「はい愛ちゃんアンパン」
「ありがとうございます、絵理さん! ……え、なんでアンパンなんですか?」
「たまにはこういう定番中の定番も回収しておくべきだって、神の啓示?」
「なるほど! よく分かりません!」
よく分からないが、それでも小腹は空いているので絵理さんが買ってきてくれたアンパンを美味しくいただく。あ、牛乳もあるんですね。
「涼さんは、どう?」
「はい、まだアクセサリーショップに入ったまま出てきてません」
あまり良くないことだとは理解しつつ、それでも涼さんと一緒にいる女性のことが気になってしまったあたしと絵理さんは、二人の後を追いかけることにした。
「大丈夫大丈夫、後から良太郎さんも来てくれるから、これは良太郎さんのためっていう大義名分がある」
「大義名分っていう言葉を使うこと自体が既にダメな証拠のような気もしますが、分かりました!」
そんなことを話している内に、アクセサリーショップから涼さんと女性が出てきた。もう腕は組んでいないし涼さんも女性に振り回されている感が滲み出ているが、それでも仲が悪そうという印象は見えなかった。
「……涼さん、あたしとは手を繋いでくれなくなったのになぁ」
「っ!」
ポツリと呟いたその言葉に、絵理さんがとても大げさな反応を示した。
「愛ちゃん、今その言葉どんな気持ちで言った!?」
「ど、どんな気持ちとは?」
「自分とは手を繋いでくれない涼さんが他の女の子とは手を繋いでいたという事実に、どんな気持ちになった!?」
「え、えーっと……」
何故か爛々と目を輝かせている絵理さんから半歩距離を取りつつ、言われてみればどうして自分はこんなことを呟いたのだろうかと考えてみる。
あたしと涼さん、そして絵理さんの三人は同じ事務所の同じユニットのアイドル仲間。デビューしたときからずっと一緒で、ちょっとした事件はあったけどそれに変わりはなく、これからももっと三人でアイドルを続けられることになったときは本当に嬉しかった。
そして涼さんや絵里さんと共に
そんな涼さんが、誰も知らないような女性と仲良さそうに歩いている姿を見て、あたしは、あたしは……。
「……分かりました」
「っ!?」
「『楽しそうでズルい!』です!」
「違うそうじゃない!」
違うってなんですか!?
「……うーん、やっぱり良太郎さんの言う通り情操教育間違ってた? いやでもこれ以上無理矢理進めると一番怖い人に気付かれる? というか文字通り『鬼』が目覚める?」
絵理さんは一体何を言っているんだろうか……。
「そういえばりょーおにーさん、そろそろ着きますかね?」
「んー……あ、メッセージ来てた。もうすぐ着く?」
涼さんたちは目的地を決めているわけではないらしいので移動スピードは早くないため、大まかな居場所だけを伝えていたのだが、どうやら良太郎さんたちも無事にこちらに到着したようだ。
「って言っていたら、もしかしてアレ? ……え?」
「あ! 本当ですね……って、え?」
涼さんたちとは反対側からやって来たりょーおにーさんの姿を見つけて、あたしたちは思わず言葉を失ってしまった。
亜美さんと一緒にタクシーで来るという話は聞いていた。それが徒歩になっているのは、おそらく途中でタクシーを降りたのだろう。
良太郎さんの隣を歩く亜美さんは、とても恥ずかしそうな表情を浮かべていた。遠目に見ても顔が赤く、まるで隣を歩くりょーおにーさんのことを強く意識してしまっているようで、今もチラチラと横を歩くりょーおにーさんのことを見ている。
そしてそんな亜美さんの隣を歩くりょーおにーさんは、まるでそんなことを気にしていない様子でこちらに手を振っていて――。
――なんか『甲斐性アリm@s』とプリントされたピンクのTシャツを着ていた。
「「うわダサッ?」」
思わず絵理さんと揃って叫んでしまうぐらいダサかった。
居場所をこまめに連絡してもらっていたため、わりとすぐに二人がいる場所までたどり着くことが出来た。
「やー二人ともお待たせ。涼と例の女の子は? 見失ってない?」
「それどころじゃないですよ!?」
二人の要請に応じてやって来たというのに、それどころじゃないとは一体何事か。新たなトラブルでも発生したのだろうか。
「何ですかそのTシャツ!? ビックリするぐらいダサいですよ!?」
「あ、コレ? 来る途中にあった『げんとくんショップ』っていうお店で思わず買っちゃったんだ」
愛ちゃんから甲斐性の有無を疑われてしまったので、まずは目に見えて甲斐性があることをアピールするところから始めようと思った矢先に出会ってしまったのだ。この運命のTシャツに。
「カッコいいでしょ。見てこの甲斐性に満ち溢れたデザイン。甲斐性の具現化と言っても過言ではない」
「今私ダサいって言いましたよね!?」
普段と比べると随分と声が出てるなぁ絵理ちゃん。
「もー本当に恥ずかしかったんだよ!? こんなTシャツ来たりょーにーちゃんの隣歩くの!? めっちゃ見られてたんだからね!?」
「それは亜美ちゃんが可愛かったからだよ。自信持って」
「今のギャグキャラみたいな恰好のりょーにーちゃんに言われても嬉しくなぁぁぁい!」
「本当になんでそんな目立つ格好してるんですか!?」
「今こうして目立っていることに関しては、どちらかというと三人が大騒ぎしているからだと思うんだけど」
女三人よれば姦しいとはよく言ったものである。
「いくら良太郎さんとはいえ、そんな目立つ格好してたらバレるんじゃないですか……!?」
「逆に考えてみてよ、街中で『周藤良太郎』がこんな格好してると思う?」
「「「………………」」」
まぁそういうことである。
「俺のカッコいいTシャツのことはいいんだよ。今は涼の方が重大だろ?」
「すっかり忘れるところでした……!」
「本当に良太郎さんは……」
「もー、ちゃんと後で何か奢ってよー?」
こんなにも甲斐性をアピールしているのに愛ちゃんたちからの信頼感が薄れているような気がするが、話を本題である涼へと戻そう。
「それで? 今二人はどこ?」
「えっと……あっ、いました!」
「見失うところだった……」
愛ちゃんと絵理ちゃんが指差す先を、物陰に隠れつつコッソリと伺ってみる。
「……おー、ホントーじゃん、知らない女の子と歩いてるー」
「そうなんですよ!」
「本当に誰……?」
亜美ちゃんもその女の子の姿に見覚えがなく、愛ちゃんと絵理ちゃんと揃って首を傾げていた。
「ファンの子とか?」
「あんなに親しそうなファンだったら、あたしたちも知ってると思うんですけど……」
「そうするとやっぱり、プライベートの知り合い?」
あーだこーだと議論を交わす三人。
(あ、やっぱり)
一方、俺にとっては予想通りの答え合わせである。315プロに行ったはずの涼が女の子と歩いているという時点でオチは予想出来ていた。
しかしもうちょっと黙っていることにしよう。純粋に面白がっている亜美ちゃんはともかく、涼に他の女の影が見えたことで少しだけ焦っている愛ちゃんと絵理ちゃんの姿を見ているのはなかなか楽しい。我こういうタイプのラブコメ大好き。
なんだろう……仮にこれが冬馬だったとしたら色々と余計なことをしたい衝動に駆られるんだろうけど、涼にはあまりそういう気分にならない。このまま素材の味を楽しみたい。
……いや、でもなぁ……俺の心の中の
そんなことを考えながらチラッとスマホを取り出して視線を向けると、ちょうどメッセージを受信したところだった。誰からだ?
『あの、もしかしなくても先ほどからそこにいますよね?』
涼だった。
うん、まぁバレるに決まってるよね、これだけ大騒ぎしてたら。なんなら何度か涼と目が合ってたし、愛ちゃんと絵理ちゃんの姿も見えてたみたいで苦笑してたし。
『いや、もしかしたらそこにいるのは俺のように見える別の誰かなのかもしれない』
『話が通じている時点で確定ですし、そもそもそんなTシャツを街中で堂々と着ている人なんて良太郎さんぐらいなものでしょ』
やはりハイセンスすぎるTシャツだったか……。
『えっと、それでどうしますか? みんな揃って何をしてるのか分からないんですけど、合流した方がいいですか?』
……うーむ。
『いやもうちょっとこのままお前たちの動向をコッソリ観察させてもらうことにするよ』
『それ絶対に観察対象に言うことじゃないですよね!?』
話を進めるためには合流した方が早いのだろうが、涼のことでヤキモキしている愛ちゃんと絵理ちゃんの姿をもう少し見ていたい。
『ってことでもうちょっとだけそのまま二人でお出かけを楽しんでいてくれ。どうせお前のことだから
『分かっているのであればやめません!? 二人に見られながら二人へのプレゼント選べって言うんですか!?』
『言います』
それだけ言い残すとさっさとスマホをしまう。
「りょーおにーさん、聞いてました!?」
「あ、ごめん、さっきそこを通り過ぎていった女の子見てて聞いてなかった」
超美人のギャルだった……一緒に歩いてた少年、作務衣とか渋いなぁ。
「それでどうしたの? 女の子の正体の結論出た?」
「涼さんの男友達が罰ゲームで女装しているという結論になりました」
なんで事情を知らないはずのこの子たちはそんな絶妙にウルトラCな着地を決めちゃうわけ?
「……まぁ、ありそうな話ではあるね、うん」
「はい!」
「あ、二人とも移動するみたい?」
「ほらほら、後を追わないと!」
本当に隠れる気があるのか疑わしい少女たちに腕を引っ張られ、涼たちの後を追うのであった。
……うーん、どうやってネタバラしするのが面白いんだろうなぁ……。
・新しい秘密
現在の876プロとしての活動の根幹的な。
・『甲斐性アリm@s』
商標登録出g(嘘
・『げんとくんショップ』
店長は髭。
・悪戯心
今作は厳選楽だけどテラピース集めがしんどい……。
・超美人のギャル
・作務衣の少年
二期は来年!
バレバレの正体を引っ張り続けるスタイル。
え? 誰か分からない? しょうがないなぁ、今サブスクで絶賛配信中のアイドルマスターsideMの楽曲に『フェイバリットに踊らせて』っていう曲があるから是非聞いてみよう(ダイマ)