まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

114 / 255
第114話 窮境

「扶桑さん、どうかしたのですか? 」

突然、横から声がする。我に返りそちらを見ると、心配そうな顔でこちらを見ている高雄だった。

冷泉提督を敵意を持って見ていた所を悟られたのかと思い、一瞬身構えてしまう。

 

「え、いえ、何でもないわ。ちょっと考え事をしていただけだから。何か変に見えたかしら」

感情を必死に抑えながら答える。果たして彼女を騙すことができただろうか? と上目遣いで伺う。

 

「扶桑さんが、なんか提督の事をぼーっと見てたから、まぁーた提督LOVE勢が増えたのかって、やだなあって思ったんですよ」

と、意味不明な事を突然言い出す。

 

「は? 」

 

「扶桑さんは、ずっと提督とは距離を置いた対応をしてたじゃないですか。だから、提督には興味なんてないのかなって思ってたんです。それでも、あの提督ですから、やたらとあなたにちょっかいかけてて……そんなやりとりを繰り返す内に提督の事を好きになりはじめたのかなって思って。もう……ただでさえ、ライバルが多いのに、この上扶桑さんまで参戦してきたら、私なんかじゃ絶対勝ち目がないなあって。結構へこんじゃってしまいます」

真顔でそんなことを言う高雄に言葉を失ってしまう。

 

「ねえ、高雄。……あなた、何を言っているのか私には全然分からないわ。なんで私が考え事をしてるだけで、提督の事を好きになったなんて事になるのかしら? 」

 

「あら? ……違うんですか? 」

本気で不思議そうな顔をして言ってくる。一体どういう思考を辿っていけば、その結論が導き出されるのかが分からない。そもそも、私達艦娘は深海棲艦との戦いの為に造られた存在である。そんな私達が何故、人を好きになるのか。……好きになるのは、百歩譲ってあると認めよう。けれど、そのことに一喜一憂するなんて、なんて恋愛脳をしているんだ。今はそんな時代では無いことくらいわからないのだろうか? そして、そんなことばかり考えるのは人間の仕事であり、艦娘には不要な事だって理解できないのか。そう思い、そんなことばかり考えているらしい高雄に苛立ちさえ感じてしまう。

 

「提督に対しては、うーん、僅かではありますが、一応、尊敬の念は持っています。自分の命を預けられる上官であることも認めます。けれど、それだけですよ。それ以下でもそれ以上でもありません」

……ほんの少し前までなら、これが真実だった。心の底から言えた。

けれど、今は言えない。

 

「……そう、そうなんですか。よかった」

本気で安堵したような顔をする高雄。

どうして、そんな幸せそうな顔ができるのだろうかと疑問さえ持ってしまう。訊いてしまいたい想いを抑えるのが大変だった。

「でも、その言葉、しっかりと聞きましたよ。後からあれは嘘だっては無しですからね」

そう言うと高雄は満面の笑みを浮かべて去っていった。

 

「ふう」

ため息が思わず出てしまう。

とりあえずは高雄の疑いは解消されたようだ。けれど、彼女は明らかに自分とは対極の場所に立つ存在であることは間違いないことを忘れてはいけない。可哀相だけれども、強く意識操作の影響を受けているのは、その言動から明らかだ。故に、仮に彼女を説得するとすれば、大方の艦娘が真実に目覚めて、扶桑の味方になってからだ。何故なら、扶桑の行動を高雄が知ったなら、確実に敵対行動を取るに間違いないからだ。

最悪、彼女とは戦う事になることも覚悟しておかなければならない。いや、そうなるのだろう。……そう思うと悲しくなる。共に同じ目的の為に戦って来たというのに、憎み合うかもしれないという、未来に。

そして、敵は一人でないことに、より憂鬱になってしまう。

現在の舞鶴鎮守府の艦娘の分布を考えれば明らかだ。

 

まずは、加賀。彼女は記憶操作も受けていない上に、提督に命がけで救出されたという事実がある。……一応、クールな対応で提督をぞんざいに扱って強がって見せているけれど、あれは嘘だ。もう完全に提督にベタ惚れだ。疑いようもない事実だ。

 

緒沢提督が殺害される以前にいたはずの金剛、高雄、神通、島風も今や完全に提督の影響力下にある。高雄、神通、島風の三人は完全に敵勢力の暗黒面に堕ちている。そして金剛、彼女もどこまでが本気か分からないけれど、やはり駄目だろうな。

 

説得の余地があるのは祥鳳、夕張、叢雲あたりからだろうか。彼女たちも冷泉提督に好意を持っているのは間違いないけれど、明白な真実を突きつければ、目を覚ましてくれるかもしれない。可能性は充分にあるだろう。

しかし、こうやって考えてみると、冷泉提督の影響が舞鶴鎮守府の艦娘達に広範囲に及んでいることがよく分かる。

洗脳云々の力だけでなく、常に艦娘の事を優先し、自分のことを後回しにして寝る間を惜しんで頑張っている冷泉提督の姿を見ている事も大きいのだろう。あんなに無理ばかりしていたら、いつか破綻してしまう。だから、なんとかして上げたい。彼の役に立ちたい……。そんな想いを抱いてしまうのは仕方ないのだろう。

そして、ふと我に返る。

何を冷泉提督の肩を持つような事を考えているのだ、と。まるで、自分も冷泉提督のことが好きみたいじゃないか。……これぞ洗脳の影響が現れている証拠だ。真実を知ったはずの自分でさえ、このような影響を受けるというのなら、何も知らない彼女たちがどのようなことになってしまうかは、想像に難くない。

 

時は一刻を争うといえよう。

しかし、敵勢力に気づかれぬよう、慎重に事を運ばないといけないというジレンマ。でも、焦ってはならない。焦って事をし損じれば、全てが無に帰すのだから。

 

考えられるのは……不知火、村雨、大井あたりとなる。

「大井あたりから確認していったほうがいいかもしれないわね」

と、ひとりごちてしまう。

三人の中では一番、人間に対する警戒心が強い子だ。提督への愛情は、彼女の普段の言動とは思えないほどに、薄い。提督にだけでなく、すべての人間に対して、上辺だけは礼儀正しく振る舞えるのだけれど、本音と建て前をきちんと使い分けるタイプの子なのだ。人間の事を嫌っているといってもいいだろう。もっとも、これについては、冷泉提督は何の落ち度も無い。けれど、彼女からすれば関係ないのだ。

 

全ての原因は、かつて領域での海戦で敗北し、撤退戦で中波した僚艦の北上を見捨てた事だ。作戦上やむを得ないことは、勿論、彼女も理解しているけれど、頭では理解できたとしても感情は全く異なる。それが原因で、彼女の舞鶴鎮守府の人間に対する信頼は無いに等しい状況となっている。親友を見捨てた存在、見捨てる命令をした存在でしかないわけだ。

作戦を指揮し、北上を切り捨てる命令をしたのは緒沢提督なのだけれど、彼女にとっては関係ないのは間違いない。故に、人間不信となった部分、つまり北上の話を利用すれば、つけいるチャンスが一番あるといえるだろう。

 

とにかく、今はやれることを一つずつやらねばならないのだから。

 

自分の行動で仲間同士が戦う事になるかもしれない。もちろん、できるだけの努力は行うつもりだ。最後の最後まで諦めるつもりはない。少々手荒な手段さえやむを得ないと思う。そのための道具は永末に頼めば手に入れてくれるかも知れない。彼も利用する対象だ。どんな汚い手段を使い、無理矢理こちら側につけたとしても、きっと最後には私の正しさを理解してくれるだろう。すべては舞鶴鎮守府の、そして艦娘たちの為になるのだから。

 

しかし、最後は切り捨てる時がやってくるかもしれない。その時は諦めるしかない。

そして、容赦はしない。

 

すべては、緒沢提督の意志を継ぐためなのだから。

自らに言い聞かせるように、何かから目を逸らすような気持ちを必死にかき消すように心の中で呟く扶桑だった。

 

 

 

意識を取り戻した冷泉は、視界の先に歩き去ろうとする扶桑の後ろ姿を捉えた。

 

急に起こされた感じがして、吐き気と頭痛を感じる。直前の記憶が無いがどうやら気を失っていたことだけは分かる。何となく金剛に首を絞められていたような気がするけれど、はっきりとしない。水平感覚は未だ取り戻せないし、耳鳴りもする。

周りを見ると金剛や長門、加賀たちの姿が見える。

みんな一様に冷泉が気を取り戻したことでホッとしたような表情を見せている。

「提督、やっと目を覚ましたのね」

 

「テートク! 心配したデース」

 

「な! 嘘つくんじゃないわよ、アンタが絞め殺そうとしたのに」

 

「むふん。提督、無事で良かった。告白して即、愛する人を失うなんて過酷な運命はさすがの私でも応えるぞ。むむん、たまらんけれども」

 

「何を訳の分からない事を言ってるの、あなたは。提督、気分は大丈夫ですか」

取り囲んだ艦娘達が声をかけてくれる。

冷泉は彼女たちに返答をしながらも扶桑の後ろ姿を追う。恐らく、冷泉が艦娘達といちゃついているのを見て、呆れて去っていっているだけなのだろう。けれど、何故か違和感を感じた。何か不安にさせるものをその姿に感じたのだった。理由も根拠も何もない。ただ、感じた。それだけだった。普段から思い詰めたような表情を見せる事があったし、何か冷泉に隠している事があるのはうすうす感じていたが、それは扶桑の中で解決できそうな気がしたからあえて問うことも無かった。しかし、先ほど見た彼女の姿・雰囲気はいつもと違うように見え、不安を感じた。

何か、これまでになかったものを背負わされた感じがした。それに戸惑っているように思えたのだった。

今、それが何かを知らなければいけないのではないか? そんな危機感のようなものが冷泉の心にあった。

 

追わなければ。

追って彼女と話さなければ。

 

そう思うと、冷泉は車椅子を動かし、彼女の後を追おうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。