「――四条貴音と申します。本日はよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いします」
今日の貴音の仕事は万代署の一日署長となりこの地区での交通安全強化週間のPRである。
最近はアイドルのみんなに一人で仕事に向かってもらうことも多くなっていたが、流石にこのようなイベントに未成年の貴音を一人で向かわせるわけにもいかず、俺も着いてきたのだが。
今回、実はそれ以外の思惑があった。
どうやら、貴音は先日から誰かに見られているような気配を感じていたらしい。
その話を聞いたのは、移籍騒動の写真が撮られさらにそれが記事となって報道された直後のことだった。報道が本当に根も葉もない話であるということを確認した際に、貴音から「先日から何者かの視線を感じる」という告白を聞いたのだ。恐らく、その視線の正体が今回の騒動のきっかけとなった写真を撮った人物なのだろう。
とりあえず、わざわざ言う必要もないことだと思ったという貴音に「これからはホウレンソウ(報告、連絡、相談)をキチンとしてくれ」と注意。
そしてまたパパラッチが貴音を狙っている可能性を考慮して、貴音に一人で仕事をさせないようにするためにこうして俺も一緒に付いてきたのだ。
きっとまた例の写真を撮ったパパラッチは現れる。確信は無かったが、そんな予感がしたのだ。
「あとの案内はこちらの片桐君がさせていただきます」
「片桐早苗です。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
しかし流石に警察関係のイベントには現れないかもしれないと考えていたところで、所長から一人の婦警さんが紹介された。今日のイベントで貴音の案内や補佐を担当してくれる方で、交通課の片桐早苗さんと言うらしい。
「それでは片桐君、よろしくお願いします」
「はい」
「失礼します」
署長への挨拶が済み、片桐さんの案内で署長室を出る俺と貴音。
「では控室に案内させていただきます」
「よろしくお願いします」
……しかし失礼ながら、随分と小柄な婦警さんだった。大体ウチの響と同じぐらいの身長だろうか。見た目の幼さも相俟って署長室で紹介される前に初めて見た時は今回のイベントのために子供が婦警さんの格好をしているのかと思ってしまったほどだ。
しかも下から制服を持ち上げる、まるであずささんクラスを彷彿とさせる……いかんいかん。良太郎君じゃないんだし、自重しないと。
「………………」
「はっ!?」
しかし自分ではチラッと見ただけのつもりだったのだが、片桐さんから凄いジト目で見られていた。どうやらバレていたらしい。
「おねーさんの胸が大きくて気になるのは分かるけど、セクハラで逮捕しちゃおっかなー?」
「ご、誤解です!」
いや実際に見ていたことには変わりないので誤解でもないのだけど!
あたふたと手を振りながら誤解だと説明すると、片桐さんはそんな俺を見ながらクスクスと笑い出した。
「冗談よ。でも胸に視線が行ってることに女の人は結構気付いているから気を付けた方がいいわよ」
「は、はい……」
それにしてもこの婦警さん、先ほどからだいぶフレンドリーである。
「まぁ、だからと言って良みたいに堂々と見てもいいってわけじゃないんだけどね」
「……ん?」
胸を見るという話の流れで出てくる「リョウ」と言う名前……。
「もしかして、良太郎殿のお知り合いの方なのですか?」
貴音も気付いたのか、片桐さんに向かってそんなことを尋ねた。
……「胸」と「リョウ」という二つのキーワードだけでそこに辿り着けるというのもどうかと思うのだが。知っている人からすると真っ先にそれを連想してしまうのは仕方がないことだろう。
「そうよん。実はあの兄弟とはいわゆる幼馴染っていう間柄よ」
「そうだったのですか」
兄弟、ということは良太郎君だけでなく幸太郎さんとも知り合いだったと言うことか。
「765プロの話は何回か良や幸から聞いてたわ。今は移籍騒動だのなんだので大変みたいね」
控室へと案内される道すがら、片桐さんはそんな話題を振って来た。職務中の警察の方にしては随分と親しげというか馴れ馴れしいというか。ふとこれで普段の業務は大丈夫なのかと失礼ながら思ってしまったが、まぁきっと大丈夫なのだろう。
「プロデューサー殿……」
そんなことを考えていると、貴音にクイッと服の裾を引っ張られた。
一体何を……あぁ、そうか。
「えっと片桐さん、実はこの後のイベントでお願いしたいことがあるのですが……」
「? 何々?」
「はい。実は、先日からウチの貴音を狙ったパパラッチがまだ周囲をうろついているみたいなんです」
「あー……残念だけど、それをストーカーとしてしょっぴくってのは無理よ?」
「いえ、それは知っています」
詳しいことは省くが、ストーカー行為とは対象に対する特定の感情がなければ成り立たず、あくまでスキャンダル狙いのパパラッチを逮捕することは難しいのだ。さらに盗撮に関しても風呂場やスカートの中などの盗撮でなければ刑事事件として扱うことは出来ない、とのことだ。流石にそれはこちらの業界に入って来る際の勉強で知っている。
「きっとそのパパラッチが、また貴音のスキャンダルを狙って姿を現すと思います」
「そこで、現れたパパラッチを『好きに泳がせたい』のです」
「……調子に乗って尻尾を出したところを捕まえたいってことね?」
「はい。流石に警察のイベントでそこまで派手な動きをするとも思えないのですが……」
「言いたいこともやりたいことも大体わかったわ」
一応おねーさんも警察だからあんまりそういうことは推奨できないんだけどなー、と目を細める片桐さん。
「お願いできませんか?」
「……ま、いいんじゃないかしら? なんかそういうの面白そうだし」
「……頼んでおいてなんですけど、警官がそんな理由で動いていいんですか?」
「おねーさんは何も聞いていませんよー」
まるでいたずらっ子のようにニヤッと笑いながら片桐さんは片目を瞑った。
「ご苦労様」
「ありがとうございます」
来賓の方々と握手を交わす貴音。
一日警察署長の仕事はつつがなく終了した。
ただ一つ予想外だったことがあるとするならば、貴音がオープンカーに乗って街中をパレードした際の見物人の数が大分多かったというところである。どうやら先日の移籍騒動の記事がいい意味での追い風になったようだ。こうして貴音の知名度と人気が上がることは喜ばしいことなのだが、パパラッチに撮られた写真が原因と考えるとあまり手放しに喜べたものでもない。
このまま来ないのであればそれでいい。
しかし、パパラッチが姿を現す絶好の機会がやってきてしまった。
「制服も良くお似合いだね」
「……あなたは……」
「どうやら、例の件で迷惑をかけてしまったようですね」
来賓の中にいた人物、今貴音の目の前にいるのは、なんとエルダーレコードオーナー本人だった。
その時だった。
「おい! 何をしている!」
一人のカメラを構えた男が警官の静止の声を振り切って報道陣の中から飛び出してきた。
そしてそのまま貴音とエルダーレコードオーナーのツーショットを撮ろうとする。
まさか!
「ここ数日、わたくしの後を付けていたのはあなたですね!」
「ちっ!」
「待て!」
すぐさま反転して逃げ出そうとする男の前に回り込む。
「げっ、765プロ――!」
思わず失言したといった感じに男は手で口を押えた。どうやら当たりのようだ。
「大人しく――!」
男を捕まえようと飛び出した次の瞬間――。
――視界が反転し、空が見えた。
「ぐわ!」
「わりぃな、柔道黒帯なんだよ」
どうやら俺は男に投げ飛ばされたらしい。背中から地面に落ちて、痛みで身動きが取れない。
「止まりなさい!」
さっさと逃げ出そうとする男の背中に、渡されていた模型の銃を構える貴音。
「……へへ、笑えないジョークだな」
当然それが偽物だと分かっている男は、それでも笑いながら律儀に足を止めて振り返った。
「残念ながら、わたくしはジョークが苦手です」
「……そうかよ。……じゃあお前も大人しく――!」
(拙い!)
男が貴音に向かって飛びかかる。咄嗟に男の足を掴もうとするが、僅かに手が届かない。
「貴音!」
ビシッ チャリン
「イテッ!? ――おわっ!?」
突然バランスを崩して前方につんのめる男。
その一瞬の隙に貴音が男の体の下に潜り込んだ次の瞬間。
「ふっ!」
右手で相手の右手を掴み、左手を相手の体に添えた貴音によって投げ飛ばされる男の姿がそこにあった。詳しいことは分からないが、柔道というよりは合気道のような投げ方だったような気がする。
「女性に手を上げるとは……恥を知りなさい!」
「く、くそ……!」
「はーい、そこまでよー。暴行とか暴行未遂とか、諸々でお話聞かせてもらうからねー」
「イデデデデデデ!?」
まだ逃げ出そうと必死になるが腕を片桐さんがねじ上げたところで男はようやく観念したように項垂れた。
どうやら、これでようやく一件落着のようだ。
(それにしても、さっき何が……)
さっき男がバランスを崩した時、何かが見物人の人混みの中から飛んできて男の頭に当たったような……。
「ん?」
ふと地面を見てみると、何故かそこには一枚の五百円玉が落ちていた。
……さっき、チャリンっていう音がしたような気がしたけど……。
「まさか、これ……な、わけないか」
「ふむ、龍宮神社の娘さんほどの威力は出なかったけど、まぁこんなもんだろ。……しかし五百円玉はちょっとアレだったかな。かと言って十円玉や百円玉じゃ威力も出なかっただろうし。……まぁ、貴音ちゃんの婦警コスの見物料ってことでいいか。黒パンストサイコー」
「『一日署長お手柄! やり過ぎ悪質パパラッチを撃退!』……か」
午前中の仕事を終え、スタジオを出ながら折りたたんだ新聞の記事を読む。
昨日の貴音ちゃんの一日署長のイベントにノコノコと現れたパパラッチを貴音ちゃんが取り押さえ(正確には取り押さえたのは貴音ちゃんではなく早苗ねーちゃんだったが)、さらに『たまたま』その場にいたエルダーレコードのオーナーが移籍騒動を真っ向から否定。
これにて貴音ちゃんの移籍騒動は一件落着、というわけだ。
「それで? 先日から話題沸騰中の貴音ちゃんがどうしたのかな?」
「ふふ、初めて『でまち』と言うものをしてみました」
スタジオを出たところに、たった今新聞で婦警コスの姿を見ていた貴音ちゃん本人が立っていた。
特に示し合わせたわけでもないのだが、そのまま二人並んで道を歩く。
「新聞見たよ。これでようやく移籍騒動も収まりそうだね」
「えぇ。どうやら『親切などなたか』が、わざわざ海外出張中のエルダーレコードのオーナーに連絡を取って『こういう誤解は話題になっても誰も得しないから早々に否定するべきだ』と進言してくださったようで」
「へー、そんな親切な人がいたんだ。しかもエルダーレコードのオーナーに直接連絡取れるとか、相当な大物だったんだね、きっと」
「さらに、昨日カメラマンの男が襲い掛かって来た時に見物人に紛れて『五百円玉を投げ飛ばして』わたくしを手助けして下さった方もおられました」
「おぉ、平成の銭形平次って言ったところかな? 色んな人に支えられてるね、貴音ちゃんは」
「えぇ、本当に。今回のことで実感させられました。……時に良太郎殿、既に昼食はとられましたか?」
「ん? まだだけど……」
急な話題転換にちょっと呆気に取られて振り返る。
「それでは、わたくしと共に昼食はいかがでしょうか?」
そこには、銀色の王女と称される美しい笑みではなく、ニッコリと女の子らしい花の咲くような笑顔で――。
――五百円玉を掲げる貴音ちゃんの姿があった。
「……貴音ちゃんと昼食デートが出来るならそりゃあもう喜んで行くけど……いいの? それでパパラッチに写真撮られたばかりだっていうのに」
「本日はそれらしい視線は感じておりませんので、大丈夫です」
「視線って……」
視線とか気配とか、恭也とか士郎さんじゃないんだから……。
「それに、良太郎殿との写真であれば撮られても構いません」
「……貴音ちゃんがからかうと男はみんな本気にしちゃうよ?」
「ふふふ」
――本当は、ジョークは得意なのです。
おまけ『怯えるパパラッチの理由』
「和久井君、結局あいつが怯えていた理由は何だったのだ?」
「調べてみましたが、どうやら彼が撮影した写真の記事が原因で周藤良太郎ファンの妻子の怒りを買って、家を出て行かれたとのことでした」
「……想像以上に下らない理由だったな……」
・久々の早苗さん
Lesson24以来に久々の登場。
果たしてアニメでの出番は……と思ったけどそもそもCVがまだ付いていなかった件について。多分背景のモブの一人としてぐらいは出るんじゃないだろうか。
・良太郎の認識
良太郎「全く持って遺憾である」
・パパラッチとストーカー
前々から疑問に思っていたのでいい機会だから調べてみた。大体ヤフー知恵袋のおかげ。つまり写真を撮る際にはぁはぁしなければワンチャン!(世迷い言)
・五百円玉
たしか『羅漢銭』とか言うらしい。創作物では結構良くある攻撃。
・龍宮神社の巫女さん
多分色黒で豊満なぼでーの中学生。中学生に見えないとか言ったらきっと実弾で打ち抜かれる。UQでの再登場記念。
ふと「あんな攻撃したら巫女は巫女でも脇巫女なら全部グレイズして回収するんだろうなぁ」とかどうでもいいことを考えた。
・おまけ『怯えるパパラッチの理由』
何か伏線だと勘ぐった皆さん。残念! 本当にただこれだけで深い意味はありませんでした!
というわけで貴音回終了です。本当に書きたかったところは前回で終わっていたのでやや駆け足気味でした。
作者的には最後の良太郎と貴音の会話シーンが会心の出来。ギャグを絡ませにくい貴音ですが、こういう会話は本当によく合っていると思いました(小並感)
次回は千早回に入る前に新年記念の番外編を一つ書く予定です。
ヒントとしては「正月」×「アイマス」=「?」です。除夜m@sでは決してないです。
それでは皆さんよいお年を。
『どうでもいい小話』
最近『俺、ツインテールになります』にハマりました。原作も既読中です。
良太郎が転生したらとりあえず愛香に全身の骨という骨を砕かれるんだろうなと思いました(小胸感)