「頭痛くなってきた……」
志希のおバカな行動に対してということではなく、純粋に熱が上がってきて頭が痛くなってきた。いや病人に一服盛ろうとするという行動そのものは頭が痛いことには間違いないのだけど。
「……寝よ」
しっかりと封がしてあったスポーツドリンクで喉の渇きを潤してから、薄手の布団に潜り込む。間違っても志希の栄養ドリンクには手を付けない。絶対に飲まないからな……いいか絶対だぞ!
冷房の効いた部屋で布団に入るのはなんとも贅沢なことだな~……なんてことを考えている内に眠気はやって来た。先ほどまでは眠くなかったが、やはり熱が出てきたことで身体が無意識的に休息を求めているのだろう。
そのまま目を瞑り、だんだんと意識が遠のいていくことを感じつつ……トントンとドアがノックされる音を聞いた。
「あら」
「あっ」
マンションの入り口でバッタリと凛と出くわした。
「こんにちは、千鶴さん」
「こんにちは。貴女も良太郎のお見舞い?」
「うん。お母さんからコレ持って行けって。親戚からもらった桃」
そう言って凛は手にしたビニール袋を掲げた。
「千鶴さんは?」
「わたくしも似たようなものですわ」
畑をやっている知り合いからもらった夏野菜だ。お見舞いの品というよりは周藤家に対するおすそ分けのおすそ分けに近かった。
「……コロッケではないんだ?」
「流石に病人相手に揚げ物を差し入れる真似はしませんわよ!?」
「いや良太郎さん、千鶴さんのところのコロッケが好きだって言ってたから」
「あら、良太郎も嬉しいことを言ってくれますわね」
だからと言ってお見舞いの品にするわけないでしょう。
「だからこれは良太郎のことが心配で料理に手が付かないであろう良子さんに対する差し入れですわ!」
「持ってきてはいるんじゃん」
二階堂精肉店のコロッケは世界一ですわ!
「……ちなみに私も好きだよ」
「いい子ですわね」
個数は余計にありますから、後で凛にも差し上げますわね。
さてそんなやり取りをしつつエレベーターを上がり、周藤家へとやって来た。
「凛ちゃんも千鶴ちゃんも、リョウ君のお見舞いに来てくれてありがと~!」
「いえ、これウチからです」
「これはウチからですわ。コロッケは良太郎以外の夕飯にどうぞ」
玄関口で良子さんにビニール袋を渡す。
「もし良かったら、二人もリョウ君に顔を見せてあげて~。リョウ君、初めての風邪引きさんで、きっと寂しがってると思うから~」
「「……寂しがる」」
思わず凛と顔を見合わせてしまった。良子さんの言葉を疑うつもりはないし、良太郎にだって「寂しい」という感情はあるだろうが……それでもなんとなく寂しがっている良太郎というのが想像つかなかった。
「……まぁ、一応顔を見に来たというのも一つの理由ですので」
「……お邪魔します」
「は~い! 貰った桃もすぐに剥いちゃうね~」
「あ、それならば手伝いますわ」
「大丈夫だよ~。二人はゆっくりしていってね~」
流石に病人相手にゆっくり長居するのもどうなのだろうと思わないでもないが、楽しそうにキッチンへと向かう良子さんの背中を見送りつつ、もう一度凛と顔を見合わせてから私たちは玄関を上がった。
そのまま良太郎の部屋の前に辿り着くと、コンコンとドアをノックする。
「……返事がありませんわね」
しかし返事がない。念のためもう一度ノックするが、結果は同じだった。
「寝てるんじゃないかな」
「……良太郎? 開けますわよ?」
返事がないのにドアを開けるのはマナー違反だとは分かっているが、相手は病人故に返事がないというのは少しだけ不安が残るため、ドアノブに手をかける。
「千鶴さん待った」
「凛……?」
しかしそこに真剣な表情の凛が待ったをかける。
「気付いたことがあるんだけど……」
「き、気付いたこと……?」
スッと目を細めた凛の気迫に押され、思わず私も生唾を飲む。
「……これ中に入ったら良太郎さんが上半身裸で汗を拭いてるとか、そういう流れじゃないよね……?」
「凛!?」
貴女思考が大分良太郎に寄ってますわよ!?
「いやだって良太郎さんやりそうじゃん!」
「そこは否定しませんが!」
これだけしっかりとノックしておいてそれならば、それはもう確信犯以外の何物でもないだろう。
「……い、いきますわよ?」
「う、うん」
何故か無駄に緊迫感を醸し出しながら、私はそーっとドアを小さく開いて中を覗き込む。
「………………」
ベッドの上で布団に潜りこむ良太郎の姿が見えた。
「「セーフ!」」
いや本当に何がだと自分自身に言いたい。二人揃って何をしているんだか。
冷静になったところで、ベッドで寝ている良太郎を起こさないように入室する。
「お邪魔しますわ……」
「お邪魔します……」
布団の中の良太郎の両眼はしっかりと瞑られていて起きる様子はない。
「……流石に寝ているときは静かだね」
「元々良太郎は無意味に騒々しい方ではありませんわよ」
「知ってる」
口を開くと碌でもないことしか言わないが…今はそれはさておこう。
さてスースーという寝息を立てながら寝ている良太郎なのだが、少しだけ顔が赤いことが気になったのでそっと冷却シートが貼られた額に手を当ててみる。
「……やっぱり熱っぽいですわね」
「良子さんの話だと三十七度ぐらいって言ってたけど」
感覚ではあるがもうちょっとありそうな気がする。
どうやら効果が薄くなっている様子の冷却シートをそっと剥がし、机の上に置いてあった新しい冷却シートを貼ってあげた。
「……少し汗っぽいですわね」
冷房が効いたこの部屋で汗をかくのだから、良太郎の体感ではそれなりに熱いのだろう。枕元に畳んで置いてあったタオルで首元の汗を拭う。
「……千鶴さんってさ」
「なんですの?」
「お姉ちゃんみたい」
「っ!?」
「いやなんでそんな驚愕するの。私そこまで変なこと言ってないと思うんだけど」
「そ、それはそうですけれど……!」
大体こういう場面で言われる言葉は「お母さんみたい」というものばかりだった。だから私もどうせそんな感じの言葉だろうと考えて油断していたところに、凛からの「お姉ちゃん」発言である。
「ちょっとダメージ喰らいましたわ……」
「なんで……?」
……そういえば凛は『良太郎の妹分』でしたわね。
「凛、これからはわたくしのことを『お姉ちゃん』と呼んでもかまいませんわよ」
「唐突だね……!?」
だって良太郎は『私の弟分』なのに、姉として慕ってくれないから……。
「……まぁ別にいいけどさ、千鶴お姉ちゃん」
「っ!?」
「いやだから驚き方」
「……妹って、いいものですわね」
「……お気に召していただけたようで何より」
そんなやり取りをして一通り満足した私は、改めてベッドで横になる良太郎の姿に視線を落とす。これだけ熱があるのだからきっと寝苦しいに違いないのだが、それでも無表情故にそれがイマイチ分かりづらかった。
「……私、良太郎さんが弱ってるところ初めて見た。変な意味じゃなくて」
「……そうですわね」
基本的に良太郎は
「寧ろわたくしが良太郎を頼る機会の方が多かったかもしれませんわね」
「良太郎さん、いつも色んなところに行って辻面倒見るからね」
「辻面倒」
言いたいことは分かる。今は315プロ。去年は765プロの劇場。一昨年は凛たちの346プロ。更にその前は765プロAS組。毎年のように良太郎は様々なところに赴いている。
「多忙だもんね」
「普段は提案しづらいですが……こうやって風邪で寝込んでいるときぐらい、ご褒美を上げてもいいかもしれませんわね」
「……それじゃあさ」
「?」
「……ほ、ほっぺにチューとかしてみたら……!?」
「凛もしかして貴女も熱あるんじゃないですの!?」
「全く……あまり変なことを言うようであれば、
「テンション高いなぁ……」
……そんな会話は、バタンというドアが閉まる音と共に遠ざかっていった。
「………………」
うっすらと目を開ける。
別に隠すつもりも騙すつもりもなかったのだが、なんとなく寝たフリをしてしまった。いや半分本当に寝てたけど。
(……結局ほっぺにチューはしてくれなかったなぁ……)
まぁされたらされたで起きてることがバレたときが怖いんだけど……じゃなくて。
「……別に意図して弱音を吐かなかったわけじゃないんだけどなぁ」
とは思っているのだが、結果として吐いていないのであればそれは意図した結果と同じである。
なんだか凛ちゃんと千鶴は良い感じに俺の行動を美化してくれているようではあるが、結局は全部回りに回って自分のためなのだ。
(……でもまぁ、今後はもうちょっとだけ周りを頼ることにするか)
現にこうして風邪で寝込んでいる今は、色々な人の世話になっていることだし。
……そういえば、冬馬や麗華たちに俺の仕事を肩代わりしてもらってるんだったな。今どんな状況なんだろうか。
メッセージ届いてないかなぁなんて考えつつスマホに手を伸ばす。
(あ、本当に来てた)
麗華からだ。
『346側もなんか代役として高垣楓が来てたわ。残念だったわね』
もう二度と頼らねぇよバーカバーカ!!!
・絶対に飲まないからな……いいか絶対だぞ!
#後書きでピックアップした意味 #とは
・凛&千鶴ペア
前回は千鶴の恋仲○○だったから本編では初のはず。
・高垣楓
実はあずささんとか風花とかと共演するより楓さんと共演した方がテンション上がるぐらいにはガチファンな良太郎であった。
この妹と姉、語り手として優秀だなぁって思いました(小並感
『どうでもいい小話』
白ワンピ……楓さんも着て欲しかった……。