まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第156話 舞鶴鎮守に戻り

多くの死傷者を出してしまうこととなった、今回の舞鶴鎮守府における争乱の顛末―――。

 

鎮守府襲撃に及んだ勢力については、未だ捜査中であり、全くもって何者なのかが不明のままとなっている。進展の目処は立っていない。

しかし、それ以上に艦娘がその属する鎮守府を裏切って離脱したという事実が、軍関係者にとっては衝撃を持って受け止められることとなった。

絶対にありえない事が起こってしまった……。そして、その原因は全く不明であること。それが一番厄介な問題だった。それは、軍部にとって不安材料でしか無いわけであり、この状況では発生した事実を隠蔽するしかない。しかし、いくら箝口令を敷こうとも、人の口には戸は立てられないものである。いつまでも隠し通せるものではない。早晩、マスコミが嗅ぎ付ける事になるだろう。

仮に艦娘の裏切りの原因が何か究明できないのであれば、原因となるものをでっち上げてでも創らなければならない……。そんな事さえ考える者が出てきてもおかしくはない状況であった。否、どんなでっち上げであろうとも、整合性の取れる言い訳をすでに創出しているのかもしれない。

 

そんな事情はさておき、発生した事案についての責任の所在は追求されるものであり、当然ながら、

鎮守府最高責任者たる冷泉への批判は、すでに起こっていた。

それは、あまりにも当たり前の事であり、冷泉も今回の事案についての責任を逃れることはできないと認識していた。どう対処するかを検討する必要性はあるのだが、そこまで考える余裕は無い。

今、何よりも先に行うことことは、破壊された舞鶴鎮守府の機能を復旧することである。これが回復されなければ、この混乱の機に乗じて深海棲艦が攻めて来たら、対応しきれないという明白な事実があるのだから。もし、そんな事になったら、鎮守府は反撃すらできずに深海棲艦に制圧されてしまうだろう。舞鶴鎮守府が防衛するエリアが、陥落することになるのだ。そうなったら、日本国の防衛ラインに楔が打ち込まれ、分断されてしまうのだ。そうなれば補給や艦船の移動にも影響が出、戦略的にも日本は追い込まれてしまうことになるだろう。

 

そんな事態を避けるため、今は必死になって復旧作業を行う必要があるのだ。冷泉の責任追及など、危機が去った後に行えばいいのだ。今はそんな時じゃない。批判を浴びた際に、冷泉はそう言い切っていたのだった。

 

叢雲達と鎮守府に到着すると、すでに大湊警備府より派遣された風雲、朝霜、清霜の三人が警備に当たっていてくれた。冷泉達の姿を確認すると、次々と通信が入ってくる。彼女達は陸奥が来るとは思っていなかったようで、驚きと共に作戦行動できる事を喜んでいた。

冷泉は、彼女達に警備にあたってくれている事についての感謝の意を表するとともに、鎮守府周辺の状況報告を依頼する。

 

周辺を見渡すと、島風、夕張も警備にあたっている。広報担当に任命した彼女達は、鎮守府外の港を母港にしていたから今回の争乱の影響を受けなかったのだ。冷泉は彼女達にも感謝と激励を行う。照れくさそうに、はにかむ二人の笑顔を見て、ほっとする想いだった。

 

冷泉の到着を受け、鎮守府の兵士達からも報告が入ってくる。

留守を任せた者の一人、天ヶ瀬中尉がほっとしたような笑顔で冷泉に報告をしてくる。

鎮守府内に留まっている艦娘は、来るべき出撃に備えて現在、調整を行っているところだとのこと。

報告を続ける中尉は、ずいぶん疲れたような表情をしている。恐らくは、何日も寝ていないのだろうと推測される。……とはいっても、彼女達の活躍が無ければ、復旧はままならないのだ。もう少しだけもう少しだけ無理をお願いするしかない。

「中尉、疲れている所すまない。あと少し、俺に力を貸して欲しい」

そう言って頭を下げる。

 

「いいえ、こんな非常時に弱音を吐くほど私達は柔ではありません。提督、何もお気になさらず、どんな事でも私達に指示してください」

モニタの背後に見え隠れする兵士達も同じ気持ちだと伝えてくれる。

 

「みんな……ありがとう」

冷泉はそう感謝するしか言葉が出てこなかった。

 

 

 

冷泉は艦から降りると、陸奥と一緒に迎えに来ていた小型ボートで上陸する。そして、そこに駐めてある車から天ヶ瀬中尉が降りてきて、冷泉を迎えてくれる。彼は車に乗り込むと、鎮守府敷地内へと向かっていく。

 

車内でも中尉から現状報告を受けることとなる。

もっとも気になっていた扶桑達の件だが、鎮守府を離脱した後、しばらくは艦娘のレーダー等で追尾していたが、何を思ったか領域の中に入り込んだのだった。当然ながら、領域を外部から探知することはできず、艦影はレーダーから消失したとのことだった。現段階では、もはや追跡は不可能となっている。この後、彼女達が領域を抜けてどこかの海域に出たとしても、索敵範囲外であることから見つけることは不可能だろうとのことだ。

 

領域に入り込むということは、深海棲艦との交戦の可能性もある。それなのに躊躇することなく、領域へと踏み込むとは驚きだ。

 

艦娘及びその本体たる軍艦は、いろいろと危険な目にあった子もいたが、全員無事、無傷だった。しかし、港内の作業船やタグボートなどは、時限爆弾で爆破されており大きな被害を受けている。ドッグは敵の突撃を受けたため、破壊された施設が多い。しかし、艦娘の収容施設は、地下がメインであるためほぼ無傷だったことは救いだ。また、鎮守府の弾薬庫や食料倉庫については、半分以上が爆破若しくは焼かれてしまった。艦娘達の寮も放火された上に、執拗に荒らされて全焼している。食堂や店舗も、攻撃対象となった軍施設の近くにあるものは、破壊から逃れることができなかった。

 

軍事施設では、普段人が居ない場所には爆弾をしかけていたようで、その多くが破壊されている。重要施設であるレーダーや電気施設、通信設備は、壊滅。

なお、職員用宿舎については、軍事的価値が無いためか、一部放火された場所がある以外は、被害はほとんど無かった。

 

提督執務室のある建物は、加賀、長門、高雄がいたため、敵の目標となったせいで破壊度が酷い。彼女達は無事逃げることに成功したことも原因しているようで、、取り逃がした事に怒った敵によって容赦ない破壊がされていた。執務室は奥に冷泉の仮眠室もあったが、置いていた私物は壊滅されつくしているとの報告だ。

 

司令部に向かう車の中からも、舞鶴鎮守府の状況が見えてくる。言葉で聞かされた状況でもショックを受けていたが、その被害状況を目の当たりにして、言葉を失ってしまう。

 

怒りと悲しみがわき上がるが、今は途方に暮れている場合じゃない。指令官として落ち込んでいる姿を見られるわけにはいかない。気持ちを入れ替えて、冷泉は命令を発出する。

 

まずは、鎮守府の指揮系統の立て直しと、破壊された施設の復旧作業が急ぐ必要がある。最優先で行うべきことは、鎮守府と外洋を仕切るゲートが破壊されている状況を復旧することである。

そのために、大湊警備府が貴重な戦力を裂いてくれたのだ。工事については、大湊警備府の艦娘が護衛にあたってくれるため、近隣から持ってきた作業船、クレーン船により昼夜を問わず工事を行い、そのゲートの撤去を行った。

 

防衛上は締め切っておくほうが深海棲艦の潜水艦の侵入を防ぐためにも、他にも敵性勢力が海から鎮守府に侵入するのを防ぐためにも……必要なのであるが、今はそれどころではないのである。

 

その間にも出撃の準備を指示を行う冷泉。

もちろん、そういった軍事作戦に関する作業だけでは無い。指令官として行わねばならない事がいくつもあった。

 

戦闘で亡くなった兵士たちの合同葬儀出席や負傷して入院中の兵士への見舞い、更には亡くなった兵士の遺族へのお悔やみなどのため、あちこちに出かける必要があったのだ。体調は前よりはだいぶ良くなっているものの、術後の体にはかなり負担を感じているのは事実だ。けれどもこれだけは、自分がしないわけにはいかない。どんなに忙しかろうとも、それを蔑ろにしてはならないのだ。代理を立てること無く、すべてを自分で行った。

鎮守府の幹部の何人かと一緒に行くわけだが、艦娘を連れてはいけないことが辛かった。艦娘達だって亡くなった兵士達と交流があったわけで、葬儀くらいには参列したかっただろう。けれど、今回の事案は艦娘の裏切りに端を発していることから、どうしても一緒には行けなかったのだ。たとえ、遺族からは何も言われなくても、外部の人間からは手酷い言葉を聞くことになるのは間違いないのだから。ただでさえ気落ちしている彼女達が、さらに気を滅入らせるなんてことにはさせたくなかった。

 

冷泉は、誠意を持って、一人一人丁寧にまわって行った。

肉親を亡くした遺族から相当に厳しい事を言われたり、「主人を帰して」と泣きつかれたり、逆にわざわざ来てくれたという事で涙を流して感謝されたり。また、葬儀会場の近くに陣取った市民団体のヘイトを見せられたり……。マスコミの追求を受けたり。

 

肉体的な疲労もあったけれど、どちらかというと精神的に……相当に疲れてしまった。

 

そんな状態でも鎮守府復興作業、出撃の準備も並行して行っているため、冷泉は寝ずの作業となってしまう。へこたれてしまいそうな重労働でが続くが、それでも、前よりも明らかに体が動くようになっていることには驚かされる。

 

「はあ……」

思わず仮設の司令室に戻った冷泉は、ため息をついた。しかし、ここで疲れたと愚痴っている時間は無いのだと自分を励ます。

 

「提督、あなたにしては、よく頑張っているわね。……お疲れさま」

加賀に慰められる。

冷泉は出されたお茶を口に含む。さりげなく優しくしてくれる彼女に感謝を述べる。

 

「まあ、今できることをやっておかないと後で後悔してしまうからな。俺がやらなければならないことは、すべてやらないといけない。……今の立場でいられるうちに、やらないといけない事もたくさんあるからね。それだけは何としてでも、あらゆることを犠牲にしてでも、やり通したい……」

何気なく呟いた一言に加賀の表情が凍り付いたように見えた。

 

「あなた、まさか……」

そして、それ以上の言葉は発さない加賀。何かを悟ったような、そして怯えたような表情を見せる。

 

「ん? どうかしたのか」

不思議そうに問いかける冷泉に、秘書艦は言葉を失ったまま黙り込んだままだった。冷泉もそれ以上は問いかけることもなかった。

 

 

 

鎮守府の復興作業について、時間はかかったものの夜通しで撤去作業を行ったため、破壊され水没していたゲートの撤去は完了することができた。

不足していた武器弾薬についても、大湊鎮守府よりの支援物資が次々と陸路にて運び込まれている状況だ。

葛生提督には感謝するしか無い。

 

ゲート開放となった今、最優先で行う行動は、扶桑達の捜索だった。しかし、鎮守府の争乱からすでに何日も経過している状況であり、扶桑達がどこにいるかは完全に不明な状況となっている。

 

そんな中、軍令部より舞鶴鎮守府に対し、日本国を離脱した艦娘扶桑達の捜索指令が出る。

 

【速やかに、舞鶴鎮守府を離脱した艦娘達を見つけ出し、日本国側へと連れ戻すこと。状況によっては、撃破することもやむなし】と。

 

つまり、扶桑達に対して事実上の処分命令が出たわけである。

 

指令には付則があり、舞鶴鎮守府艦隊の捜索によっても発見に至ることがなければ、他の鎮守府にも捜索の任にあたらせることが書かれていた。

他の鎮守府が捜索にあたるとなると、彼等が扶桑達と遭遇した場合には、問答無用で戦闘は避けられないだろう。

 

扶桑達が合流した勢力の兵力がどれほどかは分からないが、鎮守府の艦隊と戦うには厳しいはず。そもそも、彼女達はどうやって補給を受けるというのだろうか? 補給無しで戦うなど、考えられない。

 

冷泉は一番に彼女達を見つけ出し、なんとしても説得して連れ戻さなければならないのだ。彼女達をみすみす死なすわけにはいかない。軍令部がしびれを切らす前に扶桑達を発見し、彼女達の主張など問答無用で連れ戻さなければならないのだ。

それは、とてつもなく困難な任務だ。一度、探索網から抜け出されてしまうと、最捕捉はほとんど不可能なのだ。扶桑達が新たに作戦行動を起こし、レーダー網にかからないかぎり発見はできないだろう。息を潜めて動かないでいられてしまうと、無為に時間だけが過ぎていくことになってしまう。扶桑達がどこにいるかの推測すらできない状況なのだから。

 

確かに、普通ならそうだろう。

しかし、冷泉とってに、扶桑達の隠匿行動など不可能である。確かに明確には特定できないものの、かすかな反応を冷泉はずっと感じ取っていたのだ。それは、艦娘の反応だった。ゆえに、それを辿れば、扶桑達にたどり着くことは可能だ。……そう冷泉はみんなに告げる。

 

冷泉の言葉を聞いた瞬間、その場にいた全ての者が一瞬の硬直の後に、「そんなことなんてできるはずがない」と否定する。

 

それは、あまりに予想通りの反応。

 

しかし、冷泉はもともと艦娘達の反応を感じ取る事ができたのだ。

 

艦娘のおおよその居場所を感じることができ、方角・方位・距離までを視覚的に感じることができたのだった。麾下の艦娘はもとより、面識の無い艦娘ですら注意をすれば認識することができた。それはテレパシーにも似た意思感知能力の上位能力。これこそ……まさに転移者の権能。

 

今般、冷泉は、とても弱い反応ではあるものの、不知火の気配をずっとずっと感じていたのだ。

 

ただし、他の艦娘達の気配は完全に途絶えている。それは冷泉の探知能力の及ばない場所に行ってしまったのかもしれない。もしかすると、冷泉に対して心を閉ざしたからなのかもしれない。

 

けれど、そんな中でも、不知火の気配だけは感じることができていたのだ。

 

それを感じることは、冷泉にとって辛いことであたのだけれど。

 

不知火から感じ取れるもの。それは、諦めと絶望の底に沈み込み、しかし、ほんの僅かであるものの無意識下で救いを求める彼女の想い。絶望の中で救いを拒絶し、けれど何かに縋ろうとする悲しみしか感じ取れなかった。どんな状況にあるのかは分からない。けれど、今すぐにでも彼女の元へと向かわなければならない。それだけは間違いなかった。

 

冷泉の感じ取った反応は領域との境界に近い、舞鶴鎮守府と佐世保鎮守府境界線に近い場所だった。

「みんな思うところはあるかもしれない。けれど、今は何の手がかりも無く、打つ手が一切無い状況であることについては、意見は一致しているだろう? だったら、俺のこの頼りない感覚に賭けてくれないか? このまま漫然と過ごしても解決策は無い。ならば、俺を信じて欲しい」

根拠も何も無い冷泉の想い。

こんな事で艦娘達を、鎮守府の部下達を説得できるなんて思っていない。けれど、今は訴えるしか無い。

 

艦娘達、そして部下達は顔を見合わせるだけだ。

「提督、……提督がそうお考えになるのであれば、私達を説得するのではなく命じてください。そんな半信半疑な説得をされるよりも、こうしろ! と言って頂く方が私達も決断しやすいです」

ずっと冷泉の話を聞いていた天ヶ瀬が迷いを振り切るように叫ぶ。

 

「その通りよ。人を説得するほど口が立つわけでもないあなたが、何の根拠もない事を喚いたところで誰も説得できないわ。こんな時こそ権力を笠に着て、みんなに命令すればいいのよ。こんな混乱時なのだから、強権発動するしか無いでしょう。……それに、みんな、提督が命令するのであれば、喜んでその命令に従うわ。もっと自分に自信を持ちなさい」

と加賀も後押しをしてくれる。

二人の言葉に他の兵士や艦娘も同意を示し始める。普通に聞けば、ただの与太話に過ぎないかもしれない。なのに、信じてくれるのは少し怖い。

 

冷泉はみんなを見回す。、半信半疑ではあるものの、冷泉を信じざるをえないという結論に落ち着くのだろう。たとえ、それが妄言であっても、上司である、鎮守府指令官の命令であるから逆らうという選択肢はもともと無いのだから。

今はそれでも構わない。それでも構わない。扶桑達を探しだし、真意を問いたださなければならないのだ。

 

すべては、それからなのだ。

 

たとえ、その結果……悲劇的な結末が待っていようとも。

 

だがしかし、そんな結末は断固として否定し、拒絶する。

神により決定された未来でさえ、いかなる手段を用いても改変してみせる。

 

みんなが不幸になる事は認めない。

 

みんなが笑っていられる未来に変えてみせるのだ。

 

 

絶対に。

 

 

 

 

 

 


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