まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第102話 瀬戸内海を抜けて

冷泉指揮下の艦隊は、関門海峡を抜け瀬戸内海へと入っていく。

 

瀬戸内海。

 

かつて、この海の潮流は極めて強く、場所によっては川のように流れている所もあった。しかし、領域に取り込まれた後においては、流れは相当に弱まっている。この変化については、日本国が世界から孤立した際に発生した地殻変動の影響が大きいと言われており、実際、海底部にはたくさんの巨大な亀裂が発生し、それは遙か地の底まで入っていると予想され、その深さは測定できない程である。そして、亀裂は海底のどこかで深海棲艦の世界である領域と繋がっているとしか考えられず、領域開放後というのに頻繁に潜水艦が出現するようになり、それに呼応するように短期的に領域化する現象が発生し、一般艦艇が襲われる事案が発生している。

故に瀬戸内海は、ある意味、半領域化している状態といえる。

 

瀬戸内海を管轄する呉鎮守府の艦隊が常時パトロールを行い、敵の駆逐を試みているものの、倒しても倒しても敵が沸いてくるらしい。このため、護衛無しで一般船舶がここを通るのはかなり危険である……。艦娘ですら単独での航行は自殺行為と言われている危険海域なのである。

 

ならばそんな危険な海は避けて、太平洋を抜けて行けばよいと思われるが、四国は現在、領域に取り込まれたままであり、四国沖合は未だ敵のテリトリーなのである。このため、外洋を抜けて行くことは出来ないのである。

本州と四国を結んでいた橋はすべて、……否、本州と九州を繋いでいた関門橋さえも深海棲艦の侵攻の際に落とされている。九州とは地下トンネルが残されており、陸路による移動は残されているが、四国への上陸は現在、不可能となっている。そして、淡路島も孤立状態となっている。

本州から目と鼻の先だというのに、四国は領域の赤黒い壁のような雲に取り込まれたままになっており、その中がどうなっているか全く伺い知ることはできない。当然ながら、そこに住んでいたはずの人たちの安否も同様である。

 

淡路島や瀬戸内海の大小あわせて3,000くらいの島々があるといわれている。それらは、深海棲艦の領域には取り込まれてはいないものの、瀬戸内海が半領域化された今の状況では、いつ、そのエリア取り込まれるか分からない状況である。このため、危険を冒すことができないため、上陸は慎重を期す必要があり、開発はままならない状況となっている。

 

このような状況下であることから、冷泉達は対潜水艦戦覚悟で瀬戸内海を突っ切ることを選択した。ゆえに冷泉は快速を誇り、対潜水艦においても有利な駆逐艦を選んだのである。

武器弾薬の搭載は速度を優先するために減らしているとはいえども、対潜水艦対策については怠っているわけではなかった。

敵を殲滅する必要はない。ただ、通過する際の妨害を排除できればいいのだ。

 

「叢雲、島風。ここから先は潜水艦が出没するエリアだ。索敵を怠るなよ」

瀬戸内海に入ってしばらくすると、冷泉たちの行く手に複数の艦艇が現れる。

データを照合するまでもない。…天呉鎮守府旗艦榛名と麾下の駆逐艦三隻である。彼女たちが冷泉たちの行く手を遮るように停船する。

 

そして、すぐさま通信が入ってくる。

「こちらは呉鎮守府艦隊旗艦、榛名です。現在航行中の駆逐艦叢雲および島風に警告します。現在、これより先の海域において、我が呉鎮守府艦隊による、敵潜水艦殲滅作戦を実行中です。よって、これより先への航行は禁止されています。また、現在、他の一部エリアにおいては領域化が発生しており、危険です。これより先へ進むことは認められません。すぐに立ち去るよう依頼します」

音声のみの通信ではあるが、その声の主が戦艦榛名であることがすぐに分かった。そして、その声には僅かながら苛立ちが含まれている事も。

「……そもそも、あなた達、どういう事なのでしょうか? 何の事前通告も無しに、余所の鎮守府の艦船が私達の管轄海域に入って来るなんて、いかがなものなのでしょう……。それ相応の理由を説明してもらえますよね」

 

「なんか、少し怒っているように聞こえるんだけど」

不思議そうに冷泉が呟く。

 

「あのね、気になったんだけど。アンタ……、ここに来る前に事前連絡を入れてるわよね? 」

不安げに叢雲が問いかけてくる。

 

「ん? あ! そういや急いでいたからなあ。連絡を入れるのを忘れてた」

冷泉は思い出したように答える。

そう言えば、鎮守府外に艦船を移動させる場合は、事前にその管轄の鎮守府へ連絡を入れるのが決まっていた。何時、どの艦艇が、何の目的でといったことを書面にて連絡しておく必要があることを完全に失念していた冷泉だった。

 

「アンタ、ホントに馬鹿」

呆れたように叢雲がぼやく。

 

「責められても仕方ないな。……まあ忘れてたことをぼやいても仕方ないよ」

 

「早く回答をお願いします。どちらが答えてくれるのでしょうか? 」

榛名の声に明らかな苛立ち。この口ぶりからすると、叢雲・島風ともに人間は同乗しているとは思っていないんだろう。艦娘同士の会話になっている。

まさか鎮守府司令官が搭乗しているとは思いも至らないんだろうなと冷泉は考えた。

 

冷泉が叢雲を見ると、

「アタシは知らないから」

と、顔を背けられてしまう。

 

「仕方ないな。とりあえず謝らないといけないね。、叢雲、映像通信に切り替えてくれ。顔を見せないと信用してくれないかもしれないしな」

すぐに叢雲が通信を繋ぎ、冷泉が出ることとなる。映し出された画面には、ゲームで見慣れた榛名の顔があった。大きな瞳でこちらを見ている。

 

「こちら舞鶴鎮守府司令官、冷泉朝陽だ」

一応、重々しい声を作るのを意識しながら発言をする。

 

「え! 」

まさか舞鶴鎮守府司令官が駆逐艦2隻の艦隊に同乗しているとは思わなかったためか、明らかに動揺したようだ。あうあうと呻くだけで言葉にならないようだ。

 

「事前に連絡をしなかったのは、俺の落ち度だ。済まない。叢雲や島風が悪い訳じゃないから、彼女たちを責めないでやってくれないか」

 

「いえ、そんな。こちらこそ申し訳ありません。冷泉提督がいらっしゃったのに、私ったら、何て失礼な事を言ってしまったのでしょう。済みません、お許し下さい」

榛名が何度も何度も頭を下げている。

 

「いや、俺が悪いんだから、君が謝る必要はないよ」

彼女の態度を見ていたらこちらまで恐縮してしまう。

 

「それにしても、事前連絡もお忘れになるほどの用とは、一体何があったのでしょうか」

やっと落ち着いたらしい榛名が興味深げに聞いてくる。

 

「君にどこまで話していいか、俺もよく分かっていないんだが、緊急なんだよ。……時は一刻を争う現状なんだ」

隠したところで仕方ないと考えた冷泉は、自分が横須賀鎮守府の戦艦長門を救うために行動していることを包み隠さずに彼女に説明をした。

「……そういうわけだから、俺たちを通してほしい」

 

少し考えるような間が続き、やっと榛名は答える。

「冷泉提督、あなたの仰ることはとても良く分かります。……けれど、これについては私の一存では決められません。私は提督より作戦エリアに近づく船は通さないように命令されているのです。これは私にとっては絶対的な命令、判断基準となっています。ですから、たとえ舞鶴鎮守府司令官の直接のお願いであっても、……応じることはできません」

きっぱりと宣言されてしまった。冷泉は言葉を続けるが、彼女はとにかく言われたことを守ることしかできない、と異常なまでに頑なだ。

 

これを聞いて隣に立つ叢雲が苛立つ。

「掃討作戦ならアタシ達が通る間だけ中断すりゃいいじゃないの。それに自分たちの身は自分で護れるっつーの。なんでそんなことも分からないの、判断できないの! 鎮守府旗艦なんでしょ?? 何やってるの。鎮守府司令官が頼んでいるんだから、それぐらい気を遣えっていうのよ」

音声をオフにしていたから良かったが、結構大きな声で叢雲が批判する。

 

「おいおい、落ち着け、叢雲。俺が榛名に嫌われるのは仕方ないけど、俺の我が儘のためにお前達までが仲悪くなったら困るじゃないか。……でも、ありがとうな。俺のためにそんなに怒ってくれて」

 

「……そりゃそうだけども。ちょっと融通が利かなすぎじゃないの? 」

何故か頬を赤らめながら納得したような感じになる叢雲。

 

さてどうすればいいのだろうか。そう考えてすぐに結論に至る冷泉。音声を再び入れると、

「じゃあ、俺から君の上司に連絡することにするよ。少し待ってくれないか」

そういうと、一時榛名との通信を保留すると、冷泉の司令官としての専用端末を機動し、呉鎮守府提督への専用回線を呼び出す。

少しの呼び出しの後、呉鎮守府の提督が出た。すぐさま冷泉は連絡を入れなかった非を詫びるとともに、現在の冷泉の置かれた状況とどうして余所の鎮守府の艦娘を助けに行かないといけないかの冷泉の想いを彼に告げた。

 

「はっはっはっはっは。なかなか面白いね、冷泉くんは。そして若い。羨ましいくらいに若い」

開口一番、呉の提督はそう話した。

呉の提督は冷泉の父親よりも年配で、この前話した時の印象では、結構のんびりした性格だ。あまり感情を変化させないし出さない。

「君の想いはよく分かったよ。……けれど、余所の鎮守府の作戦行動に口出しするのはあまり関心できないな、とは思うがね。こんな歳の私でも、若い君の行動は理解できないわけではないよ。誰しも艦娘をみすみす死なせるなんてできないからね。しかし、今回の、長門の場合は少し事情が違うのではないだろうか? 」

 

「どういうことでしょうか? 」

と、冷泉が問う。

 

「考えてもみたまえ。彼女は、ただの艦娘では無い。横須賀鎮守府の旗艦なんだよ。それはすなわち、日本の旗艦であることを意味する。その彼女がその地位を追われる事になっったのだ。そんな彼女はこれからどうすれば良いと思うかね? 身の振り方をどうすればいい? どこに行けばいい? 何をすればいい? ……何もない、何もないんだ。もう、どうしようもない、どこにも行けないんだよ。それを彼女は理解しているから、あえて、今回の命令にも従ったのだろう。自らの処遇を自ら決めるためにね。彼女のその高潔な想いを理解してあげないといけないと、みんな不幸になるのではないだろうか? 」

若い冷泉に諭すように、ゆっくりと話す。

 

「……すべて、すべて理解しているつもりです。それでも、私は彼女を、長門を助けたいのです。もちろん、彼女が私の行動について、どういう反応をするかは分かりません。しかし、これは、私がなさなければならないことだと思っています。長門の意思を全く無視した、自分勝手な考えだと言うことも、重々承知しています。それでもなお、俺は、いえ私は彼女を救いたいのです。……日本国旗艦としての長門の誇りなんて、どうでもいい。それを護るために、そんなもののために、死を選ばなければならないって事が私には許せないのです。どんな方法でもいいから、彼女を救いたいのです。それが彼女にとっての幸せとは言えなくても、そうしなければならないって思っています。愚か者の単なるエゴだと批判されても構いません。それでも私は私のやりたいようにやりたいのです」

言いながら、自分が果たして正し行いをしようとしているのかは分からなかった。単なる衝動で動いているのかもしれなかった。それでも、そうしなければならない。いや、そうしたいのだと冷泉は思った。

 

冷泉の言葉を黙って聞いていた呉鎮守府提督であったが、やがて口を開く。

「……君がそう思うのなら、そうすればいい。君の言うように、人間、後悔をし続けるとろくなことがないからね。やれることをやって後悔するほうが、何もせずに、そのことを後で後悔するよりは何倍もいいもんだよ。手垢にまみれた言葉ではあるが、私くらいの年齢になると、本当にこれが重く感じられるのだよ。若い君は、感情のままに動いてみるのもいいだろう。それが若者の特権だ。年を取ったら、もうそんなことができなくなるからね。年齢、立場、人間関係の柵でがんじがらめになってしまうからね。うんうん、やれるだけやってみるがいいさ。そうでなければ、私のような老いぼれになってしまうからな。君にはそうなってもらいたくないものだ」

何故だか満足げに頷いていた。それを承諾と判断して良いのか?

 

「冷泉提督の言うことは、よく分かった。君の申請は、この海域の通過については許可するよ。安心したまえ」

その言葉に安堵する冷泉。

 

「それはともかく……と」

そして、榛名は彼女の上司に通信の中で叱られることとなる。

「榛名よ。もっと臨機に対応しないとダメだろう」と。これは、ある意味。彼のぼやきが入った説教といってもいいか。

モニタ越しに余所の鎮守府でのやり取りを見せられて、ここにいていいものか、通信を切るべきかどうかで悩んでしまう冷泉だった。

 

そして、どういうわけか怯えたようなそして辛そうな顔でただ「すみません、すみません」と謝るだけの榛名。

「しかし、どうしてこんなになってしまったのだろうな。榛名、私はお前を責めているんじゃないんだぞ」

そうやって諭すように提督は言うが、恐縮しっぱなしで榛名には通じていないようにも見える。

「やれやれ……もういい。とりあえず、私からの指示はこうだ。冷泉提督の艦隊を現在展開中の駆逐艦隊で護衛しつつ、瀬戸内海を通過させてあげなさい。榛名以下3隻は現状のまま、待機を続けるように」

 

「了解しました」

鎮守府との通信が切れると、ほっとしたような顔をする榛名。すぐに普段の表情に戻すと、

「冷泉提督、失礼致しました。ご覧になられた通信の通りです。上司の許可が下りました。この海域を通っていただいて結構です。すぐに、展開中の当鎮守府艦隊がお迎えに上がります。彼女達が提督の艦隊の護衛をいたします」

 

事務的な話が終わって……。榛名が冷泉に問いかけてきた。

「あの、お伺いしてよろしいでしょうか? 」

 

「なんだろうか? 」

不思議そうに冷泉がモニタの彼女を見る。

 

「あの、冷泉提督は、どうして自分の部下でもない艦娘のために、そこまでなさろうとするのですか? 何故そんな無理をなさるのですか? 提督は体が不自由な状況で、戦闘にで出るなどかなり困難な状況とお見受けします。どうしてそんな無茶をなさるのですか」

榛名に問われる。

「何故、何の関わりもない艦娘なんかの為に、人間である提督がそんな無理をするのですか? 」

本気で不思議そうに……。

 

「何でそうしなくてはならないか……。はっきりとした理由を説明できないな。けれど、一人の艦娘が、今まさに沈もうとしている。それが分かっていて放ってはおけないだろう? だから、みんなにたとえ止められようとも、行くんだ。俺が助けたいから助けるんだ。だって、知ってしまったら、放っておけないだろう? 」

と答える。

 

「羨ましいです。そんな風に決断できることが」

と呟く榛名。

「私は自分の居場所が分かりません。戦艦で鎮守府旗艦なのに、提督のお役にまるで立てない。

呉鎮守府での戦いは瀬戸内海解放に追われるばかりで、常に潜水艦との戦い。自分は戦艦だから対潜水艦能力なんてまるでない、出撃したところで、味方の足を引っ張るだけ。そして、敵にとっての良い標的にしかならない。まるで役にたたない穀潰しなのです。おまけに普段でも私はグズだからドジばかり。戦艦のくせに何もできない。そんな自分が辛いです」

泣きそうな表情で語る。

しかし、ゲームの中の榛名はこんな子だったっけ? 少し疑問を感じてしまう。どこまでマイナス思考なのだろうか。

 

「……だったらさ、俺の所に来ないか? お前が望むなら、うちに引っ張ってやるよ」

彼女の心を気遣ってそんな言葉をかけてしまう冷泉。

彼女がマイナス思考になってしまうのは、本来、戦艦として戦うべき場が与えられない現状に問題があるのかもしれないと考えた。もし、対潜水艦ではなく、艦隊戦が行える部署に配置換となれば、現在の彼女の状況をきっと打破できるはずであると考えての発言だった。

その発言の重み、発した者の重み。そう言ったことはまるで認識していなかった。

 

どういう訳か、それを聞いた榛名が何故か頬を赤らめ、

「ほ……本当に私なんかで良いのでしょうか? 」

とモジモジと答えた。

「ああ、もちろんだよ。手続きとかに時間がかかるかもしれないけれど、お前さえ望むんだったら、きっとどうにかなるさ」

かなり気楽に答える冷泉。

隣で叢雲が呆れたような顔で冷泉を見て、大きなため息をついていたが、冷泉は少しだけ不思議に思ったが、それ以上考えることは無かった。

 

「はい! 」

妙に元気に答えた呉鎮守府秘書艦の言葉が若干気にはなったが、それ以上考えが及ばなかった。何か吹っ切れたような顔になった呉鎮守府の秘書艦を見、自分の言葉で元気にすることができて良かった……程度に思っただけだった。

 

そして、冷泉は、瀬戸内海を抜け、太平洋へと向かう。


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