アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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「お、明日は月曜日だからニコ動でデレマスだな」と思ったら既に終わっていたことに気付き、焼肉を肴にチビチビとやっていた冷酒が少ししょっぱくなった夕暮れの日曜日でした。


Lesson76 夢を見るということ 3

 

 

 

 

 

 

 ――私の……私の夢は、何処っ!?

 

 ――掴みかけた夢が、零れ落ちていく……!

 

 ――サラサラと……音を、立てて……。

 

 

 

 

 

 

 あの日、赤羽根さんは奈落に落ちそうになった春香ちゃんを助け、そのまま自分が奈落に落ちてしまった。

 

 搬送された病院で行われた緊急手術は無事に成功。脳波にも異常は無く、今後は回復に向かうだろうが、しばらくは絶対安静で面会も控えるようにとのことだった。

 

 現場に居合わせた美希ちゃんは勿論、連絡を受けて駆けつけてきた高木社長と小鳥さんとりっちゃん、そして海外レコーディング中の千早ちゃんを除く所属アイドル全員が手術の間ずっと不安そうな面持ちだった。

 

 そんな中で、一番酷かったのは春香ちゃんだった。手術室前の廊下に設けられたベンチに座りこみ、俯き、泣きじゃくり、ただひたすら「私のせいで」と「ごめんなさい」を繰り返す春香ちゃんの姿は見ているこちらも辛かった。

 

 今回の事件に関して、俺は春香ちゃんの責任だと一切思っていない。『たまたま』奈落が開いていて、『たまたま』春香ちゃんがその側にいて、『たまたま』近くにいた赤羽根さんが彼女を助けて、身代わりのような形になってしまっただけなのだ。責められるとするならば、それは奈落を開いたままの状態で放置しておいたスタッフだ。一歩間違えば大怪我を負っていた可能性がある春香ちゃんは、被害者にはなれど加害者には絶対にならない。

 

 しかし、だからと言って気に病むなと言う方が無理である。

 

 ……無理、のはずなのだが。

 

 

 

『『春の嵐』の主役は、ミキじゃなくて春香に決まったの』

 

 

 

 それは、事故の翌々日に美希ちゃんから届いたメールだった。

 

 あんな事故があって、しかもあんな状態だった春香ちゃんがその翌日のオーディションに挑み、そして主役を勝ち取った。それを聞いて、いくら俺でも「あぁ、もう春香ちゃんは立ち直って自分に出来ることを頑張っているんだな」と考えるほど楽観的な性格をしているつもりはない。

 

 ほんの少し覗いただけ故に俺はミュージカルの内容を深く知っているわけではないし、どのような演技が要求されていたのかも知らない。その時、春香ちゃんがどんな心情で演技に挑んだのかも当然分かるはずがない。

 

 それでも……いや、だからこそ、美希ちゃんのメールの中にあった『必死そうな春香の演技が演技に見えなかった』という一文が酷く気になった。

 

 

 

 

 

 

「――良太郎? 聞いているのか?」

 

「……え? あ、いや、すまん。ボーっとしてた」

 

「全く……センター試験が終わったからと言って、受験が全て終わったわけじゃないんだぞ。気を抜くな」

 

「悪い悪い。で? なんだっけ?」

 

「今度の日曜日、勉強の息抜きにみんなで何処か出かけましょうって話よ」

 

 いつも通り放課後に恭也とセットで勉強を見てもらっている月村からそんな提案がなされた。

 

「ん? デートだったら二人で行って来いよ」

 

 寧ろデートにまで巻き込まないでください。三人で勉強している現状だってコーヒー飲み過ぎのカフェイン過多の状態だっていうのに。

 

「違うわよ。みんなでって言ったでしょ? クラスの子達にも声かけて『センターお疲れ様でした会』をするの」

 

 いい考えでしょ、とパチンと手を叩く月村に対し、恭也は呆れ顔でため息を吐いた。

 

「全くお前は……だから受験はまだ終わったわけではないんだぞ?」

 

「いいじゃない一日ぐらい。カラオケとかどう?」

 

 えっと、次の日曜日……ということは。

 

「いや、すまん。日曜は用事がある」

 

「え? 仕事……は休業中だから違うわね。何か家の都合でもあったの?」

 

「家の都合って訳じゃないんだが……。そうだな、よかったらお前らも来てくれ」

 

 ポケットから財布を取り出し、その中に入れてあったチケットを二枚取り出して恭也と月村に渡す。

 

「……これは?」

 

「俺の後輩の、再スタートライブのチケットだ」

 

 

 

 それは961プロダクションを辞め、フリーとなって初めて挑む『Jupiter』のライブチケットだった。

 

 

 

 

 

 

 ――夢、だったの……。

 

 ――あの、楽しかった日々は、何処へ……!?

 

 ――時は過ぎていく……私一人を置き去りにして……。

 

 

 

「どうすればいいの!? 私は、一体どうすればいいの!?」

 

 

 

 ――分からない……!

 

 ――私には分からないっ!!

 

 

 

「……分からないよ……」

 

 

 

 

 

 

「……え? ミュージカルの稽古を休みたい?」

 

 劇場の片隅で、ミュージカルの稽古終わりの春香は私の言葉にゆっくりと頷いた。

 

「ミュージカルだけじゃなくて……他の仕事も、出来れば。私、ライブに集中したいんです」

 

「ちょ、ちょっと、どういうこと?」

 

 ライブ、というのは新年ライブのことで間違いないだろう。しかし、何故春香はいきなりこんなことを……。

 

「そんなこと、出来るわけ――」

 

「このままだと私たちのライブ、ダメになっちゃいます。全然、みんなで練習出来てないし」

 

 食い気味に告げられたその理由。確かに今のところ合同練習は一度も全員揃っていない。

 

「それは分かってるわ。でも、みんな個人練習はしてるでしょ? 全体練習は足りてないけど、ライブをやらないわけじゃないんだし……」

 

 そもそも、みんなが忙しくなれば時間が合わなくなることは最初から全員が分かっていたはずだ。当然、春香も。

 

 しかし、春香は勢いよくに首を横に振った。

 

「でも! このライブが全員でやる最後のライブかもしれない!」

 

(っ!?)

 

 もしかして、春香は……。

 

「だから、みんなで一緒に練習を――!」

 

 

 

「春香はワガママなの」

 

 

 

「美希……」

 

 春香の言葉を遮ったのは、春香と同じく稽古終わりの美希だった。

 

「春香は主役なんだよ? 春香が休んだら、他のみんなの稽古もストップしちゃうの」

 

「っ……!」

 

「……オーディションの時の春香の演技、凄いって思った。これなら春香に主役を譲っても悔しくないって本当に思った。……それなのに、春香はその主役を捨てちゃうの?」

 

「……わ、私……私だって、頑張りたいよ……主役に選ばれて、凄く嬉しかったもん……。で、でも、このままじゃみんながバラバラに……!」

 

 春香はまるで縋り付くように美希に一歩近づいた。

 

「お願い、ライブが終わるまででいいから……! 私だけじゃなくて、みんなも一緒に練習しないと……!」

 

「は、春香……無理言わないで。急に仕事を休むなんて、そんな……」

 

「スタッフさんには私が謝ります! ライブが終わったらいつもの倍、いや、三倍頑張ります! だから、だから、私――!」

 

 

 

「……春香は、一体どうしたいの?」

 

 

 

「……え……」

 

 それは、美希が浮かべた純粋な疑問。

 

「今の春香、変だよ?」

 

 何かに怯え、恐れ、焦っているような春香に対して浮かんだ、困惑。

 

「春香はアイドルになれて嬉しくないの? テレビやラジオのお仕事楽しくないの?」

 

「そ、そんなこと……」

 

「……今の春香、全然楽しそうじゃないの。楽しいんだったら……そんな顔しないの」

 

「………………」

 

 俯いた春香は、ペタペタと自分の顔を触りだした。

 

「……変だね……楽しかったのに……楽しかった、はずなのに……いつからなんだろ……変だね……ただ、私、みんなと……あれ?」

 

 ポタポタッという、雫が滴る音。

 

 顔から手を離した春香がゆっくりと頭を上げる。

 

 

 

 ずっと辛そうな表情だった春香が、今日初めて見せてくれた笑顔は――。

 

 

 

「……私、どうしたかったんだっけ?」

 

 

 

 ――目から大粒の涙を零しながら浮かべる、悲しい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、無駄にいい天気になったな」

 

 とある小さなライブ会場前。ジュピターの再出発となるライブの当日は、気温こそ低いものの大変良い天気だった。

 

「無駄には余計だ。というかお前も来たんなら手伝えよ」

 

「違いますー。俺はちょっと早く来ちゃっただけのただの観客ですー。ほら、さっさと準備に入れよ」

 

「てんめぇ……!?」

 

 プルプルと怒りに震える冬馬が握りしめた拳には軍手が着用されていた。

 

 現在冬馬たちジュピターは留美さんプロデュースの元、フリーアイドルとして活動している。故にライブ会場の設営などを全てスタッフに任せるということが出来ず、冬馬たちも手伝いに駆り出されているのだ。まぁ下積み時代ってのは大体そういうものだろう。俺は下積みほとんど無かったけど。

 

 俺は一応春には同じ事務所の後輩になる(予定の)ジュピターの再スタートライブの激励という名目の受験勉強休みである。

 

 ひとしきり冬馬を弄った後、二人並んで今回のライブ会場を見上げる。今までのこいつらがライブを行っていた会場と比べてしまうと間違いなく見劣りする、公民館レベルの会場だった。

 

「……別に、俺はこれを惨めだなんて思ってねーからな」

 

「誰もそんなこと言ってないだろ」

 

 会場の大きさってのは、ただどれだけお金をかけることが出来るのかというだけの話。今までジュピターの三人が集めてきた貯金と留美さんのポケットマネー、そして俺や兄貴からの出世払いとして渡したカンパ金を合わせて無理なく借りることが出来た会場がここだったというだけの話だ。資金力(これ)が事務所という後ろ盾が無いフリーアイドルの一番の問題点だな。

 

「……なんか新鮮だぜ。961にいた頃は、一緒にステージ作ってる奴の顔も知らなかったってのに。……そんなんじゃ、信頼も何もねぇって話だよな」

 

「そーだな」

 

 今でこそスタッフの人達と仲良く仕事をさせてもらっているが、俺も初めの頃はただひたすら歌うことに専念しすぎてスタッフがステージを作っているということに一切気を回していなかった。

 

 歌って踊るだけなら誰の力も借りず何処でだって出来るが、それをより良い形で観客に届けるためには他者の協力は必要不可欠なのだ。

 

「……きっとこういうのが、あいつらの強みだったんだろうな」

 

「ん? あいつら?」

 

「……だから、あいつらだよ。……その……」

 

「……765プロの子たちのことを言ってんのか?」

 

「……そうだよ。その、なんていうか、団結力というか、仲間との絆というか」

 

 まぁ、彼女たちほど仲のいい事務所もないし、冬馬の言う通りなんだが。

 

「お前の口からその言葉が出てくると、成長が嬉しくてグッと来るやら、何言ってんだこいつ的な意味でゾッとするやら……」

 

「喧嘩売ったな? おい、間違いなくお前喧嘩売ったな?」

 

 買うぞ? 借金してでも買うぞ? と握り拳に力を込める冬馬をどーどーと抑えながら一歩後退る。

 

 しかし後ろを確認していなかったので、丁度道路を通りかかった人とぶつかってしまった。

 

「きゃ!?」

 

「おっと、すみません」

 

 大丈夫でしたか、と振り返る。

 

「あれ? 春香ちゃん?」

 

「りょ、良太郎さん? それに、ジュピターの……」

 

 俺がぶつかった人物は、赤いコートにキャスケットを被った私服姿の春香ちゃんだった。

 

「気を付けろよ良太郎……ってお前、765プロがこんなところで何やってんだよ?」

 

 春香ちゃんの姿を確認した冬馬が、訝しげな目で春香ちゃんを見る。

 

「え? えっと、その……わ、私の家、ここの近くで……今日はその、仕事、お休みで……」

 

「はぁ? 売り出してる時に優雅に休み取るなんて、随分と余裕じゃねぇか」

 

「余裕が無いお前らとは大違いだな」

 

「うっせーよ」

 

 しかし冬馬の言葉にも一理ある。今まであんなに忙しそうだったにも関わらず、ミュージカルの主役が決まったばかりのこのタイミングで一日休みとは、少し違和感である。

 

(りっちゃん辺りが働きすぎだと判断したのかな?)

 

 ……それとも。

 

「まぁいいや。休みってんなら、暇ってことだろ? なら俺らのライブに来いよ」

 

「え? ライブ……ここで?」

 

「こんなとこで悪かったな。すぐに追いついてやるよ」

 

 春香ちゃんに今回のライブのチラシを押し付けるように渡した冬馬は、じゃあなと言い残して会場設営の仕事に戻っていった。

 

 その場には俺と春香ちゃんの二人が残される。

 

「………………」

 

 ……うん、丁度いいな。

 

「春香ちゃん、この後は時間ある?」

 

「え? えっと、特に用事は無いですけど……」

 

 よし。

 

 

 

「それじゃあ、お兄さんとちょっとお散歩でもしようか」

 

 

 




・私の……私の夢は、何処っ!?
基本的にモノローグ部分はアニメ内での春香さんの演技そのままです。文章にすると全く分からない……。

・フリーアイドルとして活動している。
アニメでは他事務所に移籍したジュピター。来ていた上着には「ST」と書いてありましたが、315プロやゴールドプロではなさそう。



 正直後書きに困ったお話でした。

 こうして文章にすると春香も美希も少しだけ嫌な感じに見える可能性がありますが、春香は春香で本当に必死で、美希も美希で本当に春香の気持ちに気付けなかっただけなんです。作者は嫌いになっても(ry

 そろそろ新事務所の所属アイドルを決めないとなぁ。

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