まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第129話  為すべき事はすでに決まっているわけで

しばらくの間、彼女は黙り込んでしまった。

何かを言おうとし、そして躊躇する。そして、再び覚悟を決めたような表情になり、しかし、口ごもってしまう。

 

「乾崎少尉……気を遣わなくて構わない。ありのままを伝えてくれればいい」

長門は困ったような表情をしたままの医師を見つめる。

「覚悟はできているよ」

そして、優しく微笑んでみせる。

 

少尉は涙を拭うような仕草を見せると、大きく深呼吸をする。

「長門さん、艦からのエネルギー供給を受けられないということは、更に深刻な影響を及ぼすと考えられます。エネルギー供給が得られないとしても、食事を取ることにより代替することはできるようです。しかし、あなたは艦娘。人間の姿をしていても人間の体と同一ではありません。免疫機構そのものが人間と異なるのか、それともそもそも全く別物なのか我々には把握できていません。けれど言えることがあります。長門さんの体調の異変がその象徴的なものといえます。艦と艦娘。見えないバイパスによって繋がったあなたは、艦よりエネルギーだけでなく、免疫機能の制御をされていたのではないかと想像されます」

 

「つまり、それはどういうことなのかな? 」

 

「免疫と言ったのはあくまで想像でしかないからです。仮定の話でしかありません。艦娘であるあなたの体は、艦からエネルギー供給を得ているだけでなく、艦娘の体を維持するための何らかの物質を供給されていたと考えられます。そして、艦が沈んだことによりそれらの供給は途絶えた。……動くためのエネルギーは人間と同じ食事によって代替することはできるようです。しかし、体そのものを維持する物質を代替するものは無い。その影響が、長門さんの体にも出てきているということなのです。残念ながら、艦娘の体を維持するものが何なのか、私達人類は知らされていませんし、推測もできていない状態なのです」

辛そうな表情で答える乾崎。

 

「少尉、今、私の体【にも】出てきている……と言ったな」

 

「は、はい。言いました」

語った本質以外の事を指摘され、一瞬ではあるが戸惑うような表情を見せる乾崎。

 

「つまり、私のような体調異常を示した艦娘の事を少尉は知っているということでいいんだろうか? その事を教えてもらえないか」

言葉は穏やかだが、有無を言わせない雰囲気だった。

 

「戦闘において、艦が沈んだものの艦娘が生還する事例はいくつもあります。戦艦や空母が沈むような時は、艦隊そのものが全滅の危機になっていますから、生還するのはほとんどが駆逐艦で、まれに軽巡洋艦になります。彼女たちは鎮守府に戻った後、すぐに研究所に移送されているようです。艦がなければ、戦闘に参加することが不可能ですからね。そこで様々な調査が行われた後、あなたたちの側へと返されると聞いています。鎮守府より移送された後の事は、私レベルの人間では知りうる話では無いので想像でしかありませんが。その研究データのみ、一部閲覧できることができますので、お応えできるのはその程度でしかありませんが」

 

「それでも構わない、教えてくれ。……単刀直入に聞く。私は、いつまで生きていられるのだろうか? ……否、いつまで提督のお側にいることができるのだろうか? 」

 

「……戦艦である長門さんに駆逐艦娘の例をあてはめられるかはわかりませんが、駆逐艦だとだいたい1年でテロメアが尽きるそうです」

少尉の言葉を聞き、一瞬だけ瞳を見開いた長門は、ふっと小さく息を吐いたと思うと瞳を閉じた。そして、少し俯くとしばらくの間、黙り込む。

 

どれほどの時間が流れたのだろうか?

乾崎は長門が口を開くまでじっと待っていた。

 

「そうか……」

唐突に長門が言葉を発する。

「いちねん……か」

その言葉には諦めにも似た、しかし、覚悟を決めたような想いが伝わるような口調だった。

 

「あの、なんと言って良いか……。け、けど、あくまで駆逐艦の場合であって、戦艦である長門さんの場合はどうなるか分かるわけでないわけで、そ、それから、駆逐艦の子達だって鎮守府を出て行ってから先の事は、あくまで伝え聞いた事でしかないわけで……一年かどうかだって、確認したわけでもなくてですね」

何とか長門を励まそうとするが、乾崎の口から出る言葉は支離滅裂でしかなかった。

 

「大丈夫だよ、少尉。そんなに気にしなくていい。私とて、かつては鎮守府旗艦の重責を務めた艦娘だ。そして、軍艦だ。死を恐れるような事は無い。これが運命であるのなら、受け入れよう。私の時間が残り少ないということが分かっただけでも僥倖だ。むしろ感謝する。ありがとう」

そう言うと、長門は少尉の手を握り頭を下げる。

 

「けれど、長門さん。あなたは冷泉提督の事を……。そのためにこの鎮守府にやってきたのに、それなのに」

どういうわけか少尉の頬から涙がこぼれ落ちる。

 

「これも運命なのだ。それに、こうなる事は何となく予想できていたんだ。それを再確認しただけなのだから、少尉が気に病むことではない。私は、残された時間をいかに有意義に使うか。それだけに集中するだけだよ」

長門の口から出た言葉は、偽らざる本音だった。もともと軍艦である長門にとって、死は恐れるものではないからだ。そして、長くは生きられないだろうということも、ある程度予想できていた。そして、それがほぼ間違いないことも分かった。ならば、あとは何を為すべきかを決めるだけだ。そして、それはすでに決まっている。ならば、何も迷うことはない。

「短い、な。もう少し時間が欲しい……」

その言葉はあまりに小さく、少尉に聞かれる事はなかったようだが。

「そうだ、少尉」

滅入りそうになる心を奮い立たせ、極力明るい声で話しかける。

 

「はい、……なんでしょうか」

泣き腫らした目でこちらを見つめる乾崎。何事かといった表情だ。

 

「一つだけお願いがある。聞いてくれるだろうか? 」

 

「わ、私にできることであれば、何でも」

何を言われるか少し怯えたような表情を見せている。それでも自分のできることであるのならば、なんとかしようという意志が感じられる。……真面目な子だな。

 

「そうか。……では、お願いするよ。このことは提督には絶対に言わないでくれ。もちろん、他の艦娘にもだ。約束してくれるな? 」

 

「え? どうしてですか? 提督にはお知らせしておく必要があるんじゃないですか? いえ、上司である提督は知っておくべきです」

 

「それは駄目だ。私の体の事を知ってしまったら、きっと、私の為に極力時間を割くようになるだろう。それだけじゃない。私に優しくしてくれるだろう」

 

「それでいいじゃないですか。その、……長門さんは提督のことを」

言いかけて、言葉を濁す。

 

「それでは駄目なんだよ。私は提督の同情が欲しいんじゃないのだから。愛する殿方に哀れまれるなんて、辛すぎる。私にそんな辛い想いをさせたいのか、少尉は? 」

 

「い、いえ。とんでもないです。そんなこと考えてもないです」

慌てて否定する少尉。

 

「では、決まりだ。このことはずっと秘密にしておいてくれ。提督に聞かれても適当に誤魔化してもらいたい。いいかな? 」

そう言って彼女を見つめる。

少し不満がありそうな表情をしていたが、黙って睨むように見つめていたせいか、

「仕方ありません。長門さんの言うとおりにします。……でも、形はどうあれ、話したほうが提督が長門さんのことを注目してくれるのに……」

不平を言いながらも承諾してくれた。

 

「では、頼むよ。約束だ」

そういって、念押しをする長門。

 

自分に残された時間は、少ない。けれど時間なんて問題じゃない。いかに充実した時間を過ごすことができるかが肝要なのだから。

提督に愛されるかどうかは問題ではない。いかに、自分が提督を愛せるか。この人だと思う人に出会えた事を喜べるか。それだけなのだから。

その先にある、辛い現実は、あえて見ないようにする。

 

しかし―――。

 

ふと疑問が過ぎる。

 

乾崎少尉が話の中で言っていた事。艦を失った艦娘は鎮守府から研究所へ移送され……というところだ。確かに、横須賀にいた時も何度かそんな事があった。あの時、提督がなんとなく苛立っていたような記憶があるが、あれは何故だったのだろうか? 少し疑問を感じて、彼に聞こうと思いながら、多忙な任務に追われて聞きそびれてしまっていたことを思いだした。

 

艦を失った艦娘は、我々の日本国における本拠といえる第二帝都東京へと送られ、再生されると聞いたことがある。その前に人類の研究施設に送られるという事務手続きでもあるのだろうか。たぶん、そうなのだろう。どちらにしても、事実かどうかは確かめようの無いことなのであるのだから。

 

少尉に他言無用と念押ししたのは、提督と離れたくないのが一番の理由だったが、得体の知れない研究施設や第二帝都東京にも行きたくなかった。

 

死ぬなら戦場、もしくは提督の腕の中でと決めているのだから。

それだけは絶対に譲れないのだ。

 

自分に残された時間は、少ない。

悩んだりしている時間は無いのだから。


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