まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第130話 【日常】朝のひととき。そして、決意

「いや……しかしだな、もごもご」

口に食べ物を含んだまま、思わず冷泉は口にしてしまう

 

「提督、どうかされたのですか? 」

そう言うと、神通は不思議そうな顔で冷泉を見つめる。

「まだまだ料理はありますよ。これもとてもおいしそうですね。はい、【あーん】してください」

満面の笑みで料理を差し出してくる。

 

「お、おう。……あーん」

冷泉は口を大きく開ける。

 

今は、―――朝。

 

場所は、鎮守府にある幹部職員用の食堂……否、レストランである。

もちろん、特定の時間だけ幹部職員用となっているものの、それ以外の時間は一般職員に開放されている。値段は少し張るが、味はそれ以上に納得のものだと鎮守府でも有名だ。テーブルもゆったりと配置されているため、多人数は入ることができないから、競争は激しい。

朝はビュッフェ形式となっていて、冷泉が座る前のテーブルには和洋中とバラエティに富んだ料理が並べられている。もちろん、デザートやフルーツも充実している。

 

領域により世界から取り残された日本とはいえ、そうなってからだいぶ時間も経過している。最初は日本で採れる食材は一気に減少し、悲惨なものだったと聞いているが、様々な研究の成果や艦娘側の強力もあった。そのため、食材の確保方法も確立され、よほどの物でなければ手に入るようになっているのだった。もちろん、末端の人間にまで行き渡るほどの量は無いのだけれど……。

 

余談は、置いておいて―――。

 

朝御飯は、昔からできるだけ多く取るようにしている冷泉ではあるものの、そこに並べられた量は一人分としてはあまりに多く、食べきる自信が無い。だったら、そんな量を取ってくるなよと言われるかもしれないが、……冷泉が運んできたわけでは無いのである。

 

「失礼ですけど……提督。さすがに朝からリスみたいに頬を膨らませて食事するなんて、お行儀が悪いです」

冷泉を挟んで隣には、加賀が少し不機嫌そうに腰掛けている。

「はあ……。リスほど可愛ければいいのだけれど。ふ……こんなに大きいと、流石に不気味ですね。鼻の下を伸ばしたエロ親父みたいな間抜け面は、朝から気持ち悪いです」

 

「そんなことありません。提督は、普段からすごく素敵なんですけど、ご飯をいっぱい頬張っている姿は、いつもの凛々しい提督とは違って……とっても、可愛いって思います。なんか、私、見てるだけでほんわかしちゃいます」

嬉しそうに神通が笑う。

冷泉の日常の世話係を任命された神通と、秘書艦の加賀が一緒にいるわけで、二人揃って料理を……どういうわけか競い合うように運んできたので、料理の量が半端で無くなっているわけなのだ。

まあ、それは仕方ない……か。

それぞれが、冷泉が食べる分ということで一人分の料理を持ってきてくれたんだからな。単純に足し算したら二人前になるわけで。

ボリュウム的には五人前くらいありそうだけれど。

 

「そーかあ? 俺って可愛かったりするのかな? ……ってか、神通、今なんて言ったのかな? もう一回言ってくれないか? よく聞こえなかったんだ。……『普段から云々……』のところが」

 

「はい。提督は、すごく、……素敵だって言ったんです」

少し、はにかみながら答える彼女の姿は、とても初々しくて可愛い。

 

「え、本当にか? そ、そんなに俺にお世辞なんて言っても、むふん、何も出ないよ。まあ、褒められると嬉しいんだけどねえ」

ニヤニヤしながら冷泉が答える。

 

「え? 私は、本当の事を言っているだけです。本当の事を言うことが、お世辞になってしまうんでしょうか? 人間って複雑で不思議なんですね」

小首をかしげ、本気で不思議そうに答える。困惑する小動物みたいな瞳でこちらを見つめるその姿は、元気だったら理性を吹っ飛ばしかねない破壊力だ。

 

「ちっ……」

背後から舌打ちが聞こえ、足元から振動を伴った変な音がする。首より下の感覚は無くなっているけれども、振動は首より上で感じ取れる。

 

どんどんどん。

 

何度も何かを踏みつけるような振動と音だ。地震かと思うほど、冷泉の体が揺すぶられているのが感知できる。

 

何事か……気になって足元を見ると、加賀が冷泉の足を踏みつけていた。

 

あらゆる感覚を失っているから分からないけど、加賀の履物はかなり高さのあるぽっくり下駄みたいなやつで、結構重さもありそうだ。そんな履物の、しかも踵部分で、がしがしと結構強めに踏んでいるぞ。普通の奴だったら、悲鳴を上げて飛び回ってるくらいの攻撃と推測する。もしかしたら、足の骨折れてるかもしれない。あとで病院行かないと。

思わず加賀を見てしまう。

 

「何かありましたか? 提督」

何事も無かったように、不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。その表情は、まさにクールだ。感情を表に出さずターゲットを仕留める。まさに、殺し屋のそれだ。

 

しかし、それはともかく、……澄ました顔も綺麗なんだよなあ、加賀は。

「提督、どうしたのですか? 私の顔に、何か付いていますか」

 

「いやあ、加賀、お前……ホントに、凄い綺麗な顔してるよな。ホントにびっくりするよ」

何故だか、そんな感想を口にしてしまう。言いながら、まじまじと彼女の顔を見てしまう。

 

「な! 」

その瞬間、言葉を失った加賀は、何かに動揺したように両手をバタバタしている。耳まで真っ赤になって、どうしたんだろう。

「な、ななんななななんな」

と、意味不明な事を言っているし。

 

「あの、提督。あまり時間はありませんよ。加賀さんといちゃつくのもいいですけれど、きちんと朝食をお取りください」

強引に車椅子の向きをグルン変えられ、再び冷泉は神通の方を向かされる。

「どーぞ」

次々と料理が口の中に押し込まれる。個々の料理は確かに旨い。旨いんだが、食べるペースが神通の給仕に追いつかない。神通の分を食べている先から加賀が料理を運んで来て、無理矢理それが押し込まれ、また口をリスみたいに膨らまさざるをえない。そこにさらに神通が料理を差し出す。

 

「て、提督。こちらも食べてください。このプレーンオムレツ、おいしいですよ」

更に横から違う料理が出てくる。動揺から立ち直ったのか、加賀が冷泉に食べさせようとしているらしい。よく分からないが、神通に対抗意識を燃やしているようだ。

 

「加賀さん、提督の身の回りのお世話は、私が仰せつかっています。秘書艦の加賀さんがそこまでしなくても大丈夫ですから」

やんわりとした口調で神通が窘める。

 

「いいえ、我が儘な提督のお世話が大変なのは、私もよく知っています。二人でさっさと片付けたほうがいいのです。でないと、チンタラチンタラ食べるし、無駄話はあちこち飛び回るわで、いつまでたっても終わりません。それに、神通。あなたは遠征続きで疲れているのですから、あなたこそ、あまり無理をしないほうが良いではないですか」

あまり起伏の無い喋り方をしてはいるけれど、なんだか結構、苛ついているように見える。

 

「私は、こうやって提督のお世話ができるだけで幸せなんです。ちっとも疲れないですし、逆にお世話できることが嬉しくて嬉しくて。私、朝が待ちどおしいんです。ですから、お気遣いは無用です。ですから、すべて私におまかせください」

そう言うと、冷泉の車椅子を自分の方へと引き寄せると、神通は微笑んだ。

「ね、提督。何もかも私におまかせくださいね」

 

「お、おう」

と、反射的に答えてしまう冷泉。

 

「いいえ、駄目です。この人はちょっと甘い顔をすると、すぐエッチな行動に出るんですよ。女の子の敵です。神通、油断したら駄目よ。本当に変態なんですよ、パワハラセクハラ帝王なんですから。見かけは偉い提督のくせに……」

本気か嘘か分からないけれど、割とむちゃくちゃな事を言うなよ。そう思い、呆れながら冷泉は加賀を見る。

「神通みたいな子が提督と二人っきりになったら、大変です。間違いがあったら大変じゃない。秘書艦として、鎮守府の風紀は守らないと」

 

「あの……わ、私……提督にだったら、そんな事をされても平気です、よ」

恥ずかしそうに告白する神通。

冷泉は、料理を飲み込むために口に含んだアイスティーを吹き出しそうになった。

加賀も呆然とした顔で彼女を見つめてしまう。

そして、

「そ、そんなの、駄目です! 駄目駄目ぇー。私は認めませんからね、許しません」

何故か意味不明な言葉を口にしたと思うと、そんな言葉を口にした自分に気づき、またまた顔を赤くして黙り込んでしまう。

 

やれやれ。

情緒不安定な部下を持つと、わりと大変だな。

率直な感想だった。

 

 

そして―――。

そんなこんなで朝食を終えた冷泉は、執務室に戻って来ていた。

 

執務中については、秘書艦が対応するという取り決めになっているので、神通は宿舎に戻っている……はず。

おそらく、たぶん。

もしかすると、定時になるまでどこかの部屋で待機しているのかもしれないが、そこまでは詮索しない事としている。今は彼女にとっては勤務時間外となっているのだから、どこでどう過ごそうと文句は言えない。業務でもないのに庁舎に留まるのは云々という話もあるかもしれないが、艦娘にとっては個と公の区別がほとんど無いから一般の職員と同じ扱いはできない。よって、鎮守府内でどこにいようと、文句は言えないのだった。

 

「加賀……」

 

「何でしょうか? 」

 

「すまないけど、胃薬と水を貰えないか? 」

朝から食べ過ぎたせいで胃がもたれてる。結局、二人が持ってきた料理を全部食べきってしまった。食べ放題で残すのは御法度である。世界にはその日の食べ物にさえ困窮する人がいるのだ。たとえ、鎮守府司令官の地位にある冷泉であっても許される行為ではない。ということで、ひとかけらも残さず食べたわけで。その結果、おなかが破裂しそうだったのだ。このままじゃ仕事ができないわけで。

 

すぐに、彼女は胃薬とコップを持ってきてくれる。まるで、あらかじめ準備していたじゃないかと思うほどの段取りのよさだ。

冷泉は礼を言うと、すぐに薬を嚥下する。少しすれば気分が優れるようになるだろう。

 

さて、仕事だ仕事。気分を入れ替え、机の上に積み上げられた決裁書類に向かおうとする。

しかし、気配を感じてそちらを見ると、加賀た立ったままだった。いつもなら、すぐに自分の席に戻って、業務に集中するのに。

 

「どうかしたのか? 」

 

「……あの、提督」

もじもじと、何かを言うべきか言わざるべきか悩んでいるような素振りを見せている。

 

鎮守府に来た頃は、ツンとしていて余所余所しい雰囲気をさせ、あまり感情を表すことも無かったんだけどな。ふと思い出してしまう。クールで他人を絶対に寄せ付けないオーラのような物を纏った、とても気むずかしく扱いにくい上に気の強い艦娘……話しにくい子だと思っていた。

もっとも、見た目といいスタイルといい、冷泉にとってはドストライクの女の子だったわけだけれども。

けれど、言葉を交わす内、死線を共に越える内に、だんだんと打ち解けて来たのかもしれない。まだまだ心を開いてくれているわけじゃないんだろうけど、心の内を、彼女が背負った悲しみや苦しみを時々だけれど打ち明けてくれるようになった。考えている事を冷泉には、本音で語ってくれるようになってきている……と思えるようになった。それだけでも彼女から上司として認められたような気がして、結構嬉しく思っていたのだ。

 

彼女が変わったのか、冷泉が変わったのか。それとも二人とも変わったのか。ううん……よくわからないけれど、こんな感じで話し合える関係をずっと続けられればな……なんて思っている。

そういや、加賀が来た頃は、何か頼めるような雰囲気じゃなかったよな。そんなこと言ったら、絶対、睨まれただけで無視されただろう。当時からは想像もできないような事だ。

頼まなくたって冷泉が欲しいと思う時に、さっとお茶やコーヒーを冷泉の好みの味で出してくれるようになってるのだから。……いやあ、変われば変わるもんだよなあ。と、感心してしまう。

 

そんな冷泉の心の動きに気づかない加賀は、戸惑うように視線が泳いでいる。

「さっきは、……さっきは済みませんでした」

早口で言うと、深々と頭を下げる。

 

「何がどうしたんだ? お前が謝るような事を何かしたっけ」

聞いた冷泉のほうが困惑してしまう。

 

「朝食の時に、神通と張り合うような真似をして、提督にご迷惑をおかけしてしまいました。おまけに勝手に怒って、提督の足を思い切り踏んづけたりして……。何であんな事をしてしまったのか。すみません、本当にすみません」

 

「えっと、原因が何だったか分からないからあれだけどさ……加賀がプリプリ怒るところなんて滅多に見られないから、いい物見せて貰ったってこっちが感謝したいところだよ。全然、謝る必要なんてないよ。それにだけど、なんかさ……可愛かったし」

茶化すように言うと、加賀は、ぷくっと頬を膨らませる。

あー、また怒らせたかな。

 

「もういいです。……知らない」

と、拗ねたように言うと、背を向けて黙り込んでしまった。

ああ、たまらん。

もし自分が元気だったなら、加賀を後ろから抱きしめて、何か格好良い台詞を吐くところなんだろうなあ……と思う。全然似合わないんだろうけど。それでも、こんな可愛い子が自分の彼女だったら、本当に素敵な人生なんだろうと憧れてしまう。叶わない夢ではあるものの、憧れるくらいは構わないだろうな……と思ってしまう。

 

しかし……加賀みたいな子が、誰かを好きになることなんてあるんだろうかな? ふと想像してしまう。艦娘だから、恋愛なんてことはしないのかもしれないけれど、彼女の横に並ぶとなると、相当なバックグラウンドを持つ上に。、自惚れと思える程自分に自信が無いと無理だろうな。さらに、彼女に好かれないといけないんだから、その難度は半端無いな。

自分は、無理だな。あっさりと結論される。

 

冷泉は、とにかく彼女達の指揮官として彼女達を護る。それが一番の任務だ。それに全力を注ぐことで、彼女達も冷泉を信頼してくれる。今もまあまあ信頼して貰えているみたいだし、もっともっと精進しないといけないということだ。

 

そして、この体を治すことも重要だ。

 

……麻痺状態になってから、だいぶ時間が経つことから、恐らく……それは叶わぬ夢なんだろう。それが現実だって認識している。けれど、諦める訳にはいかない。できる限りリハビリに励み、ほんの少しでも迷惑をかけないようにがんばらないといけないのだ。少しでも体が動くようになれば、加賀の心の負担も減るだろうし。とにかく……冷泉の体のことが、加賀にとっての彼に対する負い目とさせては絶対にいけないのだから……。

 

決意だけは一人前の冷泉だった。

 

 

 


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