「あ~恥ずかしかったぁ……」
「メグミ、だいじょーぶ?」
「だいじょぶだいじょぶ~……」
「全然大丈夫じゃなさそう……」
リハーサルと言う名の
「お帰りなさぁい、
「
「流石に怒るよぉ!?」
そんな恵美さんにコロコロと笑うまゆさんとニヨニヨと笑う志希さんからの入念な追撃が入った。涙目で怒る恵美さんだが、まゆさんと志希さんはキャーと楽しそうに悲鳴を上げているので全く堪えている様子はない。
「恵美さんへの羞恥プレイはさておき」
「ちょっと志保ぉ!? 今なんて言ったぁ!?」
「流石に的確な演出指示が入りましたね」
「……うん」
また揶揄われるのではと一瞬身構えた恵美さんが可愛くて内心でニヤニヤしつつ、先ほどまでの良太郎さんと麗華さんの演出へと思考を傾ける。
先ほどは天ヶ瀬さんに怒られて中断することになったものの、演出が悪かったわけではなく、寧ろ二人とも普段は演出を受ける立場だというのに的確な指示を出していたと思う。ただ二人の『演出の方向性』に相違があった。
――『周藤良太郎』は
――『東豪寺麗華』は
私はこのように考えている。
良太郎さんはそのアイドルが元々持ち合わせている特性というか特色を前面に押し出すことで、そのアイドルが自然と魅せることが出来るような演出、言わば『アイドル本人が魅せたい自分を魅せる』演出。
一方で麗華さんは客観的に見てそのアイドルに求められているポイント、いわばファンのツボとも呼べる点をしっかりと押さえている、言わば『ファンが見たがっているアイドルを魅せる』演出。
極端に振り切ったようなことは流石にしないものの、これまでの演出を見ていると私はなんとなくそんな風に感じた。
だからその二つが嚙み合っているときは二人とも反発することなくサクサクとリハーサルが進行し、その僅かな相違が二人の言い争うポイントになってしまうということだ。
「でも私は、ちょっと恵美ちゃんが羨ましいなぁ」
「えぇ!?」
突然そんなことを言い出したのは、たまたま近くにいた春香さんだった。
「ま、まさか春香さん……そ、そういう趣味が……!?」
「えぇ!?」
「もしや普段よく転ばれるのはぁ……」
「違うよ!? 何を言おうとしてるのか知らないけど、違うよまゆちゃん!」
「恥ずかしいのが嬉しいってコト?」
「お願いだから言葉にしないで志希ちゃん!」
(……周藤良太郎さんの事務所の人って……なんというか……みんなこんな感じになるのかな……)
何故か琴葉さんの目がちょっと引いているように見えたが、私は決して同類ではないので一緒にしないで欲しい。
「そうじゃなくて! 良太郎さんと麗華さんに
顔を赤くしながらも話題を戻した春香さんだったが、その発言には「おや?」と首を傾げる。
「プロデュース……ですか?」
「そう、プロデュース! ……確かに今回のステージでの演出ではあるんだけど、二人ともそれぞれ違う方針で恵美ちゃんを魅せようとしてくれたわけじゃない? それはつまり『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』の二人から
「……それは」
「一理ある……かも?」
すっきりと納得は出来ないものの、じわじわと春香さんの言いたいことが分かってくるような気がした。
確かにそうだ。良太郎さんと麗華さんのそれぞれの演出の違いは……プロデューサーとしての方針の違いとも捉えることが出来るのか。
(良太郎さんがプロデューサー、か)
思えば、普段のアドバイスもそれに近いものだったのかもしれない。
それは社長とはまた違う視点からの、現役のトップアイドルの視点だからこそのプロデュースであって、例えば
(……そんなこと、あるはずないですよね)
さてそんな会話を終えて舞台袖に戻ってくると、何やらPA席の方が騒がしい。
「ホンットにお前らはさっきから黙って聞いてりゃチピチピチャパチャパ……」
「なんで猫ミームに汚染されてるんだよ」
「アンタまで混乱したら収拾つかなくなるんだから落ち着きなさい天ヶ瀬冬馬」
どうやらまたやらかしたらしい。今度の被害者は……310プロの八神はやてさん。彼女もまた恵美さんのようにムードメーカータイプの子だったようだが……それゆえに、恵美さんと同じようにやられてしまったようだ。顔を赤くしながら視線を宙に漂わせ、両手も所在なさげにフラフラしていた。
「す、凄いですね……天ヶ瀬さん……」
「あの『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』に正座させてお説教してる……」
765プロの最上さんと春日さんが、PA席の三人の様子を見ながらそんな会話をしていた。ちなみにここからではマイクを使っていない三人の会話の内容までは聞こえていないのだが……なんとなく、別にそれほど深刻な会話はしてないじゃないかと思う。
「やっぱりあの『Jupiter』のリーダーなだけあって、二人とも対等なんだなぁ……」
「実質男性アイドルナンバーワンだもんね」
「なぁしほ、やっぱり事務所でもあんな感じなのか?」
「……良太郎さんはまぁ、あんな感じですよ。天ヶ瀬さんは……まぁ」
「「へー、やっぱり凄いんだなぁ」」
そんな悠介さんと享介さんの反応が、世間一般の『天ヶ瀬冬馬』の評価そのものであった。
日本で一番のトップアイドルは『周藤良太郎』であることは語るまでもない。二番目のトップアイドルも『東豪寺麗華』であることに異を唱える者はいない。しかし三番目のトップアイドルは複数のアイドルの名前が候補として上がる。
魔王エンジェルのユニットメンバーである『朝比奈りん』、おなじく『三条ともみ』、そしてジュピターの『天ヶ瀬冬馬』だ。
『周藤良太郎』の影響で男性アイドルの激減した覇王世代で唯一生き残った男性アイドルユニットというのは、ただそれだけで最高峰の評価に値する存在。その中でも『天ヶ瀬冬馬』は、ある種の例外と呼んで差支えの無い『周藤良太郎』を除けば、間違いなく日本の男性アイドルの頂点なのだ。
――おいこら良太郎っ! お前いい加減にしろよ!?
――いい度胸だなぁ佐久間あああぁぁぁ!
――翔太ぁぁぁ!? 裏切ったな貴様ぁぁぁ!?
(……普段の事務所では、なんというか、こう……)
この人もまた、良太郎さんとは別の意味で実は残念な人物の部類されてしまう辺り、大変失礼ながら本当に不憫で仕方がない。天ヶ瀬さんは何も悪くないのに、如何せん周囲の人間からの扱いが雑過ぎるのだ。ちなみに直接的加害者になることは殆どないものの、伊集院さんは伊集院さんで基本的に天ヶ瀬さんのことを見捨てるのでほぼ同罪だと思っている。
さて、どうやら再び二人のプロデュース方針……ではなく演出方針の相違があったため天ヶ瀬さんに怒られているようだが、結局リハーサルが中断しては意味がない。
「……これはいっそのこと、休憩を挟んだ方がいいのかもしれんな」
「社長」
総合プロデューサーとしてスタッフと打ち合わせをしていたはずの社長が舞台裏にまでやって来た。恐らくスタッフから話を聞いているのだろうけど、それだけで現状をしっかりと把握しているところが流石である。
「二人で演出をするのはいいんですけど、やっぱりどちらか一人に演出をしてもらった方が良かったんじゃないですか?」
そもそもの話、総合演出という本来一人が担当する役職を二つに分けたことが現状の原因なのである。良太郎さんらしい演出、もしくは麗華さんらしい演出のどちらかが無くなってしまうのはそれはそれで惜しい気もするが、現実の問題として着々と時間が無くなっているのだ。
「いや、どれだけ指示が的確だったとしてもやっぱり良太郎も麗華ちゃんも演出に関しては素人だから、お互いに補完してもらった方がいい」
「でもその結果がアレですよ」
視線の先では、正座から立ち上がった良太郎さんと麗華さんが天ヶ瀬さんを含めて三人でよく分からない武術のような構えでお互いを牽制し合っていた。あんなふざけた様子だっていうのに多分会話の内容自体は至極真面目なのだろうからなんか腹立つ。
「……実を言うと、アレは想定内なんだよ」
「あのやり取りがですか?」
「いや流石にアレは想定出来ないけど」
あ、真っ先に天ヶ瀬さんが潰された。
「良太郎と麗華ちゃんが仲良しこよしで一つの仕事を一緒に出来るなんて考えてないよ。知ってる? アイツらって一緒にご飯食べに行って注文が被ると絶対に注文変えるんだよ」
「それはもう逆に仲良しなのでは?」
そのときの光景が凄く簡単に想像出来るし、良太郎さんの横に座っているであろうりんさんの笑顔も目に浮かぶ。
「でも、今回の場合はそれをしてもらうことで『お互いに高め合ってもらう』ことが出来る。寧ろこれは『周藤良太郎』と『東豪寺麗華』だからこそ出来ることだ」
「……ダイヤモンドカットダイヤモンド、ってことですか」
天才に影響を与えることが出来るのは、やはり天才なのである。
「それと、それを見越して最初からリハーサルに何時間もかかっていいように予定したんだから。多少の時間オーバーは織り込み済みだよ」
「流石社長……えっ」
流石社長だけでは済まない発言が聞こえたような気がしたんですけど。
「あの……しゃ、社長?」
「なに?」
「……ほ、本当にJANGO先生が来れなくなったのは……『想定外』なんですよね?」
「……勿論」
「どっちの意味ですか!? 『勿論想定外』なんですか!? それとも『勿論想定していた』っていう意味ですか!?」
そろそろ慣れたつもりではあったけれど……やっぱり社長は優秀なんて言葉では表せられないぐらいに怖い何かであった。
・「恵美さんへの羞恥プレイはさておき」
123で一番強い毒を吐く少女。
・『周藤良太郎』はアイドルを魅せるための演出。
良太郎は「おら! 俺を見ろ!」っていうアイドル。
・『東豪寺麗華』はファンに魅せるための演出。
麗華は「ほら! アンタたちこれが見たいんでしょ!?」っていうアイドル。
・「恥ずかしいのが嬉しいってコト?」
天海春香一人羞恥プレイ説。
・「黙って聞いてりゃチピチピチャパチャパ……」
このフレーズが脳内にこべりついて離れない。
・「……勿論」
アイ転世界のビッグワン。
これが本当の『アイドルマスター』っつってね。
なんか兄貴の発言がホラーみたいになったけど、まぁ色々と想定した結果こうなったってだけですよホントダヨ。