まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第133話 改二

冷泉は、考える。

 

どうやら、扶桑を第二段階へと改造するために、改装設計図が必要であることは知られていないないようだ。

戦艦扶桑の改二といえば、戦艦から航空戦艦へと改造するかなり大がかりな改装となる。そのことさえも実は知られていないのかもしれない。

 

扶桑型戦艦は、設計も装備も旧式であり、能力的には戦艦というには弱々しかった。ゲームの中でもあまり使い勝手が良くなかった。性能的なものは別として、その史実から不幸姉妹などと言われて、ネタ艦としての扱いが多かった。そんな彼女達であったけれど、ゲーム内で改二が実装されてからは、強力な火力と対潜能力等からイベントなどにも投入できるようになった。冷泉も改装を行って使用していたが、確かに強力な艦であったし、ルート固定に必要な時もあったから、使用頻度は高かった。

 

一方、こちらの世界での扶桑という艦娘は、不幸艦といったネガティブな雰囲気はほとんど出す事が無かった。しっかり者のお姉さんといった感じで、鎮守府の艦娘達の取りまとめ役を常にしてくれている。癖の強い舞鶴鎮守府の艦娘達がとりあえずはまとまっていたのは、彼女の力が大きいと冷泉は評価していた。みんなが彼女を頼りにしているのはよく分かっていたし、彼女は彼女で艦娘達の状況を常に把握していて、冷泉にもいろいろと助言してくれていた。とにかく、何かあれば彼女に聞けばだいたい分かる……。そんなところがあった。つまりは、有能な部下という印象の方が強かったわけだ。

また、冷泉の個人的な嗜好からも、扶桑は色白で黒髪ストレートのロング、おまけに巨乳だ。性格だって、いつもみんなに優しいし、わりとおっとりした性格は、冷泉の好みのタイプであり、正直、どストライクだった。常に側に置いておきたいタイプの女の子だと思っていた。

 

しかし、残念だ。前任の緒沢提督の事への想いを忘れられずにいることがなければ……完璧だったんだけど。

 

艦娘としてはほぼ完璧に冷泉の好みの扶桑ではあるものの、軍艦として見ると、やはり、少々能力的に劣る部分があるとは感じていたし、運用上でも、実際、問題だった。当然のことだ。彼女は「改」すら名前についていない、どノーマル艦だったのだから。艦娘達は改装を行って、強くなることができるのだ。そして、改装を行わなければ厳しい戦場も実際問題として、多いのだ。これまでの戦いでも、彼女の運用については、苦労させられた。低速艦であることや、設計段階からいろいろな不具合を抱えたままであることや、更に装備が旧式であること……。それだけじゃない。カタログ数値には表れない、、謎の被弾率の高さなどなど……。かといって数少ない戦艦であることから、艦隊編成から外すことも難しい。いろいろと悩ましいし、手の掛かる艦娘だったのは間違いない。

 

艦娘たちへの改装の未実施の件、それは、舞鶴鎮守府全体への問題として波及する。

 

多くの艦娘が改装に必要な規定レベルに達しているというのに、どうして改装を行っていないのか! と何度も前任の提督の無策と怠慢を罵ったことがある。扶桑の件もあったから、尚更、腹が立った。まあ、怒ったとは言っても、もちろん、誰もいないところでなんだけれど。

 

実際のところ、コツコツと艦娘たちの改装を行っていれば良かったのだ。確かに、資材が不足していている現状は、前も変わらなかっただろう。しかし、それでもなんとかやりくりをすれば、一人ずつ改装することはできたはずなのだ。なのに、なんら対策も取らないまま、無改造のままの艦娘達を放置したうえに、艦の補充も行わなかった。そんな状況では、舞鶴鎮守府の戦力は弱体化するしかない。戦力が無いから満足いく戦果を上げることができない。戦果がないから、報酬を得られず、更には被弾した艦娘の修理に化ねと資材を使わざるを得ない。それで、資金も資材も不足する。不足するから現在の戦力を維持するだけで精一杯で、改装はおろか新たな艦娘も迎えることができない……。また戦力が不足する。完全なマイナスの連鎖に陥っていたのだ。

ここまで来ると、わざとやっていたんじゃないかって疑いたくなる。

 

冷泉が着任し、寝る間も惜しんで……本当に睡眠時間は少ない。宿舎に帰ることもなく執務室で寝泊まりして(宿舎があることを知らなかったというのは別の話だ)、必死で無い頭を使っていろいろと手を打って、なんとか持ち直してきているのだ。それでも既存の艦娘達を一気に改装するような財力も資財も無い状況なのである。

 

文句を言っても何も始まらない。結局のところ、優先順位を立てながらやりくりするしかないんだよなあ……。

諦めにも似た感情に支配されても仕方ないだろう。

結局、前へと進むしかないのだから。

立ち止まっているような余裕はないし、そのままでは何も始まらない。

 

再び、思考に戻る。

 

みんなが知らないってことは、もしかして、改装設計図は不要なのでは? なんてことを期待してみる。

……無理だな。すぐにそんな甘い考えを否定する。

 

それが必要であることは、冷泉にだけは分かるのだから……。

しかし、加賀達の話からすると、必要となる改装設計図を手に入れるのはそう簡単ではなさそうだ。勲章4個で一個交換できたんだっけな。ゲームの中では、エクストラオペレーションマップをクリアしたり、期間限定イベントをクリアしないと貰えなかったもんな。現実世界も同じだったらどうしよう。現有戦力より遙かに強力な布陣だったゲーム世界でもわりと苦戦した記憶あるし。

 

ああ! だめだ。どうやったらいいのか分からん!

思わず叫びそうになるが、ふと視線を感じて冷静になる。

 

そちらを見ると、加賀が心配そうにこちらを見ていた。しかし、目が合うと慌てて目を逸らして、頭を左右に振りながらわざとらしく大きなため息をついている。

 

心配なら心配だと言ってくれたらいいのに……。できれば抱きしめて「大丈夫よ、提督。あなたは天才なんだから。あなたは最強の司令官だわ。ちょっと本気を出せば、何だってできる人です。あなたは常に無敵なんですもの。だから、何も心配しないで、あなたの思うままにやれば、大丈夫よ」って背中をトントンして、甘やかしてほしい。そして、彼女の胸に顔を埋めてすやすやと眠りたい。そうできるのなら嬉しいのだけれど。

 

……無理だな。

思い悩んだりしていると、秘書艦たちを心配させるだけだな。そう思い、すぐに切りかえを行う冷泉。

 

こちらに来てから、一つだけ進歩したと思えることがある。

それは、元の世界にいた頃と違い、気持ちの切りかえが凄く上手にできるようになったのだ。これについては、自分自身でも驚いている。本来の冷泉は、何か一つでも気になる事があると、それがずっと心のどこかに引っかかったままで、他の事に集中できず、結局、能率が落ちていた。それが、鎮守府に来てからは、上手いことやりくりできるようになっている自分がいて、驚いた事がある。まあ、常に追い詰められた状況なので、小さな事を気にしていては、やっていられないからなのかもしれない。なにぶん、自分一人だけの事を考えていれば良かった前の世界とは異なり、護るべき者が大幅に増えてしまったことが要因の一つかもしれない。

よく言えば、自身が成長したといえるのかもしれないけれど、実際には優秀な秘書艦や部下が常にいるから、彼女達に任せられるだけなのかもしれない。

 

というわけで、いろいろ考えても仕方がない。扶桑については、まずは第一段階の改装を行う方向で話を進め、状況によっては改二へと一気に改装することを決定する。

冷泉は、再度、加賀を見つめて頷いた。

 

「はあ? 何を納得したように頷いているのかしら? 」

悩んでいたと思えば急に復活して頷いている司令官を不審に思ったのか、困惑したような表情を浮かべる秘書艦。

 

「いや、とりあえずは三人の艦娘の改装、そして、神通の改二への改装を実行する。扶桑の改二については、必要素材の再確認を行って、最優先でそれを実行することにするよ」

 

「ほほう。扶桑の戦力を底上げするわけだな。金剛、榛名に改装を完了した扶桑が加わるのか。まさに大艦巨砲主義ここにありだな。うむ、すばらしいぞ! ロマンがある」

何故かよく分からないが、嬉しそうに長門が答える。

「特に金剛では無く、扶桑を先行して改装するところは、流石だと言わざるを得ない。切れ者だという評判は本当だったのだな。さすがは我が主だ……」

冷泉は彼女に頷く。

長門も改装の順番の正しさを認識してくれているのだ。伊達に最強の鎮守府で旗艦を勤めていたことはある。変態的な挙動が目立つようになっているものの、根っこの部分は、まだまだまともだ。うむ。

 

金剛と扶桑のどちらを改装するか? それについては、十分な検討が必要であると思っていた。しかし、金剛が改二レベルに達していないこともあり、冷泉はさして悩む事なく決断することができたのだ。

ちなみに、榛名は金剛の妹なんだけれど、既に改二になっている。呉鎮守府が対潜水艦戦闘メインになっていなければ、ずっと旗艦でいられたはずであり、舞鶴なんかに来ることなんてありえない、すごい優秀な子なんだよな。そもそも、鎮守府の旗艦だったんだから、みんなからとても大事にされていたはずなんだ。改二にするくらいなんだから、至極当然なんだけど……。

それでいうと、なんで扶桑が改二どころか改にさえなってないんだよ! と思う。責任者出てこいよ、ってレベルなんだよ。緒沢という前任の提督の思考がまるで理解できない。扶桑の態度からすると、だいぶ彼には大切にされていたはずなのに、どういうことなのか……。本当に謎だ。

 

「とにかく、改装のための準備を事務方と連携して進めてくれ。資金や資材については、神通達のがんばりもあって、少し余力が出てきているから、問題な良いと思う。もし何か不足するようなことがあれば、俺も直接出向くから」

 

「了解しました。戦力アップになる事でしたら、私が意見するような事ではありませんし」

加賀は答えるが、何故だか不満そうな顔をしている。

 

「どうかしたのか? 何か言いたいことがあるんだったら、言ってくれよ」」

「えっと。いえ、その、私だって熟練度は十分に上がっている……はずです。改二に改装する事だって、できるのに……」

とモジモジと消え入りそうな声で答える加賀。

「改二になれば、もっともっと、提督の……、いえ、鎮守府の為に役立つ事ができるはずです」

 

「加賀、もっとはっきり言ったらどうだ? まったく、こんな大事な時に限って、妙に気が弱くなるのがお前の駄目なところなんだよな。うむ、……しかし、そこが可愛いところでもあるのだが」

横から長門が茶々を入れてくる。

 

「う、五月蠅いわね。私は、客観的に言っているだけ。領域内での戦闘の主力は、航空戦力になっていくの。それは、昔と変わらないわ。私が改二になれば、もっともっと戦局を舞鶴に有利に持って行けるのじゃないかって、ただ提案しているだけだわ。別に、特に意味なんて無いんだから。長門が思っているような事なんて、何も無いわよ! 」

 

「ぶっぶぶー! わはははは! 大好きな提督の役に立ちたいって、はっきり言わないと、冷泉提督は分かってくれないぞ。まったく、いつも言ってるじゃないか。提督のバカバカ。なんで、気づいてくれないの、この鈍感って。……お前の気持ち、きっちり伝えておかないと、他の艦娘に取られてしまうぞ、……ふがふがが」

 

「う、五月蠅い!! 」

顔を真っ赤にして加賀が長門の口を塞ぎに襲いかかる。

 

「うひゃああ」

態とらしく悲鳴を上げ、逃げる長門を追う加賀。

うむうむ、なんだか仲のいい二人だなあ。なんだか羨ましくさえ思ってしまう、冷泉だった。

 

「おいおい、お前達。ふざけあうのもいいけど、きちんと手配を忘れないでくれよ」

と、呆れたように言うしか無い冷泉だった。

相変わらず長門と加賀は楽しそうにじゃれ合っていて、まともに話を聞いていないようだ。

 

「痛い痛い、加賀、ちょっとマジで首の骨が折れるぞ」

 

「折れたらいいのよ。二、三本折れたって、長門なら頑丈だから、たいしたことないでしょう。平気平気、むしろ、調子が良くなるくらいでしょ」

長門にヘッドロックを決めた加賀が冷たく言い放つ。

 

「そ、そんなあ……」

 

ふう、困ったもんだ。

 

しかし、そんなおふざけは、ドアをノックする音で中断されることとなる。

 


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