アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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前回のあとがきで書いた縛りプレイの内容が

『登場人物のセリフを五十音順のあいうえお作文にする』

だったことに気付いた人は何人ぐらいいたのかなー?(チラッチラッ


Lesson53 それは基本のさしすせそ 2

 

 

 

 若干の期待と幾ばくかの不安を胸に迎えた『高槻やよいのお料理さしすせそ』収録当日。

 

 一足先に楽屋入りした私とやよいは着替えとメイクを終え、備え付けられた椅子に座って待機していた。

 

「き、緊張するなー……」

 

 発した言葉通り緊張した様子のやよいと共に温かいお茶を飲む。別に文句を言う訳ではないが、こういう場所に備え付けられたお茶は少し安っぽくて好きではない。しかし今は自分も若干の緊張を解すためにいつものオレンジジュースではなく暖かいものが欲しかった。

 

「そんなに緊張する必要ないわよ。いくら周藤良太郎が結構な先輩だからって別に取って食べられるわけじゃないんだから」

 

「俺は良太郎君と仕事するのは結婚雑誌の撮影以来だな。だけどあの時はあずささんを探して色々と大変だったから良く分からないんだが、現場での良太郎君はどんな感じなんだ?」

 

 一緒に部屋にいたプロデューサーがそんなことを尋ねてくる。

 

「そうね……」

 

 普段の周藤良太郎を思い出す。事務所に激励に来た時や楽屋に遊びに来た時、テレビ局でたまたますれ違った時の周藤良太郎。そういう時の周藤良太郎は、何処にでもいそうな青年といった印象である。軽口を言っては律子にど突かれているところを見て、本当にこいつがあの『キングオブアイドル』である周藤良太郎なのかと疑問に思ったことは一度や二度ではない。

 

 しかし、一度カメラや観客の前に立つとその態度や雰囲気は一変する。真剣な面持ち、というのは表情が変わらない周藤良太郎には不適切な言葉であるかもしれないが、それ以外に表現する方法は私には思いつかない。

 

 

 

 ――周藤良太郎は、いかがですか?

 

 

 

 何と言うか、全身全霊、意識の全てが観客やカメラの向こうの人全てに向いているというか。仮にパフォーマンスをしている最中の周藤良太郎に話しかけることが出来たとしても全く反応されなさそうな気がして、しかしそれでいて周りの全てのことが視界に入っているような、口では説明しづらいそんな感じ。

 

 以前こんなことがあった。歌番組の収録中のこと、曲の間奏の最中に有志の子供達と一緒にダンスを踊る場面で上からピンスポ(ピンスポットライトの略)が落ちてくるという最悪の事故が発生した。しかし、何の前触れもなく周藤良太郎がダンスを中断し子供を抱えてその場を離脱したおかげで奇跡的に負傷者はゼロだった。まるで未来が見えていたような動きで、本人は「観客やカメラを前にしたアイドルは無敵なんだよ」と語っていた。

 

「……カメラを前にした周藤良太郎は誰よりも真剣で、誰よりも真面目」

 

 ――そして誰よりも、それこそ周藤良太郎を前にしたファンよりも『楽しんでいる』、そんな気がした。

 

 そう考えると、周藤良太郎が語った『無敵』という言葉は的を得ているのかもしれない。

 

 観客を前にした周藤良太郎は、無敵なのだ。

 

「……そうか。流石、アイドルの頂点に立つと称されるだけのことはあるな」

 

 ……ただ、一つだけ気になることがあるとするならば。

 

 

 

 ――いい? 伊織。あいつと『バラエティー番組』で共演する時は覚悟しなさい。

 

 

 

 以前、律子から言われたその一言が妙に引っかかっている。

 

 元々周藤良太郎は歌や踊りを重視するタイプのアイドル。歌番組やライブ、コンサートを主な活動としており、ほとんどバラエティー番組には出演しないことで有名である。他のアイドルならば新曲やイベントの告知のために様々な番組に出演するのだが、そこは『あの』周藤良太郎。大々的な宣伝をせずとも毎週のように出演している歌番組のトーク内で発言するだけで十二分に事足りることから、皆の周藤良太郎に対する関心の高さが窺える。ちなみにウチの事務所の場合は、周藤良太郎の新曲は真っ先に購入する美希が浮かれることで、周藤良太郎のライブやコンサートは抽選が外れた美希が落ち込むことでみんなが把握していた。

 

 話が逸れたが、要するに周藤良太郎はあまりバラエティー番組に出演しない、ということだ。故にバラエティー番組で周藤良太郎を見かけることはほとんど無く、バラエティー番組での周藤良太郎がどんな感じなのかが分からない。それに加え、律子からの言葉である。

 

「水瀬伊織さん、高槻やよいさん、そろそろ時間ですのでお願いします」

 

 私とやよいがお茶を飲み終えると丁度スタッフが私達を呼びに来た。

 

「よし、それじゃあ行くか」

 

「はい!」

 

 プロデューサーの言葉に元気よく立ち上がるやよい。

 

 ……何だろうか、先ほどの緊張感と入れ替わりでやって来たこの言い知れぬ不安のような何かは……。

 

 

 

 

 

 

 今日のお仕事は久しぶりのバラエティー番組である。収録前の時間を楽屋でのんびりしつつ兄貴と駄弁る。

 

「俺がバラエティーに出演するのっていつ以来になるんだろうか?」

 

「春先のトーク番組以来じゃないか?」

 

 そんなに出演してなかったのか。いや、別に意図的にバラエティー番組の類に出演しないようにしてたとかそういう訳でもないのだが、やっぱり個人的に歌って踊っていた方が楽しいからそちらの仕事を優先してしまっていた。仕事のえり好みはよくないと分かっているのだが。

 

 しかし今回は765プロのやよいちゃんの冠番組ということで、話が来た途端即座にオッケーサインを出してしまった。いやぁ、依怙贔屓をするつもりはないのだが、やはりお気に入りの事務所のアイドルとの仕事は楽しみなのだ。

 

「のんびりしてるけど、兄貴は打ち合わせじゃなかったか?」

 

「っと、確かにそろそろ時間だな。それじゃあ、しっかりな。スタッフや共演者を困らせるんじゃないぞ」

 

「口を揃えて言われることだけど、何? 俺ってそんなに周りの人を困らせるような性格してる?」

 

「あぁ」

 

 断言されてしまった。誠に遺憾である。

 

「何と言うか、お前は人を困らせる癖みたいなものがあるからな」

 

「癖とまで申すか……」

 

 そんなやり取りをしている間にスタッフが収録開始が迫っていることを告げにやって来る。

 

「それじゃあ、しっかりな」

 

「はいはい」

 

 最後まで念押ししてきた兄貴を適当に見送り、俺は収録スタジオに向かうのだった。

 

 やよいちゃんのイメージカラーであるオレンジ色が強調されたスタジオ内に入って真っ先に目に入るのは、大きく掲げられた番組タイトルの看板。そしてシンクやガスコンロといった調理設備。『高槻やよいのお料理さしすせそ』はその番組タイトルの通り料理番組のため、当然スタジオ内には調理設備が整っている。ちなみにこういった最近の料理番組では大体IHクッキングヒーターを用いている場合が多いのだが、やよいちゃん本人の要望で普段彼女が家で使用しているガスコンロを使用しているという裏話。

 

「周藤良太郎さん、入られましたー!」

 

「おはようございます!」

 

「おはようございまーす!」

 

 俺がスタジオに入ったことに気付いたスタッフ達が一斉に挨拶をしてくる。実はちょっとだけスタッフたちのこの対応に困っていたりする。確かに俺も世間一般的にトップアイドルだのなんだの言われていて、それを否定するつもりはない。だけど俺より先輩のアイドルがいる中でその先輩アイドルにかける声よりも大きな声で挨拶してくるのはどうかと思うんだよ。いや、その先輩アイドルまでもが率先して頭を下げてくるのも問題なんだが。たまに俺自身も芸歴四年じゃないんじゃないかと錯覚を起こしそうになる。

 

「あ、良太郎さん! おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」

 

「……よろしくお願いします」

 

 スタッフの皆さんに挨拶を返していると、今回共演するやよいちゃんと伊織ちゃんが赤羽根さんと共にこちらにやって来た。二人とも番組のロゴが入ったお揃いのエプロンを身に付けている。

 

 こうして見るとやっぱりこの二人は小さいなぁ、流石事務所で一番小さい二人である。特にチョコチョコと小走りでやって来るやよいちゃんは、中学生だというのに小学生のなのはちゃんを彷彿とさせて保護欲が掻き立てられてくる。

 

 おはよう、と挨拶を返しながら思わずやよいちゃんの頭を撫でる。

 

「? どうしたの伊織ちゃん、何か変な表情してるけど」

 

「うっ……い、いや、何でもないわよ! ……です」

 

 苦虫を噛み潰したというか飲み下したというか。あれ? もしかして共演嫌がられてる?

 

 しかしそれ以上に気になったのは、伊織ちゃんの口調である。前々から気になっていたが、最初の激励の時は普通に喋っていたのに、改めて仕事の現場で竜宮小町として会った時は今みたいなため口以上敬語未満みたいな喋り方になっていた。

 

「伊織ちゃん、別に無理して敬語を使う必要ないよ? そりゃあ他の目上の人に対しては敬語を使った方がいいけど。俺に対してだったらりっちゃんほど厳しく言うつもりはないよ」

 

 現に同い年とはいえアイドルとしては後輩の冬馬もため口で話しているし。自分は目上の人間に対しての敬語を使うが、俺自身に対しては深く言わない。勿論、舐めた『態度』までは許容しないが、大体そういう奴はいつの間にかいなくなっていたりするし。

 

「……後になって元に戻せとか言っても聞かないわよ?」

 

「言わないよ」

 

「……それじゃあ言わせてもらうけど……アンタいつまでやよいの頭を撫でてるのよ!」

 

「おおっと」

 

 言われて気付けば、先ほどから俺の右手はずっとやよいちゃんの頭を撫でていたようだ。やよいちゃん自身も「えへへ」と笑いながら一切の抵抗をしないので全然気づかなかった。

 

「アンタ、そうやっていつも女の子に触れてるんじゃないでしょうね……」

 

 さりげなくやよいちゃんの腕を引っ張って俺から距離を取ろうとするジト目の伊織ちゃん。その視線いいです! ……じゃなくて。

 

「失敬な」

 

 触るのであればむ……じゃなくて、実際俺にそんな根じょ……でもなくて。

 

 多分なのはちゃん他近所の知り合いの女の子の頭を撫でる機会が多かったから、というのが妥当な言い訳だろうか。しかし昨今、肩に手を置いただけでセクハラと訴えられるご時世だ。今後は大乳な女の子だけじゃなくても用心せねば。

 

「い、伊織ちゃん、いくらなんでも良太郎さんに失礼だよ……?」

 

「ふん、変態はうちのプロデューサーだけで十分よ!」

 

「……赤羽根さん……?」

 

「そんな目でこっちを見ないでくれ!? 別に何かあったわけじゃないぞ!?」

 

 ……ふむ、二人とも若干緊張してたみたいだけど、結構解れたみたいだな。

 

 そんなこんなで、ようやく本番が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

「高槻やよいの『お料理さしすせそ』! 今日のゲストは竜宮小町の水瀬伊織ちゃん! そしてスペシャルゲストの周藤良太郎さんです!」

 

「チャーハン作るよ!」

 

「作るもの勝手に決めるな!」

 

 

 

 大丈夫大丈夫、対象に向かって米をぶちまけるわけじゃないから。紐や糸的な意味で。

 

 

 




・「観客やカメラを前にしたアイドルは無敵なんだよ」
実は良太郎というキャラクターのコンセプトだったりする。

・周藤良太郎はあまりバラエティー番組に出演しない
別に作者的に面白いトークを書く自信がないからってわけじゃないんだからね!?

・たまに俺自身も芸歴四年じゃないんじゃないかと錯覚を起こしそうになる。
作者も起こしそうになる。

・なのはちゃん他近所の知り合いの女の子
改めて確認した設定資料でのロリ率の多さにびっくりした。
なお全員登場するかどうかは()

・紐や糸的な意味で。
前回の感想で何人かに言われて便乗してみた。
実は作者がネタ小説を書くきっかけとなったリリカルなのはの名作二次創作。他の作品とは打って変わってへなちょこななのはが可愛い。
作者さん、帰ってきてくれないかなぁ(チラッチラッ



 (MH4Gの誘惑に)俺は勝ったぞ……!

 なお今回も簡単な隠し文章を仕込んでみた。回答者はいるのかなー?

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