まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第166話 来訪者

領域の分厚い雲の壁を突き破るようにして、戦艦扶桑が領域に侵入して来た。

そして、全く別の場所から領域に侵入していたのだろうか。

艦載機を発艦させた祥鳳、千歳の軽空母2隻が現れて、扶桑の両脇を固めるように併走してくる。

軽巡洋艦の北上、大井の2隻は冷泉達艦隊を遠巻きに牽制しつつ扶桑たちに合流の動きを見せている。

彼女達の考えはすぐに分かった。

領域からの最短距離での脱出経路を閉ざすとともに、領域の奥へと冷泉達を追い込もうとしているのだ。

 

正面からぶつかり合えば、向こうの被害も無視出来ないレベルになる。幸い、先制攻撃で加賀の航空戦力を無力化できたわけで、アウトレンジからの航空機部隊による攻撃でじわじわと削り取り、最後に攻め込んで来る考えなのだろう。

航空機ばかりに気を取られていたなら、水面下からの雷撃もありうる。

冷泉達は領域の奥に逃げるしか無く、それを継続すれば流石に深海棲艦達が現れる。そうなれば扶桑たちは領域から待避するだけで、冷泉達を始末してくれるだろう。たとえ冷泉達が深海棲艦を振り切って領域外へ逃げ出せたとしても、冷泉達の被害は甚大にならざるをえない。

待ち構えて殲滅するだけで片が付く……。

 

迫ってくる航空機編隊を見つめながら、冷泉は呆然とするしかなかった。

 

―――完全に、負けパターンだ。

 

誰がどう見ても冷泉の戦術は破綻しており、愚かであり稚拙であった。そもそも勝敗は、始まる前に決していたのかもしれない。冷泉は、負けるべきして負ける。その言葉が相応しい。

どうしてこうなったのか……。

冷泉は、何らかの理由で思考の停滞があり、考えているようで何も考えておらず、決断したようで実は何もできていなかったのだ。何が原因なのかは分かっていたがそこに拘泥し、全てが後手に回ってしまったのだ。

 

済んだことを今更悔やんでも何も改善されない。とにかく、せめて犠牲を最小限にする方法を考えるしかない。けれど、それすら難しい状況に追いやられてしまっていた。

 

無駄とは分かっていながらも、戦況を分析する。

 

敵味方の艦隊配列について、領域の最奥には不知火がいる。彼女は状況の激変に動揺しているのか、ほとんど停船した状況だ。反転し攻勢に出る様子は無い。

 

冷泉の艦隊は、一定範囲をあえて戦闘領域と仮定したとして、その真ん中に加賀が位置している。彼女の損傷は予想以上に大きく、その速力は大幅に衰えている。

加賀から少し離れて金剛、榛名、高雄、速吸が追走する形になっている。金剛も損傷がかなり酷い。

 

扶桑達艦隊については、現状、加賀達から艦砲の射程外の距離がある。領域の境界付近に戦艦扶桑がいてゆっくりと前進中。領域の縁をなぞるようにして近づいてきたのか、軽空母2隻が移動しながら、扶桑に合流しようとしている。軽巡洋艦北上大井は、冷泉艦隊を左右で牽制しつつ、大きく迂回しながら本隊へと合流しようとしているようにみえる。ただし、隙があれば雷撃戦に移行できるような体勢を保持している。そして、潜水艦伊8は、存在が確認できない状況のままだ。海面下で隙あらば雷撃を狙っているのかも知れない。

 

軽空母から発艦した艦載機も一気に襲いかかる様子もなく、まるで獲物をなぶり殺しにするのを楽しんでいるかのように悠然と飛行している。いつでも沈められるぞ……そんな余裕なのか? いいや、違うな。行動の意図するところは一つだろう。

 

冷泉の艦隊を領域の更に奥へと追い込もうとしているのだ

 

冷泉達は、損傷している艦が多い。この状況で正面決戦を挑む事はリスクがあまりに大きく、仮にそれを行うとするなら、全滅覚悟の最終手段だと考えている事も読まれている。よって、追われれば逃げるしかなく、追い立てられるしかないのだ。しかし逃げてばかりでは巧くいくはずもない。領域の奥へ奥へと追い込まれれば、当然ながら深海棲艦との接触の危険性が増大するのだ。扶桑達はそれを見越して行動している。自分たちの損傷のリスクを最低限に抑え、最大効率の成果を上げようとしている。深海棲艦隊を呼び込んで、冷泉達を始末させようとしているのだ。しかし、それが分かっていながらも、やはり、逃げるしかできないのだ。

 

「くそ……。このままでは全滅だ。せっかく、みんなを逃がす可能性すら潰えてしまうというのか」

弱気な言葉が思わず口から出てしまう。

 

「提督……」

そんな冷泉を見てか、加賀が話しかけてくる。

「損害の無い速吸へ乗船する考えはありませんか? そうすれば、私達が盾になり、速吸だけなら、私達で逃げる時間を稼いでみせます」

 

「ば、馬鹿な。何を馬鹿なことを言うんだ。駄目だ駄目だ。そんなことは絶対に認めない。今更、そんな馬鹿な事を言わないでくれ。みんなを犠牲にして、俺だけが生き残る事になってしまうじゃないか」

 

「このままでは、艦隊は全滅するしかありません。先ほどは、提督と私の犠牲で他の子達が助かるというのならとやむを得ず同意しただけです。けれど状況は変わりました。全滅必至というのなら、せめて提督だけでも生き延びてほしいと思うのは当たり前でしょう。たとえ私達艦娘全てが沈んだとしても、それで構わないです。私達が必ず敵を引き留めます。だから、あなただけは生き残ってください。……あなたさえ生きて生き延びて鎮守府に帰ることができたのなら、私達は報われるのだから」

 

「そんなの認められるわけないだろう! そんなの」

思わず怒鳴ってしまうが、みんなを救う手立ても無い事は冷泉も十分理解している。八方ふさがり……。

 

「時間はありません。今すぐ決断してください。提督、私達の死を無駄にしないでください。あなたさえ生きのびることができたなら、私達は本望なのですから」

 

「……俺は、お前を死なせたくなんて無いんだよ。他の艦娘も……」

 

「提督をお守りできずに全滅したら、私達は何の為に戦ったのか分からなくなります。このままでは、私達は無駄死になってしまいます」

 

「駄目だ駄目だ。そんなの嫌だ」

それがただの我が儘でしかないことは冷泉も十分に分かっている。けれども、認めることができないのだ。

 

「ならば、この状況を打開する策を示して下さい。私を納得させて下さい。できますか? もし、それができるのなら、私も提督の仰ることに従います」

そう言って彼女はじっと冷泉を見つめる。彼女は冷泉が答えを見いだすことができないことを知っていて問うたのだ。

冷泉は、悔しそうに見返すしかできなかった。

「ふふ、結論は出ていますね。この最悪の状況下で司令官として何を優先すべきか、そして指揮下の艦娘が何を為すすべきか……もう言うまでもありませんね。提督、今すぐご決断をお願いします。扶桑達は、距離を詰めてきています。私達に残された時間は、もうありません」

冷静な口調で訴えかけてくる艦娘に、冷泉は言葉を飲み込んでしまう。論理的な反論ができないのだった。

 

「……嫌だ」

何とか言葉に出来たのがそれだった。

 

「は? 」

 

「そんなの嫌だ。嫌なんだよ。お前達を死なせて、俺だけ生き残るなんて嫌だ。いや、お前達が死ぬなんて絶対に嫌だ。お前達が死ぬっていうんなら、俺だって一緒だ。お前達だけを逝かせるなんて嫌だし、とにかく認めない。絶対に認めないぞ」

まるで駄々っ子のように冷泉は叫んだ。

「力ずくで降ろそうとしても駄目だ。これは、命令なんだからな」

 

「提督……」

大きな溜息をつき、呆れたような表情で加賀が冷泉を見つめる。

「子供みたいな事を言わないで下さい。自分の立場をわきまえて発言をしてください。もう時間が無いのです。このままでは、艦隊は全滅。そして提督も領域の海底深くに沈むことになってしまいます。そんなこと、あなたの部下として……そして、……いえ、それはどうでもいいことですね。とにかくそれだけは、認められません。なんとしてでも提督には生き残ってもらいます」

 

「嫌だ嫌だ。お前達を残して行けるわけがない。……行きたくない。ここで俺だけ生き残ったところで、俺はお前達を死なせたことをずっと後悔し続ける。それに、仮に生き残ったところで、今回の件の責任を問われ、俺は舞鶴司令官の任を解かれるだろう。お前達の仇を討つこともできず、自分の無能さを嘆き、その為にお前達を死なせてしまったことを後悔し続けるんだ。そんな未来に何の意味があるんだ? ……それだけじゃない。俺は耐えられないんだよ……。お前達のいない毎日なんて、空しくて寂しいだけだ。毎日毎日、いるはずもないお前達の姿を探し続け、現実を思い知らされ、そして後悔し、すべてを諦め絶望して暗くて寂しい夜を迎えるんだ。それを毎日毎日繰り返す……永遠にだ。……そんな事を続けるなんて耐えられない。いや、そもそも耐えたくない。だから、俺を一人にしないでくれ」

情けないのは分かっているが、冷泉はそれを口にしないわけにはいかなかった。情けないと思われようとそんなこと些細な事だ。かけがえのないものを犠牲にしてまで生き残って、そこに何の意味があるというのか?

 

「……」

加賀は苦しそうな表情を浮かべ、黙ったまま冷泉を見つめている。

 

「俺は艦を降りない。生きるときも、そして死ぬときも、嬉しいときも悲しいときも……俺はお前達と一緒なんだ」

静かに、冷泉は告げた。

 

答えを出すことができない問答。それを二人は繰り返す。互いに説得しようと言葉を紡ぐが、それはお互いの心に響くことはない。お互いがお互いの事を想う気持ちが結論を遅らせてしまうのだ。

 

冷泉と加賀がそんなやりとりをしている最中に、異変が起こる。

唐突に扶桑達の艦隊の陣形の中で、唐突に爆発が発生した。それも一度ではない、何度も何度もだ。

 

「な、何事だ? 」

冷泉は状況を確認しようとする。恐らく、あの爆発のようなものはなんらかの攻撃と思われる。実際、視界に捕らえた扶桑達は、突然の爆発に慌てふためいているように見える。

 

「右方向から扶桑達に高速接近する物体があります。それが彼女達に砲撃を加えているみたいです。一直線に扶桑達の方へと移動しています」

 

「深海棲艦か? 」

冷泉は可能性を口にする。こんな領域内に単独で侵入してくる艦などありえない。となると、深海棲艦の斥候艦と考えるのが当然だろう。

 

「いえ、違います。……艦影確認。あれは川内型巡洋艦です」

 

「え? なんで艦娘がこんな場所にいるんだ? そもそもどこの鎮守府の……」

考えるまでも無かった。ここは、舞鶴鎮守府の管轄海域だ。そして、舞鶴鎮守府所属で単身で領域につっこんでくるような、そんな無茶をする川内型の艦娘は一人しか知らない。

「まさか神通なのか? 」

驚きと怒りで、頭の中は無茶苦茶だった。。こんな短時間で改装を終えて、かつ東京から移動し、更には深海棲艦がいるはずの領域に単身で突入するなんて、無茶苦茶すぎる、何を考えているんだ! しかも、こんな危機的状況の中にやって来るなんて。せっかく改二となったのに、こんなところで無駄死にをするつもりなのか、と。

 

「て、提督……大変よ」

 

「何だ? 」

 

「神通の後方には……」

言葉を飲み込む加賀。

 

「一体どうしたっていうんだ? 」

 

「彼女を追うように……深海棲艦の艦隊がいます! 」

 

「は? 」

驚きの上に更に驚きが重なる。

確かに、全速力で駆けている神通の後方には、彼女を追うように深海棲艦の艦隊がついてきている。まるで何かに怒り狂ったように、その艦隊編成は無秩序に乱れていているし、射程など無視して砲撃を行っている。

 

「まるで神通が、深海棲艦をわざと連れてきているみたい」

と加賀が呟く。

確かに、神通はほぼ最大戦速で航行しながらも、決して深海棲艦を引き離す事なく一定の距離を保っている。そして、冷泉達の艦隊に興味を示しそうになると、すぐさま砲撃を加えて注意を引きつける動きを見せている。

敵の編成は巡洋艦と駆逐艦とはいえ、神通一人で対応するは、あまりに危険な数と状況である。少しでも気を抜くとすぐに追いつかれ集中砲火を浴びてしまうはずなのだ。それを絶妙の距離とタイミングで引きつけているのだ。追いつかれず引き離さず……。

 

「加賀、神通に通信を繋げられるか? 」

 

「今やっていますが、彼女からは反応ありません。最も、あの状況ではそんな余裕もないでしょうけれど」

確かに、扶桑達に砲撃を加えつつ深海棲艦を引きつけておく作業を同時進行で進めなければならない。気を抜けばどちらかの砲撃を受けてしまうのだから。当然、ずっと深海棲艦を誘導してきたのだから、彼女も無事では済んでいない。各所に被弾を受けており、損傷の痕跡が痛々しい。

 

敵のヘイトを一身に集めて、何をするつもりなのだ?

 

扶桑達も神通だけの突撃ならば、その火力と防御力で力押しで潰すこともできるだろうが、その背後から深海棲艦が来ている事を認識し、動きが乱れている。背後の深海棲艦の存在をどうしても意識してしまうのだろう。神通へと砲撃を行うが、見当違いの場所に着弾しつづけるのだ。

回避運動を行いつつ、神通は速度を緩めることなく突き進む。扶桑達の砲撃により、深海棲艦もより高い脅威として扶桑達を認識したようだ。神通よりもより巨大な艦である扶桑への砲撃を始めだした。

 

扶桑達の慌てぶりが手に取るように分かる。冷泉達の上空を旋回していた攻撃機達が自らの母艦を護る為に引き返し始めたのだ。様子をうかがうようにしていた北上と大井も、たまらず扶桑達のもとへと艦首を向ける。海底にいる伊8も移動を始めているのだろう。

ただ一人、不知火だけは停船したままだ。

 

そして、神通は扶桑達の艦隊のまっただ中に突入し、そのまま突き抜けていく。扶桑は攻撃しようにも、その背後には、すでに六隻の深海棲艦隊がすぐ側まで迫っており、そちらへの攻撃を優先せざるをえない。軽空母の二人は何もすることができないまま通り過ぎていく神通を見送るだけだ。

 

チャンスだ! この好機を生かさなければ、次のチャンスは無い。

冷泉はすぐさま行動に移す。

 

「全艦隊に指令。取り舵いっぱい。全速力でここから離脱する。そして、一気に領域を抜けるぞ、急げ」

冷泉の指示を加賀はすぐさま全艦に伝達する。

 

浸水により、動力部分にも損傷を受けている加賀の動きは鈍い。すぐには速度も上げることはできない状況ではあるが、冷泉達を追う立場である扶桑達は深海棲艦との真っ正面からの戦闘に突入していて、そんな余裕はなさそうだ。折角の冷泉討伐のチャンスを生かすどころでは無いようだ。

 

航空戦力を持つ扶桑達のほうが有利ではあるものの、混戦状態になっているためにすぐには追跡に移ることはできないだろう。砲雷撃戦が展開されているのが、後方で発生する音と光で認識できる。

 

損傷の大きく速度の出せない加賀と金剛を守るように榛名と高雄そして速吸が位置取りをし、ゆっくりと移動していく。そして、大きく迂回をしながら、神通が合流し、加賀の右側を併走する。

砲塔や艦橋が被弾し、黒煙を上げてはいるものの、致命的な損傷までは受けていないようだ。無線が壊れてしまっているのか通信は不可ではあるけれど、艦橋から神通の元気そうな姿が見えて、ホッとした。

 

本来なら改二となった晴れ姿を冷泉に見せたかったはずだろうに、お披露目するまえにボロボロになってしまっている。

冷泉達を護る為に、とんでもない無茶をした彼女には感謝しても感謝しきれない思いでいっぱいだった。無事帰ることができたら、彼女にはいっぱいお礼を言わないといけない。返しきれないほどの恩を受けてしまった。何か少しでもお返しをすることができればいいのだけれど……。

 

そんな事を考えながらも、まずは領域を離脱しなければならないと気を引き締める。

陣形を整えつつ、冷泉の艦隊は領域の外へと抜けて行くのだった。

 

多大な損害を受け、何も得ることはなかった。舞鶴を離脱した艦娘達を連れ戻すこともできなかったけれど、それでも誰一人犠牲を出すことなく戦いを切り抜けられた事だけは良かったと言えるのではないだろうか。

領域の雲を抜けながら、冷泉は自分を納得させるかのように考えた。


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