どぎまぎして彼女の視線から目をそらすと、何故か、……いやあ意図している訳じゃないんだけれども、必然的に胸元を見てしまう。
これまた、結構大きく、そして美しく豊満ですな。目のやり場に困る。
「あーあー」
もはや意味不明な呻きを上げ、天井を見るしかないし……。
「……そっか」
ようやく口から紡ぎ出した言葉は、たったそれだけ。それ以上言葉が出ない。ただ、彼女を見つめるしかできない……。
でもこの子、提督のことが本当に好きだったんだなあ。そう思った瞬間、ここが自分の居場所じゃない感が猛烈にこみ上げてくる。
この子が好きなのは、自分じゃない。前にいたはずの自分じゃない提督だ。今、彼女と向かい合っている自分ではないんだよなあ。
この現実……当たり前の現実がとてつもなく寂しい、凄く寂しい。そして心がチクチク痛い。
でも、まあそうだよなあ。
彼女が自分なんかに興味を示すなんてありえないもんなあ。それを口にすることはできないけど。
「ねえ、提督……」
少し甘えた口調。
「はい、何でしょうか」
異常に硬い返事をしてしまう。おそらくキョドったような声を出したと思う。
「私のことを、提督は、どう思われていますか? 」
言葉にするとすごく畏まった感じだけれど、体をすり寄せ、顔を近づけながらだったのでホント凄いぞ。
こんなん、たまらんお。
「あの……お、お嫌いですか? 私、何を言ってるんだろ……は、恥ずかしい」
言っておいて照れる姿もいい。実にいい。
「いや、いや、そんなことないよ。あるわけない、……じゃん」
「本当ですか! 私を、戦艦としてではなく、あの、その……。女の子として興味をお持ちくださっている? ということですか」
おお、もちろんだよー。そう答えたいけど、冷静な自分がそれを否定する。よって何も答えられない。
無言に耐えきれなくなったように
「ねぇ提督、あの時のように抱きしめてくれませんか」
えー!!
あの時って何時だよ。
扶桑は冷泉の混乱など関係なく、体を冷泉に委ねてくる。
これって完全に理性がぶっ飛ぶシチュエーションだよね。
どうしよう。
こんな子に迫られて、理性を維持することなどあり得ないよなあ。
しかし、彼女の肩を抱くべき腕は、抱きしめるべき腕は硬直したままだった。自分の体の一部で無いようだ。彼女を口説くはずの口も動かない。
「お、俺は、俺は……わう」
そうやってうわごとのように呻くだけ。
「ねえ、……提督」
そう言って、少し頬を赤くし、うつろな瞳でこちらを見つめながら唇を近づけてくる扶桑。
これって、これって。
この先には……。
キース! キース! キース! キース! キース!
キスしろ、キッスしろ。ちゅーちゅー。
女の子に恥をかかせるな。
何故だか、外野が騒ぐ声がする。ホントはいないけど。
キスするぞ!
そうすべきであるはず。でもでも。
たぶん……前の提督も彼女とキスくらいはしてたんじゃないのかな? たぶん間違いないはず。そう思わせるような扶桑の態度だ。なんか、その所作はすごく自然な感じにも思えるし。
そして、それを拒否すれば自分が偽者、前にいた提督とは別人であることを自ら、ばらすことになるし。
ここで不自然な行動をとることは、決して自分にとって正しい選択ではないのは自明の理。いろいろな疑問点とかもあるけれど、ここは流れに任せて行動した方がいい。今ここで正体を明かす事なんてあり得ないだろ。そんなことしても何らメリットが無いのだから。
彼女の気持を利用することになるかもしれないけれど、それはそれで仕方ない。そう思うしかない。正体が暴露されれば、一体どうなるか分かったもんじゃない。
軍隊の、しかも提督になりすましているなんて、こちらに何の非が無かったとしても、無事に済ませてくれるとなんて思えないよな。
理性的に考えても、感情的に考えても、答えはすでに出ている……。感情的にはもうね。
しかし―――。
「ごめん、扶桑。……俺にはできないよ」
俺は世界レベルで馬鹿だった。
「え? 何故ですか。……私のことがキライ? なのですか」
ショックを受けたような顔でこちらを見る。
彼女なりにかなり無理をして告白をしたように思える。それに応えないなんて彼女に恥をかかせているようなもんだよなあ。
「ちがうちがう、そうじゃない。……君は凄く可愛いし綺麗だし魅力的だしセクシーだと思うよ、本気で。でも、でもでもでも。いや……だからこそ、俺にはできない」
できるわけないじゃないか!
「何を、ですか?」
「俺は!」
いかん。それを言ったら、もう後戻りできない。口に出そうとする言葉を必死に飲み込もうとした。
喋ったら駄目だ、必死に誰かが否定しようとする。
だけど、だけど止められないよな。
俺は立ち上がると、そのまま三歩ほど後ずさりした。
ズボンの裾を少し持ち上げるとそのまま床に跪き、震えながら手を床に付けた。
そして、大きく息を吐くと一気に頭を下げた。床に頭をぶつけるくらいに。
それは渾身の土下座だ。
「扶桑、許してくれ!! 俺は、嘘をついていました。……俺は、俺はこれ以上君を騙す事ができない」
「は? え、……一体どうされたのです、提督。それは、どういうことですか? 」
いきなり上司である提督に土下座され、少し慌てた口調で扶桑が問いただす。
「俺は……」
ああ、俺的人生の終了か……。なんか感慨深いな。
そんな思いに囚われながらも、
「俺は、君が知っている冷泉朝陽という男じゃないんだ」
と顔を伏せたまま叫んだ。
あちゃー。
あーあ、マジで言ってしまったよ。
まだまだ続きますよ。よろしくです。