まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第153話 出港

何かに急かされるような感覚に、冷泉は目を開いた。

確か、手術の為に麻酔をされたはず……。

横向きに寝かされているようで、すぐ側に人の気配を感じた。

手術室の風景とは大きく異なっていたため、どうやら手術は終わったことだけは認識する。

 

しかし―――目覚めは、最悪だった。無理矢理に目覚めさせられた時に感じる感覚にそれは似ていた。

 

目眩と吐き気が同時に襲って来る。おまけに耳鳴りも酷い。微妙な寒気もするせいか、何か高熱の状態なのかと思ってしまう。さらには、頭の中に靄がかかったようで思考は曖昧であり、どうにもはっきりしない感覚が取れない。全身が微妙に自分の体のようには感じ取れず、宙に浮きふわふわしている感じだ。体の感覚がどうもはっきりしない。分厚い衣服を着込んだように、感覚が鈍くなっている。

これは、一体どうしたことなのか……。

 

「目が覚めましたか……」

声のするほうに視線を向ける。そこにいる少女。それが、戦艦三笠である事を認識する。

 

「本来でしたら、自然に目が覚めるまで眠っていただくべきなんですが、どうしてもお伝えしなければならない事態が発生しました。ですので、少し強引な手法を使って起こしてしまいました。……おそらく、気分は最悪かもしれませんが、許してくださいね」

予想通り、無理矢理に起こされた事を確認する冷泉。

 

しかし、そんなことはどうでも良かったのだ。

彼女の伝えられた事に比べれば―――。

 

舞鶴鎮守府で、艦娘の反乱が起こったのだ。それは舞鶴に属する艦娘の一部が冷泉の指揮下からの離脱を表明し、更には鎮守府施設に砲撃を行ったという事実。そして、それに呼応するかのように鎮守府の主要施設が爆破され、武装兵力が陸軍警備部隊の警備を突破して侵攻して来た事。

 

まだまだ正確な情報が把握できていないため、被害状況の全容は掴めていない。けれども、断片的な情報からでも鎮守府において多くの死傷者が出ているし、主要施設も甚大な被害を受けていることが分かった。さらに、ゲートを破壊されたために鎮守府の艦船が出撃できない状態となっている事も判明しており、事態の深刻さがよく分かった。

 

鎮守府を離脱した艦娘の数にも、驚かされることとなった。

戦艦扶桑、重巡洋艦羽黒、軽空母祥鳳、軽巡洋艦大井、駆逐艦不知火、初風、漣の合計7名―――。

 

そして、反乱の首謀者は、扶桑と不知火らしいことが告げられる。

 

彼女達を手引きしたのは、今は軍属から離れているものの、元海軍士官の永末という男だった。彼は、かつて舞鶴鎮守府で、冷泉の前任である緒沢提督の下で勤務していたが、ある事件をきっかけに軍務を離れていた。ある事件とは、緒沢提督の関係する事件のことであり、それに関連して彼も処断されたようだ。

軍から追われたはずの男が、最近になって頻繁に鎮守府に出入りしていた記録が残っていて、今回の事案については、ずいぶんと前から準備を計画的に進めていたのではないかと推測されている。しかし、確認できているのは彼だけで、その仲間達については全くしっぽを掴むことができない状態である。

 

永末一人で今回の事件を起こすことなど不可能なのは明らか。なぜなら、あれほど大規模な爆破が行われた事や、陸軍兵士達が周囲を厳重に警備する舞鶴鎮守府に武装兵力が入り込めるはずがないのだ。何者かが手引きしない限りは……。

 

状況を説明してくれる三笠の言葉を、朦朧とした意識ではあるが情報を一つとして聞き漏らさないように、必死になって冷泉は聞いていた。

聞いている内に、まだ自分は眠っていて、これは悪い夢でも見ているんだと逃げ出したくなるが、どうやらそんなことは許してもらえないみたいだ。

何で、どうして、どういうことだ? 疑問・疑問・疑問―――。ただ、それだけしかなかった。

 

何が何だか分からない。恐らく、まともな状態でも、理解力はそれほど変わらなかっただろう。それでも、ぼやけた思考でも何をすべきかは分かる。

冷泉は体を起こそうとするが、ほとんど動くことはできなかった。

 

「まだ動いてはいけません! 」

慌てたように三笠が声を上げる。

「冷泉提督、あなたは手術を終えたばかりなのですよ。そんな体で無理に動こうとすれば、縫合した傷口が開いてしまいます」

そう言うと冷泉の体にそっと触れ、落ち着かせようとしているのか意図的に優しい表情を見せる。

 

「し、しかし。今はそんな事を言っている場合じゃない。鎮守府が危機的状況なんです。俺が、俺が行かないと……」

とにかく、今は何をおいても冷泉が鎮守府に戻らないといけないのだ。

「何もかも、俺の失策なんだから」

そんな情けない言葉を吐き出すしか、できなかった。

「何で扶桑に、不知火に俺は声をかけてやれなかったんだろう。あいつらが何か隠しているような気がして、気になっていたんだ。なのに、俺は何もできなかった。……いや、何もしなかったんだ。他の艦娘たちの事だって、もっと気をつけていたら異変を感じ取ることができたかもしれないのに……。俺は、自分の事ばかり考えていて、何もかも後回しにしてしまっていた。面倒事を先送りにしていたんだ。それが原因で、あいつらを護ることができなかった……」

後悔したところで何も変わらない事は分かっているけれど、後悔を口にせずにはいられなかった。

 

「離脱とはいっても、羽黒と初風は自主的にというわけでは無いようです。正確には5人の裏切りということになりますけれど」

 

「そんな細かい話は、どっちでもいい事です。艦娘のためにって、俺はいつも偉そうにあいつらに言っていたんだ。でも、結局、何もできていないんだ。おまけに危機管理体制の構築さえも、まるでできていなかったんだ。常にそういった事に注意しておかないといけないのに、手を抜いていたんだ。……それらが原因で敵の侵攻を許してしまった。艦娘の離反を許し、敵勢力の鎮守府での活動を検知する事ができなかった。敵の侵攻を許してしまい、取り返しの付かない事になってしまった。すべては、ミスにミスを重ねた上に、何一つまともな対応が取れなかった俺の無能さが原因なんだ。……鎮守府指令官としては、本当に失格だ。けれど、その罪は今は置いておいて、今はとにかく、鎮守府に戻りみんなの指揮を執らないといけないんです。混乱の中にあるみんなを助けたい。俺なんかでは、たいしたことができないのは分かっています。けれど、なんとかしなければならないんです。いや、なんとかしたいんです」

 

「あなたのお気持ちはよく分かりますよ。……けれど、今、体を動かすことは、とても危険です。そもそも、危険なオペを成功させることができた事をまずは喜び、ご自身の体調を整えることのほうがあなたにとっては一番大事な事ではないかと思います。少なくとも、しばらくはこの地に留まり、安静に過ごす必要があります。あなたの命を大切に思うのであれば、今動く事なんて認められません」

冷静な口調で否定されてしまう。その言葉は穏やかなものだったが、強い意志が感じ取れる。

 

「俺の体なんてどうでもいい。みんなが俺の帰りを待っていてくれるはずなんです。こんなところで一人だけ呑気に休んでいるわけにはいかないんです」

 

「せっかく、全身麻痺の治療をしたというのに、今無理をすればまた元の状態……いえ、もっと悪い状態にに戻るかもしれませんよ? それでもいいのですか? 」

 

「今、何も為さずに後悔するより、何かを為し、それによって後悔するほうがいい。俺なんかの体のことなんて、この際、どうでもいいことなんです」

 

「では、はっきり言いますよ。仮に、今、あなたが帰ったところで、一体何ができるというのですか? 結局、何もできないでしょう? 」

と問う三笠に、冷泉は答える。

 

「鎮守府指令官としての責務を果たすのが一番の目的ですが、本音は一刻も早く、みんなの側に帰りたいんです。どんな形でもいい、彼等彼女らの力になりたいんだ。もちろん、それだけじゃない。今、まさに道を誤りつつある艦娘たちを救えるものなら救いたい。もちろん、俺なんかでできるかどうかは分からないけれど、彼女達が道を見誤ったのは、俺が着任したことが原因に違いないんだから。そもそも、俺なんかが舞鶴鎮守府に着任しなければ、これまで起こったような問題なんて無かったんだ。すべては、俺が悪いんです。だったら、偉そうな言い方だけど、自分にできるだけのことはしたい。そうすることが俺の責務だと考えています。最初からできないと諦めるより、とにかくやれるだけのことをやって、それで後悔するほうがマシなんです」

異世界よりやって来た自分が、前任の提督と交替する形で舞鶴鎮守府に来た事で、今のいびつな鎮守府の現実がある。それは間違い無いことなのだ。自分さえ来なければ、自分以外の人間が指令官となっていれば、もう少しまともな舞鶴鎮守府となっていたのかもしれない。その罪の意識に耐えられないのだった。

「……三笠さん、あなたは、すべてをご存じなのでしょう? 」

 

「さて、何の事でしょうか? 」

とぼけたように、目の前の艦娘は答える。

 

「隠さないでください。俺が何者であり、俺がどこから来たのか……をです」

 

「ふふふ……まあ、ある程度は、といったところでしかありません。勘違いされては困るのですが、私などがすべてを知りうる立場にある訳では無いのですから。確かに見てくれは偉そうに見えるかもしれませんが、私なんて、ほんの末端の存在でしかありませんよ。ですから、ほんのさわりの部分だけを知らされているに過ぎないのですから」

嘘か本当か曖昧な形で答える。しかし、彼女が言っている事なんて、ほとんどが嘘なんだろう。直感的にそんな気がした。

 

「じゃあ、全部教えます。俺は、この世界とは異なる、別の日本がある世界から来たんです。そして、その事を知る人間も、こちらの軍部にはいるようです。俺について更に語るなら、前の世界では、……日本は平和な国でしたから、軍隊なんてありませんでした。俺は、軍隊経験なんて全くない、それどころか会社でも部下を持ったことさえ無い、ただの下っ端のサラリーマンでした。そんな奴がこの世界に来た途端、いきなり、ゲームでしか知らない鎮守府指令官として任命されたのです。軍隊経験どころか、部下を持ったことすら無いんですよ、俺は。俺は、所詮その程度の人間でしかないのです。能力も素質も実績も経験も……何ひとつ持っていないなのに、いきなりこんな地位に据えられたんです。ははは、普通なら絶対に無理ですよね……。あり得ない話だ。実際、本当にきつかったですよ。嫌になって何度も投げ出しそうになりました。でも、それはできなかった。……俺の事を信頼して頼ってくれる艦娘や、部下達がいたからです。だから、たとえ能力が無いと分かっていようとも、それに応える必要が、義務あるのです。できるできないではなく、やらなくてはならないんだ」

 

「あなたの部下に対する想いの強さは、伝わってきました。立場上、強く拒絶しなければならないのですが、それでも絆されてしまいそうですね……。ふう、ダメですね。まだまだ甘いです、私も。そこまで艦娘達の事を思ってくれる人の為に、私としても応えてあげないと! って思ってしまいます。あなたは不思議な魅力のある方です。仕方ありません、できるだけのことはしてみましょうか」

呆れたような表情を見せ、大きなため息を付く三笠。その姿だけを見れば年相応の少女のように見えるのだけれど。

 

「ほ、本当ですか……。あ、ありがとうございます」

冷泉は素直に感情を表してしまう。

 

「……けれど、それを実現するには、私の、いえ我々の条件をいくつか飲んでいただく必要性があるのですけれど。それでも構いませんか? 」

喜ぶ冷泉に対し、釘を刺すような事を言う三笠。

 

「それはどんなことでしょうか? 」

思わず警戒してしまう冷泉。一瞬表情を曇らせるような素振りを見せた三笠に、慌てて否定する。

「俺ができることなら、なんだってしましょう。してみせます。鎮守府に戻らせて貰えるのならなんだって」

 

「その条件は、二つあります」

慌てる冷泉を面白そうに見ている三笠は、少し考えたようにして条件を提示する。

「一つ目は、今、提督と一緒にこちらに来ている叢雲の事です」

 

「叢雲がどうかしたのでしょうか? 」

唐突に出てきた艦娘の名前に思わず動揺してしまう冷泉。

 

「はい。提督はお聞きになっていませんでしょうか? 」

 

「何もあいつから聞いた事はありません。自分以外の事はづけづけ言うけど、自分の事になると、何も言わないですから」

思い返してみれば、文句はしょっちゅう言われていたけれど、叢雲から我が儘を言われた記憶が無かった。いつもあの子が困っているからなんとかしてやれとか、あそこではああ言った方がみんなが喜ぶ、言いやすくなるといったアドバイスみたいな事しか言われたことが無かった。

 

「実は、彼女の処遇の件なのです。叢雲はいつ終わるとも知れない深海棲艦との戦いにほとほと嫌気がさしているようなのです。仲間の死を乗り越え戦い続ける事に耐えられなくなっているのでしょう。できることならここに異動して、前線から身を退きたいと希望しているのです。詳しくは聞けていませんが、ずいぶんとこれまで辛い思いをしてきたのでしょう。我々としては、そういった嫌戦感情を持ってしまった艦娘を鎮守府に置いておくことで、敵との戦闘に支障が出るのは避けたい。それに、無理強いを続けることで、彼女の精神に支障を来す事も避けたいのです」

 

「そんなことを言っていたのですか……。全く気づきもしませんでした。何て事だ。やはり、俺は駄目な上司なのでしょう。言ってくれたらいいのに、ではなく、言える環境を作れなかったことも俺の責任です。それはともかく、そんな辛い思いをしながらずっと戦っていたなんて、……あいつ」

 

「彼女は、意地っ張りな所がありますからね。私の方から提督に相談するように言っておきます。……それで、もし、叢雲が今言ったような事を話したら、最優先で彼女の希望を叶えるようにしてもらえますか? 」

 

「叢雲が望むのであれば、それが叶うようにしてあげるのは当然のことです。あいつが望むのであれば、いくらでも応えてあげましょう。もし彼女が言わなくても、俺から聞いてみますよ。……けれど、そんなことが俺の出撃を認める条件なのですか? そんなことなら、条件とされなくても認めます」

 

「そうですか? 叢雲が鎮守府からいなくなるんですよ? 彼女は少し生意気な所はありますが、可愛い子でしょう? 辛くはありませんか? 」

少しからかわれているのかもしれない。

 

「あいつが可愛いかどうかは別として、……もちろん、あいつと別れるのは辛いですよ。はっきり言ってショックではあります。てっきり、舞鶴にいることをあいつは望んでいるのかと思っていましたから。俺と一緒にいることが楽しい……とまでは思わないけれど、彼女の希望に叶っていると思い込んでいた。少なからず好意を持っていて……もちろん男女に関するという意味ではないけれど、くれているってうぬぼれていたんだよな。俺が勝手にそう思い込み、あいつに無理を強いていたと思うと、本当に彼女に申し訳ない。すぐにでも彼女の希望を叶えるようにしたい」

それが冷泉の本音だった。

 

「優しい……のですね」

 

「無理強いなんてしたくないですから。それに俺にできることなら、それを叶えてあげないと」

 

「では、この件については提督の承諾を得られたということで……」

微笑む艦娘。自分の事のように彼女は喜んでいるようにさえ見える。

「あと一つ、条件が残っています」

 

「俺の権限でできることであれば、何でもします。特に、艦娘の願いであれば、なんとしても叶えてあげたいですから」

そう言い切る冷泉を何故か冷めたような目で見ている三笠。

 

「これは艦娘の配置計画にかかる話になります。提督のところにいる戦艦金剛の事なのですが、実は舞鶴からこちらに迎え入れたいと考えているのです」

淡々と話す艦娘の言葉に、驚きを隠せない冷泉。金剛を鎮守府から引き抜く?

「金剛を異動させるというんですか? 」

 

「その通りです。そして、横須賀鎮守府へ配置換えをさせたいと考えています。もちろん、本人にも確認していますよ。彼女は前向きに検討してくれるそうです。けれど一つ問題があって、どうやら舞鶴鎮守府は彼女にとって特別な場所らしく、離れる決心がつかないそうなのです」

 

「それは、どういうことなのでしょう? 」

 

「簡単です。金剛があなたの事を好きだからです。ただそれだけのこと。ですが、これこそが、もっとも大きな障害とも言えましょう。我々としては、彼女を改二改装を施し、より強い戦艦となることで深海棲艦との戦いに重要な役割をはたす艦娘だと考えています。横須賀は本格的に領域討伐を計画しています。その計画の実行に彼女は欠かせない存在となっています。そして、最高の部隊の第一線で戦うことは金剛の希望に添うものでもあるのです。ですから、提督にお願いします。より厳しい場所での戦いを望んでいる彼女を、あなたの束縛から解放してやってもらえませんか? これは横須賀鎮守府だけでなく、日本国全体としての戦略にも叶うのですから。横須賀には、大和そして武蔵がいるけれども、まだまだ作戦を遂行するには戦力不足なのです。だからこそ、金剛が必要とされているのです。生田提督もそれを望んでいます。……さすがにこちらについてはすぐに、とは言えませんね。あなたの出撃と交換条件とまではするのは卑怯かもしれません。けれど、金剛も望んでいる事。ぜひ検討してもらえませんか? 」

 

「さ、……さすがにそれは」

その提案は、冷泉にとっても舞鶴鎮守府にとっても、あまりに非常に厳しい条件であった。すぐには言葉が出てこない。

 

「どうですか? 」

イエスを求める三笠の問いかけ。

 

「金剛は、舞鶴鎮守府にとって、とても重要な艦娘です。今回、鎮守府に発生した事案により、扶桑たち多くの艦娘が離脱しています。もはや艦隊編成すらできない状況と言えるでしょう。そんな時に、戦艦たる金剛までを失うことになったら、鎮守府としてはどうにもならなくなってしまいます。さすがにそれは……」

離脱した艦娘を除いた舞鶴鎮守府の陣容では第一艦隊を編成しただけで、もうほとんど余剰戦力が無くなってしまう。戦闘で損傷する艦娘が出てしまえば、予備戦力もほとんど無く、出撃すらできなくなってしまうだろう。それどころか、守備艦隊も遠征艦隊も編成できないのだから。そんな中で艦隊の主力となる戦艦が抜けるなんて、艦隊運用の面からしても認められるはずがない。

 

けれど……。

 

「やはり、難しいですね」

諦めたように、しかし、予想通りといった感じで三笠が頷く。

 

「確かに、金剛がいなくなるのは鎮守府としては厳しい。厳しすぎます。しかし、それでも彼女が望んでいるのであれば、その希望は叶えてあげたい。より上を目指したいのであれば、その希望を叶えてあげたい。多くの艦娘が抜けてしまい、大変な状態であるけれど、それでも金剛が望むのであれば、それを優先させてあげたいんです。司令官としてはあり得ない考えなのですが。……こんなことを考えてしまう自分は、指揮官としては失格ですね。それでも、俺は認めてあげたい」

自嘲気味に応えてしまう。

 

「本当に構わないのですか? 」

その問いかけには冷泉は頷くしかできない。 

「もちろん、新たな艦娘を鎮守府には派遣するように働きかけます。代わりの艦娘が金剛の穴を埋められるとは思えないけれど、それでもいないよりはいいでしょうから。もちろん、今回の事件を鑑みて、日本国としても艦娘の補充の要請もあるでしょうから、極力、鎮守府の損失を減らす方向になるとは思うのですが。……金剛の話、安心しました。私としても彼女の活躍の場が広がることはとても嬉しいです。……ただ、あなたが異動しろと金剛に命じても、すぐには納得はしないでしょうね。彼女はあなたの役に立ちたいと思っていますから。艦娘としても女性としても……です。その想いは、鎮守府の艦娘の誰よりも強いですから」

 

「俺は、艦娘にそこまで思われるような存在じゃありません。仮初めの提督でしかないんですから。そもそも、俺への感情は彼女の勘違いだと思っています。前任の提督である緒沢という人への想いが、そのまま俺に向けられている偽りの感情でしかないのです。実際のところ、俺は真実を話していないんだから、結果として彼女を騙しているようなものなんです。……だから、俺は彼女の想いには、応えられない。応えちゃいけないんですから」

 

「ならば、……厳しいことを言いますが、あなたが彼女の想いにケリをつける後押しをしてあげなければなりません。このまま鎮守府に縛り付けることは、彼女にとって不幸な事でしかありません。報われることのない想いを抱いたまま、死地に赴く戦いに出さされるなんて、軍艦として辛すぎます。……もちろん、女としても」

 

「分かりました。……俺から彼女に伝えます。俺がきちんと決着をつけます。彼女に嫌われるかもしれないけど、そのほうが彼女にとっても良いことなんですから」

覚悟を決めたように、冷泉は話した。

それを満足そうに見つめる三笠であった。

 

そして、応急的処置(3時間程度かかった)をなされた冷泉は、待機していた叢雲と共に出航することとなる。手術は完了したものの、まだ体は自由にはなっていないため、車椅子に乗っておかないと駄目だけが。

なお、長波は改装中の神通と共に留まることとなった。いろいろと不平を言っていたが、それは仕方のない事だ。みんなのことをお願いしますと必死に訴えかけてきたのには、少し辛くなったが。

 

なお、随行として補給艦速吸が同行することになった。

「駆逐艦だけでは何かあったら大変でしょう。速水なら艦載機も搭載しています。少しは役に立つかと。一時的な貸し出しではなく、ずっと提督のお側で働かせてやってください」

三笠に背中を押され、恥ずかしそうに彼女がお辞儀をした。通常の手続きではない艦娘の異動ではあるが、三笠クラスになるとそういった艦娘の人事権も与えられているのかと納得するしかなかった。

 

二隻の軍艦は出港し、北回りで舞鶴鎮守府を目指すこととなる。

冷泉はこの先起こるであろう困難を想像し、気分が滅入りそうになるが必死になって自分を奮い起こすしかなかった。

 

叢雲にも声をかける必要があるのだけれど、何故か彼女が目線を合わそうとしない。話のきっかけがつかめず、そのまま出港となってしまった。

出発してしまえば、もう破壊された鎮守府のこと、扶桑達のことを考える必要があるため、叢雲の事、そして金剛の事は考える時間は後回しとなってしまった。

 

とにかく、一刻も早く舞鶴に戻るのだ。

そのためには、大湊鎮守府の葛城提督とまた顔を合わせ、頭を下げて許可を貰わないといけないのだと思うと、また頭が痛くなる。それどころか、艦娘を何人か借りる話しもつけないといけないのだから。決して良好ではない関係であるため、厳しい交渉が予想されそうだ。

 

 


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