アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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未来へのキックオフ。


Lesson346 Episode of W 4

 

 

 

「冬馬さんって、サッカーお好きでしたよね?」

 

「えっ」

 

 

 

 その日、事務所のラウンジで雑誌を捲っていたら急に北沢が話しかけてきて思わず変な声が出てしまった。

 

 別に俺と北沢は仲が悪いわけではない。寧ろ『打倒周藤良太郎』という目標を掲げている者同士として気は合う方だ。しかし雑談に興じるほど仲が良いというわけではないので、こうしてプライベートな趣味のことを尋ねられて驚いてしまったのだ。

 

「あ、あぁ、好きだけど……」

 

「ちょっとだけご意見を窺いたいんですけど……」

 

 自分から話しかけてきたものの何やら歯切れが悪い北沢。

 

「その、例えばですね……」

 

 

 

 ――怪我をして入院中でも元気だったサッカー選手が。

 

 ――ある日突然暗い表情を見せるようになったら。

 

 

 

「……それはどういうことだと思いますか?」

 

「そりゃ、お前……」

 

 それはあまりに突拍子もない例え話で、俺は答えづらさを覚えつつも正直に思ったことを口にした。

 

「あんまり考えたくはねぇが……怪我が原因で、今後サッカー選手として活動することが難しくなっちまった……っていう可能性を疑っちまうよな」

 

「……そう、ですよね……」

 

 すいっと視線を逸らした北沢だが、俺の意見にショックを受けた様子はない。どちらかというと自分も同意見だったという反応で、寧ろそれを否定してほしかったのだろう。欲しかった反応を返すことが出来ずに申し訳ないが、それはどうしても考えてしまうことなのだ。

 

 というか。

 

「多分お前にそんな意図はないんだろうけど、今はちょっとだけシャレにならなさそうだからサッカー選手の怪我の話題は勘弁してくれ……」

 

「え?」

 

 おそらく北沢は何かをサッカー選手として例えたのだろうけれど、正直タイムリー過ぎる話題にドキッとしてしまった。今ちょうど読んでいた雑誌にも『その話題』が記事として書かれていたので、どうしても意識してしまう。

 

「実はさ、俺が応援してる『蒼井悠介』っていうサッカー選手が怪我をしてずっと試合を欠場してるんだよ」

 

「っ」

 

「北沢は多分知らないだろうけど、現役高校生のプロサッカー選手でさ、しかも双子なんだよ。ジュニアユースの頃からずっと二人でプレイしてて、プロチームに入ってからもすっげー選手なんだ。……でも試合中にいきなり倒れちまって」

 

 俺は仕事があったためその日の試合を直接見てはいないので、人から聞いた話だ。膝を抑えながらピッチに倒れ込んだ悠介選手は、そのままタンカで運ばれて行ってしまった。

 

「この雑誌は『怪我の原因は弟である蒼井享介選手の無茶なプレー』だとか『選手生命は絶望的だ』だとか散々なこと書いてやがるけど、俺はファンとして悠介選手の復活を信じてる。いつかまた、蒼井兄弟の活躍を見れる日が来るって」

 

「……そうですね。サッカーのことは詳しくないですけど……元気に戻ってきてくれるといいですね」

 

 そう言いながら……北沢は、顔を伏せた。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……お隣、失礼します」

 

 悠介さんは中庭のベンチに座ってぼーっと空を眺めていた。晴れてはいるものの雨上がりなので、今日は中庭で遊ぶ子どもたちの姿はない。幸い屋根があるところなのでベンチは濡れていなかった。

 

「……りくクン、今日退院なんだって?」

 

「はい、お陰様で。寧ろ貴方たちと会えなくなることを寂しがっていました。それだけ、貴方たちに遊んでもらえて楽しかったみたいです」

 

「ははっ、オレも弟が出来たみたいで楽しかったよ」

 

「……享介さんも弟では?」

 

「双子だし、アイツは弟というよりも……もう一人のオレって感じだから」

 

「知り合いにも双子がいますけど、その人たちも同じようなことを言っていた気がします」

 

「へー。オレ、知り合いに双子っていないんだけど、やっぱりオレたちぐらいそっくりなの?」

 

「そっくりですよ。たまに入れ替わって悪戯するぐらい」

 

「なるほど、入れ替わりか! そーゆー作戦もありか……」

 

「サッカーの試合中は背番号があるんじゃないですか?」

 

「そこはホラ、途中でユニフォームを交換して……」

 

「脱いでる間に足元からボール無くなってると思いますよ」

 

 それは他愛もない会話だった。中身なんて全く無くて、ただ思いついたことを口にするだけの会話。()()()()()()を口にしないように、ひたすら他の言葉を口にするだけの、そんなその場しのぎの会話。

 

「「………………」」

 

 しかしそんな会話もやがて途切れてしまい、悠介さんは観念したように溜息を吐いた。

 

「……もしかしてりくクンから何か聞いた?」

 

「はい。貴方が『享介さんと何か言い争いをしていた』という話を聞きました」

 

「あっちゃー……」

 

 りっくんがたまたま目にしてしまった、悠介さんと享介さんの言い争いの現場。会話の内容は聞き取れなかったものの、その後享介さんは走ってその場を去って行ってしまったらしい。

 

 その後、りっくんは悠介さんに何かあったのかと話しかけたものの『いや、なんでもないよ』とはぐらかされてしまったらしい。

 

「りっくんが言っていました。『悠介お兄ちゃん、悲しそうな顔をしてた』って」

 

「……凄いよなー子どもって。そういうちゃんと見逃さないんだから」

 

「貴方も私も、まだ法律上は子どもですよ」

 

「いや今は十八歳から成人になったって……」

 

「ややこしいのでこちらの世界でその話はしないように」

 

 閑話休題(そうじゃなくて)

 

「……私は、貴方の足のことは何も聞きませんよ」

 

「……そこはふつー聞くところじゃない?」

 

「聞きません。貴方と享介さんが言い争いをしていた理由も、貴方がこうしてぼーっと座っていた理由も、何も聞いてあげません」

 

「……別に、サッカーが出来なくなったわけじゃないんだ。プロとしての活動は難しいだけで、私生活に支障はないし」

 

 聞かないって言ったのに……。

 

「でも享介の奴が『だったら俺もやめる』とか言い出してさ。……享介はさ、いつも俺の無茶に付き合ってくれたんだ。しょうがないなって笑いながら本気で応えてくれた。小さい頃からずっと一緒だった。でも、だからってオレの怪我が原因でサッカーをやめるなんて……」

 

「……ごめんなさい」

 

「えっ」

 

「その、こういうとき、なんて言ったら分からなくて……」

 

「あ、あぁ、いや、こっちこそなんかゴメン……」

 

 私は、良太郎さんや恵美さんやまゆさんのように聞き上手じゃないし、何か上手くアドバイスが出来るほど経験豊富な人生でもない。寧ろ周りにいらぬ迷惑をかけてしまったぐらいで、誰かに何かを言えるような人間でもない。

 

「でも、その……私にもちょっとだけ気持ちが分かります」

 

「……え?」

 

「誰かに傷つけられて、悲しんで苦しんで。……そして逆に相手を傷付けてしまった、相手に罪を背負わせてしまった、そんな気持ちが」

 

 

 

 ――だから私は、アナタを許さない……。

 

 

 

 それはアイドル『北沢志保』としての原点であり原罪(オリジン)。彼に背負わせてしまった以上、私もまた同じだけのものを背負うと決めた。

 

「『自分は気にしてないから、貴方も気にしないで』なんて言っても、きっと相手も難しいと思います。だから私は相手がその罪を背負い続けてしまうことを覚悟で、逆に傍にいることを決めました」

 

 勿論それだけが理由ではない。彼を超えたいという想いは本物だ。

 

 それでも相手の罪が、心の傷が消えないのであれば……私はずっとその傷を撫で続ける。

 

「相手に背負わせてしまった罪の重さが少しでも軽くなるように、私は『私は大丈夫です』とすぐ傍で言い続けます」

 

 それはもしかして傷を痛める行為なのかもしれない。私の独りよがりなのかもしれない。

 

「気にしてないって言いながら、ずっと背負い続ける……そんな人ですから」

 

「ははっ、よっぽどその人のことを信頼してるんだな」

 

 悠介さんのその言葉を咄嗟に否定しようとして……この人を相手にムキになる必要もないなと思い直した。

 

「はい。……アイドルとして一番、信頼している人です」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「おや良太郎君、どうしたっすか?」

 

「なんでもないよ、比奈せんせー。ただ雨が上がったなぁって空を見上げてるだけ」

 

「あの雲が女の子の胸みたいだなーとか考えていたわけではなく?」

 

「ちょっと『周藤良太郎』に対する理解度が高すぎませんかねぇ……」

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、そっか、そうだよな」

 

 ただ自分の思いを吐露しただけだというのに、悠介さんは何かに納得した様子だった。

 

「オレ、享介にはオレのせいでサッカーやめてもらいたくない。でもそれ以上に……オレは享介と一緒にいたいんだ」

 

 それが悠介さんの想いで……きっと享介さんの想いでもあるんだと、なんとなくそんな気がした。

 

「享介と一緒に、みんなをワッと驚かせるような凄いことをしたいんだ。勿論サッカーも好きだけどさ、そこで足を止めちゃうのはオレたちじゃないから。サッカーでもアイドルでも、みんなを笑顔に出来るなら、きっとそれはすげーことなんだよな」

 

「……それを言う相手は、きっと私じゃないと思いますよ」

 

「おう! だよな! でも、ありがと!」

 

「……どういたしまして」

 

 そろそろりっくんの退院手続きが終わった頃だろう。こうして一人で悠介さんのところに来たのは、この後連れてくるりっくんに暗い顔の悠介さんを合わせたくなかっただけだから、私の役割は終わり。

 

「りっくんを連れてくるので、会ってくれますか?」

 

「もっちろん! これがきっとアイドルとしての初仕事だ!」

 

 さっきとは打って変わって、晴れやかな笑顔の悠介さんに見遅れられて私は中庭を後にする。

 

「……柄にもないこと、しちゃったかなぁ」

 

 

 

 ……あれ?

 

「今、アイドルって言った……?」

 

 

 

 

 

 

「おい北沢! 聞いてくれ!」

 

 一週間後、珍しく慌てた様子の冬馬さんが話しかけてきた。

 

「どうしたんですか」

 

「この間、お前に話したサッカー選手の蒼井兄弟、覚えてるか!?」

 

「……はい、まぁ」

 

 

 

「二人揃ってサッカー選手引退して、315プロからアイドルデビューするらしいんだ!」

 

 

 

「……え、ホントに?」

 

「なんでも入院中に315プロのプロデューサーからスカウトされたらしくて……ん? ()()()()?」

 

「あ、いえ、なんでも……それより、ファンとしてはショックですか?」

 

「そんなことあるわけねぇだろ! 確かにピッチでの二人が見えないのは寂しいけど、それ以上に笑顔の二人がこれからも見れることの方が嬉しいに決まってるぜ!」

 

 そう力強く断言した冬馬さんは、とても晴れやかな笑顔だった。

 

 きっと彼らのファンたちはみんな、冬馬さんのような表情をしているに違いない。

 

「……早速ファンを笑顔にするなんてね」

 

 ()()()()()()()()()()として、私もウカウカしてらんない。アイドルとしては私の方が先輩なんだから。

 

 

 

「……負けませんよ、悠介さん、享介さん」

 

 

 

 

 

 

 ――これからはアイドルとして! よろしくな、しほ!

 

 ――よろしくね、しほさん!

 

 

 




・冬馬@サッカーファン
アニメでもサイン貰ってたので、きっと気にしてたんだろうなぁって。

・十八歳から成人
ややこしいことになるのでこちらの世界ではスルー案件。

・原点であり原罪
結局、二人とも重荷を背負うことになってしまった。
なお良太郎の重荷は一つではない模様。



 なんと良太郎が直接関わることなくW編が終わってしまった……。

 元々はなんだかんだで良太郎が出張ってくる予定でしたが、志保ちゃん一人の方が収まりが良いという判断になったためこのような形になりました。

#主人公 #とは

 全体的に導入編といった様子のW編でしたが、次回からは従来通りのわちゃわちゃした空気をお届けできると思います。

 というわけで次回、良太郎+魔王エンジェル+美琴+りっちゃんの六人による同期会編……あれ、なんでまた重い空気になりそうな雰囲気なんだ……?

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