まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第101話 アンタ、胸のでかい女に甘すぎなんじゃないの?

「落ち着け、加賀。それだけじゃあ、何を言っているのか分からないぞ」

努めて静かに、言葉を続ける冷泉。秘書艦の瞳をじっと見る。そして、冷泉の両腕を強く握りしめた彼女の手をそっと撫でる。

「俺にも分かるように説明してくれないか? 大丈夫……大丈夫だ。俺はいつでもお前の味方だ。だから、安心して何もかも話してみろ」

そう言って微笑んでみる。本来ならお前達と言うべきところも、誤解されるのも覚悟であえてお前と限定した言い方にした。そんな言い方をすることで、彼女を安心させることが出来たかは分からない。

うまくできたかどうかは分からない。少しは彼女を落ち着かせることができただろうか? 

 

しばらくの間、彼女はうつむき加減で泣きじゃくったまま、時折何かを言おうとするが言葉にならないでいた。

それでも冷泉は彼女を急かすでもなく、ただ、じっと見つめていた。

やがて、落ち着いたのか、強く掴んだ手を冷泉から離すと、両手で涙をぬぐう。

「す、すみませんでした」

瞳は赤いままだが、どうやら落ち着きを取り戻したようだ。動揺した姿を見られた事に少し恥じらうようなそぶりをみせる。

 

そうして、彼女は話してくれたのだった。

……横須賀鎮守府の旗艦長門が、現在どういう状況に置かれているかを。

 

死地に向かおうとしている彼女を助けたいけれど、自分の力では何もできず、どうにもできない苦悩。さらには、長門自身があえて死を受け入れている事への苛立ちを。

もちろん、艦娘とはいえ、軍艦である。戦艦としての長門の気持ちを加賀は理解している。けれど、艦娘としてそれは納得なんて出来ないこと。加賀が誰も死なせたくないという思いだけは伝わってくる。

 

「ごめんなさい。分かってます。私が言っている事は、どう考えたって自分本位でしかないことは分かっています。さらには横須賀鎮守府の作戦指揮に口出す事であり、こんな事なんて認められない事も。長門の気持ちも全く無視していることも分かっています。何よりも……こんなお願いをしたら、提督に迷惑をかけるだけでしか無いことも分かっています。ただでさえ、自分の事で提督には償いきれないほどの迷惑をかけているのに、更にこんな事をお願いするなんて、身勝手この上ない事も。……だけど、だけど、助けてほしいの。これしか言えません……お願いします」

深々と頭を下げる加賀。

 

「なあ……加賀」

冷泉は彼女の頭を軽く撫でる。

びっくりしたように顔を上げる秘書艦。

 

「お前は、……長門を助けてほしいんだろう? たとえ誰に迷惑がかかったとしても、何をさておいても、彼女を助けたいんだよな」

 

「え? 」

唐突な質問に戸惑った表情を見せる加賀。それでも、なんとか言葉を発する。

「……はい」

 

「そうか、分かった。……上手くいくかは分からない。けれど、俺ができる範囲のことはやってみるから、安心しろ。あの時、お前に言っただろう? 誰一人見捨てないって。そうしてお前を救うことができた。今度は長門を救ってみせる」

冷泉はそう言うと、微笑んだ。

加賀は自分が死に直面した時に目の前の男からかけられた言葉を思い出し、頷くしかなかった。

 

決断がなされれば、あとは行動をするのみだった。冷泉は目まぐるしく行動を始め、長門救出作戦を立案する。それは作戦と言えるほど綿密なものでは無く、場当たり的なものでしかない。けれど、それで構わないと思っている。今は、時間が無いのだ。考えるより行動するほか無い。

 

体の麻痺は未だ改善の兆しすらない。しかし、冷泉にそんなことを気にしている余裕は無い。

 

作戦は、こうだ。急ぎ、領域内にいる長門を助ける必要があるため、速度に優れる駆逐艦にて出撃する。舞鶴港を出発し、関門海峡経由瀬戸内海を抜け、紀伊水道より南下するルートを取ることになる。

現在、神通を旗艦とした第二艦隊は遠征中であることから、鎮守府に残っている艦は叢雲と島風の二人だった。早速二人に命じて出撃することとなる。

 

出発準備をしている時に、当然のように加賀や金剛が自分も一緒に行くと言い出した。特に加賀は強行にその意見を主張した。けれど戦艦や空母を他の鎮守府の管轄エリアに事前の協議も無く進める事など常識的にもできるはずもなく、冷泉は彼女達の意見をあっさり却下した。それに、領域内で戦闘中のはずの長門の事を考えると、移動は速度と隠密性が要求される。駆逐艦であればそれほど目立たないため、最適任なのだ。それに戦艦や空母を含んだ艦隊で行動すれば、敵に感づかれるのは明らかである。

 

そのほかにも、いろいろともめ事が発生したが、時間が無いことで押し切った冷泉だった。

そして、今、冷泉は駆逐艦叢雲の艦橋にいる。

 

島風か叢雲か……どちらの艦に搭乗するかで一悶着あるかと思っていたけれど、何故か「提督は叢雲に乗ってください」と、島風が先に言ったため、問題は発生することも無く現在に至っている。いつもなら絶対に譲らない島風が、妙にしおらしかったので、少し不思議だったけれど、その時はそれ以上思いが至らなかった。

 

叢雲及び島風の二隻は、弾薬の補給もほどほどに出撃をした。極力船体を軽くすることで、少しでも速度を上げることを重視したのだ。

港を出港してすぐに、叢雲達は最大戦速へと移行する。少し遅れた位置で島風が付いてくる速度は、普段よりも幾分か遅いようにも感じられるが……。いつもなら、命令しなければ先行するはずの島風の大人しさに少し違和感を感じてしまう。もしかしたら、少し体調でも悪いのだろうか?

「島風、ちょっといいか? 」

と、冷泉は呼びかけてみる。

 

「なんですか、提督」

すぐさまいつもの元気そうな声が帰ってくる。通信はモニタを通してできるはずなのだが、画面には【sound only】と表示されおり、何故か音声だけだ。

 

「いや、ふと思ったんだけれど、お前、体調悪いんじゃないかなってさ」

 

「そんなこと無いですよ。いつもと変わらず元気ですよ。そもそも、私だってちゃんと作戦を理解してるんですから。私だけ突出しないようにしてるだけです」

 

「……そうか、それならいいんだけど」

まともなことを言われて、それ以上冷泉は言葉を続けることができなかった。

「了解した。領域に入るまで、距離を維持して追随してくれ」

 

「了解です! 」

そして、通信が切れる。

 

「ふう」

冷泉は一人ため息をつくと、腰掛けた椅子で大きく伸びをする。そして、横に立つ駆逐艦娘を恐る恐る、伺うように見る。

叢雲は出撃してからずっと黙ったままだった。冷泉が話しかけようとするとプイと目を逸らしてきっかけを与えてくれない。

 

「叢雲……。えっと聞こえてるか、叢雲? あの、叢雲さん? おーい」

わざとらしく声をかけてみると、呆れたようにため息をついてこちらを見る。

 

「何よ、……うっさいわね」

ぶっきらぼうな口調。

 

「いや、ずっと黙ったままだったから、どうしたのかって思ったんだけれど。……もしかしてなんだけど」

 

「何? 」

 

「もしかして、お前、怒っているのか? 」

冷泉がそう言った途端、睨むような表情になる。

 

「当然じゃない! これで怒らないはずがないじゃない。……まあ、神通さんなら怒らないんでしょうけど、普通は怒るわよ。ほんとに、……アンタ、馬鹿じゃないの」

理不尽なまでに責め立てられる冷泉。上司である冷泉に対してアンタ呼ばわり、そして馬鹿扱い。理由はよく分からないけれど、本気で怒っているのがよく分かる。

「だってそうでしょう? 今、何をしようとしているか本当分かっているの? 余所の鎮守府の作戦に協力要請もされていないのに、その邪魔をしようとしているのよ。場合によっては、横須賀の作戦行動を台無しにするかもしれない行為じゃない。おまけに、舞鶴の業務をほったらかしにして、司令官自らが出張っているのよ。これは二重に違反行為ではないの」

 

「横須賀の旗艦長門が望まない死を迎えようとしているんだ。勝利のための生け贄として……犠牲になろうとしている。そんなの、例え作戦だとしても認められないだろう? 」

 

「領域を開放するために犠牲となるのなら、長門も満足じゃないの。戦いにおいては、犠牲はつきもの。そんなの、艦娘ならみんな覚悟している事だわ」

何を今更といった感じで答える叢雲。

 

「戦いの中で死ぬというのなら、……俺は認めたくは無いけれど、やむを得ない事なんだろう。だが、最初から誰かの死が決定されている作戦なんて、誰かの死を前提とした勝利なんて認められないし、そもそも俺は認めない」

 

「あのねえ、アンタの権限が及ぶ場所でそんな事を、その青臭い理想論を言うのなら、アタシもこんな事を言わないわ。けれど、これは横須賀鎮守府の話なのよ。余所の鎮守府の作戦に口を出すどころか、艦まで派遣するなんて、こんなの許される訳がないでしょう? 」

 

「お前が言うことも、もちろん理解している。……けれど、もう知ってしまったから止められないんだよ。長門を見殺しになんてできない。そんなことをしてしまったら、きっと俺は後悔する。俺の手の届かない事なら、仕方ないと思うかもしれないよ。けれど、俺には彼女を救う事のできる力が与えられている。後悔すると分かっていて諦めることなんて、俺にはできないんだよ。だからこそ、俺は行かなければならない。何故あの時、行動しなかったってずっと後悔し続けるなんて耐えられないんだよ」

 

真剣な眼差しで訴える冷泉に、少しだけたじろぐ叢雲。しかし、挑むような瞳で。

「そのためにアタシや島風が危険な目に遭っても、構わないっていうのかしら? 戦艦を救うためなら、駆逐艦くらい危険な目に遭ったって構わないって」

と、反撃する。

 

「そんなこと、考えるはずもないだろう? 戦艦であろうが、駆逐艦であろうが、俺にとってはみんな同じ艦娘だよ。みんな大切な存在だぞ。俺はそう思っている。……叢雲、俺がお前達を軽んじているなんて、本気で思っているのか? 」

気づかない内に冷泉の言葉が震えている。叢雲にそんな風に思われていたというショックと寂しさ、そして憤りが入り交じったような表情で彼女を見る。知らず知らずのうちに、目頭が熱くなってくるのを感じる。

「お前にとって、俺はそんな風に見えていたっていうのか……。」

 

「ちょ、ちょっと……何泣きそうな顔しているのよ。気持ち悪い顔で見ないでよ。そ、そんなつもりで言ったんじゃないわよ。……言い過ぎたわ。アタシが言い過ぎたわ」

急に慌てたようなそぶりで叢雲が否定する。

「アンタが駆逐艦を軽んじているなんて、これっぽっちも思ってないわ」

そんな叢雲をじっと見つめる冷泉。

「わかったわよ。わかったわよ、もう。謝ればいいんでしょ? ごめんなさい。アタシが言い過ぎました」

ペコリと頭を下げる。

それを見て、冷泉は満足そうに微笑む。

 

「けれど、そんな風にお前に思わせてしまったのは、俺にも責任がある。俺も謝るよ、済まなかった。けれど、この作戦は止めるつもりはない。だから、協力してほしい。お前にとって納得いかない部分もあるかもしれないけれど、俺のために力を貸して欲しい、お願いだ」

 

「……ったく、結局ところ、ホントに甘いのよね」

と、呆れたような口調で叢雲が呟く。

 

「え? 」

何の事か分からず問い返す冷泉。

 

「アンタの事よ……」

 

「いや、どうして俺が甘いんだ? 」

 

「はぁ、はっきり言うけど、アンタ、……胸のでかい女に甘すぎなんじゃないの? 」

少しだけ顔を赤らめながらも、ぶっきらぼうに断言する叢雲。

「加賀に対して、メチャメチャ甘いじゃない。彼女のせいであんなに死にそうにな思いをしたっていうのに、また懲りもせずに彼女の為に命の危険を冒そうとしているじゃない。それにねえ、もし助かったとしても、鎮守府司令官の地位が危なくなるような真似をしているじゃない。その事は分かってるの? 信じられないわ。加賀に……あのでかい胸をアンタの体に押しつけて、友達の長門が死にそうだから助けてくれって頼まれたんでしょう」

まるで見てきたかのように叢雲に指摘される。

 

「……胸がでかいから甘いんじゃないよ。加賀の頼みだからやっているんじゃない。誰に頼まれても同じ事を俺はするだろう。俺は舞鶴の艦娘みんなを愛している。お前達の顔を悲しみの涙で濡らせたくない。お前達にはいつも笑顔でいてほしいんだ。だから、誰の望みでも命がけで叶えてやりたいって思っているからこそ、こんな無茶も兵器できるんだ」

 

「ウグッ……お、おええええええ」

冷泉の言葉に吐きそうになったのか、叢雲が耐えられないように嘔吐く。

冗談でやってるんだろうけど、割と傷ついた。

 

「酷いなあ。けれども、俺は本気で言ってるんだよ」

 

「はいはい……もちろん、アタシだって分かっているつもりよ」

真顔になった叢雲がこちらを見る。真剣な表情で見つめられ、少し緊張してしまう冷泉。

「けれどね、無茶し過ぎじゃないの? 今だってアンタの体はボロボロなのよ。そんな状態でさらに無理をして、もしもの事があったらどうするの。アンタが倒れた時は、それこそ大変だったのよ。それにこんな違反行為ばかりを続けていたら、いつ、鎮守府を追い出されるか分からないのよ。アンタは自分の好きなようにやっているからいいけれど、アンタが居なくなったら悲しむ子が、鎮守府に少なからずいることくらい考えてあげなさいよ! 」

 

「えっと、それはお前もなのかな? 叢雲も俺が倒れたり、軍をクビになったら悲しんでくれるのかな? 」

 

「な! そんなわけ無いでしょう。アンタが死んだところで、な、何にも感じないわ。何でアタシが悲しんだりしないといけないのよ。けど、目の前で死なれたりしたら、あれでしょう。……そう、寝覚めが悪いのよ。だから言ってるのよ、勘違いしないでちょうだい」

怒ったように睨まれたが、冷泉は嬉しそうに微笑み頷く。

「ちょっと、何ニヤニヤしているの。気持ち悪いんですけど」

 

「うんうん。心配してくれて、ありがとう叢雲。だけど、安心してくれ。お前達を悲しませるような真似は絶対にしないから。俺を信じてくれ。長門も助けるし、お前達も守ってみせる。そして、俺も生き残るから」

 

「あーあ、もういいわ。アンタと話すと面倒くさいだけだし」

諦めたように叢雲が呟く。けれどその瞳からは迷いが無くなっているように見えたのは冷泉だけだっただろうか。

 

「大丈夫。きっと作戦は成功する。みんな無事に帰るんだから」

そう言って、冷泉は自信ありげに叢雲に微笑みかけたのだった。

 

 


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