まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第158話 離れていくこころ

どう考えたって、提督の言ってることは、おかしいネ!!

 

金剛は、珍しく怒っていた。

理不尽な決定に抑えきれない感情がわき起こり、我慢できなかった。普段から怒るといった感情なんて持つことがほとんど無かったせいで、その怒りの持って行き先が分からず悶々とするだけだった。

何に感情が波立っているかというと、もちろん、冷泉提督の決定についてだった。

 

いつもなら、叢雲に怒られたらシュンと捨て犬のように大人しくなっていたのに、今日はまるで違っていた。あれは何でなんだろう? 何であそこまで頑なだったんだろう?

考えても何も分からない。分からないけど、このままだとダメだと思う。こんなに大変な時なのに、提督があんなじゃ、みんなが混乱してしまう。

 

提督が感情を露わにして、怒鳴る姿なんて似合わない。何か考えがあっての事かも知れないけれど、それでも嫌なものは嫌なのだから。

 

気弱だけれど優しい、いつもの提督の方が好きだから……ネ。

 

だから、彼に聞かなければならないと考えた。みんながいたら、言えない事があるかもしれない。けれど二人きりなら、提督も本当の気持ちを教えてくれるかも知れないんだから。……いや、きっとそうなると思う。

 

そして、ふと、寂しくなる。

 

この役目は、扶桑のものだったのに。……何で、鎮守府を出て行ったの? 何であんな事をしてしまったの? どうしてなの?

何度も何度も自問したことが蘇ってくる。そして、辛くなってしまう。

理由が分かれば、それが少しは慰めになる。決意を固める事ができる。……諦めることもできるのに。

 

現実。

 

扶桑達と戦わなければならない―――。

 

その現実と向かい合わなければならない時が、すぐそこまで来てしまっている。もはや、先送りすることも逃げる事もできない。

もうすべてが詰んでしまっているかもしれない現実。それを受け入れるしかない現状でも、それでもかすかに期待をしてしまう存在がいた。

 

それが冷泉提督なんだ。

彼なら、きっとなんとかしてくれるはず。もう彼に縋るしかないのだから。

 

それなのに、こんな大事な時なのに、提督は艦娘達の結束を壊すような事を言い、不利な条件にしようとしている。意味が分からない。

彼と叢雲の間に何があったかは知らないし、今はどうでもいいことなのだ。今は、鎮守府一丸となって困難に対処しないといけない時。仲間内で揉めている場合じゃないんだ。

だから、得意じゃないけど、自分がやるしかないのだ。自分が提督を説得しなくちゃいけない。

 

―――加賀にやらせればいいじゃない。

そんな事を言う冷静な自分がいる。

でも加賀には、任せられない。任せたくない。これは自分がやらないといけないんだから。扶桑を助けるのは自分の役目。そのためには、提督を説得しなければならない。その役目を担うのは、加賀では無く、自分じゃなくてはならないのだから。

 

意地を張っていると言われれば、否定はできない。そんなことをしている場合じゃないと言われれば、その通りと答えるしかない。

けれど、加賀に負けたくないし、自分の手で扶桑も助けたいのだ。何度も何度も助けてくれた、姉のような大切な存在を守りたい。

 

「やるしかない……ネー」

無理矢理自分に気合いを入れる。演じ慣れた見えない仮面を被り、金剛は提督を捜すため歩き出す。

 

鎮守府を歩くだけで、被害状況が目に入ってくる。多くの人が亡くなった事も、もちろん知っている。その原因が親友であり、姉のようでもあった扶桑にあることも……。復旧作業にあたる兵士達が、金剛を見つけると挨拶をしてくれる。彼等の心境はどういったものだろう? 仲間だと思っていた扶桑達に砲撃され、その仲間の人間に攻撃されて多くの人が死傷してしまった。不審感を持って当然だろう。それがとても辛かった。

きっと、扶桑の行動にも理由があるのだ。望んで鎮守府を攻撃したわけじゃない。

扶桑がみんなに訴えた言葉を聞かなかった事にして、すべてを良いように解釈しようとする自分に少し呆れてしまう。

 

兵士達に笑顔で慰労の言葉をかけながら、冷泉を見なかったかと聞いてまわる。彼女の登場で、作業中の兵士達に笑顔がわき起こる。

金剛は、にこやかに冗談を交わしながら、すぐに提督の目撃情報を入手する。引き留められるけれど、さりげなく断りを入れ、そちらへと向かっていく。

 

鎮守府を一望できる、小高い丘がある。

そこに冷泉提督は居た。

みんなが話していた通りに一人きりだった。丁度いいと思った金剛は、彼に駆け寄っていく。

 

「テートク! 」

いつものように大げさに、元気いっぱいに声を出す。

すぐに気付いた提督が、こちらに車椅子を向け、金剛を確認すると笑った。叢雲と対峙した時に見せた表情とは異なり、いつもの提督に戻っている。

 

よかった―――!

 

思わず嬉しくなってしまう。

 

わざと、どたどたと走りながら彼の側にたどり着くと、

「そんなに慌ててどうしたんだ? 」

と、不思議そうに彼が問いかけてくる。

 

「はあはあ、ちょっと、……テートクに聞きたい事があっただけど」

少しだけ息を切らせた振りをしながら、冷泉に答える。

 

「ん? 何かあったのかな」

 

「うん、えっとネー」

そして、少し間を置いてしまう。こんな事をまた聞いたら、提督の機嫌を損ねてしまうかもしれない。けれど、聞かないといけないんだと自分を励ます。

「さっきの事なんだけど」

そう言った瞬間、冷泉の表情が明らかに曇るのが分かった。

あちゃーって思うが、もう止められない。止めたって悶々とするだけだし、ここはきっちりと聞くんだ。

「テートク、今度の出撃、叢雲を艦隊編成から外したケド、絶対ダメだと思う。潜水艦がいたら大変な事になるヨ。潜水艦と戦える艦娘いないじゃない」

 

「わざわざそのことを言いに来たのか。……それについては、速吸がいるからなんとかなる。彼女は対潜水艦戦闘も可能なんだよ」

と、あっさり返されて戸惑ってしまった。補給艦なのに対潜水艦能力があるなんて。よく知らない子だから、知らなくても不思議じゃないけれど。

 

「そ、そうなんだ、知らなかった。ゴホンゴホン……でも、私が言いたかったのは、そのことじゃ無いネ。叢雲を編成から外した事が納得いかないの。あの子はいつも偉そうな事をいうけど、本音はテートクの事をいつでも心配してるネ。今度の事だって、ちょっとした行き違いで意地になっているだけダヨ。だから、彼女を許してあげて欲しいネ。彼一緒に連れていって欲しいんだけど」

 

「……あれは、もう決めた事だ。たとえお前の頼みだとしてもダメだよ」

あっさりと断られる。

 

「どうしてそんな事言うのか、分からないネ。叢雲だってあんな事言ったけど、今は反省している筈ダヨ」

 

「……軍隊とは、上官の命令が絶対でなければならない。そんなの当たり前の事だろう? だから、俺の命令を聞けない奴を、一緒に連れて行ける訳がないだろう? 分かるだろう? 俺たちは、遊びに行くんじゃないんだ。戦いに行くんだぞ。そんな所に行くには、同じ意識を持った者だけで挑まないと、いざという時に動けなくなる。あいつのせいで、他の艦娘に悪影響が出たら大変だ。躊躇は、戦場では即、死に繋がる。そんなところに彼女は、連れて行けない」

 

彼女は、と強調したところが何故か気にくわない。

「叢雲は、テートクの事を心配してあんな事言ったの、分かっているでしょう? どうして、そんなに頑固なの? 叢雲の気持ちも考えてあげて欲しいネー。テートクは、いつもいつも私達の事を考えてくれていたネ。優しいくて頼りがいがあって、大好きだったのに。叢雲だって、他の子だってみんなそう。なのに、テートクは叢雲の事が嫌いになったの? どうして、あんな酷い事言うの。叢雲の気持ちを分かってあげて欲しいネ、お願いだから」

話しているだけで何故か苛ついてきてしまう。悲しくなってしまう。いつもは優しい提督が、どうしてこんな事言うのだろう。

 

「……分かっているから、こうするんだよ」

ぽつりと呟く冷泉。

 

「え? 何」

と問い返す金剛。

 

「こうするしか無いんだよ。今の俺にできることは、ああするしかないんだ」

吐き捨てるように冷泉は声を出した。

「……そうだな。金剛、お前には言ってもいいかもしれないな」

何故か意味ありげに呟くと、冷泉は金剛を真剣な表情で見つめる。

 

そして、冷泉は話してくれた。

叢雲が何を考え、何を思い何をしたかったかを。ずっと思い悩んでいた事を気付くことなく、他人から知らされた冷泉の悲しみを。

 

「叢雲が戦う事を怖がっていたなんて、私も知らなかったネ。たぶん、他の艦娘だって気付いてなかったかもしれないヨ。だって、あの子はいつも強がってたから。そんな気持ちを隠すためにわざとあんな態度を取っていたのかも知れないネ。テートクが気付けなくても仕方ないカモ」

 

「お前がそう言って貰えると、少しは気が楽になるよ。けれどそんな事を知ってしまったから、もう彼女を戦場に連れて行けない。このことは、みんなには知られたくないから、誰にも言わないでほしい。頼むぞ」

そう冷泉は、念を押してきた。

 

「それは、あの子……加賀にも言ってないの? 」

と、思わず彼女の名前を出してしまう。

突然鎮守府にやって来て、冷泉提督の隣の場所を独占することになっている艦娘の事を。どうしてそんなことを言ったのかは、金剛には説明が付かないのだけれど。

 

「ん? もちろん言ってないさ。叢雲の事は、本当は誰にも言わないでおこうと思っていたからな」

 

「じゃあ、どうして私には教えてくれたの」

かすかに、自分だけは特別ではないか? 冷泉提督にとっての特別な存在と認めて欲しい自分がいた。加賀には負けたくない。ずっと思っていた感情を突然思い出してしまう。……これを嫉妬というのだろうか? 艦娘とは縁遠いと思っていたドロドロとした概念。考えれば考えるほど泥沼に填まるような感覚があって、目を逸らそうと必死だった感情。そんな泥沼に填まりそうになる恐怖を感じ、必死に意識を切り替える。

 

「それは、今からお前に言うことと関係があるんだ。本当は、お前を呼んで話、そして聞かなければならない事があったんだ」

そう言って、冷泉は辺りを見渡す。視界の中には人一人いない状況。今は鎮守府の復旧作業にみんな出ている状態。こんな場所に来る人はいないだろう。

「そうだな。やっぱり、今がいいだろうな。時が経てば立つほど、みんなと話す時間が減ってしまうからな」

 

「私に何を聞きたいの? 」

心当たりが何も無い。必死に考えるがまるで浮かばない。

 

「金剛、お前に横須賀鎮守府への異動の話が来ているんだ―――」

突然、伝えられた、予想もしていなかった一言。

金剛は一瞬、言葉を失ってしまう。

「な、何をいきなり言うネー!! 」

驚く金剛を無言のまま見つめる冷泉。

 

金剛の頭の中は大混乱だった。提督の真意を掴めずに困惑していたのだ。

こんな鎮守府の一大事の時に、異動の話を突然持ち出した事に。しかも、横須賀鎮守府への異動なんて。

横須賀と舞鶴では、鎮守府としての格が違うことを忘れたのだろうか、提督は。

かつては同格と言われた鎮守府(大湊警備府は別として)だけれど、深海棲艦の活動拠点との位置関係から次第に戦略的重要さに変化が出てきていた。艦娘の本拠地となっている第二帝都東京に最も近い横須賀鎮守府には、必然的に優秀な艦娘が集められる。そうなれば強力な艦娘を展開させて有利に戦闘を進められる。当然、領域拡大の速度が増す。危機感をもった深海棲艦側も太平洋側へ戦力を集めてくる。それに対抗するために、さらに強化される―――。そんな流れでどんどんと他の鎮守府との差が広がっていったのだ。もちろん、横須賀の提督になった生田提督の戦術手法も大きな力になったのは間違いない。他の提督と比べると、明らかに戦果が違いすぎた。他の提督だって無能な訳では無いけれど、格が違ったというところか。

そういった事から、横須賀鎮守府は最精鋭艦隊と呼ばれることになり、そこに名を連ねる事が艦娘にとっても誉れであったのだ。

金剛だって一時は横須賀に憧れていたけれど、呼ばれることはなかった。その能力が及ばなかった事。生田提督の戦略上、必要とされなかった。そんなところなのだろうけど、ずっと舞鶴にいることになっていたのだ。心のどこかで憧れはずっと感じていたし、今も感じているのだろう。コンプレックスなのかもしれない。そう思うと、加賀に対する嫉妬心というものは、横須賀で第一線にいた彼女に負けたくないという部分もあったのかもしれない。なぜなら他の艦娘が提督と仲良くしてても特に何も感じなかったのに、加賀が提督と話しているだけで心が漣立ち落ち着かなくなるのだから。

 

「私なんかが、横須賀に呼ばれるわけないネー」

そう答えてしまう。しかし、自分の顔が引きつっていないか心配になってしまう。

なぜなら、冷泉提督の言うことが真実であることを、金剛本人が知っているからだ。

 

 

それは数日前、艦娘のみが使用する秘匿回線。その中でもほとんど使う事のない、第二帝都東京との直通回線からの呼び出しがあったのだ。何事かと見たモニターには、冷泉提督が会っていた戦艦三笠の姿があった。

彼女は、困惑したままの金剛に伝えた。

「横須賀鎮守府の生田提督が、あなたを横須賀に配置換えをできないかと軍令部を通じて要請してきたわ。彼が描いている戦略に、高速戦艦のあなたがどうしても必要らしいわ。我々としては、彼の能力を高く評価し、彼の領域解放をより効率よくできるように協力したいと考えています。ですから、是非ともあなたにも横須賀行きを承諾して欲しいのだけれど」

そんな唐突な申し出に混乱してしまう金剛だった。要請されるのは実に嬉しいし、戦艦三笠からの直接依頼されるなんてことも名誉な事だった。少し前なら、二つ返事で承諾していた所だろう。

 

「今は、行けないネ」

口から出た言葉はそれだった。

 

「どうしてなのですか? あなたが何を望んでいるか、私が知らないとでも思っているのですか」

心を見透かすように三笠が言う。

日本国を壊滅から救った六人のオリジナル艦娘。その中の一人、三笠なら金剛が何を求め何を考えているか手に取るように分かるのかもしれない。確かに、金剛は横須賀鎮守府に異動し、最前線で戦い勝利を手にしたいという願いがあった。艦娘なら誰しもが想い描く夢なのだから。

けれど今はそれ以上に必要なものがあった。

 

「今、舞鶴鎮守府は、とても大切な時期にあります。私は冷泉提督のお側で提督をお手伝いしたいと考えています。だから、自分の希望ではあるけれど、ここからは離れられないのです」

 

「あら、普通に話す事も出来るのですね、金剛さんは」

と、面白そうに三笠が言う。

「いつもふざけて話しているのかと思いました」

感心しているのか馬鹿にしているのかよく分からない。

 

「私が提督の役に立てるかどうかなんて、わかりません。けれど、今は舞鶴にとってとても大事な時。だから、提督の側にいて、お役に立ちたいんです。それが今の私の一番の願いなのですから」

自然に自分の思っていること、願っていることが言葉にできた。いろいろと誤魔化したりして避けていた事が明らかになる。自分が何を一番想っているのかを。

 

「ふふふふふ」

突然の笑い声。

 

「な……」

 

「ごめんなさい。おかしくって笑ってしまいました」

嘲るような声。

「艦娘が命令もされずに、人を好きになるなんて……そんなことがあるのですね。何の計算も計略も打算も無く、ただ人に想いを寄せるなんて。なかなか興味深い事ですね」

馬鹿にしているのか興味深いのか、その言葉彼女の表情からは真意は読み取れない。

「けれど、実に悲しい事ですね。報われることの無い想いは、どうやって昇華させればいいのでしょう。情念の泥沼にはまり込み、絶望に沈んでいくところなど見ていられない」

 

「三笠さんがどう考えているかは、知らないネ。でも、私の気持ちは変わらない。残念だけど、そのお話は無かった事にして欲しいネー」

 

「私はお前を情念の柵から解き放つ義務があります。それがたとえお前の意志に反することであろうとも。絶望に沈むことが分かっている娘を放置なんてできませんからね」

そう言って三笠は哀れむような瞳で金剛を見る。その瞳は優しく、そして凍てつくような冷たさがあった。

 

そして、告げられた。

逃れられない運命を。この先、冷泉提督を待ち受ける運命について告げられたのだ。今回の艦娘の裏切り行為。並行して発生した鎮守府襲撃事件による死傷者の発生と物理的被害。その全ての責任から冷泉提督が逃れられないのは必定。そして、今回の出撃によって扶桑達を連れ戻す……恐らくは不可能であることから彼女達の撃沈を達成することが唯一の挽回のチャンスであることを。しかし、冷泉提督では非情になることはまず無理だろう。つまり、作戦は失敗する。

これは、軍も想定済みの事態である。冷泉提督の処分は既定路線であり、その事務手続きが淡々と行われるだけとなっているのだ。囚われた冷泉提督は、任を解かれれ、軍法会議にかけられるだろう。味方など誰一人いない裁判で、彼の有罪は不可避。どういった処分がなされるかは分からないが、軍に戻れないことだけは確定だ。

しかし、それを回避する唯一の方法。

それが、三笠の主張する、金剛の横須賀への異動だったのだ。金剛を得ることができれば、横須賀の生田提督が弁護に回る算段がすでについている。そして、艦娘側からも冷泉の援護を行うとのことだ。

しかし、金剛が留まるというのであれば、既定路線を進めるだけ。

「三笠さんが軍に働きかけをしてくれるのは無理なの? 」

 

「大切な娘を不幸にする男を助ける義理はありません。彼の存在は、他の艦娘も不幸にする危険な人物です。ゆえに、私達が彼に与する事はありません。……できれば、彼には消えて欲しいのが私の考えです。でも、そんなことはあなたは認めないでしょう? だから、最大限の譲歩でもあるのです。決めるのは、あなたです。私はどちらでも構いません。運命をあなたの意志で決めなさい。ただ言えること、それは、あなたは冷泉提督を救う事ができるのです」

そう言われれば、もはや答えは決まっていた。

 

 

ついに言われてしまった。

ずっとずっと先送りにできればと思っていたのに。

冷泉提督にも、選択を迫られてしまった。

 

「……」

思わず黙り込む。涙が溢れそうになるのを必死で抑える。自分で自分の想いに終止符を打つこと。それが耐え難かった。

けれど、決めなければならないのだ。

彼を守るために。

 

「いきなりの話でビックリしたかもしれないけれど、これは事実なんだ。横須賀鎮守府の生田提督がお前の力が欲しいと嘆願してきている。俺もいきなり知らされて、驚いたんだけど……。横須賀鎮守府の今後の作戦展開を説明し、高速戦艦が必要らしい。特にお前のような優秀な艦娘が必要らしい。」

少し躊躇するような表情を浮かべた冷泉提督であったが、すぐに真面目な顔になる。

「そして、もし、お前がそれを望むのであれば、これはとてもいい話じゃないかと考えているんだ。お前は……どうなんだろうか? 」

問いかけるその表情は、言葉とは裏腹に、どことなく探るような、そして何かを期待するような感じに思えた。

自分の気持ち……横須賀鎮守府で力を試してみたいということは、随分前から書面で伝えてあった。だから、冷泉提督だってそのことは知っているはずだ。だから、金剛が感じた、彼が何かを期待するように見えるってことは、金剛を横須賀に差し出せば、自分の処遇に有利に働くってことも知っているかもしれない、という彼の打算が見え隠れしている事を敏感に感じ取ったからだ。

その瞬間、何かが崩れていくように思えた。熱かったものが急激に冷めていくような気がした。

目の前の物の価値が急速に落ちていくような悲しさ……。それに冷泉提督は気づいているのだろうか?

 

「その、何だ。俺は、舞鶴にいるよりもお前にとっては良いことだと考えているんだ。お前は舞鶴で燻っているより、横須賀での最前線の戦いで活躍するほうが向いているんじゃないかって考えているんだ。ここは、俺の責任でもあるんだけれど、お前の力を生かし切れていないのかもしれないんだよなあ」

誰のためを思っての言葉か、冷泉提督は普段以上に多弁となっている。まるで何か必死になって説得しようとしているようにさえ思えてしまう。今の鎮守府の状況を把握しての言葉なのか?

何かに追われ、焦っているようにしか今の提督は見えないのだ。

 

「はい……」

金剛は頷くと答える。その声に感情の起伏が無くなっていることに本人すら気づかない。

「許されるなら、私の横須賀行きを認めて欲しいです」

諦めにも似た言葉が口から出てしまうのだった。

 

 


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