「ふわぁぁぁぁぁぁぁあああ……」
意識を集中しているつもりなのに、体は正直なもので連続してあくびをしてしまう。
猛烈に眠くて、頭もクラクラ、目もしょぼしょぼしている。
冷泉は、ふかふかの提督専用の椅子に腰掛け、背もたれを思いっきり倒している。
今日……いや、すでに昨日の話だけれども、あの後、必要最低限の事を扶桑にみっちり教えてもらっていたのだ。どれくらいの時間がかかったか記憶は定かではないけれども、一通り彼女の説明が終わる頃には窓から見える空が白んでくるころだった。
つまり、徹夜しました。
その成果があったかどうかは分からないけれど、まあこれで朝行われる作戦説明にはなんとかボロを出さないレベルの知識と打ち合わせはできたと冷泉は思っている。
それでも、所詮、詰め込みの一夜漬けで覚えられる量なんてたかが知れているから、どこかでボロを出す可能性は極めて高いんだけれども……。最悪、扶桑が助けてくれるという約束になっているから、結構安心している。完全に扶桑だよりだけど 、仕方ないもんね。
先ほどまでの彼女との会話が思い返される……。
「私が秘書艦だったら助け船も出しやすいんですけれど……あ、秘書艦っていうのは提督を補佐する役職の名前です。一つの作戦ごとに提督の指名により、艦娘の誰かがやることになっているんですけれど、今は金剛が秘書艦の番ですからね。しかし……何も知らない提督とあの金剛のコンビですか。さて、ふふふ……どうなるやら」
と扶桑が妙に面白そうに言うので、「マジ勘弁して下さい。ひどすぎます」って焦ったし、本気で困ったんだけどね。
「大丈夫ですよ。彼女は提督の事を信じ切っています。もし何かあったとしても彼女は絶対にあなたを護ってくれますから」
本当か嘘かは分からないけど、彼女はそんな解説もしてくれた。
「金剛も提督の事を好きだったのかな? 」
ふと浮かんだことを口に出してしまう。
「さて、どうでしょうかね。彼女の気持ちは彼女にしか分からないですからね。それでも、提督に対してあれだけ積極的なんですから、少なくともキライとは思っていないでしょうね」
「あの積極性か……。困ったな」
病院での金剛の自分に対する態度を思い出すと、冷泉は何故か大きくため息をついてしまう。
「どうされたんです? 」
「いや、金剛は提督の事を好きだったんでしょ? これって……うん、これはきついよなあ」
扶桑に対して感じていたのと同じく、金剛に対しても申し訳なく思ったのだ。
「彼女の俺に対する好意は、俺に対するものではなく、前の提督に対するものだからなあ。それを受け入れるのは 彼女の気持ちを踏みにじることだし、かといって拒否するのは明らかにおかしいし……。どうしたらいいんだろう?
やっぱり、君と同じく、きちんと話したほうがいいのかもしれないなあ」
「……それはやめておいた方が良いと思います。しばらくは金剛には内緒にしておいた方がいいですよ。彼女は……他の艦娘もそうでしょうけど、提督の仰る「現実」を信じないですし、受け入れられないと思いますから」
「確かに……そうだよな。どうみたって荒唐無稽な、ありえない話だもんな。艦娘全員の記憶が改ざんされているとかなんて信じられないよねえ。鎮守府の職員達だって俺に対してはまったく普通そのものだったし。こんな状況で証拠も何もないままで話したって、やっぱり無理かな。うーん。自信はないけど、……その辺はなんとかうまくやってみるしかないか」
「ふふ……そうですね。期待していますわ」
何を期待しているんですか、君は。
「それは置いておいて、提督、今はこれから始まる会議をそつなくこなしてくださいね。そして来る出撃の準備を進めなければなりませんよ」
と扶桑。
「ううう。まずはここを乗り越えないとね。……俺、会議の司会すらやったことないし、おまけに戦闘指揮なんてやったら、どうなるやら」
ゲームでは実戦経験はあるけれども、現実世界では全く縁の無い世界にいたからなあ。
艦娘の顔と名前も一致させないとな。これ間違えたら致命的だよ。……扶桑、金剛、叢雲はゲームと同じ外見をしていたから間違えないと思うけど、もし異なる顔とかしてたらやばすぎだよな。
「大丈夫ですよ。会議の進行については私がフォローしますから。金剛はいつもあんなだから、どうしても私がまとめていますからね。誰も違和感を持たないでしょう。それから戦闘については、金剛に任せておけば大丈夫だと思います、たぶん」
いやいや、かなり適当なことを言いますネ。
しかし―――。
ここは冷泉が住んでいた世界と似てはいるが全く異なる世界。
当然ながら、そこには冷泉が住んでいた世界とは別のリアルがあるのだ。
ここは艦隊これくしょんの世界であることはどうやら間違いなく、日本という国は「深海棲艦」という謎の勢力によって完全包囲されている状態である。
輸入大国である日本。
外からの供給が閉ざされたとしたら、じり貧に陥るのは確実であり、打破するには包囲網を突破するため戦うしか無い状況にまで追い込まれているのだった。
そのために海域を開放し、日本国の陣地を広げていく。そしてやがては包囲網に風穴を開け、外界と接続する。その役目を担うのが日本国海軍であり各地にある鎮守府なのだと。
この世界には自衛隊はなく、軍隊が存在しているのだ。ゆえに冷泉がいた世界とは異なる根拠の一つといえる。
これは扶桑から聞いた事なんだけどね。
やるしかないなら、やってやるぜ! ほとんどやけくそ気味にではあるけれども、本当にやるしかない。
実戦経験が無いから実戦というものがどれほどのものか想像するしかないから、結構強気に構えていられるのかもしれない。知らないことが幸せな時もあるんだ。
さて、ここでいう作戦会議とは?
扶桑の話からだいたい理解した範囲では以下のとおりとなる。
ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」と同じく、提督の鎮守府においての基本的活動は「出撃」と「遠征」の任務をこなすため、その所属艦娘を効率よく運営することである。
「出撃」とは艦隊を編成し、現在、敵である「深海棲艦」の支配領域である海域に侵攻し、敵艦隊と交戦し勝利条件を満たすことにより、その海域を開放することである。当然ながら敵のテリトリーでの戦いとなるため、どんな事態
が起こるか分からず、戦闘であることから当然に轟沈等のリスクがある。
「遠征」とは同じく艦隊を編成し、様々な任務をこなすことである。主たる任務としては「輸送」「護衛」「探索」などであり、これらはすでに「解放済」となった海域においての活動となり、交戦ということはまずない比較的安全といえる任務となっている。
これら以外に「待機」というものがあり、実は解放済みの海域であっても、艦隊を組んで攻めてくることはないとはいえ、「深海棲艦」の小型艇や潜水艦が入り込んでくることが結構あるらしい。それらの艦船から港を防衛するため
艦船を残しておく必要があるため、そのための艦娘の配置任務もあるのだった。
そして実は、「出撃」「遠征」にはノルマがあるらしく、成績によっては鎮守府への資材の補給等が後回しにされることがあるとのこと。世界から孤立した状態である日本国において、当然ながら資材資源は貴重であり、戦果の挙が
っている部署(鎮守府)へ優先的に配分されるのはやむなしといったところか。
そして、舞鶴鎮守府の成績は下の方らしく、資材の配給が遅れ気味になっているとのことだった。
戦果に応じてという能力主義は、当然ながら艦娘の補充にも影響が出るようで、舞鶴鎮守府における艦娘の数は最大といわれる横須賀鎮守府の五分の一程度であり、舞鶴鎮守府の艦隊は第2艦隊までしかなく、この艦数では、任務をこなすこともままならず、さらに冷遇されてしまうという負のスパイラルに陥っているのです、と扶桑がぼやいていた。
まあ、そうなるよな。本当に自転車操業みたいだな。
「私たち艦娘の力不足のせいなのに、提督の評価が下がることが本当に辛かったし腹立たしかったです。よくみんなで集まって反省会をしていました」
そう言って、凄く悔しそうな顔をする扶桑になんだか微笑ましく思ってみたり。少なくとも舞鶴鎮守府の提督だった男は部下には慕われていたようだ。振り返って自分はどうかというと、部下はいないから分からないけれど、上司や同僚から有能とは思われていなかったんじゃないかなあと反省する。
冷泉に前任の提督のような事ができるのだろうか?
「……提督、提督」
耳元で呼ばれ、ふと我に返る。どうやら一人で考え事をしていたようだ。半分寝ていたのかもしれない。
声のする方を見ると扶桑が立っていた。まるで徹夜の疲れなど感じさせない爽やかな笑顔をしている。
「あまり体調がすぐれないようですね」
「う、うん。やっぱり眠い、……ね」
そう言って彼女を見ると、昨夜より背が高くなっているように思えた。原因を求めて足元へ目をやると、かなりの厚底の草履を履いている。
「ああ、これですか? 普段はこのような厚底のものを履くようにどういうわけかなっているので……。歩きづらいので、あまり好きではないのですが」
なるほど。そういえばゲームの中でも艦娘は厚底サンダルやらハイヒールやら厚底下駄を履いていたね。何の為かは分からないけど。10センチは高くなっているので一緒に歩くと彼女の方が大きくなるね。
「いろいろ大変なんだな、艦娘は」
「そうですね」
「今日はよろし……」
と言いかけた時。
「ヘーイ、提督ぅーー」
勢いよくドアが開かれると金剛が駆け込んできた。
「おはよーございマス。今日もよろしくですー」
ドタドタと側まで駆け寄ってきた。
開け放ったドアが勢いでバウンバウンしてるし。
「もう、相変わらずの馬鹿力なんだから」
と思わず扶桑がぼやく。
「お、おう。おはよう」
苦笑しながら応える。
扶桑には今日はよろしく頼むと言おうとしたが、どうやらその時間を与えられそうにないな。
冷泉の気持ちを察したのか、扶桑が彼の顔を見、意味ありげに笑った。
「提督、眠そうですネ-。何してたんですか? 夜更かしはダメですよー」
ハイテンションで話す金剛に思わず後ずさり。
「ま、まあね。なかなか寝付けなかっただけだよ。心配してくれてありがと」
「Oh! そんな水くさい言い方はダメですよ。わ、私と提督の仲じゃないですか」
などと意味不明なことを喋り続ける金剛。何故か耳が赤くなってるし。気合い入れすぎなのかな。
「妻として夫の事を気にかけるのはトーゼンですネー」
「はいはい、金剛。冗談はそこまでにして。他の娘達がそろそろ来るわ。戦艦として、鎮守府第一艦隊旗艦として相応しい態度を取りなさい」
「ぐぬぬ……これからだというのに。扶桑のイジワル」
ジト目で扶桑を見つめる金剛。しかしすぐに気分を入れ替えたのか
「ま、……そだね。提督が復帰して初めての会議だよね。気合い入れて行きマスヨ」
と宣言。
「それでいいわ、後は任せますね」
そういうと扶桑は一番近い席に腰掛けた。
すぐに階段を登る複数の足音が聞こえ、がやがやとした華やかな声が聞こえてきた。