アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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シリアス長いお……。


Lesson49 不穏なフラグ 2

 

 

 

「ちょっと! これ、どういうことよ!?」

 

 それは、一冊の雑誌が始まりだった。

 

「ど、どうしたんだ伊織?」

 

「これよ! これ!」

 

 そう言いながら伊織は一冊の雑誌を俺の机の上に叩きつけた。それは今日発売のテレビ情報誌『ザ・テレビチャン』だった。フルーツを持った芸能人が表紙を飾ることで有名な月刊誌で、先日765プロの全員がフルーツをモチーフにした衣装で表紙の撮影を行った。今月号はその時の写真が表紙を飾る予定だったはずなのだが……。

 

「な、何だ、これ……!?」

 

 今しがた伊織が机に叩きつけた今週号のテレビチャンの表紙に765プロのみんなの姿はなく、代わりに961プロの『Jupiter』がフルーツを持っている姿が表紙になっていた。

 

「な、何でジュピターが……?」

 

「今月号じゃなかったのかしら……?」

 

「いや、そんなはずはないんだが……」

 

「じゃあどういうことなのよ!?」

 

 自分たちが表紙を飾るということで伊織が雑誌を購入してくるのを楽しみにしていた他のみんなが「何事か」と集まって来る。みんな、自分たちが載るはずだった表紙が違うものに変わってしまっていることに困惑している。

 

「事前に連絡とかなかったの!?」

 

「いや……」

 

「私も聞いてません……」

 

 小鳥さんや律子、当然俺にも連絡はない。

 

「何かダメだったのかな……」

 

「き、きっと私の表情が暗かったから……!」

 

「そ、そんなことないわよ」

 

 みんな、自分たちが何かしてしまったのではないかと不安になり始めている。

 

 とりあえず事情を聞かなければならない。携帯電話を取り出し、テレビチャンの編集部へと電話を掛ける。

 

『はい、テレビチャン編集部です』

 

「もしもし、765プロの者ですが。今月号の表紙の件でお聞きしたいことが――」

 

『大変申し訳ありません!』

 

 あるのですが、と続けようとした言葉は、唐突な謝罪によって遮られてしまった。あまりにも唐突すぎて思わず呆気に取られてしまう。

 

「あ、あぁいや、そうじゃなくて! ウチとしては事情が知りたいんです」

 

 もし本当に何か自分たちに原因があったのでは、という可能性だって当然存在する。だからまずは表紙の差し替えが起こった原因が知りたかった。

 

『ご立腹はもっともです! 本当に、申し訳ない! すみません!』

 

 しかし返ってきた言葉は、変わらず謝罪の言葉だった。

 

『私の立場ではお話しすることが出来なくて……し、失礼します!』

 

「え、ちょ、ちょっと!?」

 

 一体何が、と問おうとした言葉に返ってきたのは、ガチャ、ツーツーという機械音だけだった。

 

 

 

 

 

 

「……やられた……」

 

 テレビ局のロビーに備え付けられたソファーに深く座り込みながら天井を仰ぐ。俺の手から離れた雑誌がソファーの上に乱雑に投げ出される。

 

 雑誌は先日発売したばかりのテレビ情報誌『ザ・テレビチャン』。前々から美希ちゃんや真美が「今度テレビチャンの表紙を飾る」と楽しげに話すのを聞いていたので俺自身も楽しみにしていた。

 

 しかし発売日になったら来るとばかり思っていた発売自慢メールが全く来なかった。特に真美は自分が出た番組や雑誌などは逐一写メ付のメールで自慢してくるというのに、表紙を飾るという大役を果たした雑誌ならば速攻で来るはずの自慢メールが全く来ない。

 

 そして今日確認してみたテレビチャンの表紙を飾っていたのは、765プロのみんなではなく、ジュピターだった。桃を手にした北斗さん、リンゴに噛り付く翔太、そしてメロンを抱える冬馬。普段の俺だったら「おいおいご立派なバナナはどうしたんだよ」とかそんな感じのコメントをするところだが、今はそんな気になれない。

 

「……こりゃあ、確定、かな……」

 

 

 

 先日の竜宮小町のドタキャン事件。りっちゃんに連絡を取ったところ、番組プロデューサーから一方的に出演者の変更が告げられたとのことだった。つまり竜宮小町のドタキャンはやはりテレビ局側の嘘だったということになる。さらに仲のいい番組スタッフと少しばかり『オハナシ』させてもらったところ、何やら上からのお達しだったという情報を得た。

 

 竜宮小町からジュピターへの出演者変更。

 

 765プロからジュピターへの雑誌表紙差し替え。

 

 番組スタッフにかけられる上からの圧力。

 

 自分にはもう、これら全てが961プロの差し金としか思えなかった。

 

 とりあえず番組スタッフには「俺も共演を楽しみにしてたアイドルが出演しなくなると機嫌悪くなることだってあるんですよ。……分かりますよね?」と釘は打っておいたので、このテレビ局でそのようなことは二度と起こらないだろう。『とある事情』によりテレビ局の皆さまはこぞって俺を出演させたがるので、これぐらいの無理は聞いてくれるはずだ。何も「絶対に出せ」「言うこと聞かないなら出演しない」と言っているわけでもないのだ。

 

 テレビ局側からもわざわざ番組プロデューサーが楽屋に出向いて「今後はこのようなことが無いようにします」と頭を下げに来た。これには流石に申し訳なさが先に立ったが、ただ無理な出演取り消しを二度としないでくれればそれでいいのだ。そもそも俺だって本当はこんなことしたいわけではない。自分だって「出演させてもらっている」側であることに間違いはないのだから。

 

 俺はテレビや雑誌など間接的な手段でしか牽制することが出来ない。以前、こだまプロのプロデューサーに対して直接『オハナシ』したことがあったが、あれはただ単に俺の『周藤良太郎』という名前に怯えてくれただけの話。同じ手が961プロの黒井社長に効くとは到底思えない。

 

 所属アイドルの出演機会を奪えば十分な報復だろう。しかし、それは絶対に選択しない手段。何があろうともそれだけは絶対にしない。したくない。してはならない。

 

(もうちょっと気にかけとくべきだったか……)

 

 いや、俺が何かしたところで今回のこれを防げた自信はない。トップアイドルと言われ、メディアに対する影響力をある程度持っていたとしても、所詮俺はたかだか芸歴四年少々の小僧なのだ。例え前世を含め四十年近く生きてきたとしても、相手はこの業界で三十年以上戦い続けている猛者。人脈や策略に関しては俺などでは手も足も出ない。寧ろこうしてトップアイドルと言われ続けている現状に少々の疑問を浮かべてしまうほどだ。

 

 

 

 ――だからこそ、私達が守ってあげないといけないのよ。

 

 ――権力なんていうくだらない大人の都合から、キラキラと輝く子供たちの夢を守るのが、私達『大人』の役目よ。

 

 

 

 結局俺は、何も守れていないのだ。

 

 

 

「よお、良太郎」

 

「あ、りょーたろー君、おはよー!」

 

「チャオ、良太郎君」

 

 ロビーの天井の蛍光灯をじっと眺めていると、背後から声をかけられた。んあ? とそのまま首を後ろに倒して背後を確認する。

 

 そこにいたのは、ジュピターの三人だった。三人とも私服で、たぶん今から『入り』なのだろう。

 

「……よ、三人とも。これ見たぜ」

 

 そう言いながら俺はソファーに投げ出してあったテレビチャンを持ち上げて三人に示す。

 

「お、それか」

 

「この間発売されたやつだねー!」

 

 翔太と北斗さんは笑顔で、冬馬も自慢気な表情を浮かべる。その様子に曇りはなく、いつも通りの三人だった。

 

「……まぁ、俺としてはやっぱり女の子が表紙の方がよかったんだけどな」

 

「この野郎……!」

 

「はははー!」

 

「ま、良太郎君ならそう言うと思ったよ」

 

 ………………。

 

「なぁ、冬馬」

 

「あ?」

 

「翔太」

 

「ん?」

 

「北斗さん」

 

「何?」

 

 

 

「俺は、三人を信じてる」

 

 

 

「……何なんだよいきなり」

 

「真面目なりょーたろーくんって何かキモいよ」

 

「違和感凄いね……」

 

「酷い言いようだなオイ!」

 

 でも不思議! 今までの言動を省みたら全く反論できない!

 

 とまぁ、それはともかく。

 

「ま、言いたいことはそれだけだ。お仕事頑張ってなー」

 

「言われるまでもねーよ」

 

「じゃあねー! りょーたろー君!」

 

「チャオ」

 

 視線を前に戻し、去っていく三人に向かって背中越しに手を振る。

 

 俺は、三人が率先して765プロの仕事を奪っているとは思えない。だからと言って黒井社長の指示だとか、そういうことを言いたいわけじゃない。

 

 

 

 ――お願いだから、お前たちまで雪月花みたいな真似をしないでくれ。

 

 

 

 そう直接あいつらに告げることが出来ればそれで済む話なのだ。麗華にだって普通に言っていることなのだから、言うだけなら簡単だ。

 

 しかし、それではあいつら自身が頑張った仕事を否定してしまうのではないだろうか。先日の生放送も今回の写真撮影も、あいつらのしっかりとこなした仕事であることには変わりないのだ。

 

 もし、あいつらが何も知らなかったら。

 

 もし、あいつらが何か誤解しているとしたら。

 

 しかし、それは結局俺の頭の中の考えで。実際のことは未だに分かっているわけではなくて。

 

 そして、俺にできることはあまりにも少なくて。

 

「……はぁ」

 

 ……ままならねぇなぁ……。

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、ホントーにこれでいいんだよね?」

 

 良太郎と別れた後、後ろを付いてきていた翔太がポツリと呟いた。

 

「なんか不満でもあるのかよ。黒井のおっさんから散々話きいたじゃねーかよ。765プロがどんな事務所なのかって」

 

 それは、聞いていても胸糞が悪くなるような話だった。

 

「でも、765プロってりょーたろーくんのお気に入りなんでしょ? ……その765プロが悪いことしてるって話を信じちゃったら……」

 

 

 

 ――りょーたろー君を裏切っちゃうみたいで……。

 

 

 

「………………」

 

 立ち止まって振り返る。翔太はいつもの明るい表情を影に潜め、その視線は足元を見つめていた。

 

「……そんなこと、かんけーねぇよ」

 

「とーま、君?」

 

「冬馬、お前……」

 

 再び歩き出す。翔太と北斗の信じられないものを見るような視線を振り切って。

 

 正直に言って、俺自身がまだ迷ってる。765プロのこと。おっさんのこと。良太郎のこと。全部を全部鵜呑みにしているわけじゃない。

 

 でも、黒井のおっさんの言葉が本当で。良太郎が765プロのことを気に入ってるっていうんなら……。

 

 

 

 ――良太郎の期待を裏切った765プロを、俺は絶対に許さねぇ。

 

 

 




・「おいおいご立派なバナナはどうしたんだよ」
※精一杯のネタ要素。

・俺は絶対に許さねぇ。
やったね! ようやく勘違い要素っぽくなったよ!



 解説するほどのものがない。

 シリアスはまだ続きます。猫に逃げたい……。

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