まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第155話 大湊警備府

冷泉たちは、大湊警備府に寄港している。

 

大湊警備府とは、かつては日本海軍の警備府として、そして戦後は海上自衛隊の大湊地方隊として北日本海、オホーツク海、太平洋の一部の警備を行ってきた要所だ。

深海棲艦の勢力の侵攻の際には、奇跡的に戦火を免れた唯一の基地だった。

 

そして、深海棲艦の侵攻、そして艦娘勢力の協力によって戦線を押し返して後、北方の警備および領域制圧を目的として再編成された基地である。

 

規模としては、舞鶴鎮守府や横須賀鎮守府などとと比較するこぢんまりとしている。

舞鶴と同様に港外周部には、敵潜水艦の侵入を防ぐための巨大なゲートが外洋と港内を仕切っている。

 

艦を接岸すると、すぐに秘書艦陸奥に迎えられ、挨拶もほどほどに提督司令部へと案内されることとなる。本来なら、通行許可を得たなら、すぐにでも鎮守府への行程を急ぐべきものだったが、大湊警備府の提督に直接会って話す必要があったために寄港することにしたのだった。

なお、叢雲と速吸は、港で待機だ。冷泉の車椅子は陸奥が押してくれることとなった。

 

「冷泉提督をお連れしました」

 

陸奥の声にすぐに反応があり、扉が開かれる。

部屋には葛城提督が立っていて、冷泉を迎えてくれた。そして、席へと案内される。

冷泉が車椅子だったためか、執務室の会議用テーブルへと車椅子を移動させられる。向かい合う場所に葛城提督が腰掛ける。陸奥は冷泉に一礼すると、葛城提督の斜め後方へと移動した。どうやらそれが彼女の定位置らしい。

 

「今回は速やかな通行許可を頂き、感謝します。」

さっそく通行許可について礼を述べる冷泉。

 

「いいえ、礼には及びません。鎮守府の一大事なのですから。少々の事務手続きを端折るのは、仕方ないことです」

本来なら、余所の鎮守府の艦船が移動する際には、いくつかの事務手続きを事前に行う必要があるわけで、冷泉は、それをすべてすっとばして、通行を申請したわけである。仮に葛城提督側が嫌がらせをしようと思えば、この手続きに関してだけでもいろいろとできるはずなのだ。

過去にいざこざのあった二人の関係からすれば、少しくらい嫌味を言われても仕方のない場面であった。しかし、彼女はそんなことはしなかった。拍子抜けしてしまったわけだが、いまはそんなことを勘ぐっている時間は無いのだ。

さて、……ここからが本番だ。冷泉は気合いを入れる。

 

「ありがとうございます。……無理を言って済みません」

 

「提督は、お急ぎなのではありませんか? そんな事を言うためだけにわざわざここにお寄りになったわけではないのでしょう? 」

 

「ははは……、俺が、いえ、私が何を考えているかお見通しのようですね」

冷泉は引きつった笑みを浮かべてしまう。

「実は、……、すでに私の鎮守府の現状をご存じだと思います。港湾施設は破壊され、艦娘の一部は私の指揮下を離脱しています。私としては、一刻も早い鎮守府の復旧と、離脱した艦娘たちの追跡を行う必要があります。けれど、ゲートを破壊された結果、私の指揮下にある艦娘はすべて港の中に封じ込まれた状態なのです。出撃するには港を塞いだゲートを撤去する必要があります。しかし、鎮守府港内の船はテロにより爆破沈没しています。残る方法は港外から作業するしかないのですが、艦娘の警護無しで作業船に作業させるなど、深海棲艦に沈めてくれといっているようなもの。誰もその作業を行ってはくれないでしょう。そこで、図々しいお願いなのですが、こちらの艦娘を何人か貸していただきたいのです……」

と、舞鶴の現状と冷泉の願いを隠すことなく告げる。

「貴重な艦娘を別の鎮守府警備のために出すということは大湊の戦略に大きな支障となることは百も承知です。けれど、私にとっても早急な鎮守府の復旧は最優先事項なのです。虫の良いお願いかもしれませんが、艦娘を貸して頂きたい」

冷泉はそう言うと深々と頭を下げた。

 

「……」

静まりかえる司令室。

やはり、横須賀でのいざこざがあった事もあるし、それ以外にも冷泉の対応で気を悪くした事もあるのだろう。

客観的に見ても、彼女が冷泉を嫌っているのは間違い無い事だ。大嫌いな男から頼み事を、それも図々しい頼みをされて、はいそうですかと答える筈がない。

しかし、それでも彼女には、「うん」と言ってもらわなければならないのだ。

 

だから、土下座でも何でもするつもりだった。

 

冷泉は顔を上げ、何も答えない葛生提督の顔を見やった。彼女は無表情なまま、冷泉を見ている。

「葛生提督、お願いです。お願いします。私に対していろいろ思うところはあるかもしれません。けれど、それを承知で言います。助けて下さい。お願いします。俺は舞鶴鎮守府を守らなければならないし、そして、扶桑達を見つけ出さないといけないのです。お願いします! 本来なら土下座をして頼むのが筋なんでしょうけれど、自由に体を動かすことができないから、これ以上のことはできない」

気持ちだけは土下座しているつもりで頭を下げる。

 

「……何人必要ですか? 」

突然、葛生提督の口から出た言葉に、一瞬、何を言っているのか理解できない冷泉。

 

「は? 」

馬鹿みたいな顔をしていたのではないだろうか。

後ろに立つ陸奥が吹き出しそうになる。

 

「期間はどれくらい考えておけば良いでしょうか? それと、不足する資材などはあるのでしょうか? 」

矢継ぎ早に質問が繰り出される。

 

「え、えっと、それは一体? 」

 

「冷泉提督、あなたの言っている事の方が私には理解できませんけれど。艦娘が何人必要なのですか? 期間はどれくらい見ておけばいいのですか? 鎮守府に不足している資材はありますか? と聞いているのですけれど」

呆れたような表情で葛生提督が言う。

 

え? 承諾してくれるというのか。通常時でも検討が必要な案件を、嫌いな冷泉のために即決してくれるというのか?

あっさりと断られ、それどころかネチネチ文句を言われる事を想定し、それに対する対策ばかり考えていた冷泉は、すぐに回答できない。艦娘を出してくれるなんて万に一つも無いだろうと思っていた。通行許可すらなかなか下りないと思っていたのだから。

 

「提督、……一体、さっきからどうしたのかしら。何だか、……まるで私があなたの申し出を断るとでも思っていたような感じじゃないかしら」

 

「いえ、そんなつもりじゃなくて……。どこの鎮守府も戦力はかつかつで、余剰戦力なんて無いのは良く分かっています。だから、いろいろと戦略を再考する必要があると思っていて……」

心の中を見透かされているような事を言われ、慌てて否定する冷泉。

 

「フン、くだらない言い訳は、いらないわ。あなた、……どうせ、私が艦娘を出し渋るって思ってたんでしょう? 」

 

「……はい。すみません、そう思っていました」

嘘を言っても仕方ない。冷泉は素直に認める。

「どう考えても、あなたは俺にいい印象を持ってないようでしたし。俺は、どうやってあなたを説得すべきかばかりを考えていました」

 

「やれやれ……ね。それは、お互い様でしょう? 確かに、私はあなたのことが大嫌いよ。こうやって話すのも耐え難いくらいにね。実際に虫ずが走るってどういうことかって昔から思ってたけど、今がそれに相応しい表現ね」

彼女も随分とはっきりと言う。

「……けれど、はっきりと宣言しておきます。今回の件については、私情を挟む余地など全くありません。鎮守府の危機的状況において、個人的な嫌悪の感情など不要。もし、舞鶴が墜ちたら、他の鎮守府への負担は一気に増えます。そんなことになったら、日本国の危機といっていい。鎮守府は独立しているとはいえ、運命共同体なのです。大湊警備府としては、いくらでも艦娘を派遣する準備はできています。ですから、あなたは何も遠慮する必要はないのです」

真剣な表情で葛生提督が語った。

冷泉は自分の愚かさを反省した。個人的感情など大義の前には意味をなさない。自分の計りで人を見ていたことが恥ずかしかった。自分が嫌いだからきっとこうするだろうと実に小さなスケールで人を見ていたのだ。葛生提督に対して実に失礼なことをしてしまっていた。彼女は、私情などに縛られることなく、日本国の事を最優先に考えていたわけであるのだから。それが提督たる地位に就く人間の大きさであり、そんな事も分からないまま同じ立場にいる自分の小ささが恥ずかしかった。

 

冷泉は、まず自分の愚かさを詫び、その後、工事の期間を見積もった。そして、その間の鎮守府警備に必要な艦娘を葛生提督へと伝える。

対潜水艦対応に4人の艦娘がいればなんとかなる……と冷泉は見積もっていた。それ以外の水上艦艇なら、港内からでも対応は可能と判断していたのだ。

 

「分かったわ。では、あなたの望むとおり、こちらからは風雲以下3人の駆逐艦娘を派遣しましょう。すでに彼女達は出港準備を整えています。今すぐにでも出撃可能です」

あっさりと彼女が答える。最初から見繕っていたらしい。

 

「あ、ありがとうございます。本当に助かります」

 

「……ありきたりな言葉でしかないけれど、困ったときはお互い様よ。同じ目的を持つ同士、困窮時にこそ、手を差し伸べ合う……。同じ願い、思い、宿命、そして咎を背負った者同士なのだから」

遠くを見るように彼女は語った。それは冷泉に対してであったが、それ以外の誰かに向けたもののようにも聞き取れた。

 

「それから、陸奥も連れて行きなさい」

更なる唐突な申し出には秘書艦の陸奥も驚く。

 

「て、提督、私まで行くのですか? 」

 

「戦力は多ければ多いほどいいでしょう。戦艦のあなたがいれば、その存在だけで深海棲艦への牽制になり抑止力となるでしょう。……深海棲艦が手を出しにくくなれば、余計な戦闘も避けられる。その方が我々に利があるでしょう? 」

 

「た、確かにそうですが。……提督、けれど、秘書艦である私がここを離れることなんて……」

困惑した表情で陸奥が問いかける。

 

「今、舞鶴には、長門がいるでしょう。こんな機会がなければ彼女と話す機会も無いでしょう? お互いそれぞれの鎮守府の秘書艦として任務を果たしてきたわけだから、ほとんど会話を交わす暇もなかったでしょう? こんな機会、滅多にないのよ」

 

「しかし、そうは言っても」

そういえば、長門と陸奥は姉妹艦だ。それが実際に姉妹とかいった関係性があるのかは聞いたことがないので実際の所は不明だ。けれど、葛生提督の話しぶりからすると、二人は肉親のような関係性があるようだ。

 

「陸奥、行きなさい。これは命令です。こんな機会はもう二度と無いかもしれないのだから……。あなただって分かっているのでしょう? 」

ピシャリと葛生提督が言う。その言葉にどんな意味があるのか分からないが、一瞬驚いたような表情を浮かべた陸奥だったが、しおらしく頷いた。

「大丈夫。……あなたの不在の間は、妙高がなんとかするでしょう。安心して行ってきなさい。もちろん、冷泉提督を確実にお守りするのですよ」

冷泉は、いろいろと便宜を図ってくれる葛生提督に、ただただ礼を言うしかなかった。

 

そうして、冷泉は大湊警備府を出港することになる。

 

驚いた事に、先ほどの会談で大湊の艦娘を舞鶴に派遣してくれるとの話しだったが、すでに4人の艦娘は出港しており、舞鶴へと向かっていたのだった。この件については、すでに軍上層部へ話は通っていたようで、あとは冷泉の要望によって派遣艦娘の人数が決まることとなっていたらしい。

 

それどころか、葛生提督は扶桑達を追撃するための艦隊編成を行っており、こちらも話を上に上げていたようだ。指揮権はすべて冷泉が持つこととし、大湊側は艦娘を貸し出すだけという提案だったとのことだ。これは非常に重大な決断であり、リスクを大湊だけが背負うという思い切った提案だった。……それだけ、葛生提督の覚悟が分かるものであり、それを聞いた冷泉は胸が熱くなる思いだった。もっとも、こちらについては艦娘同士の戦闘の可能性もあったことから、まずは舞鶴鎮守府内部で行うべきということで承認はされなかったようだが。

 

すべては同行する陸奥からオフレコで教えられたものであり、冷泉の葛生提督の評価が大きく変わることとなった。もちろん、自分の愚かさの反省材料にもなったわけであるが。

 

叢雲、速吸、そして戦艦陸奥の三人は、舞鶴鎮守府へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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