まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第175話 次へ

冷泉は、全てを語った。神通が改二改装を行っている間に舞鶴鎮守府で起こったすべての顛末を。

 

戦艦扶桑の鎮守府離脱とそれに呼応して大井、祥鳳、羽黒、初風、漣、そして不知火の鎮守府からの離脱。その裏には、かつて舞鶴鎮守府に在籍していた永末という人間の存在があったこと。

そして、舞鶴鎮守府への武装兵力の襲撃……それに伴う多くの死傷者が出たこと。

扶桑達を連れ戻すために出撃した艦隊は、彼女達と対峙し、それ以上の数の敵とも戦果を交えることとなる。かつて、沈没したとはずの艦娘が実際には生きていて、うち捨てられていた資源採掘用のメガフロート基地に潜伏していたことを初めて知った。

 

彼女達は冷泉の説得に応じることなく、開戦となってしまった。戦闘は敵艦隊の有利な内に進み、鎮守府艦隊は絶体絶命状態に追い込まれてしまう。

そんな時に神通が駆けつけたのだ。しかし、限界を超えた行動のため、神通は機能停止してしまう。

その後、扶桑の奇襲により空母加賀と冷泉が絶体絶命状態の時に、敵であったはずの不知火が割っては入り、扶桑の集中砲火を浴びて沈没した。

一時待避した扶桑は、冷泉のもとに降伏しようとするも、再度心変わりし、自ら死を選ぶため、領域に消えてしまった。

 

神通は、冷泉の話をずっと黙って聞いていた。扶桑達の鎮守府離脱の話の時には拳を握りしめ何かに耐えるような仕草を見せていたが、話を聞き終えると悲しそうな瞳で冷泉を見る。

「辛いです……。ずっと同じ目的の為に戦っていた筈の仲間が裏切り、そして仲間の命を狙ってくるなんて。そして戦闘で沈んだはずの艦娘が健在であったこと。そして、私達と敵対したこと。正直な話、信じられません。けれど、……事実なのですね」

 

「何が原因で、彼女達が翻意したのかは、分からないままだ。けれど、俺の前任である緒沢提督の意思を継ぐということを言っていた。そこにすべての原因があるのかもしれない。扶桑たちと接触していた永末も緒沢提督の部下で、緒沢提督が処断された際に軍を追われたらしいからね。すべては、緒沢提督が何かを為そうとしていた事が原因かもしれない。……それを問いただすにしても、彼はもうこの世にいないからな。永末を捕らえるしか無いのだろうけれど、すでに何処にいるかも分からないし、艦娘達との交戦は避けられないだろう。彼等の勢力がどの程度かさえ、掴み切れていない。逆に、俺たちは多くの艦娘を失った上に、今回の戦いで多くの艦が傷ついてしまった。迂闊には動けない状態だ」

 

「私がもっとしっかりしていれば良かったんです。不知火や初風、漣は私の直属の部下なのに、異変に関して何も気づくことができませんでした。全ては私の掌握不足であり失策です。私が厳しく彼女達に当たっていたから、不満が溜まっていたに違いありません。私の部下に対する教育が失敗したのです」

悔しそうに神通が呻く。

 

「お前には何の落ち度もない。お前は良くやっていたし、駆逐艦娘達もお前のことを慕っていたことくらい俺にだってわかる。彼女達が鎮守府を離脱したのは、もっと別の原因に違いない」

冷泉が思った事は、緒沢提督が艦娘たちとの間に築いていた絆の強さの影響だろうと分析していた。非業の死を遂げた緒沢提督。彼が何を為そうとしていたのかは不明だが、永末の出現によって何かが誘発され、……永末が緒沢提督の意思を継ぐ者であると彼女たちに認められ、そして決起したのだろう。

「彼女達は、緒沢提督が成し遂げようとしたことを今為そうとしているのかもしれない。それが非業の死を遂げたかつての上司への手向けとなるのかもしれない。……どちらにしても、俺は敵対勢力の手下と認定されているのは間違いないな。彼女達の側に寄り添っているつもりだったけれど、想いは通じなかったことが少し辛いな」

事実を認識し、辛さがこみ上げてくる。神通は自分を責めているけれど、それ以上に自分の方が部下の掌握能力が欠如しているのは間違い無い。前の世界でも部下を持ったことなど無かったのに、いきなりたくさんの部下を持ったのだから、無理な話なのだろう。しかも、部下達を死地に向かわせるという立場の人間なのだから。

 

「そんなことありません。提督はいつもいつも私達の事を思っていてくれていました。そんな提督のお心遣いに気づかない愚か者達の事を気になさる必要などありません。提督に何の落ち度もありません。全てにおいて彼女達に非があるのです」

必死になって冷泉を庇おうとしてくれる艦娘に、逆に辛い気持ちになってしまう。神通だって緒沢提督と共に戦ってきた艦娘なのだ。彼女のほうがもっと辛いのではないか……と思ってしまう。

 

「……そう言ってもらえるだけで、救われるよ。お前だって辛いのに、愚痴を言って済まなかったね」

 

「提督はこの後どうされるおつもりですか? 」

彼女はあえてそれ以上の事を言わず、話題を転換する。

 

「俺は、扶桑と不知火を死なせてしまった。もうこれ以上、犠牲者を出したくない。だから、こちらから追撃を行う事は、諦めようと思っている」

 

「しかし、それでは……」

 

「彼女達は軍規違反を犯した。当然、処断されるべきであることは分かっている。けれど、目の前で部下が死んで行くのを見るのは、思った以上に応えたよ。俺には辛すぎる。向こうから責めてこない限りは、戦火を交えるつもりは、もう無いよ。お前達の気持ちを考えたら、そうすることが正しい。それに、追撃をかけようにも」

 

「けれど、提督。きっと討伐指令が発令されるのではありませんか? 」

 

「確かに、その通りだろう。けれど、舞鶴鎮守府の現有戦力を考えれば、再び討伐に出るにしても準備期間が必要だろう。損傷した艦も多いし、今の戦力では返り討ちに遭う確立の方が高いからな。それを理由に引き延ばすさ。それに……いや、なんでもない」

自分が指揮を執れる時間がどれほど残されているか分からんからな……とは言えなかった。神通もそれ以上は何も言わなかった。

 

しばしの沈黙。

そして、神通が思い詰めたような表情で再び口を開いた。

「提督、こんなお願いできるとは思えないのですが。……不知火を、不知火の事を許してくださいませんか? 」

突然の言葉に一瞬言葉を失ってしまう。

「許すも許さないもないだろう? 不知火は俺を庇ったせいで、あんなことになってしまったんだ。彼女が何を思い永末側に付いたのか、何を為そうとしていたのか。それは今となっては分からない。けれど、最後の最後で自らの命を捨てて、俺を護ろうとしたんだ。……鎮守府を離脱したのは、きっと何か理由があったんだろう。あいつの性格からしてもそれは間違いない。法や規則を絶対視するあんな石頭が、国家に反旗を翻そうとするほどのことだったんだからな。自分の意思じゃなく、どうしようもない事情があったんだろう。あいつは感情よりも理性を、法を優先する融通の利かない奴だったからな。……今となっては、それを知る術はないだろうけれど」

 

「あの、て、提督は、不知火の気持ちにお気づきでしたか? 」

唐突に神通から問われる。

一瞬、何を言っているのか理解できなかったが、すぐに彼女の意図する事に気づいた。それは不知火が冷泉に対して、上司に対する信頼とは異なる感情を抱いている事に気づいていたかということだった。

 

「……少なくとも嫌われていない、とは思っていたよ」

 

「良かった。少なくともあの子の気持ちは、提督に伝わっていたのですね」

神通は自分の事のように嬉しそうに言った。

「そのことを彼女に問えば慌てたように否定をしていましたが、彼女は提督に対して信頼を越えた感情を持っていました。はっきりとは自分の気持ちに気づいていなかったのかもしれません。けれど、提督の事を話す時だけは、普通の女の子のように感情を表していました。彼女は自分の気持ちを提督に伝える気持ちは無かったかもしれませんが、その想いが伝わっていただけでも彼女も浮かばれるでしょう。……だからこそ、信じられないんです。大切な人を裏切り、苦しめるような事を不知火が選ぶ筈が無いんです。きっときっと、何かどうしようもない理由があったはずなんです。もちろん、理由はどうあれ、彼女がしでかした事は許される事ではありません。けれど、そのことだけは提督に知っておいて欲しかったんです」

 

「ああ、分かっているよ。俺もそうだと信じている。きっと、抗うことができないような事があったんだろう。……だからこそ俺は永末を許すことができない。舞鶴鎮守府をメチャクチャにしたあの男を絶対に。……けれど、俺に奴を討つ力が今は無い。自分の無力さ無能さに腹が立つ。お前達ばかりに苦労をかけるだけで、何にもできないんだからな。そもそも、俺がもっとしっかりしていたら、こんな事にはならなかったんだから」

 

「提督、自分をお責めになるのはお辞めください。提督は、常に最善を尽くされています。提督は、何も悪くはありません。不知火だって、最後は提督をお守りして逝ったのですから、彼女にも悔いは無いはずです。艦娘としての責を十分に全うできたのですから……。艦娘としては、幸せな最後だと思います」

だから、提督は悔やんだり自分を責めたりする必要は無い。神通はそう言いたいのだろう。

 

「ああ、そうだな……。今、俺がくよくよして落ち込んでいても何も始まらないんだよな。今は行動すべき時なんだから。後悔や反省は全てが終わってからすればいいんだからな。俺は、今俺ができることをやり遂げなくちゃいけないんだ。……俺は、俺は鎮守府指令官なのだから」

冷泉は自分に言い聞かせるように答える。

「今やるべき事は、鎮守府艦隊を無事、舞鶴へ連れ帰ることなんだ」

未来の事を思い悩むのは現在、為すべき事を為してからで良いのだ。先の事ばかり考えて落ち込んでいても仕方が無い。今できることを、今の立場でできる全てをやり遂げないといけないのだ。

悲しみも悔しさも怒りも虚しさも……今は今だけは追いやるのだ。

 

間もなく、メガフロート基地に大湊警備府からの援軍が到着する事になっている。補給艦や工作艦、輸送艦も一緒だ。資機材を揃えて、傷ついた艦娘の応急処置を行わなければならない。

 

悩んでいる時間など、今の冷泉には無いのだ。今ここにいる、大切な大切な艦娘達を無事に母港に連れ帰るのだ。

 

「さて、……俺はみんなの所に戻るよ。お前は補給部隊が来るまでの間、もう少し休んでいるんだ。休養も大切な仕事だ。応援部隊が来たら、お前にも働いて貰わなければならないんだからな。……期待している、頼んだぞ」

 

「了解です」

神通は、微笑んでくれた。

 

 

傷ついた艦娘達の応急処置を終え、冷泉達は母港へと帰還したのだった。


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