まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第173話 想い

可哀想な提督。

……最初に感じたのはそれでした。

 

舞鶴鎮守府より離脱した扶桑さん達が身を寄せていたメガフロート基地。今は彼女達がいなくなり、傷ついた舞鶴鎮守府艦隊が停泊している場所。

 

その司令室であった場所で、扶桑さんの事を報告をしました。

扶桑さんを迎えに言った私が声をかけた途端、彼女はどういうわけか攻撃をしてきたこと。慌てて防御障壁を展開したももの、艦には損傷が発生したこと。説得を行い、それでも抵抗を続けたため、威嚇射撃を行った事。

 

「そして、弾薬が尽きたのか……扶桑さんは領域へと消えていきました。力づくでも制止すれば良かったのですが、あの時の扶桑さんを止めることは私にはできませんでした。申し訳ありません」

そう言って頭を下げた。

本当は、扶桑さんと接触する少し前から彼女がいなくなった所までの記憶がとても曖昧になっていて、詳細は覚えていなかったのです。仲間であった扶桑さんに攻撃をされたことで混乱してしまい、覚えていないのかもしれません。けれど、そんな事を冷泉提督に報告できるはずもないので、うっすらと覚えている範囲の事に肉付けして報告をしてしまいました。ちょっと突っ込まれたらすぐにボロが出そうな話ですが、提督は気づかなかったようでした。

 

ぼーっとした表情で遠くを見つめるだけでした。そう、心ここにあらずといった感じでした。

 

「……提督? 」

 

「ん? ……ああ、すまない。どうしたんだ、榛名」

何度も声をかけて、やっと気づいてくれました。

 

「私がもっと強引にでも連れ戻そうとすれば良かったのに……。提督に辛い想いをさせてしまってすみません」

 

「いや、お前は何も悪くないよ。むしろ、辛い役回りをさせてしまって、済まなかった。扶桑がどうして心変わりをしてしまったのかは分からないけれど、彼女は彼女で思うところがあったんだろう。……せめてお前が無事に帰ってきてくれたことだけでも、俺は嬉しい」

 

「提督、扶桑さんは」

分かっていることではありますが、あえて問いかけます。傷ついた状態、しかも丸腰に近い状態で領域に侵入することの危険は誰もが分かっていることです。

 

「ああ、彼女はもうこの世界にはいないだろう。俺の下に来るより、死を選んだ。それが彼女のけじめだと思うしかない。納得なんてできないけれど、な」

かみしめるような口調で提督が仰ります。

 

扶桑さんは自ら提督の下に来るといったのに、どうして最後の最後で翻ったのか。それは結局、扶桑さん以外には分からないことなのでしょう?

 

「今、舞鶴より救援の艦隊が向かっている。お前も疲れただろう? それまでの間、少し休んでおけ」

無理矢理作ったような笑顔で提督がこちらを見ます。

その心中を察するにあたり、こちらまで苦しくなってしまいます。二人の艦娘を亡くしてしまった提督の悲しみが自分の事のように思われ、無意識の内に提督の側に歩みより、提督を抱きしめてしまいました。

一瞬だけ彼の体が強ばったように感じられました。

 

「提督、お辛いのに我慢なさってばかりではお体が持ちません。大丈夫です。提督はお一人ではないのです。みんながいます。そして、私も。榛名はいつでも提督のお側にいます。いつでもあなたをお守りします。ずっとずっと」

提督の体が少し震えたと思うと、嗚咽が漏れて来ました。そして、私に身を委ねるように力が抜けたのを感じました。私は、提督の頭を優しく撫で続けたのでした。

 

 

 

 

司令室から榛名が出てきた。

。扶桑の件の報告をしていたのだろうけれど、随分と長かったように感じる。帰ってくるなりすぐに提督のところへと行ったから、事の詳細を聞く間も無かった。

 

金剛は、ずっと待っていた。扶桑の話を聞きたかったからだ。

扶桑の死は確定的。それについてはやむを得ないと感じている。鎮守府を裏切り、提督を、そして仲間を殺そうとし、そして不知火を殺した。その罪を許すことはできない。それでも、ずっとずっと彼女と一緒にいた金剛にとって、未だ信じたいと思う気持ちがあったからだ。

 

「……榛名」

声をかけると、妹が振り返る。

「金剛姉様、どうかされたのでしょうか? 」

いつも通りの優しい笑顔でこちらを見る。

 

「提督に報告は終わった? 」

 

「はい」

そう言うと、扶桑の最後を語ってくれた。金剛は、扶桑の最後の思いを感じ取る事ができた。かつての司令官であった緒沢提督を殺された事に対する日本軍への恨み。その事実さえ記憶改ざんにより隠蔽した事への怒り。大切な人のことを忘れてしまっていた自分への怒り。……そして、冷泉提督への葛藤。そういったものの中で悩み怒り困惑し、そして逝った事を。

 

「冷泉提督は、どうだったの」

何よりも心配だったのは彼の事だ。あまりに辛いことが続きすぎて、彼は心の平静を保っていられるのだろうか。

 

「提督は、とても辛そうに聞いておられました。扶桑さんに不知火さんを失ってしまった悲しみは、私では推し量ることができるようなものではありませんから。けれど、提督は私の事を気遣って下さいました。提督の方が辛い状態なのに」

 

「そう……ネ」

次の言葉が出てこない。提督はいつもそうだった。自分の事よりも、まずは私達の事を優先しようとする。それにいつも自分は甘えてばかりだった。今こそその恩を少しでもお返しするときなのに。……そんなこと分かっているのに。

 

「姉様……」

 

「何かしら? 」

 

「今、提督には支えとなる人が必要です。いろいろとお辛いことが多すぎて、提督の心は耐えきれないんじゃないかって思うんです」

 

そんなこと分かっているわ。思わず口に出そうになるが、ぐっと堪える。

「……提督には、秘書艦がついている。彼女が、……そうじゃなくても他にいるからネ」

それどころか、心にも無い言葉が出てしまう。

 

「そんなことありません! 」

突然、榛名が声を荒げる。

「加賀さんや高雄さん、神通さんじゃダメだと思います。今、提督をお支えできるのは金剛姉様しかいない、……私は思うんです。姉様だって本当はそう思っているはずです」

 

「ワタシにはそんなことする資格が無いネ」

思わずそんな言葉が出てしまう。

 

「姉様はご自分のお気持ちから目を背けるというんですか? 姉様が提督のことをお慕いしているのは私にだって解ります。今、提督が本当に困っておられます。そんなとき側でお支えするのが、提督をお慕いする者の努めではないでしょうか? 」

 

「だから、そんな資格が無いネ、ワタシには。ワタシは提督に嫌われてしまったの! だから、提督はワタシのことは避けるに違い無いネ」

すべての膿を吐き出すように、冷泉とのやりとりを妹に話してしまう。

 

黙って話を聞いていた榛名が口を開く。

「そんな事があったのですか」

 

「そう。だから、ワタシには何もできない。何もしたくない」

 

「金剛姉様は、今、提督の事をどう思われているのですか? 」

と、妹は真顔で問いかけてくる。

 

「ワタシは」

それ以上言ってはいけない。別の自分が訴えかけてくる。けれど、止めることができない。

「ワタシは冷泉提督にはもうついていけない。信じることができない。これ以上、彼の下で働ける自信すらないネ。だから、たとえ提督が窮地にあっても、どうすることもできないし、そのつもりも無いわ」

吐き捨てるように言ってしまう。

本音であって本音じゃない言葉が次々とあふれ出る。信じているのに信じられない。大好きなのに嫌い。側にいたいのに、いたくない。心が引き裂かれそうだ。

 

「……だったら」

考え込むような表情で話を聞いていた榛名が口を開く。何か決心をしたような表情だ。

「姉様が提督の事をお嫌いというなら、何も気にする必要はありませんね」

 

「え? 」

聞いた途端、嫌な予感がする。

 

「榛名が提督の事を好きになっても、何も問題ありませんよね。姉様も榛名の事を応援してくれますよね? 」

 

「……」

唐突すぎて、言葉が出てこない。

 

「私、ずっと冷泉提督の事をお慕いしていました。けれど、金剛姉様が提督の事を大切に思われているのが分かっていましたから、ずっとこの気持ちを隠してきました。でも、今分かりました。姉様は提督のことを好きじゃないことを。だったら、何も遠慮することはありません。私、提督にこの気持ちをお伝えします。……姉様も榛名を応援してくださいますよね? 」

榛名は本気だ。それは彼女の目を見ただけで分かる。そして、どんな説得も意味をなさないことを。

加賀や高雄、神通に不知火……多くの艦娘が提督に思いを寄せているのは明白。けれど、彼女達は互いに気を遣いあって提督の心に踏み込めずにいる。

けれど、この子ならそんな柵など存在しないし、そもそも気にしない。

 

容姿も性格も能力も……あらゆる点で自分よりも勝っている自慢の妹。その榛名が本気で冷泉提督に迫っていったとしたら、提督ですらその気持ちに絆されるに違いない。それほどあらゆる点で魅力的な子なのだ。

そして、さらに彼女に有利な事がある。冷泉提督は今、様々な事で精神的に追いつめられている。とても強いと思われる彼の心だって今は疲弊している。そんなときに榛名のような子が側にいて、優しく声をかけてきたら……。

 

「榛名を……応援してくださいますか? 」

と繰り返す妹。

 

「わ……分かったネ」

そう答えるしかできなかった。

自分にはできないことを、きっと彼女ならできるだろう。そして、榛名になら提督の事を任せてもいい。そして、思う。呉鎮守府で傷ついた榛名の心も、冷泉提督といっしょにいることができるなら、きっと癒されるのだろうと。表面上は分からないだろうけれど、姉である自分には分かる。……呉でどんな事があったかは聞いた話以外は分からない。榛名も決して語ってくれない。けれど、榛名の心はボロボロでいまにも壊れてしまいそうであることをは問わずとも分かってしまうのだ。榛名は、それを悟られまいとそれを必死に取り繕っていることも知っている。

 

自分はこのままでも大丈夫だけれど、提督と榛名は今のままでは壊れてしまうだろう。もし二人が支え合うことで立ち直れるなら、それは双方にとって幸せなんじゃないだろうか。

 

そういえば……。そして、ふと思い出した事がある。

昔から、榛名は自分が欲しがるもの、持っているものを欲しがっていた。本人は意識していなかったと思うけれど、姉である自分をライバル視していたのかもしれなかった。

 

そして思い出す。榛名がいた呉鎮守府への移動の話も最初は金剛にあったのだ。しかも秘書艦として……。とても嬉しい事だったけれど、自分なんかに務まるのだろうかと躊躇していた。だから、他の艦娘達にも相談したりしていた。そんな時、榛名が突然、呉鎮守府へ行きたいと言い出したように思う。結局、榛名の思いの強さを知った事から、彼女に譲るような形になってしまったけれど。中途半端な気持ちでいる自分よりも、明確に望んでいる榛名が行った方がいいと思ったから、その時はそれでいいと思ったのだけれど。よくよく考えてみると、榛名に思考を誘導されていたように思える。

……まさか、あの子がそんな事を考えるはずがないわ。あの子は素直で真面目すぎる良い子なんだから。

 

あれ?

そういえば、今もあの時と同じだ。

 

「姉様、ありがとうございます。榛名、がんばります。応援して下さいね」

それ以上の疑問を抱かせないかのように、満面の笑顔で榛名は微笑んできた。

 

「うん、提督の事は任せるネ」

結局、そう言うしかなかった。


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