まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第170話 因果

領域の中に逃げ込むと、すぐに扶桑は周囲を確認した。

 

 

まずは、領域の雲を抜けて追ってくる艦影は無し。つづいて、周囲を確認し、深海棲艦の気配が無いことを確認する。

冷泉達の艦隊は追ってくるにも動力の切替が必須のため、早くとも数分はかかる。深海棲艦については、先程の海戦ですべて撃沈した。すぐに新しい艦隊が来る事は経験上無い。予想通りの状況に胸をなで下ろす。

 

しかし、まだ冷泉が追っ手を差し向ける可能性も否定できない。こんな場所に長居は無用だ。

安全を確認すると180度回頭し、進路を定める。

 

幸いな事に、艦の動力はまだ稼働している。損傷はあるものの最大戦速まで持って行くことも可能だ。

 

領域への逃走時にあえて速力を低下させ、艦の損傷が酷いように偽装したけれど、果たして冷泉提督はどう判断したのだろう。この偽装工作が少しでも彼の判断を誤らせることができればいいのだけれど。冷泉提督の意識が扶桑を追跡する方に向いていてくれれば、大井達の戦域からの離脱に役立つことができるのだから。

 

領域の中の天気は変化が始まってきている。まもなくこの周辺は嵐になりそうだ。出撃の時は天候が悪いのは嫌だったが、万が一の事があったとしても上手いこと敵の目を誤魔化すことに利用できる。まだまだ運はこちらにあるようだ。

 

扶桑は艦を進ませた。時間を稼ぐことメインだったから、領域の雲沿いに北へ北へと1日以上の時間をかけて彷徨い続け、頃合いをみて領域を出ることする。

 

幸いなことに深海棲艦と出会うこともなかった。本当についている。

 

速度はある程度出しての移動だったから、冷泉艦隊とは相当離れた場所に出ることとなる。

 

恐る恐る領域を出、周囲を警戒する。

そこは……何も無い夜の海が広がるだけだった。今日は月も出ていないため、完全な闇夜だ。

 

通常海域に出たので、動力切替を試みるが上手くいかない。完全に壊れてしまったのだろうか?

 

これほどの損傷を受けたのはいつ以来なのだろう。……修理には相当の時間と経費がかかるかもしれない。こんな大切な時に、こんな失態を犯してしまうなんて。……提督には、申し訳ないという想いしかない。

 

けれど、きっと分かってくれるはずだと思う。そして、心配してくれているはずだ。自分が無事なのか、そしてどこにいるのか。

 

早く、早く提督に無事を報告しないと。

 

扶桑は通信回線を開き、愛しい提督の声を求めて呼びかける。

 

「―――」

しかし、誰も答えない。

 

「どうしたのかしら? 提督はもう本拠地に移動を終えられているはずなのに」

扶桑達が潜んでいたメガフロート基地は、ほんの仮住まいの一つに過ぎなかったのだ。本来の基地はもっと陸地より離れた場所にあり、もっともっと堅牢だ場所なのだ。一つの鎮守府といっていいほどの装備を持たせたものなのだ。

そこに提督と彼の支持者とそして艦娘達がいるはずなのだ。

 

「恐らく、お忙しいのね」

ずっと連絡を待っていてくれると思っていた扶桑は、寂しさを感じながらも、今が一番忙しい時であるのだから、仕方ないと自分を納得させる。しばらくすれば、また、連絡してみよう。それに、もしかしたら提督から連絡を貰えるかもしれないし。

 

舞鶴鎮守府の管理海域であり、かつ陸地からは遠く離れた場所であることから、損耗が激しい舞鶴鎮守府艦隊が来ることはないと予想される。他の鎮守府艦隊も、冷泉からの要請がなければ動かないはず。なので、ここにいる限りは安心だ。

それでも追っ手が来てもすぐに探知できるよう、警戒を怠らないようにしながら待ち続けた。

 

そして―――。

5時間か経過した頃、少し離れた場所に側に艦がゆっくりと浮上してきた。

 

伊8だった。

 

彼女はゆっくりと扶桑に近づくと艦から現れ、大きな段ボール箱を両手に抱えひょこひょこと歩きながら、扶桑の艦橋へとやって来た。

 

「伊8、どうしたのですか? わざわざこんなところまでやってくるなんて。……提督はどうされたのです? 何度も連絡を取ろうとしたのですけれど、応答してくださらなくて。何かあったのでしょうか」

と、矢継ぎ早に質問を繰り返す。

 

「扶桑さん、どうして、あんな馬鹿なことをしたんですか」

と、いきなり非難される。

 

「え? 」

普段、おっとりした彼女にいきなり怒られてしまったことに戸惑いが先行してしまう扶桑。

 

「扶桑さんが使った回線がどんなものか、理解してなかったんですか? 秘匿回線でもなんでもない通常の無線で交信しようなんて、どこの馬鹿なんですか! 」

そう言われて初めて気付いた。

たしかに、扶桑は動力の切替ができなかったため、通信手段として使用したのは旧式の無線だった。そんな通信機器を使っての交信では敵に傍受されるリスクが高いし、内容まで解読されてしまうだろう。それだけではない。双方の居場所まで検知される恐れだってあるのだ。

 

「確かに軽率だったことは認めるわ。でもでも、とにかく私の無事をお知らせしないといけないと思ったからなの。提督だって私の無事を心配されていたでしょう? 」

弁解するつもりでいったつもりでは無かったけれど、明らかに伊8の表情が曇る。同時に呆れたように、大きなため息をついた。

 

「な、なんですか? 」

彼女のその態度に何故かカチンと来て、彼女を睨んでしまう。

 

「いいえ、なんでもありません。お気に障るような事を言ったのなら、謝ります。ごめんなさい。本来の任務に戻りますね。……私は、緒沢提督から、この通信機を扶桑さんにお渡するようにと言われて持ってきただけですので。それに、これ以上ここにいると、敵に検知されるかもしれませんから、さっさと消えさせてもらいますね」

彼女は通信機を床に置くと、て去って行こうとする。

 

「ちょっと待ちなさい、伊8。分かっているでしょうけど、私は損傷の影響で動力の切替ができない状態なのよ。このままでは、移動さえも大変だわ。提督にお願いして、曳航する段取りを整えてもらうか、それがダメなら工作船を派遣していただくか、せめて修理をできる資材と人員を派遣して貰うようにお伝えしてもらえるかしら」

このままでは万一敵に遭遇したら、沈められてしまう。

 

「すみません。扶桑さんがおっしゃる、それらの要望については、提督より何の指示も貰っていないのでお答えできません。私は、ただ、通信機をを渡すように伝えられているだけですので……。その通信機を使って、提督とお話なさる際に、直接お願いされればよいかと」

それだけ言い残すと、素っ気ない態度で彼女は消えていった。去り際に、何だか彼女は嗤っていたように感じたのは気のせいだろうか。

 

「なんて無愛想な子。何て意地の悪い子なのかしら。私の損傷を見て、何にも思わないのかしら。仲間だって言うのに、一言くらい大丈夫ですかって声をかけてもいいんじゃないの? 私がこんなにダメージを受けてまでして、みんなが逃げられる時間を稼いだというのに。何て口ぶりなの。どういうことなのかしら」

イライラが募るが、すでに本人は居なくなっている。言うだけ無駄だろう。

 

それはともかく、今は提督に報告をするのが先だ。とにかく、自分のがんばりを彼にも知って貰いたい。そして、褒めて貰いたい。

 

彼女の持ってきた段ボール箱の中身はノートパソコンとケーブル類、そして小さなキューブ形の箱だった。ノートパソコンと箱を繋ぎ、箱から出ているケーブルを艦の通信機器のコネクタに接続する。隠匿機能を強化したポータブル形のテレビ電話だ。

 

スイッチを入れると回線が接続され、端末に映像が映し出される。一瞬ノイズで画面が歪むが、すぐにクリアな映像が表示される。

 

緒沢提督だ。

相変わらず凛々しいお姿だ。彼の顔を見るだけで、体の底から元気が出てくる気がする。しかし、今日は少しこわばった表情をしているように感じている。もしかして、激務でお疲れなのだろうか?

 

「こ、この……馬鹿者が! 」

いきなり怒鳴られた。

「なぜ、何の考えもなく、通信回線を開こうとしたのだ。アナログ通信で交信をしようなどと、それでも艦娘か! まかり間違ったら、私達の居場所まで特定されるリスクがあったのだぞ!! 」

 

「も、申し訳ありません。領域から脱出できて、すぐに提督にご報告したかったので、そこまで頭が回りませんでした。お願いですから、この愚かな扶桑をお許しください」

条件反射のように謝ってしまう。

「……けれど、何よりも私の無事を提督にご報告したかったのです」

 

「黙れ、言い訳など聞く気にならん。……何のためにあれだけの段取りをしてやったと思うのだ。あれだけの事をしてもらって、冷泉を討ち漏らすなどとは……。お前がここまで愚かだとを思わなかったぞ。昔はお前はもっともっと優秀だったと思っていたのに、なんだそのていたらくは。冷泉や永末にたらし込まれて、使い物にならなくされたというのか? それだけあいつ等はお前を気持ちよくしてくれたのか」

とまで言われてしまう。

「生きるために仕方ないとはいえ、何人も男を乗り換えてまでなどと。舞鶴鎮守府秘書艦のプライドは、どこにいったのだ! 女としての貞操はどうなっているんだ。この淫乱、売女め。あっちの方ばかり能力を磨いて、肝心の艦娘としてのスキルは二の次か? 」

 

「そんな! ……それは酷すぎます。私の能力不足を非難されるのは、いくらでもお受けします。けれど、私はそんな女ではありません。私は、私は、提督だけを思い続けておりました。ずっとずっと……。そもそも、冷泉提督とは何も無かったですし、永末さんとは、その、……薬を使われたせいで、決して私の自由意思ではありませんでした。どうか、信じてください。思い続けるのは、あなただけなのですから」

自分がそんな女と見られていることが、何よりも一番大切と思っている人からそんな風に思われていることが耐えられなかった。知らず知らず涙がこぼれ落ち、頬を伝い落ちていく。

その表情を見て、緒沢提督の目が泳ぐように見えた。感情的になりすぎたと思ってくれたのか。

 

「すまん、扶桑。確かに言い過ぎたよ。……けれど、私はそれでもお前を信じているんだ。どれほど辛い思いをし続け、それでも耐え続けたお前をな。けれど、目の前にある事実からは目を逸らすことはできない。俺はお前を信じたい。だから、信じるための証拠を見せて欲しいんだよ。だから、お前にチャンスを与えようと思っているんだ」

 

「そ、それはどういうことでしょうか。一体、何をすればいいのでしょうか。私にできることなら、何でもやります」

縋るような思いで次の言葉を待つ。

 

「……なに、簡単な事だ。今から降伏でもなんでもして、再び冷泉の元に行け。そして、隙を見てやつを殺すのだ。奴の首を持ち帰ることができたなら、お前の言う事を全て信じ、お前を昔と同じように処遇しよう。再び、お前を信じよう。信じることができる」

 

「そんな事できるはずがありません。不知火を殺し、冷泉提督を殺そうとした私を、みんなが許すはずがありません。近づいただけで沈められるに違い無いでしょう。お願いです。今は緒沢提督の元に帰り、体勢を整えてから、再戦をさせていただきたいのです。私は傷だらけの状態です。今のままでは、戦うことすらできません」

 

「それは、問題無いだろう? お前が降伏すると言って泣きつけば、優しい冷泉の事だ。きっと攻撃はしないし、させないだろう。後は冷泉の側まで行き、もちろん武器は持ち込めないだろうけれどね……。けれど、お前達艦娘が本気を出したら、人間一人くらい素手で縊り殺すのも簡単だろう。首をねじ切れば楽勝だろう? お前が二人きりで話したいことがあるとでも言って誘惑すれば、ちょろいもんだろう」

と言いながら、下卑た笑いを浮かべる提督。

 

「仮に、もしそれが成功したとして、そんなことになったら、きっと加賀たちが許すはずがありません。肉弾線で彼女達と戦って勝てる見込みなんてありません。ただでさえ、彼女達は今の私を許す気持ちなど持ち合わせていません。確かに冷泉提督がいる限りは、無茶はしないでしょうけど、そんな彼を私が殺したりしたら、絶対に見逃してはくれません」

 

「ならば、死ねばいいだろう? 冷泉を殺したという結果があれば、それで私の信頼を取り戻すことができるんだ。思い残す事はないだろう? お前は、私の為に殉じればいいのだ。お前は私を愛しているんだろう? ならば、私の悲願達成のためにあえて死んでくれ。……否、死ね。お前の死を糧にして、私はより高みを目指せるだろう。なあ、貴い犠牲だろう? お前は、このままではただの負け犬、淫売でしかない。生き残ったところで男を乗り換えるだけの売女としか見られない。けれど、私の為に敵と刺し違えるというのなら、それは美談となるであろう。これは、お前にしかできないことだ。私の為に命を投げ出して敵を討つ。素晴らしい忠義じゃないか。」

打ち震えるように緒沢提督は話す。自分の考えたストーリーに酔っているかのようにさえ見える。

 

「……提督は、本気でそうお考えなのですか? 」

 

「お前には、何度も何度もチャンスを与えたんだぞ。しかし、ことごとく失敗に終わり、多大な損失まで出したのだ。本来なら、処分してもいいくらいだ。私は、お前のことを大事に思っていた。なのに、お前は裏切り他の男と寝たのだ。それも何人もだ。このままでは、私は女を寝取られた男というレッテルを貼られるのだ。そして、お前はただの淫売として語られるだけだ。けれど、お前が冷泉と刺し違えたなら、すべては私の為を思って行動していた忠義の艦娘と昇華されるのだ。名誉を得られるのだ。そして、お前の私への想いは本物だったと私は涙するだろう。そして、私の愛情も得られるであろう。もはや、お前には道はそれしか残されていない。このまま帰って来ようとするなら、私はお前を沈めなければならないのだから」

 

「なんと言うことを仰るのですか」

 

「愚かにも、お前は通信を行おうとした。旧式の通信機器の使用などすぐに検知されるだろう。否、すでに検知されているだろう。そして、今頃は敵がそちらに向かっているやもしれん。仮にそんな手を打たないとしても、すでに監視下に置かれているに違い無い。そんなお前が、のこのこ私の基地に来ようものなら、敵は大挙して、私達を滅ぼしにかかるだろう。そんなことは絶対に許さない。たどり着く前に、お前を沈めるしかない。……私の願いを叶える障害となるものは、すべて消す。私は、もう二度と失敗はしない。二度と敗北はしない」

提督の願いを叶えるために、私はお役に立ちたいのです。できることは何でもしたいのです。あなたの為なら、命を投げ出すことすら厭わぬつもりです。

そう叫びたかったが、叫べなかった。それを言ってしまえば、ならば冷泉を殺すために死ねるということになるからだ。

扶桑には冷泉を殺せる自信が無かった。どうしても躊躇してしまう。これが軍の洗脳の力というのか? 

いや、違う。

それは直感的なところで分かっていた。

自分は緒沢提督のことを愛していたのだ。これは何よりも大切で、その思いはずっとずっと変わらなかった。冷泉提督の下にいたときも、永末さんと一緒だった時も。変わることはなかった。

けれど、その思いはあるのに、冷泉提督に対しても、それと似たような感情を持っていた。それをずっと無視してきた。避けてきたのだ。

 

どうしてなのだろう。……緒沢提督は、変わられてしまった。

悲しいけれど、それが現実だった。あの日だまりの中にいるような心地よさが懐かしかった。戻れるものなら戻りたい。けれど、時間を巻き戻すことはできない。人は変わらざるをえない生き物なのだ。

自分の思いと反比例していくように、緒沢提督との距離が開いていくように感じてしまう。

 

あの頃の提督なら、絶対にこんな事は言わなかったはずなのに。……自分が汚れてしまったから、もう一緒にいることも嫌になった? 愛すべき対象と見られなくなったのですか? 私は汚い存在ですか? もう愛してくれないのですか? あなたにとって必要のないものなのですか? 想いは巡り巡る。

 

「提督……」

祈りを込めて問いかける。

 

「なんだ? 」

 

「私は、提督にとって必要ですか? 」

 

「……もちろん、必要だ」

 

「それは、艦娘としてですか? それとも女としてですか? 」

唐突な問いかけに、一瞬惚けたような表情を見せる緒沢提督。

 

「と、当然だろう? どちらの扶桑も私には必要だ」

その言葉にひとかけらの愛情も込められていない事を瞬時に理解した。かつての緒沢提督からは感じたことのないものだ。

「だからこそ、私への愛を証明するんだ」

 

冷泉提督ならそんなことは絶対に言わない。

彼は馬鹿だけれど、優しく温かい。

勝利や名誉、欲望より艦娘の事を優先してくれる。後先考えずに。

冷泉提督なら、きっと言ってくれる。

「言い訳なんてどうでもいい。とにかく、俺の所に帰ってこい」

と。

 

結論は、既に出ているのだ。

 

もう、ここにはいられない。

 


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