「冷泉提督……お辛そう。どうして、あの方だけがあんなに辛い思いをしないといけないのでしょうか? 」
艦橋から見える海を見ながら、榛名は思わず口に出してしまう。
私達の事を思い行動してくださる冷泉提督。誰よりも優しくて、誰よりも信頼のできる方。まだ舞鶴鎮守府に来てからそんなに時間は経っていないけれど、提督とお話したりしているだけで、それが分かってしまう。そんな提督の下でずっと働いている艦娘達を、心から羨ましく思った。自分もいつかきっと提督に認められ、彼から大事な存在だと思われたい……。ついついそんなことを考えてしまう。
冷泉提督は、今、とても大変で困難な状況にある。部下であった艦娘達に裏切られ、鎮守府を破壊されて多くの部下を失われた。さらには部下だった艦娘を討たなければいけない状況にまで追い込まれてしまった。そして、……不知火さんを目の前で失ってしまった。
なんとか感情を制御しようと努力しているけれど、端から見ても彼の気持ちは手に取るように分かってしまう。彼は、ずっと自分を責めている。みんなを護れず、窮地に陥らせてしまったことがすべて提督の責任だと思われているようなのだ。
―――それは、違うと思う。きっと違う。もっと私達がしっかりと提督をお支えしていたら、もう少し、マシな未来になったかもしれない。
あの時こうすれば、あの時こう言えば……所詮は結果論でしかない。けれど、それを言いたくなってしまう。
何よりも、自分が提督のお役に立てないままの状態であることに耐えられない。少しでも提督の心を不安を取り除いてあげたい、と思っていた。
そして、初めての機会が訪れたのだ。傷つき敵勢力から離脱した扶桑さんを救いだすという任務が自分に与えられたのだ。
必ず、扶桑さんを連れ戻してみせる。今、彼女まで失ってしまったら、冷泉提督の心が壊れてしまうかもしれない。そんなことは、絶対にさせない。
この機会に提督のお役に立つことで、彼にに認められたい。そして、それ以上に、艦娘のみんなに、仲間として認められたいと思っていたのだ。
「私は、まだ舞鶴鎮守府の一員と呼ばれるような事を何一つしていないんだから。みんなからは、まだまだ仲間と思われていないはず。とにかく、一生懸命がんばらないと! 」
榛名は、両手を握りしめて気合いを入れる。
そして、突然、通信が入って来る。
普段使う事のない、特殊なチャンネルでそれはやって来た。
「あれ? 一体何なのでしょうか? こんな通信方法なんて、初めてです」
よくは分からないけれど、無視する訳にはいけない気がする。それどころか、この通信には出ないと行けないような気がする。
「どうすればいいのかしら」
とりあえず、通信機に手を伸ばしてみる。無意識のうちに指はパネルをタッチし、回線を接続した。それどころか、何故かパスワードも勝手に入力できてしまう。
どうしてそんなことができるのか分からない不安を感じながらも、映像が映し出される画面に注目してしまう。
「やあ、榛名。元気にしてたかな? 」
映し出された画面には、榛名のかつての上司で、最愛の人である高洲提督が映し出されていた。彼はニッコリと微笑む。
その瞬間、榛名は意識が遠のくのを感じた。
---------------------------------------
椅子に腰掛けて、安堵のため息を付く扶桑。
冷泉提督から、連絡があった。なんと自分を受け入れてくれるとのことだった。犯してしまった罪は償わなければならないけれど、お前にも事情があったことは理解している。できる限りのことはするから、安心して帰ってこいと彼は言ってくれた。……あれだけのことをしでかしたというのに、彼は許すと言ってくれた。本当は私の事を許せないだろうし、失ったものの大きさで耐えられないはずなのに、彼は私の事を気遣ってくれている。優しくて温かく、そして、どうしようもなく愚かな人だ。
自分はこんなにも艦娘を思ってくれる人を裏切り、傷つけたのだ。
それを思うと、いてもたってもいられない。自分の犯してしまった罪は決して償い切れないだろうけど、それでも彼の元に帰り、全てをお話する責務があるのだ。自分がどんな気持ちだったか、そして起こった事実、起ころうとしている未来の全てを。全てを冷泉提督に知って貰う必要がある。そうすることで、死んで行った人達の死が少しでも慰められれば……。そして、これ以上の悲劇が起こらないようにすることができれば。心から思っていたのだ。
傷ついた舞鶴艦隊で、無事な艦娘は少ない。そんな中、榛名を迎えに寄越してくれるという。榛名の名前を聞いて、ホッと胸をなで下ろす自分がいることに気付く扶桑。
金剛や高雄、神通だったら、自分はそれを承諾しただろうか? そして、加賀だったらどうだっただろうと考えてしまう。
どの子も冷泉提督のことを誰よりも大切に思っている。そして、そんな彼を殺そうとした自分を、彼女達は許してくれるだろうか? ……共に戦い、お互いを理解し合っている戦友だった自分が裏切り、それどころか仲間を殺し、その上、提督を殺そうとしたのだ。そんな自分を許せるだろうか? 冷泉提督に止められているとしても、自分と面と向かった時に、怒りや憎しみといった感情を制御できるだろうか?
もしも、自分だったなら、無理だろう。
そもそも、共に戦ってきた仲間に、私はどんな顔をすればいいのだろうか。犯した罪は、償い切れない。もっと早く気付くことができればよかったけれど、それが自分にはできなかった。自分が間違っているなんて、思いもしなかった。常に受け身で周りに流され、私情に流されてばかりの生き方をしてきた自分がいけないのだけれど、それを悔やむには時は既に遅すぎるのだ。本当ならば、死んで詫びるのが一番なのだろうけれど、そこまで純な女ではない。きれい事を言う自分をあざ笑う別の自分がいることも重々承知なのだから。
全てを話して、贖罪したい。澱かたまったどす黒い心が少しでも晴れることになるのなら、何だって話したい。……それも真実だけれど、もう一つの思いもある。それは、もっともっと汚い心の吐露だ。
愛していた……緒沢提督が何を考え、これから何をしようとしているかを、自分の胸の奥にしまい込んだまま……一人で消えていくなんてできなかった。したくなかった。ずっと信じていたのに、あっけなく裏切られた。自分はもはや不用だと言われた悲しみ。捨てられた悲しみ、絶望、怒りがそうさせてくれないのだ。自分は運命に翻弄され騙され続け、大切な物を裏切り続けてしまった。償いをしなければいけない。すべてをリセットしないといけない。
いいえ、裏切られたままで終わりたくない。泣き寝入りするだけの女ではいたくない。
「薄汚い嫉妬に囚われた女だと言われても仕方がない……な」
大きなため息をついてしまう。
「どうして、こんなことになってしまったのでしょうか。私は、ただただ、提督の事をお慕いし、ずっとお側にいたかっただけなのに。なんて運命とは、残酷なのでしょうか」
口にする提督とは、もちろん緒沢提督の事だ。決して冷泉提督ではない。今でも愛しているのは、緒沢提督なのだから。
やがて、前方に戦艦榛名の艦影が見えてきた。少し間を置いて、通信が入ってくる。
「扶桑さん、榛名です」
「わざわざ来てくれてありがとう、榛名」
扶桑は彼女に声を掛ける。
「動力の切替は、できないのでしょうか? 」
形式的な挨拶も無く、事務的に問いかけてくる榛名。
いつもと違う無機質な対応に少し違和感を感じるが、やはり、彼女も裏切り者の自分の事を良くは思っていないのだと納得してしまう。極力、敵である私と話なんてしたくないのだろう。
少しだけ寂しい思いを感じる。呉鎮守府で冷遇されていたと聞いていた榛名だから、きっと自分の気持ちを一番分かってくれる艦娘だと、勝手に思い込んでいたのだ。彼女なら、何の偏見も無く受け入れてくれるだろう、親身になって聞いてくれるだろう……と。相変わらず、自分勝手に盛り上がるのが自分の悪いところね、と反省する。
「残念ながら損傷が酷くて、どうすることもできないのです」
と感傷を切り捨てて、回答する。
「そうですか、わかりました」
しかし、あまりに淡々と言葉を続けられると、なんだか機械と話しているようで、少し変に思うが、まあもともと変な子であったから、そんなものかなと扶桑は自分を納得させた。
もっと愛想良くしたら、きっと提督も喜ばれるのに勿体ない。見た目も体もとっても魅力的な子なのですから……と余計な心配までしてしまう。
「扶桑さん、ところで……どうして投降する気になったんですか」
いきなり問いかけられる。
扶桑は、思わず返答に困り、言葉が上手く出てこない。
「扶桑さんは、ずっと思い焦がれ続けていた緒沢提督と一緒になることができたのに、どうしてあそこを去ることにしたのですか?」
心の傷を抉るような質問を投げかけられ、一瞬、むっとするが、ぐっと感情を堪えた。
「提督は、私の知る昔の提督では無かったのです。もちろん、提督のご期待に添えなかった私が全て悪いのです。それは、認めます。けれど、提督はもう私に用はないと仰った。私はずっとずっと提督のお役に立ちたくて、一生懸命がんばってきたつもりです。できがいい部下では無かったかもしれません。けれどこの気持ちに嘘偽りはなかったのです」
喋りながら、ふと疑問が沸いてきた。
なぜ、この子は緒沢提督が生きていることを知っているのだろう。どうして、提督が私と一緒にいたことを知っているのだろう?
そして、思い当たる。高洲提督と緒沢提督が話しているところを、扶桑は何度も見たことがある。その流れで、扶桑との繋がりを知ることになったのだろうか? しかし、その頃には、榛名は舞鶴鎮守府に来ていたはずなのだ。呉鎮守府からは遠く離れ、指揮官も冷泉提督に変わっていたはずなのだ。もちろん連絡を取ることはできないわけではない。けれど、緒沢提督が生きていた事は、誰も知らないことなのだ。
もっとも秘密にしなければならない事なのである。それを余所の鎮守府の、否、彼等から敵である冷泉提督の指揮下にある榛名に、普通なら話すはずなどないのだ。
それが行われたということは、高洲提督と榛名との関係は昔と何ら変わっていないということにほかならない。……つまり、榛名は形式的には舞鶴鎮守府の艦娘であるけれど、実態は呉鎮守府所属の艦娘。高洲提督の艦娘。つまり、舞鶴鎮守府に送り込まれたスパイということなのか。
そして、その彼女が単身で自分の元に来た事。
彼女の目的とは? 何だ?
答えに手が届いた瞬間、全身が総毛立つのを感じた。
扶桑は彼女に悟られぬように、今、使える武器があるかどうか確認する。同時並行で動力は稼働するかを確認した。停止状態にある艦のタービン起動には、少し時間がかかる。
扶桑は、時間を稼ぐためにどうでもいい会話を無理矢理紡ぎ出し、話を長引かせようとする。艦娘の怪我の具合はどうだとか、提督達が今どこにいるのかなどを。
悟られぬよう、並行して思考を続ける。
榛名は、間違い無く扶桑の口封じの為に来たのだ。それは当然のことだろう。高洲提督が緒沢提督と繋がっていることなんて、冷泉提督に知られるわけにはいかない事だ。だからこそ、榛名をここに派遣させたのだ。
……殺すために。
一か八かに賭けるしか無い。こんなところで死ぬわけにはいかないのだから。何としても、真実を冷泉提督に伝え、全てを終わらせて貰うのだ。
会話が途切れそうになるのを必死に引き延ばすのも限界に来ている。
扶桑は、榛名に問いかける。
「どうして、緒沢提督と私が一緒だったとあなたは知っているの? そもそも、緒沢提督は記録上はすでに亡くなっている存在だったはずよ。鎮守府を出た私は、永末さんと行動しているとなっていたはずだけれど。舞鶴にずっといたあなたが知りえる話ではなくて? 」
これ以上の引き延ばしは無理だと判断した扶桑は、核心に迫る話題を振る。
「くすくす……くすくす」
突然、榛名が噴き出す。とてもわざとらしい笑い方、……いや、嗤い方だ。
「あは、……ばれちゃいましたか。私、余計な事を言ってしまいましたね。けれど、結果は変わりませんからご安心ください。扶桑さん、いつの世も裏切り者の末路というものは、決まっているのです。あなたは冷泉提督を裏切り、緒沢提督をも裏切った。そんな艦娘に、まともな未来などあるわけないじゃないですか」
「……榛名、教えてもらえるかしら。あなたの指揮艦は、今は冷泉提督でしょう? どうして冷泉提督に不利となる事に荷担するのですか? 当然知っている事でしょうけれど、緒沢提督と高洲提督は手を結んでいる。明確に冷泉提督の敵ですよ。あなたは、その敵に与するのですか? 」
「あはははは。裏切り者の扶桑さんに、そんなこと言われるなんて、とても驚いちゃいます。けれど何一つ私の心には、ブレなど一切ありませんよ。……例えこの体が冷泉提督のものになろうとも、榛名の心だけは、高洲提督のものです。私は、ずっとずっと提督をお慕いしているのです。その気持ちは今でも変わりありません。提督のご命令であれば、どんなことでもするつもりです。今は冷泉提督に体をゆだねるという汚辱にまみれていますが、心は決して彼のものにはなりません」
力強く宣言する榛名。何の疑いもなく信じる尊い物のようにさえ見えてしまう。扶桑は、榛名に過去の自分の姿をダブらせてしまう。
報われることの無い想いに、彼女は囚われてしまっている。それは想いというよりも、妄想に近い。かつての私と一緒だ。
夢は、きっと覚める。それも、最悪の形で。もはや、榛名は高洲提督に愛されてなどいない。いないのに、彼女はそれに必死に縋っている。そんなことをしても、ただただ彼の野望のために利用されるだけなのだ。今だって利用されている。私を殺すのは、高洲提督が不利な立場にならないため(だけ)でしかない。彼女はスパイとしてずっと使われ、やがて使い潰されるだけなのだ。彼の心の中には、榛名の居場所などすでにどこにも無い。きっと用が済めば、あっさりと捨てられる運命なのだ。
扶桑は、同情とともに必死に訴えようとする。自分と同じ悲劇から榛名を守ってやりたいと思った。何を信じるべきか、そして誰を信じるべきかを。
答えは必定だ。
「榛名、はっきりと言うわ。こんな裏切り者の私だからこそ、言えることだと思うの。あなたは、今、指揮下にある指令官に従うべきなのです。冷泉提督こそが誰よりも艦娘を想い大切にしてくれる人なのよ。私は、こんな状況になるまで……もうどうにもならない状況になって、初めてそのことに気付いた。その事実に」
扶桑は必死に訴える。
「今ならまだ間に合うわ、榛名。何も考える必要は無いの。冷泉提督を信じるだけであなたは救われる。私のようにならなくて済むのよ」
一瞬、言葉を詰まらす榛名。しかし、唐突に笑い出す。
「おかしい、おかしい事を言いますね、扶桑さんは。冷泉提督のほうが高洲提督より優れているだなんて。笑っちゃいます。あんな失敗続きの情けない人を頼れだなんて! 扶桑さんは男の人に裏切られてばかりで、頭がおかしくなったのですね。可哀想です。……けれど、提督を侮辱したことは許せません! どうせ沈めるつもりなので結果は変わらないのですが」
榛名の主砲が動き始める。
「は、榛名、待ちなさい。早まってはダメ! 」
慌てて扶桑は声を上げる。
「裏切り者は、惨めに死んで行きなさい」
榛名は攻撃態勢に入る。明らかにこちらを狙ってきている。
「な! 」
これ以上の説得は不可能。躊躇すればこちらがやられる。扶桑は、使用可能な砲塔より警告なしで発砲すると同時に、急速後退を始めた。当たるとは思ってなどいない。目くらまし程度にでも使えれば!
扶桑より発射された砲弾は、戦艦榛名が発動させた防御障壁にいとも簡単に阻止される。続けて砲撃もまるで通じない。
もっともそれは時間稼ぎにすぎない。防御している間は攻撃はできないはずだ。そこに僅かな時間の隙ができるはず。
扶桑は、ここから逃げることだけを考えていたのだ。
再び領域に逃げ込むしかない。領域に逃げ込めば、榛名は追うにしても動力の切替に時間を取られる。その時間があれば、十分に逃げおおせるはずだ。
「愚かな事をしますね」
蔑みを含んだ声で榛名の声が聞こえた。
榛名は防御障壁を解き、砲撃を開始する。当然、扶桑が放った砲弾が着弾する。しかし、榛名の艦にはほとんどダメージを与えられない。
逆に、榛名の砲撃により、一撃でスクリューが破壊される。
榛名の主砲であれば、障壁の発動できない戦艦など意図もたやすく貫けるはずなのに、なぜ? 疑問は生じるが、どちらにしても戦艦扶桑は航行不能となったのだ。
航行不能となった扶桑にゆっくりと接近してくる戦艦榛名。
「……榛名、私をどうするつもりなのですか」
沈めるつもりで来たはずの彼女が、扶桑を航行不能にする必要などないはずなのだ。
「航行不能になったあなたに、もう未来はありません。裏切り者らしく、惨めに死んでいくことになります」
と榛名が宣告する。
すぐには彼女の言っていることが理解できない扶桑だが、次の彼女の言葉で運命を知らされる。
「ここは領域のすぐ側です。航行不能になったあなたは、やがて領域に取り込まれることになるでしょう。航行不能なあなたでは、反撃も逃亡もすることができず、深海棲艦に沈められるでしょうね」
確かに、直ぐ側は領域だ。領域の雲は生き物のように伸縮する。領域解放の戦いを行わなければ、徐々に海は侵蝕され、日本国本土に迫ってくるのだ。そして、まれに近くを航行する艦船を飲み込むこともあると言われている。艦娘であっても同様だ。だから、領域には近づきすぎるなと、口を酸っぱくしてたたき込まれる。
「どうしてそんなまどろっこしい事をするというの? 砲撃で沈めれば簡単じゃない」
「そんなの簡単でしょう? 私があなたを沈めたら、冷泉提督が悲しむからです。そして、疑われるからです。彼は投降の意志を示したあなたを連れ帰るよう、私に命じました。けれど、私はあなたを沈めなければなりません。だから、これで勘弁してあげます。翻意した扶桑さんに必死に抵抗されたのでどうすることもできず、反撃しました。けれど、連れ帰る命令でしたので、威嚇射撃しかできずに、彼女には領域に逃げ込まれてしまいました。命令を実行できなくて、すみません。これで提督も納得してくださるわ」
「あなた、このままずっと高洲提督のいいなりで生きていくの? 冷泉提督を騙し続けて生き続けるというの? 」
「当然でしょう」
と、何の迷いもなく榛名が答えた。
「やめなさい。私なんかが何を言っても無駄かもしれないけれど、信じられる者が誰なのか考えなさい。答えはあなたの中でも出ているはずよ。柵なんかに囚われないで、何を為すべきかを行動に移しなさい」
そう言いながら、扶桑は彼女を哀れんでいた。
「そんなことはない! 馬鹿なことを言うな! 私の心は一つです」
すぐさま反論する榛名。しかし、普段とは異なり感情を剥き出しにしたような言葉使いになる。
「きっと後悔することになるわ。あなたは、自分の本当の気持ちをよく考えなさい」
「そんなこと興味ない。私は、提督のためだけに存在するだけ。それ以外はいらない。私には裏切り者の思考なんて理解できないし、興味もありません。これまでの罪を思い返しながら、死んで行けばいいわ。それが裏切り者の扶桑さんには相応しいのだから。あはははははは」
強がるように言うと、榛名は去っていく。
そんな戦艦榛名の後ろ姿を見つめながら、せめて、彼女が救われることを祈らずにはいられなかった。まるで過去の自分を見るかのように。
「あなたに言えることは、少なくとも救いの主はあなたの直ぐ側にいること。それだけが、私と違うことなのよ」
艦橋より見える景色に意識を向ける。
じわじわと領域の雲が、まるで獲物を捕捉しこれから捕らえるかのように近づいて来ている。
「ああ、こんな最後を迎えるなんて悔しすぎるわ」
誰に言うでもなく、扶桑はぼやく。
「けれど、犯してしまった罪を思えば、こんな最後もやむを得ないのかもしれないわね。ああ、幸せを求め続け、いろいろ努力したつもりだったけど、まだまだ努力不足だったのかもしれない」
そして、全てを諦めるように天を仰ぐ。その双眸より意図しない涙がこぼれ落ち頬を伝い落ちていく。
「ああ、不幸だわ」
自分はどこで間違ってしまったのか。どこでならやり直すことができたのか。いろいろ考えるが、その答えは認めたくないものだった。
「さようなら、提督」