんなことさせるか。そんな与太話なんて、俺は信じない。唯でさえ過酷な運命を背負わされている艦娘が、更にそんな運命を背負わされるなんてありえない。仮に、もしもそうだというのなら、そんな運命など俺が何もかもぶち壊してやる」

 

叫ぶ冷泉に

「格好つけんな、この糞野郎」

佐味の渾身のパンチが冷泉の腹部を抉る。

吹き飛んで転がりまわる冷泉。血の味が腔内に広がる。

「お前も艦娘の体を堪能したくせに、偉そうにぬかすんじゃねえよ」

 

「くっ……」

冷泉は、呻くだけでどうすることもできない。自分の無力さに絶望するしかない。どうしていつも自分は無力なんだろう。

「た、……頼むお願いだ。彼女には何の関係もないだろう。俺ができることなら何でもする。だから、彼女に手を出すな」

情けなかろうと何であろうと、吹雪に手出しをさせるわけにはいかない。どんなに卑屈になっても構わない。とにかく彼女を救い出したい。

 

「ほっほーん……。ずいぶんと必死だなあ。ならば条件を出してやろうか」

余裕の表情を見せながら佐味が言葉を続けた

「では、永末の事を喋ろ。知っている事全てを言うんだよ」

 

「だから、……俺と永末は繋がっていない。だから、何も知らない」

そう答えるしかなかった。知っているなら答えただろう。けれど本当に知らない。

 

「けっ、役に立たない奴だな。はい、交渉決裂。じゃあ、やっちゃおうか」

 

「知らないものは、答えようがないじゃないか。それ以外ならなんでもする。俺の命だって取ってもかわまん。だから彼女には手を出すな。出さないでくれ」

床に這う状態で必死に上を見上げ、佐味に懇願する冷泉。

 

「……お前は、馬鹿か? お前の命なんて差し出されたって、俺に何の得がある? 何の意味もないじゃないか。こんなに痛めつけられても口を割らないのは賞賛に値するが、ただの馬鹿でしかない。俺たちはプロだ。情報を出さすためのポケットはいくらでもある。そして、いかなる方法でもできるんだからな」

そう言うと顎をしゃくり、ゴリラの部下に吹雪を連れてこさせる。

「さあ、言うんだよ。お願いだから知っている事をみんな話してくださいってな。でないと、みんなの前で犯されてしまうってなあ。さあさあ、吹雪。こいつに泣き叫んで助けを求めるんだよ」

そういって猿ぐつわを取る。

 

「やめろ! 」

必死に叫ぶ冷泉。

「その子は、関係ないだろう。俺なんかのために彼女に酷い事をするな。」

 

「あんお……冷泉提督、どうして見ず知らずの私のために全てを投げだそうとするのですか?」

自分の置かれた状況が理解できていないのか、吹雪にはまるで緊張感が感じられない。それどころか、妙に落ち着いた声で少女は話しかけてきたのだ。

 

「理由なんてないよ。けれど、安心しろ。絶対に俺が助けてやるからな」

 

「ふざけるな」

と、冷たく言い放った佐味がゴリラたちに指示をする。すぐさま冷泉は両脇を抱えられて引き起こされると、何度も何度もゴリラのような兵士の容赦ない暴力に晒されることとなる。

 

「げふ……」

もはやはき出すものさえ無い。冷泉は呻きながらも吹雪に向けて笑顔をみせる。

「かならず、助けてみせるからな」

 

「冷泉提督……あなたの想いは分かりました。それでは、私は任務を実行しますね」

吹雪はニコリと微笑むとそういった。

そして、彼女は軽く手を動かす。鉄が軋むような音がしたと思うと、あっさりと手錠の鎖が引きちぎれた。足に巻かれた太いロープも、彼女はいとも簡単に引き千切る。

「さてと。……冷泉提督はここからお連れしますけど、いいですよね」

冷めた視線で佐味達憲兵隊を見た。

 

「な、なんじゃこれ。お前等ちゃんと手錠かけてたのかよ。ロープも腐ってたんじゃねえのか」

ありえない状態に部下を罵る佐味。動揺を必死に隠して叫ぶ。

「クソ、なめんな糞ガキ。何、勝手な事してるんだよ。お前は俺たちの性処理をする運命なんだぞ、ちょろちょろするな。さっさと四つん這いになればいいんだよ」

 

「こいつ、凄い力なんですが、やばくないです? 」

と、冷静に警戒する部下。

 

「大丈夫だ、安心しろ。こんな化け物でも、艦娘は人間を傷つけることは絶対にできないように調教されているはずなんだよ。これは単なる脅しだ。さっさと捕まえろ」

一瞬恐慌状態に陥りかけた兵士達であったが、艦娘に施された精神的拘束を思いだし、冷静さを取り戻す。

そうだ。艦娘は人間に対して危害を加えることはできないのだ。

 

そして、男達は一応訓練された人間である。冷静になれば、恐れる必要などない。

速やかに行動し、吹雪を包囲した。そして、あっさりと彼女の両手を掴むことに成功する。

 

「なんだ口先だけかよ」

と、ゴリラ兵士の一人が安堵の声を上げる。本当にゴリラのような大きな手で掴んだ吹雪の腕の感触は、折れてしまいそうなほどに細く、か弱いものであることを実感したからだろう。

所詮、ただの少女でしかないということに安堵しているように見えた。

 

「ふふふ。……いいえ」

そう言うと吹雪はにこりと笑い、腕を掴んでいる兵士の腕をそっと掴む。そして、軽く引いたように見えた。

傍目には。

 

「うぎゃあ」

突然の悲鳴。

同時に血しぶきが舞う。

 

何事かと見た兵士達は唖然とせざるを得なかった。

なんと、吹雪の腕を掴んだ男の手が根本から引きちぎれていたのだ。

兵士の腕からは真っ赤な血が噴水のように噴き出す。

引き千切られた腕は、吹雪の手に掴まれていた。まるで重量のないかのように。そして、彼女は面倒くさそうに引き千切った兵士の腕を投げ捨てる。

 

刹那、視界から吹雪が消える。

 

「な! 」

驚きの声が上がった次の瞬間には、彼女は一人の兵士の背後に回り込んでいた。両手をいっぱいに伸ばして男の首に手をかけると、それを簡単にねじ曲げる。ほとんど力を入れていないように見えたのに、屈強な兵士の頭部はあっけなく、そしてありえない角度に折れ曲がる。口から血を吐き出しながら、悲鳴すら上げることなく兵士は床に倒れてしまう。

 

「てめえ! 」

かろうじて恐慌状態になる寸前で踏みとどまった兵士が銃を構える! そして、至近距離から躊躇無く発砲した。

外すはずのない距離だった。しかし、吹雪は瞬間的な移動で、射線から離脱し回避する。そして、すぐさま発砲した男の眼前まで踏み込む。唖然とした兵士と目が合うと、吹雪はニコリと微笑む。そして、股間に向けて蹴りを放った。

鈍い破裂音がして、男が絶叫した。男は股間を真っ赤に染めたまま、泡を吹き出し悶絶する。倒れ込む男の後頭部を吹雪は軽く踏みつけた。ごきりという音を立てると、男は完全に動かなくなる。

 

続けざまに吹雪による攻撃が行われる。

それはもはや戦闘ではなく、虐殺でしかなかった。いかなる抵抗を試みようと、兵士達に勝機は無く、彼等のあらゆる攻撃は全てかわされ、無残な骸を晒すだけとなった。ほんの十数秒の間に、部屋で生存している者は、冷泉と吹雪。そして、佐味だけとなった。

 

佐味は、辺りを見回し、一人だけ生きていることに気づいた。そして、一瞬のうちに形勢が逆転したことで、茫然自失状態となる。

「ありえない! ありえない! 」

そう喚く事しかできない。

 

「さあ、手錠の鍵を出してくれますか」

優しい声色で吹雪が話しかける。

「提督の拘束を解いてあげたいのです。お願いできますね」

 

「た、たすけてくれ」

先程までの余裕は全く無くなり、必死の懇願をする佐味。

 

「ええ、もちろんです。鍵を渡していただけたら、命を奪うようなことはしません。安心してください……ね」

 

「あ、おうおう。こ、これだ、鍵は」

震える手で佐味は鍵を取りだし、彼女へと差し出した。

 

にこりと笑った吹雪は鍵を受け取ると、

「ありがとうございました」

と、佐味に向けてにこりと微笑む。

 

助かった……。佐味は、そう思っただろう。それほど純粋な感謝を込めた笑顔だったからだ。

しかし、次の刹那、もの凄い衝撃が彼の腹部を襲った。衝撃は腹部から背中へと貫くような衝撃だった。

何事かと彼は思い、自分のお腹へと視線を動かす。そして、彼は見てしまった。彼の腹部に吹雪の右腕が肘の部分までめり込んでいる現実を。

 

「あ、……あん? て、てめえ。命は奪わないって」

唖然とした表情で少女を見る。

 

少女は表情を変えないまま、突き入れた腕を引き抜く。瞬間、開いた傷口から、血があふれだして床に落ちていく。それどころか、腹に開いた大きな穴から内臓がはみ出そうとしてきたのだ。

必死になって腹部を両手で押さえる。痛みに耐えきれずに床に倒れ込んでしまう。

「痛い痛い痛い。だ、だれか医者を呼んでくれ。腸がはみ出して来てるうううううう」

 

「提督、驚きましたか。もう大丈夫ですよ」

悲鳴を上げて騒いでいる佐味の存在などそもそも存在していないかのように、吹雪が冷泉のもとにやってきて声を掛けてきた。

 

彼女はあれほどの戦いをしたというのに、息一つ乱れていない。呆然と見つめる冷泉をよそに、彼は手錠を外されて自由となった。

 

「ありがとう……たすかったよ。けど」

驚きの表情で冷泉は辺りを見回す。そこは、もはや血の海。死体の山だった。

 

「あ、……人を殺した私の事、怖いですか」

不思議そうな表情で答える吹雪。

 

「いや、……こんな連中なんてどんな死に方をしようが、なんとも思わない。そうしなければ、君が酷い目にあってただろうからね。所詮、自業自得だ。しかし、艦娘が人に危害を加えるなんてできるんだな」

 

「ああ、これですか? 普通なら絶対に無理な事なんですけれどね。実は、リミッターを解除されているんですよ。提督をお救いするために、三笠さんが拘束を外してくれたんです。今の私には、敵と認識した人間を躊躇無く殺すことができます」

 

「そんなことができるのか」

艦娘に施されたと言われている制約が解除されることがあることを初めて知った。

 

「でも、これは例外中の例外ですよ。こうしなければ間に合わない緊急的措置です」

 

「たしかに、あのままだと俺は消されていただろうな」

自分のことながら、案外冷静に答えてしまう。

 

「それもありますけど、あまり冷泉提督の不在が長すぎると、舞鶴の神通さんが不安がりますからね。そして、きっと彼女が動き出してしまいます」

 

「なんで、神通が? 」

 

「提督はご存じないでしょうね。実は、神通さんは、彼女自身の意思でこの禁忌を解除しちゃいましたから。もし、提督の危機と彼女が知れば、何をさておいても単身ここに来て、ここの人間達を皆殺しにしちゃってたはずですよ。提督の拉致に無関係な人も、きっと巻き添えできっと皆殺しにされてしまったでしょう。神通さんは、提督大好きですから、そんな提督を殺そうとした連中なんて、何の躊躇も無く殺せるんですよ。リミッターなんかでは抑えることはできないと三笠さんは言っていました」

と、あっさりと神通が人殺しの禁忌が解除されていることを吹雪が伝える。

「そういうことが外に漏れてしまうといろいろ不味いので、私が極秘裏に提督をお救いする任務を与えられたわけです」

無茶苦茶な話に呆れてしまう。確かに思い詰めやすい性格の艦娘だとは思っていたけれど、自分のために絶対的拘束と思っていた禁忌をあっさりと解除するなんてできるのだろうか?

 

「さて行きましょうか。すでに三笠さんより本当の憲兵隊に連絡が行っているはずですからね。まもなくこちらにやって来るでしょう」

 

「吹雪、君はどうするんだ? 」

 

「私は軍の施設から脱走してますから、当然、捕らえられることになりますね」

と、あっさりと答える。

 

「え? 何でそんなことになる。捕まったらどうなるんだ? 」

 

「さあ、どうなるんでしょうか。……どちらにしても、私は何人もの人を殺めてしまっていますからね。無罪放免って事は無いでしょうね。それなりの処分は受けることになるでしょう」

 

「なんだと! 何でお前がそんな目に遭わなくちゃいけないんだ。俺を助けるためにやったことだぞ。それに、こんな糞みたいな連中なんて、どうなったって構わないだろう」

当たり前の事のように話す吹雪に、冷泉は愕然とする。何をおかしな事を言っているんだ。何を当たり前のように受け入れようとするんだ。

 

「まあまあ、怒らないでください。これは仕方の無いことです。恐らく、これから酷い目に遭うでしょうけど、別に私は何とも思わないですからご安心ください。たとえ、こんなことをしなくても、どちらにしたって艦を失った艦娘は、用済みとなるのですから。その後の運命は、彼らの説明にあったとおりなのです。結論は何も変わっていません。けれど、何も気にする必要はありません。今の「私」という物体が死ぬだけで、本当の吹雪という艦娘の死とは結びつかないのですから……。これは、ただの一つの肉体の死でしかありませんよ。吹雪という代わりの体はいくらでもありますから。それに、どんなに酷い目に遭っても、その記憶は引き継がれません。痛みや苦しみは、この体だけで完結します。次の私にとっては、まるで関係のない事。余所の世界での出来事でしかありません。だから、どうってことないのです」

肉体には、まるで頓着しないという艦娘の考えが明かされる。

 

「そんなこと、だめだ」

冷泉は、よろめきながら歩み寄り、ぎゅっと吹雪を抱きしめる。

 

「え? 」

 

「そんな目には、遭わさせない。そんなことさせられるか。そんな運命が待っているのが分かっている子を、放置なんてできるかよ。お前の言っている事の意味はよく分からないけれど、……たとえ死んでも生き返る。その時の記憶は無いから問題無いっていっても、痛みや苦しみ、そして恐怖を感じるのは事実なんだぞ。お前自身が受けることになってしまうんだぞ。お前が苦しむんだぞ! そんなの認められるか、絶対に許せるわけない! 俺がなんとかしてみせる。……そうだ、一緒に逃げよう。俺なんかでどうできるかは分からないけれど、何とかしてみせる。とにかく、舞鶴鎮守府の部下に連絡が取れれば、お前を護る事ができるはずなんだから」

 

「えっと、あの、そんなことして提督に何のメリットがあるんですか? 」

本当に不思議そうな表情を艦娘が見せる。

 

「メリット……だと? 人の命を損得で計算するやつなんていない」

 

「けれど、私は、人じゃありませんけれど」

 

「俺にとっては、人間も艦娘も同じだ」

 

「ふふふ……お優しいですね、提督は。まったく、噂通りです。その優しさが、より大きな不幸を呼んでいることにお気づきでないところも、本当に悲しくて辛いです。けれど、とても素敵だと思いますよ、提督。本当に凄いなあって心から思います。舞鶴鎮守府の艦娘のみんなを本当に羨ましく思います。もし、次があるのなら、そして許される事ならば、是非ともあなたの部下になりたいですね」

ニコリと笑う吹雪。

その笑顔に一瞬魂を奪われてしまう冷泉。

 

次の刹那、衝撃を感じたと思うと、意識が遠のいて行く。

 

「待て、吹雪。そんな運命なんて受け入れるな。馬鹿な事をするな」

必死に叫ぶが、まともな言葉にはならない。よろめくようにして倒れ込んでいく。

ダメだダメだ。そんなこと絶対に認められない。俺は俺は! しかし、意識が遠のいていく。

 

「冷泉提督、ありがとうございます。最後にあなたに出会えて、私は幸せでしたよ」

幽かにそんな言葉が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 


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