まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第122話 遠征先の港にて

遠征に出た新生第二艦隊、今回の遠征任務の内容(護衛任務。プラントへの輸送船団の護衛及び、一時プラント護衛。プラント護衛の交替艦隊が来るまでの間でしかないが。ここは太秦警備府の艦隊の任務となっている。太秦警備府にとってはわりとおいしい任務であるが、スポットで警備する舞鶴鎮守府にとっては見返りはそれほど多くない任務となっている。)は、それほど困難な任務ではない。

 

ちなみに、この任務を選んだのは、永末からそれを選ぶよう依頼されていたからである。

 

警備対象となるのは、日本海に浮かぶ半潜水式プラットフォームの巨大な施設である。

解放してしばらく経つ海域ではあるが、調査の結果、そこでは石油石炭などの資源が採れる事が判明したため、海上プラントを設置したわけである。領域に飲み込まれるずっと前、深海棲艦などの存在すら無かった時代に調査をした際には、海底資源など存在しないと断定されていたのに、そこから資源が出るようになった奇跡。領域に取り込まれた事が何らかの原因かもしれない……そんな推測がなされてはいるものの、すべては未だ謎のままである。

たとえ解放された海域とはいえ、深海棲艦の攻撃を受ける危険が高いわけではあるが、そのリスクを遙かに上回るインカムがあるため、開発に並行して採掘が行われている。

領域から解放された海域は新たな資源を求めて試掘があちこちで行われ、その結果、資源が発見された場所にはプラントが建設されている。当然ながら、警備が追いついていない問題もあり、敵の攻撃により破壊され大きな被害を出す事もあるが、それでも開発は進められている。

 

扶桑達はすでに港に着いている。しかし、港から出発する輸送船団が準備が手間取っているため、その準備出来るまでの間、約1日の自由行動となっている。

 

自由な時間ができたとはいえ、艦娘が単独で艦を離れどこかに行くということは任務以外ではありえない事。護衛無しで「外界」を出歩くのは、あまりに危険が多すぎるからだ。

 

艦娘は、人類とは比較にならない程の身体能力を持っている。その気になれば、人間など敵ではない。けれど、人を殺すことが禁忌行為とすり込まれている彼女達は、襲ってきた敵を皆殺しにする能力があっても、いくつかの条件をクリアしないかぎりは、人を殺すことができないように調整されている。

このため、場合によっては敵勢力に捕らえられる可能性があるわけである。ここでいう敵とは深海棲艦のみを指すわけではない。味方であるはずの人間側にも敵となりうる勢力は存在するのである。

極左もしくは極右過激派組織、日本国の潜入していたが領域に取り込まれたため脱出できなくなった他某国の工作員集団、日本国軍の成立に反対する市民団体等々……。様々な暴力組織が当局の手から逃れて潜伏したままであり、虎視眈々と機会を伺っている状態なのである。そんな連中に艦娘が捉えられたりすることがあれば、大変な事ではすまない事態になる。そのリスクを避けるために、基本艦娘は外へは出ないこととなっているのだ。

 

鎮守府においてであれば軍の兵士達によって何重にも護られた場所にいるし、また海上へと出たならば、深海棲艦がいるエリアであるから人間など生存はできないから安心できる。また、それ以外の場所においても、軍港とされている場所であれば陸軍の部隊が展開されているため、安全であるといえる。しかし、遠征等で仮入港する一般の港は警備も手薄にならざるをえない。

 

そこが狙い目で、扶桑はこの状況を逆手に取って、遠征に出ることを申し出たのである。それ以外にも、他の艦娘を鎮守府の監視下から連れ出し、こちらの勢力下におくための目論見も当然ある。……もっとも、すべて永末の指示なのだけれど。

 

一人、艦橋で待機している扶桑。ふと一息つく瞬間。

何かを思い出したのか、つい笑みがこぼれてしまう。

「冷泉提督……。あなた、本当にお馬鹿さん」

意図せず上司の愚かさを嘲笑してしまう。

扶桑の進言をあまりに簡単に受け入れてしまう、愚かな司令官。……間抜けにもほどがある。

 

「きっと、あなたは部下の気持ちをいつも把握してその想いを汲んであげられる心の広い有能な指揮官だ、なんて自画自賛しているのかしら? ちゃんちゃらおかしいわ」

愚かな……。彼に対する嫌悪感で耐えられなくなる。

何であんな無能な男が、私が最も信頼していた緒沢提督の後釜になれたのだろうか。そんな不信感・不満も湧き上がる。

 

「けれど、私だって褒められたものではないのだけれど。……少し前までは、たとえ洗脳の影響を受けていたといったって、あの人を素晴らしい提督だと本気で思っていたんだから。……はあ、勘弁して欲しいわ。本当に思い返すだけで恥ずかしくなるわ」

永末さんの助言が無ければ、今でも冷泉のことを信頼していたんだろう。少しだけ過去の記憶が残っていたから冷泉を疑い、それを口にした。その時、彼は素直に自分がニセ物だと認めた。認めた上で与えられた任務・責務を果たしたいと真摯な態度で言い切った。その真っ直ぐさにドキリとしてしまった事を忘れてはいない。緒沢提督の事を愛していながら、どんどん冷泉という男性に惹かれている自分が怖くなった時もあった。愛する人がいるのに、別の人を好きになってしまうなんて、なんて不実で駄目な女なんだろうと失望、変わり身の速さに恐怖さえもした。

そんな思いをしていても、それでも冷泉への想いが募るのを止められないでいた。金剛や島風、叢雲や高雄の存在が無かったらきっと止められなかっただろう。彼女達がいたからぎりぎりで自制することができた。とても辛かったが、それでも耐えられると思っていた。

 

永末からの助言と洗脳効果を低減させる薬品の存在が無ければ、想いを押さえ込むことができなくなり、きっと手遅れになっただろう。

 

そう―――。

 

幸いな事に、自分は真実を知ることができた。

すべては洗脳の効果だと知った時、なんと自分が愚かだったのかと本気で呆れるしかなかった。死にたいくらいに恥ずかしかった。

そして、そんな風に自分の気持ちを弄ぶ事を止められる立場にいながら、何もしなかった冷泉という男への憎しみ。大切な緒沢提督との思い出、彼への想いを消そうとした存在を許すことなんてできやない。提督を殺害した勢力の人間を僅かでも好ましい存在と思っていた事が本気で汚らわしい。

 

「思い出すだけで、吐き気がする」

と、吐き捨てるように言ってしまう。

 

すべてを知ったあの時、よく冷泉を問いつめ、罵らなかったものだと思う。そんな自分の忍耐力を褒めてやりたいくらいだった。よくぞ暴発せず、先の事を考えた冷静な行動ができたと。

今となっては自分を見る時の、にやけた性欲だけの獣のようなあの嫌らしい男の視線を思い出しただけで寒気がする。他の艦娘達も冷静になれれば、その現実に気づくのだろうけど、洗脳の進度が深すぎる子たちは、もう助けられないのかもしれない。

 

後からやって来た加賀、長門は、そもそも緒沢提督の事を知らないし、冷泉の口車に乗せられ全幅の信頼を寄せているようだから、論外として……。一番新しく来た榛名は、冷泉の事をどう考えているかは未知数の部分が多いため、彼女の優先順位は低い。仮に仲間にするにしても、説得は最後となるだろう。

 

今、鎮守府にいる艦娘達のうち、神通、島風……そして高雄は絶望的だろう。もはや、彼女達は敵と認識してもいいだろう。事が進めば、最悪は戦う事になるかもしれない。彼女達を殺すなんて事は絶対にしたくないけれど。それでも、その時が来たら、躊躇する気はない。

そして、同様に叢雲、羽黒も多分手遅れ、駄目だろう。

「……夕張は真実を話せばこちら側に付く可能性が高いけれど、彼女は過去の戦闘で受けた傷が修復不能って聞いているわ。あれじゃあ軍艦としては使い物にならないわね。戦力として計算する事ができない子。仲間になっても足手まといにしかならないわね。他に使い道も無さそうだし……除外するしかないわね。それから、軽空母の祥鳳ね。彼女は、どうかしら? うーん、何とも言えないわね。冷泉提督への彼女の強い想いは感じられるけれど、あの加賀が存在している限り、あの子の想いは絶対に報われないはず。ふむ、加賀への嫉妬を焚きつければ、こちらになびく可能性は高いかしら。空母はやはり仲間に引き入れておきたいわね。上手くいかなかったとしても、永末さんに頂いたお薬をこっそり飲ませれば、真実に気づいてくれるかもしれないわね」

自分の艦隊を編成するようで、少しだけ心が躍る気分だ。さあ、仲間の選別を続けよう。

「そして、次は金剛」

彼女の事を想うだけで複雑な気持ちになってしまう。

「……ああ、可愛い金剛、優しい金剛。そして、それ以上に可哀想な金剛。彼女の事を思うと、本当に辛くなってしまうわ。妹のように可愛い存在。目を離したら何をしでかすかわからない世話の焼ける子だけど、とても大切な存在。頭がちょっと弱いせいで、本当の能力を発揮できていない上に、あんなロクでもない男を好きになってしまっているところが可哀想。……助けてあげたいけれど、ごめんなさい。あなたの事だけが気がかりだけど、どうしようもない。私の無力さを許して頂戴ね。でも、諦めた訳じゃないのよ。少しずつ仲間を増やせば、力尽くで抵抗する子もねじ伏せて、お薬で目覚めさせられるかもしれないから。そうよ、絶対に諦めては駄目。最後の最後までみんなを救う気持ちは忘れない。がんばるから待っていてね」

妹のように可愛がっていたし、彼女も自分を姉のように甘えてくる。とても大切な子だけれど、大義の前には切り捨ても仕方がないとは思っている。本当はみんなを救い出したい。けれど、自分の手はみんなをすくい上げるほど大きくない。全力は尽くすけれど、駄目かもしれない。その時はごめんね。

 

もし、みんなが目覚めることがなかったら……。

その時は、みんなの仇は取ってあげるから。

扶桑は誓った。

 

それにしても―――。

 

「冷泉が無能な男で良かったわ。もし、彼が有能すぎたら、私にこんな行動を許してなんてくれなかったでしょう。戦艦が遠征に出るなんて、……しかも、これまで遠征に出ていなかったのに突然、遠征に行かせてくれなんて言い出したら、まともな頭の提督なら不審に思うはずだろう。実際、彼も不審に思っていたけれど、それ以上の事を考える頭が無かったみたいね。私が指定した艦娘以外を編入することも無かったし。おかげで監視の目を気にせずに、真実を理解できそうな艦娘を説得することができるのだから。ありがとう、お馬鹿な提督さん」

きっと鎮守府を敵から取り戻してみせるから。たとえそれが叶わなくても、一人でも多くの艦娘を助けてみせる。そう決意した。

 

そして、艦に近づいて来る人間の存在を検知する。

「どうやら、いらっしゃったようね……」

来訪者がやってくるのだ。

 

永末である。

 

彼はいつものスーツ姿ではなく、今日は整備員のような服装をしている。一応の変装、カモフラージュだ。

 

今、艦隊が停泊している港は、臨時的に仮停泊用に使用している港であるため、軍も人員を割くこともできず、民間の警備会社に丸投げしているような警備状況である。よって、武器を持たない一般人による、必要最低限の警備しか行われていない。わけだ。おまけに素性も軍関係者のように確認するわけでもないため、金でどうにでもなるというわけなのだろう。港に入る人間はチェックされているはずだが、彼は存在しない人間として扱われるに違いないだろう。一切の記録に残らないはずだ。それでも慎重に慎重を重ねるのは必要だ。

 

もちろん、それだけでは駄目である。艦自体は強力なセンサー網を展開できるし、シールドを展開すれば、誰一人として近づくことは不可能である。そして、実際にシールドを展開している状態である。

艦まで接近できたのは、許可していたからである。

 

艦内に入ってきた永末を出迎え、二人は久々の再会を喜びあった。

そして、彼を見た途端、思わず歓声を上げてしまったことに衝撃を受けてしまった。

何故なのだろうか。

どういうわけか、彼にあうことを心待ちにしていた自分がいたことに僅かばかりではあるが、動揺してしまった。真実を知る人間にあうことが、これほど嬉しい事なのかと思ってしまう。それほど欺瞞に満ちた舞鶴鎮守府にいたことはストレスとなっていたのだろうか? だとすると心を改めないといけないと反省する。自分が真実に近い場所にいることを、誰にも悟られてはならないのだから。 

 

そんな反省をしながら、やって来た永末を見つめる。心なしか前回会った時よりも彼が立派になったようにさえ思える。彼も彼なりに成長をしているということなのだろうか。

 

永末はそんな思いに気づくこともなく、早速、現在の状況を問うてくる。

 

それについては、淡々と報告するだけだ。冷泉を説得に成功して、遠征艦隊のメンバーに入ることができたこと。これにより、連絡を密にすることが可能になったこと。今回は説得を受け入れる可能性が高い子達を連れて来ている。特に大井と村雨は、冷泉の影響下から遠い存在だと認識していることを伝える。

 

「そうですね。こうやって直接扶桑さんとお会いできるようになれば、込み入った話もしやすいです。それに、鎮守府から艦娘を遠ざけること……冷泉提督の影響下から引き離す事ができれば、あなた以外の艦娘も冷静な思考をすることが可能となるでしょう。我々の説得もしやすくなります。一人でも多くの艦娘を洗脳から助け出すことがまずは最優先事項なのですから。そして、あなたたちの記憶から消された緒沢提督の思い出を取り戻す必要があるのですから……。彼の意志を継ぎ、我々は戦わなければなりません。それに……」

言いよどむ永末。

 

「それに? 何でしょうか」

扶桑は言葉に詰まった永末をしげしげと見つめてしまう。何故か分からないが、躊躇しているように思える。

 

「え……と、いえ、なんでもありません。失礼しました」

慌てた素振りで話を切り替えようとする永末。よくは分からないがそれ以上の話は彼はしたくないようだ。ならばそれ以上、その話題をするのも彼に対して失礼である。

 

「では、本題に戻りましょうか。……今回連れてきた艦娘たちと一度面会を行ってもらって、まずは彼女達の洗脳具合を確認しなければなりませんね」

 

「そうです。扶桑さんが見て影響が少ないと判断した艦娘達でしょうから、記憶がまだ残っているかもしれません。それを掘り起こすことができれば良いのですが、楽観視はできません。もし、拒否されるような事があるようだったら……」

 

「その場は引き下がり、後で永末さんに頂いたお薬を彼女達に気づかれないよう何らかの方法で飲ませばいいのですね? 」

 

「そうです。すでに扶桑さんは試してみているのですね」

 

「ええ。おかげで頭に係ったままの靄が見事に晴れました。鎮守府にいると時折やって来る、不安感焦燥感さえも押さえ込むことができます」

 

「そうですか、それは良かったです」

表情を一際明るくして笑う永末。まるで自分のことのように喜んでくれているようだ。

「騙し討ちのように感じるかもしれませんが、幻想に囚われている人を救うにはある程度のショック療法が必要だと思います。気が向かないかもしれませんが、どうしようもないときは仕方ないと諦めてください。すべて彼女達のため、そして正義の為なのですから!」

力強く宣言し、励ますように扶桑の手を握ってくる永末。そして、自分が何をしたかに気づき、顔を真っ赤にして慌てて手を離す。

「す、すみません。つい興奮してしまいました」

 

「いえ……だ、大丈夫です」

扶桑は少し驚いたものの、それ以上に動揺している永末の事が気になって、それ以上何も言えないでいた。

こんなに初心な感じの人だったっけ? 記憶が曖昧になっているのかもしれない。けれど、そんな彼の姿を好ましく感じている自分がいた。……もちろん、人間性を判断しての結論だけれど。

 

「さて、と」

永末は額の汗をぬぐいながら、話題を切り替えようとしている。

「そろそろ、大井さんがこちらに来る時間ですね」

あまりにわざとらしいが、今はそれにあえて乗ったほうがいいだろうと判断して頷く扶桑。

たとえ監視が甘くなっているとはいえ、どこに人の目があるか分からない。艦娘が二人、軍事施設以外にいたら目立って仕方が無い。特に何をしているわけでなかろうとも、人の記憶に残ってしまう。もちろん注目を集めてしまうだろう。たとえ、小声で話したとしても、その会話は人々の記憶に残ってしまうだろう。しかも、今回は裏切りの話をするのだから、あまりに危険すぎるだろう。だからこそ、艦の中で会談を行うことにしたのだった。

 

「来ましたね」

大井の接近が手に取るように分かる。タラップは設置したままだから、問題はない。

しばらくすると、彼女がやって来た。

 

部屋に入るなり、永末の存在に気づき、一瞬だけ表情を曇らせる。しかし、すぐに取り繕うような笑顔を見せ

「あら、永末さんじゃないですか。ずいぶんとお久しぶりですね」

と会釈をしてみせる。相変わらず外面を取り繕うのはあまり得意ではない子だなあと思ってしまう。

永末も形式的な挨拶をし、彼女を座るように促す。扶桑と永末が隣り合って座り、テーブルを挟んで向い側に大井が腰掛ける。

「そうだ、飲み物を持ってきますね」

そう言うと扶桑は席を離れ、別室においてある冷蔵庫より、例の飲料水を取り出してグラスに注いだ。

 

「どうぞ」

部屋に戻ると自然さを意識しながらグラスを大井の前に置く。彼女は軽くお辞儀をするが、グラスに手を付けない。

 

「ところで、今日は一体何のお話なのでしょうか? 」

扶桑が椅子に座るのを確認してから、大井が口を開く。

「ほとんど初めての遠征先にわざわざ永末さんを呼んで……しかも、人目を避けるように艦の中だなんて。さあて、どんなお話をしてくださるんでしょうか」

明らかな警戒を示している。

 

「まあまあ落ち着いて、大井。永末さん、懐かしいでしょう? 鎮守府を離れてもうどれくらい経つのかしらね。この近くで働いているというお噂を伺っていて、ちょうど遠征で滞在する時間がとれそうだから連絡して来て頂いたのよ。本当は私達が出向くべきなんでしょうけれど、艦娘が外で誰かと会うなんてできないですからね」

 

「そうですね。軍属を追われた一般人とわざわざ会うなんて、何か企み事でもなければありえませんよね。しかも、偶然に……だなんて」

嘲るように大井が話す。冷たい目で永末を射るように見る。

なるほど……そう思いながら、扶桑はそんな彼女を観察している。

大井は永末の事を覚えているだけでなく、彼が軍を追われたということは覚えているようだ。彼が軍を追われたのは永末提督がえん罪で殺害された後だ。つまり、彼女は緒沢提督の事を覚えている可能性がある。

 

「大井、今回彼に来て頂いたのは、彼が何故軍を追われたかを話して貰えると聞いたからよ」

 

「そんなこと知っているじゃないですか。鎮守府の資金を長きにわたって着服した事がばれたからでしょう? それを隠すために関係のない人まで巻き込んで、提督にまで迷惑をかけて……」

吐き捨てるように大井が言う。どうやら、嘘の情報を刷り込まれているようだ。

 

「ねえ、大井。当然、使い込みを知った提督はお怒りになったでしょうね。不正をとっても嫌う人でしたからね 」

 

「そ、そうよ。当たり前じゃないですか。提督はとてもまじめで立派な方だったわ。だからあの時、事件の発覚を知った提督は……提督は」

そう言いながら何故か大井が言いよどんでしまう。

「あれ? あの時、提督は」

 

「提督っていえば、冷泉提督よね。スケベで艦娘みんなにちょっかい出すエロ提督。貴方も何度かセクハラ体験をした。あの嫌らしい視線でなめ回すように視る男」

 

「あ? え? あれ。冷泉提督が……? あの偽善者が? 口だけ達者なスケベが」

何故か混乱しているようだ。彼女の記憶に齟齬が発生しているようだ。

「ん……何か違う気がする」

 

「そうね。私達の知る提督は、真面目で強い意志を持った、決断力のある……けれど少し気むずかしい人だったはずよね」

記憶の混乱が発生するのは当然だ。緒沢提督と冷泉とでは根本からして異なるタイプの人間なのだから。今までは気にもしなかった事のはずだけれど、個別に見ていけば矛盾に気づかざるをえないのではないだろうか。

 

「……そ、そうよ。そういう人だったわ。あれ? 冷泉提督ってそんな人だったかしら? それから、あの時はどこかに出撃されていたのかしら。ずっと見なかったように思うわ。何で……何でなのかしら」

彼女の記憶の中で、矛盾が発生し混乱しているのが分かる。

そして、真実を知る扶桑にはすべてが分かっている。あの時、永末が捕らえられた時にはすでに提督はこの世にはおらず、捕らえられ引きずられて連行されていく永末の姿しか無かったはずなのだ。そして、そこに冷泉朝陽なる男は存在すらしなかったのだから。

 

大井の記憶の欠落を補填する要素は、皆無だ。

 

「落ち着きなさい、大井。少し水でも飲んで、冷静になって」

そう言いながら、側に置いてあったグラスを彼女に手渡す。

動揺したままの彼女は躊躇することなく一気にグラスを煽る。ごくごくと飲み込む音がし、空になったグラスを置くと、大井は大きなため息をついた。彼女が飲んだのは、永末が準備した、あの薬品だ。あれを飲めば、冷静になれるし洗脳の影響を押さえ込むことができるはずだ。

少しだけ落ち着いた表情を見せた大井であったが、次第に目つきがおかしくなっていくのが分かった。トロンとした表情になり、少し酔ったような感じになっている。

「あれ、何でだろ? いたはずの提督がいないや」

少しろれつの回らない口調で不思議がっている。

効果はてきめんらしい。しかも即効性。どうやら、今回永末が持ってきた薬は、扶桑が貰っていた物とは少し違うらしい。

けれど、効果が早いほうが話もしやすい。問題なしだ。

 

「そうです。大井さん、あなた記憶の矛盾に気づきましたか? 」

ずっと黙っていた永末が口を開く。

 

 


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