まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第159話 幽かな光を求めて

それを聞いた途端、提督の表情が一気に明るくなったように感じた。

「そ、そうか! ……うん、そうかそうか」

何度も頷く冷泉。どことなく嬉しそうに見えるのは、何故だろう。不思議に思うと同時に、胸の奥の方で刺すような痛みを感じる。

 

こんな気持ち、感じた事が無かった。

寂しくて、何だか辛くて、そして空しい感じ。

いっそのこと、聞いてしまえば楽になるんだろう。提督は、知っているの? 私を横須賀鎮守府に異動させることに成功したら、この先、提督に訪れるであろう運命から逃れられるということを。私を横須賀に行かせれば、自分の地位を守ることができるということを。

いっそのこと、「俺の為に横須賀へ行け」と命令されれば、どれほど幸せなんだろう。そう言われれたなら、自分も納得できる。言ってほしい、命令して欲しい。提督の役に立てるのなら、どんなことだってできるのに。それを言ってくれないなんて!

 

けれど、それを聞く事ができなかった。もし、そうだと言われたら怖いから。提督はいつでも艦娘の事を考えてくれていた。そんな提督が、自分のために艦娘を売ることなんてあってはならなかったのだ。大切に思っているものが壊れてしまう恐怖だ。けれど、そんなことを思っている段階で、すでに答えが出てしまっているのだけれど。

叢雲を艦隊編成からはずしたのだって、もしかしたら他に知られたくない理由があるのかもしれない。そんなことも勘ぐってしまう。

 

―――最悪。

 

自分も、提督も……みんなみんな最低だ。最悪だ。

聞く事ができない自分、本当の事を言ってくれない提督。何もかもが嫌になる。

 

だから、全然違う言葉が出てしまう。

「テートクに教えて欲しい事があるネ」

何を聞くと言うのだ、と自信に問いかける自分。

 

「う、なんだい? 」

不抜けた表情で、こちらを見る提督。 

 

「扶桑達と対峙したら説得するって言ってたケド、もし失敗したら提督はどうするつもりネ? 」

答えなんて、決まっている。倒すしかないはずなのだ。

倒す……つまり、扶桑達を沈める。殺すと言う事。

 

「うん、そうだな。俺があいつ等を説得できなければ、俺たちの敗北は必定なんだろうな。あいつらを本気で討つことなんて、俺もお前達だってできないだろうからな」

と、他人事のように言う。

 

「だったら、説得できる自信はあるの? 」

金剛は、無責任な上司に呆れながらも問いかける。

 

「正直言うと、無い。過去にどんないきさつがあったか知らないけれど、扶桑達の囚われた暗闇は相当に根深いものみたいだからな。俺が説得したところで、はたして納得させられるかは、やってみないと分からない。しかし、実際のところ、鎮守府への砲撃、そして、敵兵力の暴挙を見過ごしたところからしても、もう彼女達は自らの退路を断って決断しているとしか思えない。後戻りできないようにしているのか、それとも誰かにそうされているのか。……どちらにしても、説得はかなり困難だろうな」

 

「もし、扶桑達が攻撃してきたら、……戦いになればどうするのか」

 

「お前の言うとおり、その可能性は確かに高い。だから、結局のところ、そうなったら負けないように逃げるしかない。たとえ、あいつ等に負けるにしても、お前達を犠牲にすることなんてできないからね」

 

「そんな行き当たりばったりの考え無しの作戦で行くっていうネ? 」

 

「……そうは言うけどなあ。俺にできることなんて、たかがしれてるんだよ。扶桑達の心を引き戻すほどの事ができるかなんて、正直なところ難しいかなって思っている」

 

「でもでも、テートクは扶桑達を救い出したいって考えてるんだよね? 」

 

「もちろんさ。けれど、限定つきだよ。できることなら救い出したい……ということなんだ。とてつもなく困難だ。もはや俺の能力を越えた状況だよな。……しかし、そうはいっても、こればかりは誰かに任す事もできないだろうし。正直言うと、俺としても、はじめから勝算の無い戦いだって分かってる。だから、できることなら避けたいんだけどね。でもな、これは命令だからな。逆らったら、連中の心証が悪くなるのは間違いない。もうたいがい俺の評価は低いのに、これ以上下げられてしまったら、本当に軍にさえいられなくなるからな。さすがに、軍を追い出されてしまったら、本末転倒だよ」

これまで見てきた冷泉提督なのか? と思うほど情けなくやる気の無い発言をする目の前の男に、金剛は疑念しか感じられない。

「なんとか適当に誤魔化して、やり過ごせればいいんだけどな。当然、お前達の安全が最優先なんだぞ。だから、極力戦闘は避けるんだ。本気でやり合ったら、双方に相当な損害がでるだろうからな。仲間同士で戦うなんて無意味だ。扶桑達が本気で舞鶴にいるのが嫌だっていうんなら、仮に無理矢理連れ戻したって凝りが残るだけなんだよ。お前にだから言えるけど、行かせてやるほうがいいって俺は思っているんだ。ただ、軍部からの命令が出ている手前、命令を無視する訳にもいかないし、適当にお茶を濁すのがベターなんだよ」

 

「でも、扶桑達を行かせてしまったら、日本国に敵対する存在として討伐対象になるんだよ」

 

「それは、あいつ等の決めた事だから仕方ないって思うしかない。実際、今出ている命令だって、あいつ等を沈めても構わないって事なんだ。俺は、仲間だった艦娘同士で争わせたくないから、こうするしか無いんだ。お前だってそれくらい分かるだろ? 昨日までの仲間を討つなんてしたく無いだろ? 俺にできる最大限の譲歩なんだよ」

冷泉提督の言うことも、もっともだと金剛も思っている。けれど、彼の言い分は、金剛の知る冷泉提督らしくない発言だ。逆に恩着せがましく言っているようにさえ感じる。

どうしてそんなことを言うの? どうしてそんな目で私を見るの?

 

「テートクは扶桑達を助けたく無いの? 」

 

「そんなわけ無いだろ。できることなら助けたいさ。けれど、今残された舞鶴鎮守府の戦力では、無理矢理連れ戻すことなんてできないんだよ。扶桑達だけじゃないんだぞ、連中の戦力は。過去にこそこそと轟沈と偽って逃がした艦娘がいるっていうじゃないか。沈んだと記録されている艦娘の内、がどのくらいが敵の戦力となっているかは不明なんだぞ。けど、あれほど大胆な行動をするような連中だ。日本国を相手取ってもなんとかなるくらいの戦力を持っていると考えた方がいいかもしれない。……一つの鎮守府程度には戦力を整えているのかもしれない。そんな連中相手に……今の舞鶴の艦隊では勝てるとは思えない」

 

「テートクは、自分の命よりも私達を大事に思ってくれているネ。ちょっと無茶なことでも平気でやっていたネ。そんな提督なら不可能なんて無いって思ってい……」

 

「だから、状況が変わってるんだよ! 」

遮るように冷泉が叫ぶ。何かに苛ついているようにも見える。もちろん、それは金剛に対してだろう。

 

「テートクは、扶桑達を見捨てるの? 」

聞いてはいけないことを口に出してしまう。

 

「そんなわけ無いだろう? 俺はできる限り扶桑達を助けたいって思っている。そして、鎮守府の艦娘を誰一人傷つけたくないって常に考えている。その中でできるベストの事をやろうと思っているだけだよ。すべてはお前達の為を思っての事なんだ。お前達の為なんだよ」

一瞬、動揺したような表情を浮かべた冷泉だったが、すぐに笑顔になり、宥めるような口調で訴えてくる。

「俺は、いつだってみんなの事を考えている。だから、お前の横須賀行きにも同意したんだよ。叢雲の件だってそうだ。俺は、お前達が幸せになることだけを考えているんだから……な。今回の作戦だって、きっと旨くいくさ。行く前から悲観的になるなんておかしいだろ。お前らしくないぞ」

笑顔でそう語るが、その言葉はとてつもなく空虚なものにしか感じられなかった。彼の言葉は、ただただ金剛を説得するためだけに吐かれているだけで、それ以外には何も無いのだ。お前達の為、お前達の為と押しつけがましく連呼しているだけで、そこには何の愛情も感じられない。

自分の事だけを考え保身に走る小物……。かつて憧れさえ感じていた存在が、そんな矮小な物に見え、掠れ滲んでいく。

 

「テートク……」

金剛は掠れるような声を出すのが精一杯だ。

「私が横須賀に行って、叢雲が第二帝都東京へ行くことになるんだよね」

 

「ああ、そうだけど」

 

「それで、テートクには、……どんな良いことがあるの? 」

 

「は? 」

一瞬だけ惚けた表情を浮かべた冷泉だったが、金剛の言葉の意図を知り、顔を真っ赤にする。

「そ、そんな何を言っているんだよ、お、お前は。ば、馬鹿だな、俺にメリットなんて何も無いぞ。ご、誤解するのは、やめろ。俺はただ、お前達の希望を叶えようと努力しただけなんだぞ! 何もかもお前達の為を思っての事なんだ」

 

「ねえ……三笠さんに何を交換条件に出されたの? 」

言ってはいけないと思いながらも、もはや止めることができない。

「提督は、私達を売り飛ばして……自分の保身でも、図ったのカナ? 」

 

「く、そんな訳無いだろ。俺がそんなことする訳ないだろ? ふ、ふざけるなよ。お前、俺を馬鹿にしているのか! いくらお前でも許さないぞ。お前達の事だけを考えてがんばってきた俺に、なんだよ、それ。あんまりじゃないか! 酷すぎやしないか。……クソッ、クソクソクソ。俺がどんくらい必死になってやってきたのか、もう忘れたっていうのか? どれだけお前達を守るために無理をしてきたか分かってくれねえのかよ。ふざけるなよ、くそったれが」

怒り狂い、そしてこれまでの行動を恩着せがましく言う提督。けれど、彼が必死になって弁解すればするほど、その言葉は空虚なものと成っていき、彼が熱くなればなるほど、金剛の心は冷え切っていくのだった。

 

三笠に何かを言われたという問いについては、全く否定していない。少なくとも提督と三笠の間に何かのやりとりがあったのは事実。提督もそれを認めている。……それがすべてだ。

 

「もういいよ、テートク。分かったネ。もう何もかもどうでもいいヨ」

冷たく言い放つ金剛。これ以上の会話は無用とばかりに遮る。

「……私が言いすぎました。本当に申し訳ありませんでした、……冷泉提督」

最後の言葉は、自分が思った以上に心がこもらず、まるで機械のような声になってしまっていた。

「では、失礼します」

金剛は冷泉に背を向けると、振り返ることもなく歩き去る。

背後で冷泉の視線をずっと感じていたが、彼は呼び止めるでもなかった。

 

もし、呼び止めてくれたなら、もう少し彼と話すことができたかもしれないけれど……。

溢れそうになる涙を必死に堪えるだけで、もう精一杯だった。

 

 

歩き去る金剛の後ろ姿を見つめながら、冷泉は唇を強く噛んだ。そのせいか、口の中に鉄のような味が広がるのを感じる。

金剛はしばらく歩いていたが、ついには駆け出していってしまった。

 

「こ……」

名前を呼ぼうとするが、それは声にならなかったのだ。

「嫌われた……かな」

冷泉は大きなため息を付くと、しばらく目を閉じたまま動けなかった。

車椅子を動かす。

今になって気付いたが、どうやら叢雲に蹴られたせいで片方の車輪が僅かながらも歪んでしまったようだ。妙な振動を発生し、真っ直ぐに進んでくれない。

そんなことを考えながら、なんとか提督執務室のある建物にたどり着く。敵の攻撃によって破壊されたせいで、現在は使用していなかった建物の中に機能を移設している。もとは会議室だったために、ただっ広くて無機質な感じがあまり好きじゃなかったが、仕方ない。とりあえず、車椅子でも利用できるトイレがあり、エレベータがあるというこで選定されたのだから。冷泉が四肢がきちんと動くのであれば、もっと違う場所があったのだけれど、上り下りに介護が必要なため煩雑ということで仕方なかったのだ。

自動ドアを通って建物の中に入り、一息ついた途端、突然の吐き気が襲って来る。一気にのど元まで何かが上がってくる。

冷泉は、右手で口を押さえ、慌てて一階の身障者トイレへと向かう。なんとか入口のドアのスイッチを押し、飛び込むように中に入る。

 

第二帝都東京で施術を行ったおかげで、日に日に体に感覚が戻ってきていて、僅かながらも動かせるようになっていた。まだ短期間でしかないためにそれほど成果は上がっていないけれど、車椅子から立ち上がったりすることもできるようになっている。そのおかげで、転がり墜ちるような体ではあるものの、なんとか洋式便器の所まで体を持って行くことができた。右腕で体を支えながら、顔を下へと向ける。ほとんど同時に、上がってきた胃の中の物をぶちまける。

吐いても吐いても嘔吐は止まらず、胃の内容物をすべて吐き出してしまったのか、もう何も出ないのに胃液なのだろうか、液体だけは出てしまう。ついには黄色い液体まで吐き出すようになり、腔内が苦くなる。

苦しくて涙があふれ出す。そして、止まらない。吐き気も止まらない。

 

苦しいのか、悲しいのか、痛いのか、何が原因なのか、なんだかもう分からない。咳き込み、吐き出し、また咳き込むを繰り返す。

いつの間にか、嗚咽が混じるようになり、声を上げて泣いている自分がいることに気付く。鼻水も出てしまい情けない姿を晒しているのは間違い無い。

 

泣いている……俺は、悲しんでいるのか? 何で悲しむのか。俺は金剛や叢雲の為を思ってやっただけだ。何の問題も無い……はずだ。彼女達の為には、こうすることが一番なんだ。何故悲しむ必要があるのか。

その問いに答える者は、いない。

 

「あいつらに、嫌われてしまったな」

ぽつりと呟く。

 

自分が嫌われるだけで済むならそれで良かったはず。あえて嫌われるように振る舞ったはずだ。自分勝手で偉そうなだけで、自分の保身だけを考えるような屑に見えただろう。少なくとも冷泉に対して悪い印象を持っていなかったはずの二人を失望させてしまっただろう。

でも、それでいいはずなんだ。最低な上司が居た舞鶴鎮守府。出る事ができて清々する……そう思って貰えればいいんだ。何の気兼ねなく、ここを出て行けることができれば、きっと嬉しい。

 

嬉しいはずだった。

 

頭では分かっている。なのに、体が猛烈な拒否反応をしている。

また吐き気が襲い、冷泉は嘔吐する。何度か水を流して吐瀉物を流し、便器の中は真っ赤に染まっていた。

 

あいつらをどこにも行かせたくない! ずっと自分の側に置いておきたい。

自分勝手な感情が冷泉の本音だったのだ。その気持ちを押し殺し、正しい事を押し通そうとして、この有様だ。

 

辛い辛い辛い! 嫌だ嫌だ嫌だ!

俺は金剛が、叢雲が大好きだ。誰にも渡したくない。なのに、どうすることもできない。もっときれい事を並べて、彼女達を引き留めれば良かったのか? 自分の我が儘のために、彼女達が不幸になることも厭わないというのか。

戦艦三笠の言葉には、きっと裏があるのだろう。けれど、それ以外に冷泉にできることは何一つないのだ。どうしようもなく追い詰められ、どうしようもなく力なき存在なのだから。ならば、少しでも彼女達の未来がマシになるようにしてやらないと。

 

「うわあああああああああ! 」

叫ぶと同時に排水する。便座に頭を何度も打ち付ける。

どうすることもできない自分の情けなさ。けれど、叫ぶ事しかできやしない。

 

―――どれくらいの時間が経ったのだろうか。

泣きつくし、涙が涸れてしまったのだろうか? ……枯れ果てたのか涙は止まり、吐き気も嘘のように無くなっていた。

 

泣きわめいたせいで、すっきりしたのだろうか。涙はすべてを洗い流してくれるというけれど、心の中にタールのように溜まっていた負の感情をすべて流してくれたのだろうか。

 

そうだったらいいのに。

 

残念ながら、現実は、何一つ変わらない。けれど、ここで泣いているだけでも何も変わらない。

そして、自分はここに留まって良い立場には無い。

どんなに辛くても、苦しくても、行かなければならないんだから。

 

艦隊を指揮し、扶桑達を連れ戻す―――。

恐ろしく難易度の高い任務だけれど、やり遂げなければならないのだから。不可能だといって投げ出していいものじゃない。

冷泉は這うようにして車椅子に戻り、なんとか腰掛ける。

そして洗面台のところまで移動する。鏡に映った自分の顔を見る。

目を真っ赤に腫らし、おでこは便座に打ち付けたせいか赤く腫れている。鼻水が顔にへばりつき、とても汚らしい。

「こんな状態じゃ、外に出られない、な」

水を勢いよく出すと、ぎこちない動作で顔を洗う。まだまだちゃんと動かせない両手をなんとか動かし、ごしごしと顔を洗う。

タオルが無かったから、袖でぬぐうしかない。服はずぶ濡れになってしまったが、少しはマシな顔になっただろうか。

 

「ふう……」

冷泉は大きく息を吐き、ドアの開閉ボタンを押す。

ここから先は、もう情けない姿を晒すわけには行かないんだから、気合いを入れないと。

 

ドアが自動で開く。

 

車椅子を動かそうとして前方を見た。

そして、そこに人が立っているのに気付いた。

 

「か、加賀」

思わず声を出してしまう冷泉。

「いつから、そこにいたんだ? 」

動揺を必死に隠そうとするが、隠し切れていないのは本人だって気付いている。

「……まさか、ずっとここにいたわけじゃ? 」

泣きわめいていた所を聞かれてしまったんじゃないか、とあたふたする冷泉。

 

「何気なく窓から外を見ていたら、こちらに向かっている提督を見つけました。一応、秘書艦ですから、お迎えに上がりました」

ほとんど感情を見せずに、淡々と答える秘書艦。

その言葉を聞いて、引きつった笑いを見せる冷泉。

 

「じゃ、じゃあもしかして聞いてしまった? 」

恐る恐る尋ねてみる。

 

「降りてきた声をかけようと思ったけれど、大慌てでトイレに駆け込んで行ってしまったので、仕方なくここで待っていただけです」

 

「つまり、ずっと扉の前で立っていたわけだと」

問いかけに頷く加賀。

 

「……ちなみに、トイレの中の音って聞こえたり……したかな」

 

「はい」

と、あっさり答える加賀。

 

「ははははは。俺が泣いたりしてた事も聞こえたり……してないよね」

 

「うおおうおおおとか大声で喚いている声を聞きました。嘔吐する音や鼻をかむ不快な音も聞こえました。何かなさけなくて呆れるような言葉も聞こえていましたが」

事実を淡々と伝えてくれる秘書艦。

 

「う、嘘だろう。マジで……格好悪いな。済まない、格好悪いところを見せてしまって」

恥ずかしくて、訳の分からない言い訳をしてしまう冷泉。

「部下に泣いてるなんて知られてしまった……か。提督としての威厳なんてあったもんじゃないな」

 

「プッ……何を言ってるの、提督」

そう言って加賀はハンカチを取り出すと、冷泉の前にしゃがみ込んで顔を近づけて来る。そして、おもむろに冷泉の顔の周りをごしごしと乱暴に拭く。

 

「鼻水を垂らして目は真っ赤に腫らしてるし、よだれもだらしなく垂らして本当に汚いわ。ただでさえ普段から不細工な顔が、三割増しくらい醜男ね。気持ち悪いです」

呆れたような顔をしながら、しげしげとこちらを見てくる。

 

次の刹那、いきなり抱きしめられる。

 

「ほげ?」

強く抱きしめられたため、声が出ない。ただ、彼女の体から漂ってくる香りにぼうっとしてしまうだけだ。

 

「提督、始めに行っておきますね」

耳元で彼女が呟く。

「どんなに格好つけたところで、あなたは、あなたが思うほど格好良くはありませんよ。はっきり言えば、不細工です。キモイです。だからどんなに繕ったって、所詮は不細工。何をやったところで、それは無駄な努力です。今でも、いえ、出会ったときから、十分に見た目も中身も気持ち悪くて不細工で、おまけに女々しくて卑怯で情けない男でしたよ。ですから、今更そんなに自分を卑下する必要なんてないです。今も昔もこの先もずっとずっと未来永劫、十分に壊滅的に不細工ですから。恥ずかしがる必要なんてありません。あなたがいくら格好をつけても、振り向く女性なんてこの世には皆無でしょう。部下である艦娘でさえ、その姿の痛々しさでこちらの方が提督以上に恥ずかしくなるだけですから……。ああ、こんな奴が自分の上司だなんて、余所の鎮守府の艦娘に見られたくないですし、この事実を口にもしたくないです!! できることなら首をくくって死んでしまいたいって思っている子も、たくさんいるでしょう」

糞味噌のぼろくそな評価を加賀から下される。

あまりの酷い言いように、恥ずかしさを忘れ、思わず笑ってしまう。

 

「ひ、酷いな、加賀。酷すぎ」

 

「いいえ、本気で言ってます」

真面目な顔でそう言い、彼女は冷泉を拘束から解放する。そして、冷泉の瞳をまっすぐに見つめながらこう言った。

「けれど―――他の人にとってはともかく、私にとっては、あなたは最高に素敵な人なのです」

声が何故か頬を赤らめ、恥ずかしそうに聞こえる。

そんな加賀を見て、驚きで思わずこちらまで赤面してしまう。加賀は冷泉を真っ直ぐに見つめ、真面目な顔になる。

「提督、あなたが今、何を考えて何をしようとしているか、私には分からない部分があります。でも、これだけは言っておきますね。あなたがどんな事を言って何をしようとも、私をあなたの側から追い出すことはできないですから。あなたが……どんなに情けなく、どんなに卑屈になったとしても、私はあなたを見捨てたりしないから。そしてこの先、どんな運命が待ち受けようとも、最後の最後まで私はあなたの側にいますからね。これは、私の意思であり、願いであり希望なのです。だから、あなたの勝手にはさせないのだから。これだけは忘れないで。……私の艦娘としての人生は、とうの昔に終わっているのです。残された余生は、あなたと共に、あなたのためだけにありたいのです。ずっと前に、そう、あの時に決めたのですから」

冗談でも何でもなく、それが加賀の真意であることは冷泉にも理解できた。

「それに……」

突然彼女は目を逸らすと、恥ずかしそうに小声で呟く。

「あの時、その、あなたは……私を口説いたのだから、その責任は当然、取って貰いますからね」

 

 


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