それは、あり得るかもしれない可能性の話。
「なぁ、風花」
「はい、なんですか良太郎君」
「ちょっとおっぱい出し過ぎじゃない?」
「出してないですよ!?」
キッチンで鼻歌交じりに洗い物をしていた風花が顔を真っ赤にして
「いきなり何を言い出すんですか!?」
「いや、少し気になって」
「……す、少しだけなんですか?」
「風花のおっぱいにはいつも興味津々だよ」
いやそうだけどそうじゃない。
プンプンと怒りつつも何かを期待するような目の風花が、ソファーでくつろぐ俺の隣に腰を下ろした。
「ほらコレ」
「……あっ」
俺が広げた雑誌を見せると、風花は何かを察した様子で口元を引き攣らせた。
それは今日発売の青年誌で、巻頭カラーで風花の水着グラビアが掲載されていた。実にアイドルらしい純白で常日頃から清純派としての活動を熱望している風花にピッタリの水着なのだが、ビキニタイプである以上
「おっぱい丸出しじゃないか」
「丸出しじゃないですよ!? ちゃんとしまってありますよ!?」
「いや殆ど零れちゃってるじゃん……ほらコレとか」
「誤解を招くようなことを言わないでください! そして私のグラビアをまじまじと見せないでください!」
真っ赤になって目を逸らす風花。まるで俺がいやらしいものを見せているかのような反応だが、これ君の写真だよ? ……イヤラシクナイヨ?
「『清純派アイドルが君だけに魅せる大胆な姿』」
「煽り文を読まないでください!」
「『ふふっ、私だって、こういう水着を選んだりしちゃうんですよ……?』」
「台詞も読まないでください!」
「本当に言ったの?」
「言うわけないじゃないですか~!」
だよね。
「うぅ……良太郎君のいぢわる……」
「ごめんって」
真っ赤になった顔を手で覆いつつ、しかし甘えるように身体をこちらに傾けてくる風花をなでなでして慰める。全くの無意識の内に左手が彼女の胸へと伸びそうになったが、咄嗟に右手で左手を叩き落として阻止することが出来た。
「それで……?」
「……それで、とは?」
「どうしてそんなことを言い出したんですかっていうことですよっ」
「俺なんて言ったっけ?」
「……良太郎君、わざと言わせようとしてますよね?」
どうやら俺のささやかな企みはあっさりとバレてしまったらしく、風花にジト目で睨まれてしまった。
「そうそう。最近の風花のおっぱい出し過ぎ問題についてだったな」
「だから出してませんって」
「………………」
「……み、水着姿という意味では……まぁ……」
再び風花に見せるように雑誌を広げてトントンと指で叩くと、彼女はそっと目を逸らした。
「といっても別にそんなに深い意味はないんだけどな」
「えぇ!? こ、これだけ大騒ぎしておいてそれですか!?」
「騒いでたのは風花だけなんだけど」
純粋に「おっぱい出てるなぁ」とか「相変わらずのおっぱいだなぁ」とかそういう感想である。
「この前、自信満々に『今日こそちゃんとプロデューサーさんに物申します! えぇ言ってやりますとも!』って意気込んでたっていうのに、結局押し切られちゃったのか」
「それはっ」
「それは?」
「………………」
再びついっと目線を逸らす風花。押し切られちゃったんだろうなぁ……。
「………………」
「もうっ! もうっ! 良太郎君ってば、本当にもうっ!」
「いきなり飛ばしますわね。……もうジョッキが空きましたわ」
良太郎君とのやり取りがあった翌日、私は千鶴ちゃんと一緒にご飯を食べに来ていた。本当はこのみさんや莉緒さんに愚痴を聞いてもらうつもりだったのだが、生憎二人は予定があって捕まらず、代わりに「良太郎と何かありましたの?」と声をかけてくれた千鶴ちゃんと共に居酒屋『しんでれら』へとやって来た。
アイドルたちがお忍びでよく訪れるというこの居酒屋は今日もガラガラでお客さんがおらず、しかし私たちにとってはありがたいことで変装も会話の内容も気にする必要がなかった。
「聞いてくださいよぉ!」
「聞いていますわ」
ビールのお代わりを頼みつつ、早速千鶴ちゃんに昨日のことを話す。
「私、良太郎君のお家でご飯を食べてたんですよ」
「まさか『私も美味しく食べられちゃいました』っていうオチじゃないですわよね」
「そんなわけないじゃないですか!?」
「冗談ですわ」
良太郎君の幼馴染のお姉さんというだけあって、相変わらず千鶴ちゃんとの会話は良太郎君とのやり取りを彷彿とさせるものだった。
「今更そんなことを報告するはずないですもんね」
「……ちょっ、ちょっと待って。私と良太郎君が……その、そ、
「この期に及んで『まだしてない』って言うつもりですの?」
「………………」
店員さん、ごめんなさい、その生ビールを置いたら今度は日本酒お願いします。辛口のちょっと強い奴。
「それでですねぇ!」(クソデカボイス)
「のっけから弄りすぎましたわね……」
アルコールが全身を巡っていい感じにふわふわしてきたところで、私はようやく本題を切り出すことが出来た。
「昨日の夕飯の後、いきなり良太郎君が私のグラビアが載ってる雑誌を見せてながら『おっぱい丸出し』とか言い出すんですよぉ! 誰のために出してると思ってるんですかぁ!」
「丸出しはしてないでしょう落ち着きなさい店員さん(女性)ビックリしてるから」
私が未だに露出の多いグラビアの仕事を続けている理由。それは私が流されやすく強く断れないからという理由もあるのだけれど……。
――良太郎君、喜んでくれるかな。
どうしてもそんなことを考えてしまうのだ。自惚れでも自意識過剰でもなんでもなく、事実として良太郎君は私の身体を好いてくれている。少しだけ恥ずかしいけれど、良太郎君に見てもらえると考えると別に嫌じゃなかった。
だから思わず露出の多い仕事を受け入れてしまう。勿論プロデューサーさんもある程度加減はしてくれるし、私の望み通りの清純派なお仕事もしっかりと持ってきてくれる。
それでも尚、少しだけ刺激的なグラビアの仕事を受け入れているのは……間違いなく良太郎君のためだった。
「……それなのにもう! 良太郎君はもう! 本当にもう!」
「分かってはいましたけど、やっぱり壮大な惚気でしたわね……貴女も良太郎も、お互いがお互いのことを大好きなようで何よりですわ」
千鶴さんは苦笑しつつそんなことを言うが、私はイマイチぴんとこない。
「私は勿論大好きですよ! でもあんな言い方、まるで良太郎君は私の仕事を嫌がってるみたいじゃないですかぁ!」
おっぱい星人のくせに! 私のおっぱい大好きなくせに!
「……え? もしかしてそれ本気で言ってますの? 本気で気付いていないんですの?」
だというのに何故か逆に千鶴さんから驚かれてしまった。
「もう! 千鶴さんまでなんですか! 言いたいことがあるならはっきりと言ってください!」
「だからそれってつまり――」
――良太郎からの『独占欲』でしょう?
「………………え?」
「多分良太郎も良太郎で自分のことなのに気付いていないんでしょうけど、そういう意味でも貴女たちは本当にお似合いですわね」
「………………」
アルコールにより若干働きが鈍くなっている頭で千鶴ちゃんの言葉の意味を考える。
「……そ、それはつまり……良太郎君は『私のグラビアを他の人に見せたくない』って思っている……と……?」
「断言はしませんが『あの良太郎が水着グラビアに対して苦言を呈した』と考えるとそれなり可能性が高いと考えていますわ」
「そ、それじゃあ……」
昨日のやりとりを思い返す。私のグラビアに対して『胸を出し過ぎじゃないか』と言った良太郎君は相変わらず無表情で、最近は少しずつ分かるようになったけどそれでも感情の機微は少しだけ分かりづらくて、だけどほんの少し、自分でも気付いていないような『恋人である私に対する独占欲』に胸を燻らせていたとしたら……。
「………………」
「風花?」
「っ」
「ちょっ、流石にその量の日本酒を一気飲みは危ないですわよ!?」
残っていたお酒を一気に煽る。
「帰ります!」
今すぐ良太郎君の家に行って彼のことを抱きしめたくなってしまった。
「もう! なんなんですかっ! そんなに私のことが大好きならもっともっと大好きすればいいじゃないですか! もう私の身体なんて良太郎君のものみたいなものなんですからっ!」
「それを私の目の前で言ったという事実を明日になったら忘れているといいですわね」
「私のお勘定ここに置いておきますね! それじゃあ千鶴さんさようなら!」
「そんな
「……店員さん、タクシーお願いします!」
「来るまで時間がかかりますから座っていなさい」
「それじゃあその間、ハイボールお願いします!」
「大人しくお水を飲んでいなさい」
「千鶴、昨日いきなり風花がウチに来たと思ったら泥酔状態な上によく分からんことを言いながら滅茶苦茶キスされたんだけどなんか知ってる?」
「やっぱりそうなりましたのね。というかそれを容赦なくバラすのは流石にオニチクじゃないですの?」
「その会話を私の目の前でする二人ともオニチクですっ!」
・風花@まだ同棲してない
今回の一件後に多分する。
・『しんでれら』
もう最終巻間近かぁ……。
・『独占欲』
自分からの好意にも疎い奴。
久しぶりに恋仲○○書くなぁって思ったら、まさか特別編を除けば半年以上書いてなかったとは思わなかった……という風花回でした。なんで本編での関わり少なかったんだ……?
次回からは非出演者サイドのお話です。
『どうでもよくない小話』
ヴィアラのお三方、正式デビューおめでとうございます!
そしてまさかの876プロダクション所属!
これは来年(に開催すると勝手に決めつけている)のMOIW2025が楽しみですねぇ!