アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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三人の『嘘』

あ、メリークリスマした。


Lesson338 フェイバリットなあたし 4

 

 

 

 ――876プロ秋月涼、実は男性だった!?

 

 ――突然の裏切りにファン激怒!?

 

 ――ユニットメンバーは何を思う!?

 

 

 

 876プロダクション所属の女性アイドル『秋月涼』は、男性である。

 

 意図していないタイミングになってしまったとはいえ、それはいずれ訪れる運命の時で、決して避けることが出来ない()()の時に間違いなかった。

 

 バレた理由は戸籍という当たり障りのないところからなので、その辺りの詳細はこの際省くとする。

 

 この件に関して一番重要なことは、ここからなのだから。

 

 

 

「……あれ、良太郎さん……?」

 

 それは僕の謹慎中に良太郎さんが公開した一本の動画だった。その名も『ちょっと本気出して、女性になってみた』という、周藤良太郎による()()()()

 

 捉えようによっては秋月涼(ぼく)に対する当てつけのようなタイトルではあったが、しかし実際に動画を再生するとそんな考えが一切存在しないことは明白だった。

 

 

 

『まずは特別ゲストの八神シャマルさんにメイクを施してもらいます』

 

『良太郎君、素材が良いから弄り甲斐があるわ~』

 

『う~ん、流石俺。美人』

 

『それ自分で言っちゃうのね……いや全くもってその通りなんだけど』

 

『しっかり鍛えているというわけではないですが、それでも手足のゴツさを隠すために大きめのセーターとロングスカートで誤魔化します。ついでに首筋もロングヘア―のウィッグで同様に誤魔化します』

 

『良太郎君、身長が高いからスタイルよく見えるわねぇ』

 

『あとは胸に詰め物を……』

 

『……ちょっと詰め過ぎじゃない?』

 

『シャマルさんも言ったじゃないですか身長が高いって。肩幅もあるしバランスを考えるとこれぐらいの大きさが自然ですって』

 

『いや絶対に自分の趣味入ってるでしょ』

 

『バランスですって』

 

『いや趣味ですって』

 

『仕上げに普段よりもちょっと高めの声を意識して……あー、あー、こんなものかしら』

 

『わっ、よくよく聞くとちゃんと良太郎君なのに女の子の声』

 

『はい、というわけで完成。初めまして「周藤ハーマイオニー」よ』

 

『その名前何処から来たんです?』

 

 

 

 あっという間に『周藤良太郎』がスタイルの良い無表情系クール美女へと変身してしまった。

 

 カット編集一切なしで徐々に良太郎さんが女性へと変貌していく姿は、謹慎中という自分の状況を忘れてしまうぐらい興味深いものだった。ずっと女装でアイドルやってた僕が言えた義理ないけど、女装することに対する躊躇というか忌避感がないのも凄いと思う。

 

 そのまま軽い振り付けと共に自身の持ち歌を何曲か披露する良太郎さん。振り付けの一つ一つ、指先の動きまで女性にしか見えず、これを見てしまうと女性アイドルとして活動していた自分のパフォーマンスが少々恥ずかしくなってしまうぐらいだった。

 

 画面の向こうの観客は八神シャマルさん一人だけ。音声もスマホから適当に流しているだけの簡単なもの。しかし画面に映るのは間違いなく素晴らしいパフォーマンスで、当初思い浮かべていた『良太郎さんはなんでこんな動画を』なんて考えは何処かへ消し飛んでいってしまった。

 

『……今回のこの動画の意図を、私は何も説明しない』

 

 動画の最後、良太郎さんは女性の姿のままでこんな言葉を言い残した。

 

 

 

 ――だけど()()()も、()()()()も、何も変わらない。

 

 ――アナタたちを笑顔にしたいというその気持ちは変わらない。

 

 ――『男性』でも『女性』でも、この胸の真ん中にあるものは変わらない。

 

 ――だからお願い。

 

 

 

 ――俺を見てくれ。

 

 

 

(……何も説明しない、なんて言ったくせに)

 

 動画の再生が終わってしばらくして、僕は自分が泣いていることに気が付いた。

 

 良太郎さんが言葉にしないといった以上、僕が良太郎さんの考えを勝手に想像して語ることは間違っている。だから僕も何も言わない。

 

 けれど僕は、間違いなく『勇気』をもらった。

 

 この先、訪れるであろう苦難の道を突き進む『勇気』を。

 

 例え傷つき血に塗れようとも、僕自身が信じた道を進む『勇気』を。

 

 

 

 

 

 

「この動画、あたしも見てさ。そんですっごい勇気をもらったの」

 

 未だに残っていていつでも再生できるその動画をスマホで見返してから、咲ちゃんはほぅと息を吐いた。

 

「あたし昔から可愛いものが好きで、自分自身も可愛くなりたかった。でもほら、男だし? そーゆーの一切気にせずに自分を貫き通す勇気は無かったの」

 

 しかし、そんなときに良太郎さんの動画と出会った。

 

「凄いよね良太郎さん。普通男の人って女装するの忌避するじゃん? それなのにあんなに堂々と女性になりきって、あまつさえ自分のことを美人だって言いきって」

 

 咲ちゃんは「動画のコメント欄凄かったよね」と笑う。動画のコメント欄は良太郎さんの見事な女装を称賛する言葉で埋め尽くされているのだが、その中に女性視聴者と思われる人たちの『え、まって、普通に負けるんだけど』『男に顔面で負けてワロタwww……ワロタ……』『女だけどこんなに綺麗な声出せないんですけど!?』といった悲鳴のような言葉が決して少なくなかった。

 

「だからそんな良太郎さんの姿を見て、動画の最後の言葉を聞いて、勇気を貰った。心の真ん中さえしっかりとしていれば、外見なんて関係ないんだって、そう思えるようになった。だからあたしは、自分の好きを隠さなくなった」

 

 それでも最初は忌避の視線があっただろう。しかし咲ちゃんはそれに屈しなかったのだ。

 

「今じゃプライベートでも自分の好きなメイクと服を隠さなくなった。これはりょうちんのおかげでもあるんだよ」

 

「えっ」

 

 揃ってキョトンとしてしまった僕に、咲ちゃんはクスクスと笑った。

 

「男性であることをカミングアウトした女性アイドル。みんながそのまま引退するものだとばかり考えていたのに、君はそんなことしなかった。それどころか女性アイドルとしての活動を続けながら男性アイドルとしても活動を始めた。……そんな貴方の生き方に憧れて、あたしはアイドルになろうって思ったの」

 

「……そうだったんだ」

 

「だからありがとう、りょうちん」

 

「……それなら、その感謝の言葉は()()()()()受け取れないかな」

 

「え?」

 

「だって――」

 

 

 

 ――僕がアイドルを続けていられるのは……愛ちゃんと絵理ちゃんがいてくれたから。

 

 

 

 

 

 

 あの日、876プロで行われた記者会見。当事者である僕や社長だけでなく、同じユニットメンバーとして活動していた二人も出席することになってしまった記者会見。

 

 性別がバレてから一度も顔を合わせず連絡も取れなかった愛ちゃんと絵理ちゃん。彼女たちも『僕の嘘』の被害者であることには間違いないのだから、せめて彼女たちに非難の目が向かないように、万が一にもそんなことがあってしまわないように、僕は全ての非難を受け入れるつもりでいた。

 

 そんな覚悟を、決めていたのに――。

 

 

 

『同じユニットメンバーであるお二人は、このことを知っていたんですか?』

 

『はい』

 

 

 

(……えっ)

 

 

 

『あたしたちは全て知っていました』

 

『涼さんが男性であると知った上で、一緒に活動を続けていました』

 

 

 

 ――二人は『嘘』をついた。

 

 

 

「なんで……なんであんなこと言ったの!?」

 

 記者会見が終わり、僕は二人を問いただした。そんな資格があるはずがないのに、僕は二人の嘘を咎めるような詰め寄り方をしてしまった。

 

 このままでは二人にも非難の目が向いてしまう。僕のせいで。僕の嘘のせいで。

 

 しかし声を荒げる僕に対し、二人も怒るような表情と声で言い返してきた。

 

「涼さんがあたしたちに嘘をついていたことは悲しいです。でも、そんなことで涼さんと一緒にアイドルを出来なくなる方がもっと悲しいんです!」

 

「涼さんがどんな思いでいたのかは分からないけど……一緒にいた時間は嘘じゃないって信じてるから」

 

「っ!」

 

「だから、その嘘はあたしたちも背負います!」

 

「『Dearly Stars』は元々運命共同体だから、誤差の範疇?」

 

「………………」

 

 あぁ、本当に。

 

 

 

 ――()()()()()()()ぐらい、良い子たちだ。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「どうしたの? 急に黙り込んで?」

 

「ううん、なんでもないよ咲ちゃん」

 

 これは僕たち三人だけの秘密。正確に言えば社長や真奈美さん、多分律子姉ちゃんや良太郎さんも知っているだろうけど、僕たち『Dearly Stars』が抱える秘密。

 

 こんな嘘を抱えさせることになってしまった二人に対して、僕は……。

 

(……そっか。そうだよね)

 

 チラリと視線を移すと、そこには良太郎さんが僕に押し付けていった『甲斐性アリm@s』Tシャツが。

 

「……えっ!?」

 

「ちょ、涼さん!?」

 

「なんでいきなりそのTシャツ着始めたの!?」

 

「よし! それじゃあこの際だから、愛ちゃんと絵理ちゃんに直接何が欲しいか聞きながら買い物しようか!」

 

「待って!? 流石にその格好のりょうちんと一緒に歩くのは勘弁なんだけど!?」

 

「どうしたんですか涼さん!?」

 

「なんか良太郎さんに毒されてない!?」

 

 甲斐性だとか。将来だとか。そんな大袈裟なことを言うつもりはない。

 

 

 

 それでも僕は、僕の全てを持って、()()()()()()()()()んだ。

 

 

 

「行こう、愛ちゃん、絵理ちゃん」

 

「……もー! しょーがないですね!」

 

「エスコート、されてあげる?」

 

 

 

「……ふふっ、なんかあたし当て馬みたいになっちゃったけど。こういう幸せそうな光景みちゃうと、すっごいパピッて感じ!」

 

 

 

 

 

 

「……えーっと、なになに『休日の相瀬!? 美少女三人を引き連れた男性アイドルR・A氏の本当の顔は!?』ねぇ……」

 

「……アンタなんか入れ知恵したでしょ」

 

 数日後、そんな記事が書かれた週刊誌を手に俺の下へとやってきたりっちゃん。能面のような無表情の下には『弟』のことを心配する姉の表情が顔を覗かせていた。

 

 いやこの件に関して言えばマジで冤罪なんだけど……。

 

 

 

「……そんなことよりりっちゃん、最近油断してない? 去年と比べるとスーツのヒップラインが――」

 

「……■■■■■■■■■っっっ!!!」

 

 

 

 今の俺に出来るのは、こわーい従姉の怒りの矛先をこちらに向けておいてあげることぐらいだろう。

 

 精々頑張れ、弟分よ。

 

 

 




・涼の男性バレ
どう描写しても色々とリアル方面にキツいことになるので曖昧に。
そういうのアイ転には求めてないので……。

・『ちょっと本気出して、女性になってみた』
シャマルさん謹製メイクにより女性になった良太郎。
実はしっかりと『女装』ということで声質に男性味を残しているので不完全体。
完全体になると本物の女性と見分けがつかなくなる。

・「自分の好きを隠さなくなった」
原作の咲ちゃんはプライベートでは普通に男の格好をしていたようですが、アイ転世界ではプライベートでも咲ちゃんのままです。

・『あたしたちは全て知っていました』
愛と絵理は、何処までも涼と共に歩む道を選んだ。



 咲ちゃん編と言いつつsideMと876の割合が3:7ぐらいになってしまいましたが、作者がこの二つのコンテンツを混ぜ合わせることで書きたかったお話でした。

 正直なことを話すと、この辺りのお話が思い浮かばなかったために876の三人の存在が半ば自然消滅のような形になってしまいました。しかしsideM編を書くことになり咲ちゃんを出そうと考えた結果、このお話が内容が天から降って来た次第です。

 いやマジで三人ともゴメンやで。

 それでは皆さん、よいお年を。

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