まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

180 / 255
原作には無い、また独自解釈の部分があります。
ご注意ください。



第180話 艦娘の望む未来

本当の事が言えないことが、これほど辛いことだなんて……。叢雲はやるせない気持ちのまま、港を後にする。

 

その歩みは遅く、足を踏み出す度、少しふらついてしまう。誰かが見たら、元気なくトボトボと歩いているように見えるのだろう……。

 

「提督……」

思わず、もう会うことのできない人の名前を呟いてしまう。

 

あの人がいたら、きっと、「どうした、叢雲? 何か元気なさそうじゃないか。変な物でも喰ったのか? え? 違う……。悩み事? お前でも悩む事あるのか? ひえー! あはははは。冗談だよ冗談。……うーん、だったら、俺が聞いてやろうか」と小馬鹿にしながら偉そうに上司ぶって心配してくれるだろう。だから私は、「うるさいわね。アンタに相談するくらいなら、いっそ死んだ方がマシだわ」と言い返すんだ。

 

少ししか離れていないだけなのに、ずいぶん長い間、離れているように感じてしまう。

 

二人のいる場所だけじゃなく、互いの心までも……が。

 

いつも喧嘩腰で偉そうに提督に対した事を、心の底から後悔している。私の言葉で、提督が傷つくようなことがあったんじゃないだろうか。部下の癖に生意気だった事を、今更ながら反省する。いつも何であんな事を言ったんだろう、あんな言い方したんだろうって後悔していた。提督に見つめられると照れくさくて、素直になれなかった。強がってみたり、反抗してみたり……。今思うと、そうすることで提督の気を惹きたかっただけなのかもしれない。

 

もっと素直に自分の気持ちを彼に伝えていたら、どれほど良かっただろうか。今更後悔したところで詮無き事なんだけど。

あの時は、今がずっと続くと思っていた。だから、安心して提督の優しさに甘える事ができたのだ。けれど、もう提督はいない。もう永遠に、会うことは叶わないのだから。そうなって初めて気づいてしまうのだ、失ったものの大きさを。

 

すべて、自分が望んだ事。仕方の無いことなんだ。そうやって自分を納得させるしかない。

 

そう―――。冷泉提督を護る為、自分は全てを捨ててここにいるのだから。彼を護る為なら、何だってしてもいい。

 

三笠さんがどういう意図で自分をここに呼び寄せたのか、それは分からない。彼女は、教えてもくれないし。けれど、こうすることで絶体絶命の冷泉提督を護ることができるのだ。ならば、どんな代償もいとわない。彼さえ無事であるのなら、自分はどんな目に遭おうと、どうなっても構わない。

 

そして、ここに来るにあたり、叢雲は自らに使命を課していた。

ただ漫然とこの場所にいるだけでは、だめだ。この第二帝都東京の事は、人間はほとんど知らない。何の為に存在し、何をしているのかさえ……。

 

何か提督の役に立つ情報を見つけ出し、彼に伝えたい。今は、提督は捕らえられた状態だろうけれど、私が三笠さんから出された条件を飲んだから、きっと彼は釈放され、鎮守府に復帰するだろう。その時の為の準備が必要だ。

 

三笠さんは、冷泉提督に対しても様々な無理難題を今後もふっかけているだろう。その交渉に有利となる情報を彼に伝えることができたなら、きっと提督も喜んでくれるだろう。

 

あんな喧嘩別れみたいな去り方をしてしまったから、提督はきっと私の事を嫌っているだろう。……やっぱり、提督に嫌われたままは嫌だから。

そんなことを考えながら、叢雲は歩くのだった。

 

 

 

そして、三笠のいる建物までの行程で、艦娘を見た。そして、見慣れたその後ろ姿に、驚きのあまり動きを止めてしまう。

 

「な! 」

ポニーテールにしたピンクの髪。ブレザーベストにミニスカート……。

 

その姿から思い浮かぶ艦娘は、記憶の中では一人しかいない。……駆逐艦不知火?

 

出会った瞬間、自分がその事実を認識しながらも混乱し、思考が停止する。彼女は、戦闘で轟沈したはずだ。なのに何故、今、ここにいる? 何故、普通に歩いている。

 

違う、見間違いに違い無い。きっと別の艦娘に違い無い。他の子が不知火に見えてしまっただけだ。

 

けれど、あの髪型髪の色……ずっと同じ鎮守府で暮らしていたんだ。見間違えるはずなんてありえない。あれは、不知火だ。

 

何故、何故、何故? ……疑問だけが頭の中を駆け巡る。

 

とにかく! 

……叢雲は、その艦娘を追って駆けだした。

 

「ちょっと、待ちなさいよ! 」

なんて声をかけていいか分からない。なんとか出た言葉がそれだった。

 

艦娘は、振り返る。そして、確認してしまう。

信じられない事に、やはり不知火だったのだ。

 

「ア、……アンタ、何をしているの」

素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「あら、叢雲。そんなに焦った顔をして、どうかしたの? 」

ごくごく当たり前に彼女が返事をした。そこには驚きも疑問も何もない、ただ、普通に話しかけられて答えたといったものしか感じ取れない。

 

「どうかしたのって、アンタ、何でここにいるのよ! 」

 

「うん? あなたこそ、言っている意味が分からないわ」

言葉を返す不知火の表情から、冗談を言っているように見えない。

 

「だって、アンタ、舞鶴での任務中に……」

轟沈したはずじゃないか? そう言いかけて言葉を飲み込む。

 

「舞鶴? それ、何のことかしら」

 

「アンタ、提督の艦隊と交戦して」

 

「冷泉提督……? 全然知らない人だわ。それに艦娘同士で交戦するなんて、何? そんな馬鹿な事なんて、意味が分からない事だわ。……その方と不知火にどういった関係があるのかしら。もしかして、その方は舞鶴鎮守府の提督……なのかしら? 」

 

「アンタ、提督の事を覚えていないの? 舞鶴にいたことさえも忘れたの? 」

叢雲は考える。必死に不知火が生きていた事と、彼女の記憶が失われていたことを結びつけようとする。

そして、一つの結論にたどり着いた。

確か駆逐艦不知火は轟沈し、通常海域に没したと聞いている。つまり、戦闘の後に艦娘の不知火部分は回収されたが、戦闘の後遺症で記憶が失われている……という可能性だ。それならば、覚えていないことも何とか説明がつく。きっとそうに違い無い。

「アンタ、記憶が一時的に無くなっているのね。そうよきっとそうよ。轟沈のショックでで記憶が混乱しているんだわ」

 

「……ふむ。叢雲、やっぱりあなたの言っていることは、まるで分からないわね。そもそも、不知火は、記憶なんて失っていないのだけれど」

淡々とした口調で話す不知火。その表情から、嘘や冗談を言っている風には見えない。

 

「アタシと一緒に舞鶴鎮守府にいたのよ。幾度の戦闘を切り抜け、死線をかいくぐって生き抜いてきた事も覚えていないの? 艦娘のみんなと海水浴に行ったり、忘年会で金剛が羽目を外した事、温泉に行ったことも忘れたっていうの? それだけじゃない、他にもいろんな事があったでしょう? ……本当に、冷泉提督の事まで忘れてしまったというの」

 

「あのね、だから、忘れたんじゃないわ。何もかも最初から知らない事ばかりよ。あなたの言うような、そんな都合のいい記憶喪失なんてありえないでしょう? ……まあいいわ。何を話合っても、話はかみ合わないのだから。今は、そんな事で時間を潰してる場合じゃないのよ。あなたも理由があってここにいるんでしょう? だったら、馬鹿な妄想に囚われている暇なんて無いはずでしょう。あなたに課せられた任務を全うしなさい。それが艦娘の勤めでしょう? 」

相変わらず、当たり前のように偉そうな事を言う艦娘。確かに間違いなくこの艦娘は不知火だ。けれど、全てを忘れてしまっている。忘れているはずなのに、それを否定する。認めようとしない。

 

「一つだけ教えて」

と、叢雲は不知火に問いかける。

 

「ふう。まあよく分からないけれど、それであなたが納得するんなら、何でも答えるわ。こちらも時間が無いから、手短にお願いね」

仕方なさそうに、そして面倒くさそうに答える。

 

「分かった。要点だけ言うね。アンタ、冷泉提督の事を好きだったことも忘れたの? 」

舞鶴にいた時に、彼女に直接聞いた事だ。最初は怒ったように否定したけれど、最後には恥ずかしそうに頬を赤らめ、彼女は事実だと認めた事を。

 

司令官としてではなく、一人の男性として思いを寄せていることを。けれど、それを提督に伝えるつもりはない事も。冷泉提督の周りには金剛や加賀、神通がいる。今更、自分がいる場所など無いことも分かっている。遠くからで良い。提督の事を見つめていたい。そして、叶うのなら彼の役に立ちたい。

その時、叢雲は、自分と不知火が同じ気持ちであることを知り、更に近しい存在だと思った。その思いを不知火にも伝え、お互いに恋愛運が無いと笑い合った事が思い出された。

 

「はあ? あなた何を言っているの。けれど、とても興味深く、面白い事を言うわね。それって冗談のつもりなのかしら? 全く持って、言っている事の意味が分からないわ。……艦娘が人を好きになる? そんな事ありうるはずがないでしょう? 確かに、司令官より求められることは、あるとは思うわ。司令官であろうとも男性であるし、艦娘は形状的には女ですからね。艦娘はそれに応える義務があることは、認識しています。けれど、それはあくまで感情など伴わない、形式的なものでしょう。艦娘が恋愛感情を抱くなんて、絶対に無いとまでは言えないけれど、少なくともこの不知火がそういったロジックで動くことはあり得ないわ。不知火は、そういった感情に囚われることを良しとはしないし、未来永劫そういうこととは無縁よ。この不知火が望む事は、ただ一つ。日本という国を護る……かつて果たすことのできなかった願いを叶えること。あの無念を晴らす事、ただそれだけ。もう二度と……あの過去の失敗を繰り返さないように」

 

何一つ、彼女は嘘を言っていないのだろう。そのことだけは、分かる。分かるだけに信じられない。

 

不知火との会話は、結局、まるでかみ合わない。どう考えても彼女の記憶は、相当昔の時間でストップしているとしか思えない。

舞鶴であったいろいろな思い出も、そして、冷泉提督の事さえも覚えていないのだから。それでも、彼女が不知火であることは、疑いようの無い事実なのだ。

 

混乱してしまうのは、こっちのほうだ。

 

「叢雲、あなた疲れているのかしら? だって、そんなくだらない事ばかり話すんだもの。……少し休んだほうがいいわね。充分な休養を取って、次の任務には万全の体制で挑むようにしなさい。それが艦娘の勤めなのだから。馬鹿な妄想ばかりしていないで、本来の責務を果たしなさい。不知火達は、今度こそ、絶対に負けられないのだから」

そう言うと、呆然とする叢雲を置いて、歩き去っていった。

 

「ちょ、ちょっと……」

と、声をかけるが、彼女はもう用は済んだとばかりに、振り返ることは無かったのだった。

 

 

 

轟沈した筈の不知火と出会ってしまった叢雲は、その真実を確かめるため、三笠のいる部屋を訪ねた。何故、彼女が存在し、舞鶴鎮守府での記憶が無い事を説明してもらうためだ。不知火が答えなくても、三笠くらいの地位の者であれば、知る立場にあるはずであるから。そして、間違い無く彼女なら知っているはずだ。

 

「どういうことなのですか? どうなっているんですか? 」

部屋に入るなり、本題に入ろうとする。

 

「おやおや、叢雲。どうしたんですか、そんなに取り乱して。もっと筋立てて話してもらえない? そんなに捲し立てられたら、何を言っているのか全く分からないわ。少し、落ち着きなさい」

突然やって来た叢雲に対し、驚くでもなく、むしろ面白そうに三笠が答える。動揺しているのを楽しんでいるかのようだ。

 

叢雲は、ほんの少しだけではあるけれども、内心気分を害している。しかし、それは顔には出さないようにして、質問を続ける。

 

先程、駆逐艦不知火と再会したこと。戦闘で轟沈したと報告されている彼女が何故、ここにいるのか。更に、彼女の様子があまりにもおかしかった事。それは具体的にいうと、冷泉提督の事や舞鶴鎮守府にいたことを忘れているようにしか見えなかった事。さらには、戦艦扶桑達とともに永末の煽動により、舞鶴鎮守府を離脱して国家に反旗を翻した事さえも覚えていなかったことを。

 

それは、質問というよりは詰問だった。

 

恐らく、いや、確実に三笠は、全てを知っている。その全てを教えて貰わなければ納得できない。話してくれるまで、ここから立ち去るつもりは無いぞ! それくらいの気持ちだった。

 

時折、声を荒げながら質問する叢雲を、三笠は終始何か面白いことでもあったかのように、笑いを堪えようとしながら聞いていた。それでも時々、本当に笑い声を上げたりした

 

自分より遙か高位の存在でなければ、本気で怒っていたところだ。カッカする自分を必死に抑えようとする叢雲。彼女と喧嘩をしに来たのではない。答えを聞きに来たのだから。我慢だ、とにかく我慢だ。

「きちんと説明をしてください」

 

「ふふふ。あらあら、ごめんなさいね。少し悪ふざけが過ぎたわ。そうね……本来ならば答えないところなんだけれど、あなたは、もうここから出られないことを承諾した存在だものね。秘密が漏れることはないわね。……いいわ、すべて教えてあげましょう」

と、あっさりと承諾する。

きっとはぐらかされると思い込んでいた叢雲は、いろいろと手を考えていただけに拍子抜けしてしまう。

 

そして、三笠は答える。あまりにも、あっさりと秘密を暴露するのだった。

「不知火がここにいる事は、実に簡単な事ですよ。あなたの同僚の夕張と島風が活躍してくれたおかげで、海底に没していた駆逐艦不知火からコアの回収に成功し、持ち帰る事ができたからです。沈没地点が幸いな事に領域内では無かったため、奴らに取られずに済みました。まさに幸運でしたね。それをこちらに持ち帰り、予備の不知火の体(スペアボデー)にはめ込めば、艦娘は再生されるのですよ。……もっとも、彼女のコアの損傷が酷かったために、記憶を記録した部位は損傷して再現不能でした。故に、記憶はベースのものしか無い状態になってしまったわけです。だから、舞鶴鎮守府での記憶が無いわけです」

 

「コア? スペアボデー? 何なのよそれ」

スラスラと話された三笠の話は、あまりに荒唐無稽で理解が追いつかない。まるで意味の分からない事の羅列に、混乱するしかできない叢雲。理解はできないけれど、内容だけで判断するなら、冗談にしか聞こえない。

 

「混乱しているかしら? 本来なら、ここまで教える事なんて無いのだけれどね。あなたは、もう二度と戦場に出ないから、そして人間と接することも無いから、艦娘の秘密を特別に教えてあげたのよ。艦娘のうなじに、もちろんあなたのうなじにもだけれど、同じ特徴がある事を知っているわね? 何だろうって、不思議に思わなかったかしら? 真っ直ぐに走ったごくごくうっすらとしか見えない切り傷が。あなたたちににはそれが何かは、わからなかったでしょうけれども、うふふふ」

そう言うと、三笠は髪をかき上げ、自分のうなじを左手でトントンと叩く。しかし、彼女のうなじにはそんな傷跡は、見当たらない。

「この部分にコアが入っているのよ。艦娘の本体ともいえる、最も大事なコアがね。グッと、うなじをつまんでみて。……少し、固いものの感触があるでしょう」

 

叢雲も傷があることは認識していた。そして、入浴している時なんかに他の子にも同様の傷跡があることも確認していた。その時は、なんだろうといった程度にしか疑問を感じていなかったのだが。

 

言われたとおり、実際に触ってみると、確かに妙な硬い何かがあるような手応えを感じる。これがコアというもの?

「じゃあ、スペアボデーとは、なんなの」

半信半疑のまま、問い続ける。

 

「スペアと言えば、その言葉通り、スペアでしょうね。ふふふふふ」

理解できていない叢雲をあざ笑うかのように、言葉を続ける三笠。

 

「でも、あの不知火は、本当に不知火だったわ。どこから見ても、私の記憶と寸分違わない不知火だった。見た目も声も、纏う雰囲気さえも。何一つ、違和感を感じさせない……本物だった。もしも可能であるというなら、それはクローン技術しかありえないじゃない。ま、まさか」

 

「ふふふ。人間のクローン技術なんて、収集したデータが少なすぎてまだまだ未完だし、製造過程でエラーが多すぎで不安定すぎて使えないわ。育てるにも時間もかかるしね。そんなことをするより、今あるモノを【加工】して利用する方が、簡単だしコストも掛からないわ。何せ、材料ならそこら辺にいくらでも存在しているのだから」

と、意味ありげな笑みを浮かべる。

その表情に寒気を感じてしまう。

 

「何ですそれは? どういうことなのですか? 」

 

「ふふふ、それ以上の事は、さすがにあなたにも言うべき事ではないわね。知ってしまえば、あなたは後悔するでしょうし……少し喋りすぎましたね」

そう言うと、それ以上は語るつもりはないかのように目を逸らす。

 

「じゃあ、別の事を教えてくれますか。不知火は、この後どうなるのですか」

いくら問い詰めたところで、彼女が答えることなど無いだろう。交渉で引き出せる可能性など無い。粘るだけ無駄だろう。

 

「お友達の事が気になるのかしら……優しいのね。彼女は、艦を失ってしまったから、艦は再建造となるの。まだ艦の方の建造が終わっていないから、しばらくは、ここで調整することになるわね。いろんなデータを取り込む必要があるから。そして、艦の建造が完成次第、どこかの鎮守府に行くことになるわ。今度はどこに着任させようかしらね。うーん、そうね……舞鶴なんておもしろいかもね」

とんでもないことを平然と言う。

 

「な! 」

思わず驚きの声を上げてしまう叢雲。何という酷い事を言うのだ、この女は。

 

「あなたが驚く顔を見るのは、とても楽しいわ。何でそんな酷い事をするのかって顔ね。死んだはずの不知火が舞鶴に戻ってきたら、冷泉提督はどんな顔をするんでしょうね。喜ぶかしら? おまけに、彼女は彼との一切の記憶を無くしているんだから。それを想像すると、とても愉快だわ。他の艦娘達もどう彼女に対応するんでしょうね。うふふふ、興味は尽きないわね。けれど……残念だけれど、そんなことをしても、何も面白くないでしょうね。だって、もう舞鶴には、冷泉さんはいないのだから」

そこで初めて叢雲は、冷泉提督が憲兵隊に逮捕された事を知らされたのだ。

 

「な、なんで提督が逮捕なんてされなきゃいけないのよ! 提督を護ってくれるって約束したじゃないの!! 」

不知火の事以上に放置できない事案の発生に、激高する叢雲。自分の感情を抑えられない。なんでそんなことになるのか。

「何でなのよ! 提督を守ってくれるって約束したじゃない。嘘をついたの? そもそも、何で提督が逮捕なんてされるのよ」

 

「そんなにカッカしないで。あなたとの約束を反故にしているわけではないから、安心して。今回の彼の逮捕の原因を一言で言えば、これまでの行いに対する報いでしょうね」

 

「そ、そんな」

 

「彼は敵を作り過ぎたし、彼等の敵意をはねのけるほどの実績を残せなかった。付け入る隙を与えすぎた報いですよ。行動が短絡過ぎで思慮が足りなさすぎね。もちろん、全てにおいて彼は正しいし、実際、正しい事をしているわ。それは私も認めてあげます。けれど、能力も実績も無い者が分不相応な正義を声高に語る事は、ただただ愚かな所行でしかありません。それは敵を作るだけで、決して誰も味方をしてくれないでしょう。その愚かさは、あなただって身をもって理解しているわよね」

 

「くっ……」

三笠の言う事は事実であり、反論ができない。ただ言えることは、そんな状況であっても、自分は冷泉提督の味方でありたいと思うことだけだ。

 

「彼は、私にとって、とっても信頼できてワクワクさせてくれる存在なのだけれど。このままではニンゲンという種の敵意によって、放逐されるしか無いでしょう。確かに、彼はこの世界からすれば明らかな唾棄すべき忌まわしい異物ですからねえ。この世界としては、無意識のうちに排除しようというのは当然のことでしょうから」

随分と抽象的な言い回しのため、叢雲は三笠の意図を計りかねる。

それでも

「どうにかならないのですか? 」

と、冷泉提督を救う手立てを求めてしまう。どんな方法でもいい。提督を救う方法があるのなら、試したい。

「実際ね……あまり冷泉さんに私が肩入れし過ぎると、世界のバランスが保てなくなりますからね。ここは、人間達の中で彼を救おうという勢力の活躍に期待するしかありませんねえ。もちろん、冷泉さんをもり立てていこうなんて考えを持っている人達ではありませんよ。そんな人なんて、一人もいませんから。彼を利用しようと考えている人間はいるようですから、その類いの人間に期待せよ、ということです。あなたも変に期待しちゃだめよ。彼は、世界にとっては、所謂排除すべき存在でしかないのだから。そして、意図せずに彼は、この世界をかき乱す存在……いいえ、かき乱すだけの存在なの。彼と相対する人々も、自身は無意識のうちに彼を排除しようとしているだけなの。まるで病原体に対する免疫機能のようにね。……彼の行き着く先が、はたして何処になるのか。その行く末は、とても興味深いわね。どのように彼と彼の敵が世界の運命を回すのか、興味深いわ。その渦は新たなる奇跡を生むかもしれないのだから」

 

「何を言っているのかわからない。提督はどうなるっていうの。何で提督だけ酷い目に合わなければならないの。」

 

「ふっ。その理由については、あなたは、いえ、あなた如きが知る必要はありません。そもそも、あなたがどうしてそんなこと知りたがるのかしら? だって、もうあなたは、舞鶴舞鶴鎮守府の艦娘でもなんでもないのよ。あなたは、冷泉提督とは何の関係も無い存在でしかない。もう二人の人生は二度と交差することなどないのですよ。……それをあなたは、自分から選んだのだから。そして、冷泉提督もあなたの為に、あなたを遠ざけるため鎮守府からの異動を承認したのだから」

 

「ちがう! それはあなたがそうしろと言ったからじゃないの。アタシは、冷泉提督を護りたかった。そして、あなたは舞鶴鎮守府から……冷泉提督から離れろと命じたから! 決して、何一つ私が望んだ事じゃ無いわ。三笠さん、あなたは約束したわよね。私がここに来るのであれば、交換条件として、冷泉提督に味方してくれるって。なのになんでそんな酷い事をいうの。これじゃあ、アタシとの約束を破ったのと同じじゃない」

 

「いえいえ、ちゃんとあなたとの約束は守っているわ。だからこそ、冷泉提督は、今も生きていられるのだから。本当なら、とうの昔に憲兵隊の中に潜り込んだ刺客によって抹殺されているはずよ。そして、私が彼に味方しているからこそ、まだまだ彼にも復活のチャンスがあるのだから。……落ち着いて、叢雲。そして、安心しなさい」

慈愛に満ちた表情で、優しく話しかける。

 

「ほ……本当に信じていいのですか? 」

縋るような目で三笠を見つめる叢雲。

 

「もちろんよ。この戦艦三笠を信じなさい。日本国に対する私の影響力は、これでもそれなりにあるのだから。でも、勘違いしないで。私がそこまで協力してあげるのは、あなたとの約束だからじゃないのよ。あなたの提供したモノは、すでに等価で交換されているわ。その先の冷泉さんに協力してあげるのは、他の艦娘の願いに応えたからよ。何かをえるためには、何かを投げ出さなければならない。すべて、世界はバランスの中にあるのだから。その中で、皆、足掻き続けるのだから……。私はそんなモノに、希望を与え、そして希望を奪い、バランスを保つものなの。……それは自分の運命すら天秤に掛ける者にしかできないなのだから」

と、うっすらと笑う三笠。

どう見ても狂気の中にあるとしか思えない存在。そこに何ら光は無く、闇しか無いと思わざるをえない。そして、彼女は喜々としてそれを受け入れているように思える。

彼女の瞳の奥を見てしまった叢雲は、戦慄せざるをえなかった。

 

「あなた、一体、誰……なの」

恐る恐る問いかける叢雲。

しかし、三笠は微笑むだけで、叢雲の問いに答えることは無かった。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。