まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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【注意事項】

 今回の話は鬱展開となっており、読まれている方によっては不快感をもたれるかもしれません。ご注意下さい。


第124話 贖罪

「さあ、座って頂戴」

やって来た不知火に、扶桑は笑顔で椅子に座るよう促すが、どういう訳か入口でつっ立ったままで、中に入って来ようともしない。

こんな時間に呼び出されとことに警戒しているのでしょうか? 警戒を悟られないように装っているのだけれど、探るように部屋中を見回しているのがバレバレだ。確かに、呼び出した時間が不味いとは思っている。けれど、大井と村雨に説明する時間を考えたら、これくらい遅くなるのは仕方ないじゃないと言い訳じみた思考をしてしまう。まあ、それだけじゃない。今まで彼女を自艦に招いたことなんて無かったのに、呼び出したりしたのも原因かしら? けれど、まさか企みが悟られてしまったわけではないわよね。等々……いろいろ考えて見るけれど、当然だけど正解らしい事は思い浮かばない。

ちなみに、永末は今は席を外して貰っている。最初から彼がいると、艦娘の警戒心が一気に跳ね上がったからだ。彼が軍警に捕らえられ連行されている姿をみんなが見ていて、それを覚えているということだ。なのに、不思議。緒沢提督のことは綺麗に忘れてるのはどうしてなのだかしら? そんな疑問もあるけれど、今はそれを考える時ではないのでしょうね。

 

「不知火、あなた、どうかしたのかしら? 」

焦る気持ちを必死に抑えて、作り笑いを浮かべる。

もともと笑うことが苦手だから、無理をした引きつった笑いになっていないだろうかと心配になってしまう。けれど、そんなことを考えている場合じゃない。とにかく必死だ。

 

「いえ。……特にどうという訳ではありません。ですが、どうして遠征の時に、……しかもこんな時間に呼び出してまで話す必要があるんだろう? って思っただけです」

淡々と語っているけれど、明らかに警戒してるじゃないの……。

扶桑は心の中で舌打ちをしてしまう。同時に自分と不知火が鎮守府において、あまり接点が無かった事を思い出す。

 

もともと不知火は、自分から積極的に話しかけてくるようなタイプの子じゃない上に、話しかけにくい雰囲気を持っている子だった。扶桑は何度か話しかけたりもしたけれど、彼女と同様に扶桑も話が上手な方ではないから、結局、話題に乏しく会話が続かなく、お互いに黙り込んでしまい、気まずい時間ばかりが流れるだけだった。そんなこともあってか、どちらかといえば苦手なタイプの子という印象しかもっていなかった。それは、彼女も同様だったんだろうけれど。

 

「そうね、こんな時間に呼び出してごめんなさいね。けれど、こういう時じゃないと話せない事もあるのよ。だから、あなたを呼び出したのよ。少しだけ時間を頂戴、お願いだから。……そうそう、それから、実はそれだけじゃなくて、今日はあなたに会わせたい人がいるのよ。もうすぐ来てくださるから……まあ立ち話もなんだから、こちらに座って待って貰えるかしらね」

そうやって促して、やっと彼女は納得したのか部屋の中に入って来る。椅子に腰掛けると、それでもまだ怪訝そうな目で扶桑を見つめてくる。

本人にはそんなつもりが無いのは分かっているけれど、可愛い顔をしているのに目つきが少し悪いから睨んでいるように見えてしまうのだ。言葉使いだって割と丁寧なんだけれど、少し声が低めだし抑揚をあまりつけないから、ちょっと迫力が出てしまう。慣れたとはいっても、少し怖く感じてしまう。これはずいぶんと彼女にとっては損な事だと思う。……もっと声のトーンをあげて、笑顔を見せるようにしたらいいのに。私の事なんて放っておいてくださいってまた睨まれそうだ。

 

「まだこちらに来られるまで少し時間があるから、少し待ってて。あ……そうね、ごめんなさいね。私ったら、うっかりしていて……飲み物を出すのを忘れていたわね」

あえて気まずさに耐えきれないといった感じでそう言うと、そそくさと別室にあるキッチンへ移動する。違和感のない退出だっただろうかと今の行動をリプレイする。うん、大丈夫だ。

慣れた手つきで紅茶を入れる作業を開始。それほど興味は無かったのだけれど、たまにやって来る金剛がその度にこの葉っぱはデスネーとか色々と五月蠅く解説されたせいかもしれないけれど、知らぬ間に知識が付いていて、紅茶にはそれなりに拘りを持つようになってしまっていた。だから、今入れている葉っぱもかなり良い物を使っている。

 

そうそう、注ぐ前にカップに例のクスリを入れるのも忘れないようにして……と。

 

今日、永末さんが持って来てくれた方の効果が強い方のクスリを使用しよう。無味無臭だけれど、念のため紅茶の香りと味で悟られないようしておかないと。当然ながら自分の分も準備する。もちろん自分のカップには入れたりはしないけれど。

 

「どうぞ」

部屋に戻ると彼女に出す。

 

「ありがとうございます」

感謝の意を表するものの、手は付けようとない。

もしかして、まだ不審感を持っているのだろうか? ……いや、そんなはずはない。今までの行動で不審感を持たれるはずがない。ばれるはずはないのだから

何か彼女の緊張を和らげられるような事を言えればいいんだけれど、話すと何かボロが出てしまいそうでいろいろと言葉を探してしまい、そのせいで黙り込んでしまう。

 

しばしの沈黙。

 

「遅れて済みません」

まるで扶桑の鈍くささに業を煮やしたかのように、唐突に永末が現れる。

いきなりの登場にびくりと反応する不知火。そして、突然現れた男をしげしげと見つめ、やがて唐突に驚きの表情を浮かべると立ち上がった。

「永末少佐? ……な、何であなたが、犯罪者がこんな場所に現れるのですか! 扶桑さん、これはどういうことですか? 永末少佐、あなたは罪を犯して軍から放逐されたはずの人ではないですか。そんな人が、どうして国家の最高機密といえる艦の中に入って来られるのですか! 扶桑さん、教えてください。どういう理由でこんな男を艦に招くような愚かしい事態になっているのですか」

興奮気味に不知火が吠える。瞳には怒りにも似た感情が浮かんでいる。

会わせたいという人が軍を裏切った男だと知り、扶桑に騙されたと思っているのだろうか? 多分、そうなんだろう。彼女は、軍部の正式発表を疑うこと無く頭から信じ込んでいるようだ。扶桑と犯罪者と結びついていることに彼女の正義感が触発されたのか、怒りを隠そうともしない。普段より更にきつい視線を浴びせてくる。気圧されそうになるけれど、こんなところで負ける訳にはいかない。

 

「落ち着きなさい、不知火。貴方は間違った認識を持っているわ。いいえ、持たされている、植え付けられているのよ……。確かに、彼は軍警により逮捕されました。その事実だけは、間違いありません。けれど、その後どうなったかを知っているの? 彼はその後の捜査で無実が証明されて、解放されたのよ。そして、現在は、海軍の関連団体で働いているの。このことまでは私も知らなかったけれど、すべて事実よ。信用できないっていうのなら、軍のデータベースにアクセスしてみて。証明できるから」

そう言って、彼女を納得させるために必死に説明を行う。言葉は静かにごく当たり前の事実を語るよう冷静に。動揺を見せてはいけないと言い聞かせながら。

 

彼女は、黙り込んで動かなくなった。瞬きもせず、遠くを見るように視線が固定されている。恐らくはネットワークにアクセスしているのだろう。そして少し経って、彼女が警戒を解くのが分かった。とりあえずは納得できるデータを得たのだろう。

 

少しだけ安堵した扶桑は、言葉を続ける。

自分が永末と共に、闇に葬り去られた真実を究明すべく動いていること。

 

「たとえ、冤罪で捕らえられたとしても、結果は変わりません。少なくとも疑わしいと判断された人物なのですよ、扶桑さん。例え無実であったとしても、そんな逮捕された経歴を持つ人物を最高機密の艦に安易に招くなんてのありえない。百歩譲ってそれを考慮せずとも、彼は現在、民間人となっているのでしょう。ただの民間人を最高レベルの機密性が求められる艦に招くなんて、これが世間に知れたらどんな誤解を受けるを考えてみてください。あなたはとても危うい場所にいることを認識してください。二人とも、認識してください。いえ、しなさい。どうやって扶桑さんに取り入って来たかはしれないけれど、これは重大は違反行為です。看過できない事案です」

不知火は、事実を認識していても態度を改める気はないようだ。

 

「落ち着きなさい、不知火。あなたの言うことも分かるけれど、それは些末な事でしかないわ」

 

「はあ? 軍規を守る事のどこが些末なのですか。私達艦娘が自分勝手な行動をしたらどんな事になるか考えられないあなたではないでしょう? 私達は人間から誤解されやすい立場にあるのを忘れたのですか。彼らから見れば、私達はただの圧倒的な殲滅能力を持つ人型なのですよ。そんな私達が何の規範も無く自分勝手い行動していると思われたら、人と我々の信頼関係が根底から覆される。そんなことは絶対にしてはいけないし、疑われる行為さえしてはいけないのです」

頑ななまでに扶桑の言葉を受け入れようとしない不知火。

人類を殲滅しかねない力を持つ艦娘には、自我というものを極力抑えようという傾向がある。いや、持たされていると言うべきか。人間の命令に従わない事があるとすれば、人類は艦娘を恐れ、せっかく築いた双方の信頼が失われてしまう。艦娘と人間は共に共存し敵と戦う運命共同体。決して敵対する物ではない。そんなことは絶対あってはならない事。不知火は信頼関係が失われる事を特に恐れる傾向があり、人間との約束事である軍規等を護ろうとせんがために融通が利かない場面をよく見かける。規則に縛られ臨機という事ができない? ……否、極力行わないのが彼女の性格、本質なのだろう。

 

「正しいか誤りかはここで判断することではありません。どちらにせよ、冷泉提督に確認しないと判断できないです」

頑強に抵抗してくる。

 

「冷泉提督……ですか? 」

ずっと押し黙って二人の会話を見ていた永末が口を開く。

「不知火さん。一つ教えてもらえませんか? 私が軍警に捕らえられた時に、舞鶴鎮守府にいた人は冷泉提督でしたかね? 」

唐突に問われ、不知火が戸惑いを見せる。

 

「何を馬鹿な事をいうのですか? 冷泉提督に決まっている……」

言いかけたが、突然、混乱したような表情を浮かべて黙り込んでしまう。

当然だろう。記憶操作を受けていれば、記憶の中の提督の顔がはっきりとしないに違いない。都合の悪い事は思い出せないよう、避けるように誘導されているはずなのだから。

「何で? そんなはずは……。何で、何で思い出せない? 」

 

「良く思いだしてごらんなさい。私が鎮守府に居た頃の提督はどんな人だったですか? 今の提督でしたか? 普段の行動はどうでしたか? あなたや外の艦娘達に対する対応はどうでしたか? 」

彼女の混乱を興味深げに観察していた永末がさらに煽る。

 

「提督は、無鉄砲で無遠慮で、胸の大きい艦娘を優遇するただのスケベで、けれど常に優しく艦娘を自分以上に大切にしてくれた……はず。んんん? あの頃の提督は、優しくおおらかで、けれど時に厳しく怖い人だった。そして、間違いは間違いだとしっかりと叱ってくれた。……あれ、冷泉提督はそんな人だったかしら」

彼女の記憶の中で二つの提督像が入り乱れているのだろう。思い出そうとすればするほど混乱だけが生じて、その矛盾に耐えられなくなってしまうはずだ。

 

「落ち着きなさい、不知火。これを飲んで、一息入れて」

そう言って、扶桑はチャンスとばかり、さりげなく紅茶を勧める。

混乱気味の彼女は、先程までの警戒を忘れ、軽く一口、そしてもう一口と紅茶を口へと運んでいく。そして、すべて飲み干してしまう。

 

「どうですか? 不知火さん。意識がしっかりとしてきませんか? 貴方の頭の中に立ちこめていた霧が晴れていく気がしませんか? さっきまであった頭痛がゆっくりと消え、霧が晴れて視界がクリアになる感じです。暗い夜が明け、空が白んでくる感覚。そうですそうです、すべてがはっきりとしていきます。心が穏やかになっていきます。それだけではありません。今まで見えなかった真実が見えてくるはずです」

しばらく黙って様子をうかがっていた永末が、優しい声色で問いかける。まるで催眠術でもかけようとしているような語り口だ。

 

「……何か、何かよく分かりませんが、私が思い出そうとするのを阻害していた何かが消え去っていくのを感じます。うう、頭の中が晴れていく感じ。そして見えてくる提督の顔」

遠くを見るような目をする不知火。

「なんで……なんで冷泉提督じゃないの」

動揺を浮かべ、あえぐように呻く。

 

「それが核心です。……どうして違うか、貴方には想像が付きますか? 」

と、永末。

 

「わからない。何でこんな記憶が混乱しているのか」

 

「簡単なことです。舞鶴鎮守府司令官の冷泉提督の他にもう一人、あなたが知る提督がいらっしゃったと言うことです。そして、それを何かの力によってその記憶が消されていたのです」

諭すような優しい口調で永末が語り始める。

今日、三度目の真実の暴露だ。

すべての始まり。虚飾により埋め尽くされた鎮守府艦娘たちの記憶。そして、このままでは真実の全てが闇に葬り去られ、えん罪にて消された緒沢提督の汚名は晴らされないままであること。真実を白日の下にさらすためには、記憶操作をされた艦娘達の記憶を取り戻すことが絶対条件であることを。そのために協力を得られると思われる艦娘達を鎮守府から引き離す必要があったことを。

 

「なるほど……」

納得したように不知火が頷く。

「陰謀があり、そのため緒沢提督が粛正され、冷泉提督が着任したということですか。軍部の犯罪行為は艦娘の記憶操作によって無かったことにしてしまう陰謀。そして、それには冷泉提督も一枚噛んでいるということですか。前提条件として……冷泉提督は敵である。彼に知られてはならない。そして、秘密裏に艦娘達に接触し、失われた記憶を取り戻して消された秘密を暴くということですね」

 

「そう、その通りよ。私達は緒沢提督の汚名を晴らさなきゃならないの。そして、真の敵を暴き出し告発するのよ。そのためにはあなたの協力が必要なの。あなたならきっと分かってくれると思っているの」

 

「そうですか。……そうですね。確かに、悪は討たなければなりません。真実を隠蔽し、平然と存するなんて許せません。それについては、私も同意見です」

 

「そう! 分かってくれるのね」

思わず喜びの感情が出てしまう扶桑。

それに対して、不知火は頷く。

「私の他に協力を表明している艦娘は、誰がいるのでしょうか」

 

「不知火さんが協力してくださるのなら心強い。……我々の仲間となってくださっているのは、今の所、大井さん、村雨さんが表明してくれています。あとは徐々に増やしていこうと思っています。極力、みんなを救いたい。我々としては、誰一人として敵にしたくありません。できれば無血勝利を収めたいのです。艦娘同士で戦うなんて事は悲しすぎますからね」

と、満面の笑みで永末が説明を入れてくる。

 

「……そうですか。それは、……良かった」

何か納得するような表情で不知火が頷いた。

 

「何が良かったのかしら? 」

 

「まだ二人しか敵に回っていない、ということが分かったからですよ。幸いなことに、被害が少ない状況で事を治められるってことに」

挑むような視線で彼女は扶桑達を睨んできた。

 

「な、何を言うの! 」

驚きの余り扶桑が叫ぶ。

「あなた、永末さんが仰った事を聞いてなかったの」

 

「舞鶴鎮守府の誰が提督であろうと、一艦娘の私には関係ありませんし、立場にもありません。自分は法規範に基づいて行動するのみです。たとえ、それを悪用する者がいたとしても、それが不適切であったとしても違法でさえなければ、私達はそれに従わなければならない。そうでしょう? そうしなければ、軍は維持できないのですから。個人の正義なんてあやふやな物より、優先すべきは、今ある正義、全体の正義なのですから。もしかすれば扶桑さん、あなた達の言っていることが正しいのかもしれません。けれど、私は今の立場による行動を取るしかありません」

 

「それはどういうことなの? 」

 

「全てを判断を行うのは、舞鶴鎮守府司令官である冷泉提督です。私は今夜知った全てを提督にお話し、処置をお任せします。結果、私は提督の判断に従うだけです。私の一存で行動などありえません」

とあっさりと答える。

 

「不知火、あなたそれはどういう意味なのか分かっているの? 」

彼女は答えない。沈黙が答えだった。つまり、扶桑達の敵になるという決別の意だ。これはとてつもなく不味い状況であることだけは分かった。

「何でそんなこと」

扶桑はどうしていいか分からず、泣きそうな顔で彼女を見るしかなかった。

 

唐突に異変が起こる。

平衡感覚を失ったのか、突然、不知火がよろめいた。

 

口にした紅茶の成分が今頃効いてきたらしい。即効性と聞いていたのに、少し発現が遅い。けれど効果は抜群だ。

視界がぐるぐると回転しているのか、もがく不知火。斃れそうになって体を支えようとし、失敗して机の上のカップやポットをひっくり返しながら床に倒れ込み、それでももがいている。

「扶桑さん、あなた、……何を飲ませ、たの。……こんなことまでして、どういう、つもりですか。……こんな事、許さない。絶対に」

そう言って扶桑を睨みながら、必死に立ち上がろうとする。必死の形相で手を伸ばしてくる。その迫力に恐怖さえ感じてしまう。

 

バチバチ! 

室内が激しく明滅したかと思うと音が響く。

 

「ぎゃん! 」

と、悲鳴があがる。

声のする場所には不知火が髪を逆立てた上に白目を向いた状態で失神している。彼女に覆い被さるように永末倒れ込んでいる。

間をおいて焦げ臭い匂いが部屋に充満する。

 

「ふう……」

大きなため息をついて彼が立ち上がる。右手には二つの突起のある黒い物がある。何時の間に取り出していたのか、スタンガンを永末が使用したらしい。

不知火の背中の一部が小さく焼けこげたようになっている状況から、その使用したスタンガンの威力が分かる。

永末は、不知火を仰向けに寝かせる。そして、彼女の左手の袖をまくり上げる。

 

「何をする気なんですか、永末さん」

問いかける扶桑に彼は何も答えない。黙々と作業を続ける。鞄から小さな箱を取り出す。そこには注射器と何かのアンプルが入っている。彼は注射器の中にアンプルの中身を充填する。

 

「それは何ですか? 」

問いかける扶桑に、

「何の事はない、ドラッグですよ。それもだいぶタチの悪い依存性の高い奴です。軍の開発した結構、強烈な奴ですけれどね」

と、淡々とした口調で答える。

 

「何をするのですか? 」

恐る恐る問いかける。

 

「もちろん、彼女に使用するのです。彼女の態度を見て覚悟を決めるしかないでしょう。選択肢は殺すかこうするかしかないのですから」

そう言うと、彼は不知火の腕に注射針を挿入する。

 

僅かな時間が経過した。

不知火の体が突然電気が流れたかのように痙攣したかと思うと、瞳に色が戻ってくる。

「ぬ、う、う、あっああん、ああああ」

ガクガクと震えながら喘ぐ。虚ろな瞳になった上に口が半開きになり、恐らくなのだろうけど涎が垂れて頬を伝い落ちる。普段の彼女の声とは思えない甲高い言葉にならない声にならない声を上げ、全身をふるわせている。猛烈な快楽に全身を貫かれている。……そんな感じに見えた。

あまりの事に言葉が出ない扶桑。

暫く喘ぎ続けたと思うと一際大きな声を上げたと思うと、果てたかのように痙攣が収まる。暫くすると彼女の下半身から液状の物が溢れ出し、間をおいてアンモニア臭を扶桑は嗅ぎ取った。

 

「なんてこと……」

呻くしかできなかった。

 

「意識を取り戻しましたか? 」

冷静な目で不知火の異変を観察していた永末が問いかける。

意識はもうろうとしているが、必死になって彼を睨み付けている不知火。恐るべき意志力の強さだ。戦闘意欲をまだ持っているようだ。

 

「あんなに恥ずかしい姿を見せたというのに、まだ強気ですね、不知火さん」

 

「わ、わたしに、なにをしたの」

ろれつがまだ回らないようで、はっきりとした言葉にならない。

 

「なあに、あなたにちょっとした薬物を注入しただけですよ。艦娘用に調整した特別あつらえですけれどね。それから、ちょっと依存性が高い物なんですけれど。どうですか、効き目は。いわゆるラッシュって症状が出ていましたね。人間が生まれてから現在にいたるまでの快楽全てを足したものより凄まじい快楽が一度にやって来るって聞きますが、どんなんでしょうね。お漏らしするくらいですから、あなたも凄まじい快楽を堪能できたみたいですね」

と、ニコリと微笑みかける。

 

「そんなもので、わたしはじゆうにできるなんておもわないで。そんなもの、きくわけない」

恥ずかしさに顔を赤らめるものの強気さは失っていない。

 

「ははははは。艦娘に対して薬物が人間と同じような効果を発揮することは、実験により証明されているんですよ。人間に対するヘロインの効果は、相当なものです。艦娘にも同様に効きますよ。依存性だって人間の比じゃ無いみたいですし。……それだけじゃあないです。貴方の体に及ぼすクスリの影響力も凄いですが、本題はそれじゃない。よく考えてみてください。艦娘から薬物中毒者が出たら、どうなるかということを考えた事がありますか? 」

永末の言葉の意味することを想像し、突然、衝撃を受けたような顔をする不知火。

 

「そ、そんなこと、だれも、しんじないわ」

必死に反論するが声に力が無い。

永末はそんな彼女を哀れむような目で見つめる。

「不知火さん、あなたがいくら私達の事を告発しようとも、誰も信用なんてしてくれませんよ。薬物中毒者の戯言なんて、誰が信用してくれるっていうんですか。それに、こちらは記録もいくらでも改ざんできます。それに何よりも今回の遠征に参加している艦娘は皆、あなたを庇わないでしょうね。あなたに与える影響も大変かもしれませんけど、冷泉提督が受ける社会的なダメージは計り知れないでしょうね。少し考えてみてはいかがでしょうか? 艦娘が薬物に手を染めたなんてマスコミが本当に喜びそうだ。どんな艦娘なんだと徹底的に叩かれるでしょうね。……当然ながら、あなたは責任を問われて解体されるでしょう。それどころか、冷泉提督も当然、処分されるでしょうね。罪が確定するまでの間は、軍刑務所に収監されるでしょうけれど、どういった事になるにせよ最終的に軍を追われるでしょうね。ところで、冷泉提督は無職になっても大丈夫なんですか? 彼は、全身麻痺でしたよねえ。聞いたところだと、一人では糞すらできない体だってと聞いていますよ。クビになれば、退職金なんて出るわけもなく、すぐに金もなくなるでしょうし、再就職なんてできないでしょうから介護する人なんて雇えないでしょう。それどころか棲む場所もなくその日暮らしすら大変でしょうな。オムツを糞まみれにしながら床擦れが全身にでき、その激痛に責められながら死んでいくのですよ。 誰にも看取られることなく、孤独の内にね。若くして鎮守府司令官にもなった人が哀れな末路ですね」

 

「れいぜいていとくには、かんけいがない! あのひとは、かんけいないでしょう。わたしをころしたいなら、さっさところせばいい」

明らかに動揺したように不知火は叫ぶ。

 

「おややや? 不知火さん、うにゃうにゃ、あなた提督の事が好きなんですかね? 」

突然の指摘に動揺する不知火。朦朧としているはずなのにそれには反応している。

「ち、ちがう、そんなんじゃあないわ。あのひとには、かんけいがないと、いっているだけ。あのひとは」

彼女は瞳を潤ませ、請うように訴えかける。それだけで彼女が冷泉提督にどのような想いを抱いているかがはっきりと分かる。

 

「不知火さん、安心しなさい。意地悪なことを言ったね。約束しよう。私達の邪魔さえしなければ何もしないと」

哀れむよな瞳で永末が不知火を見つめる。

 

「ほ、ほんとうに、しんじていいの? 」

弱々しい声で問いかける不知火。

 

「言葉使いに気をつけなさい。人に物を頼む言い方ではないんじゃないですか? 」

ぴしゃりと言う。

 

「ほんとうに、しんじていいんですね? おねがいします。あのひとには、れいぜいていとくには、なにもしないでください。おねがいです」

怯えながらも、必死に訴えかける不知火。

勝利を確信したのか、にやりと笑う永末。

 

「あなたへの罰はこれでいいでしょう」

満足げに頷く。それをみて、不知火は安心しきったような表情になる。

 

「さて……」

彼は振り返ると

「不知火さんへの処分は完了しました。けれど、すべてが終わったわけではありません。扶桑さん、あなたは罰を受けねばならない」

そう言ってゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「どういうことでしょうか」

彼が何を言っているのか理解できない扶桑は戸惑うだけだ。

 

「あなたが不知火の状況をきちんと確認しておけば、こんな結末にはならずに済んだはずです。我々がこんなリスクを冒さなくて良かったし、彼女もあんな目に遭わなくて良かったのです。そして、私に罪がある。もっと注意深く行動すれば良かったのに、安易に任せてしまった責任があります。この罪は、誰かが償わなければならないのです」

そう言うと、永末は彼女の肩を掴み、強引に床へと押し倒す。

 

「何をするのですか! 」

突然の暴挙に抵抗しようとする扶桑の耳元に永末の声が響く。

「これは贖罪なのです。……貴方は、好きでもない私という男に穢されるという屈辱を味わうことで、この罪を、不知火さんに対する罪を償うのです。その身を堕とす事で、彼女への罪を償いなさい。そして私も、信頼していた上官である緒沢提督の愛したあなたを穢すという消せない罪を背負うことで、今回の罪を償うのです。こんなことしたくない。こんなことしたくない。けれど、これは私が為さなければならない、私に課せられた義務なのですから」

最初の間は抵抗続けた扶桑だったが、彼の言葉を聞いている内に力が抜けていくの感じていた。何故だか、逆らう事ができない。逆らうことに意味が見いだせなくなっていた。なんだかどうでもよくなって、流れに任せたらいいと思っていた。

それは諦めなのだろうか?そんなことを思う内に、屈辱感や恥辱感は、いつしか体から消失していくのを感じていた。

 

これは罪なのだ。罪は償わなければならない。自らの手を汚してしまった自分は、体も汚れていくのだ。

 

それは仕方の無いこと。大事の前の小事でしかないのだから。

 

すべてを諦めた途端、漂ってくる永末の匂いさえ気にならなくなった。罪を受け入れ罰を受けるのだ。もはや廃人となるしかない不知火のことを想い、意識がゆっくり遠のいて行くのだった。

一瞬だけ冷泉提督の笑顔が脳裏を横切ったが、それを必死になって打ち消した。

 

虚ろな瞳の不知火を観客に、贖罪の儀式が永遠に感じられるほどの時間、続けられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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