八事務所合同円卓会議……もとい、合同ライブに向けての打ち合わせの記念すべき第一回はつつがなく終わった。基本的に顔合わせだしね。
次回からは演出家の先生も同席してもらい、本格的にライブの内容についての話し合いになっていくことになっている。要するに次回からが本番だ。
それでは、それまでの間は何をするのか?
決まっている。いつもと変わらない
流石に年明けのライブ一本に絞って仕事やレッスンをするわけにもいかない。というかそんなこと世間が許してくれない。今日も周藤良太郎は大忙しなのだ。
……いつも暇そうなイメージ? そんなバカな。
「……ふぅ」
現に今日もこうして、仕事と仕事の合間に近場のレッスンスタジオを借りて自主練中だ。
世界一のトップアイドルだとチヤホヤされようとも、残念ながら俺の物覚えは相変わらずの凡人レベル。正真正銘の天才たちが一発で振り付けを覚える傍らで、俺はひたすら反復練習を繰り返して身体に浸透させていくしかないのだ。
「よーやくそれなりになったか……」
とりあえず
「んー……あと三十分か」
……もーちょい続けるかな。よしとりあえずもう十セットほど……。
「って、いつになったら休憩するにゃあああぁぁぁ!」
「うおっ!?」
突然レッスン室のドアが勢いよく開け放たれた。なんだなんだ、敵襲か?
「って、なんだみくにゃんか」
「なんだとはご挨拶にゃ! 折角レッスン中の先輩に対して可愛い後輩アイドルが差し入れのドリンクを持ってきてあげたっていうのに!」
「あ、そうなの? ありがとう」
「それよりホントいつ休憩するにゃ!? レッスンの合間を見計らって中に入ろうとしてたのに、全然休憩しないからみくたち十分以上待ってたにゃ!」
「そうですよ! 人に対して無理するなとか言うくせに、自分は無理するなんてどういうことですか!?」
「魔力の過剰放出は禁忌なり!」
あ、みくちゃんだけじゃなくて美波ちゃんと蘭子ちゃんもいたのか。
「美波ちゃんと蘭子ちゃんも久しぶり。二人ともこの間の歌番組よかったよ」
「えっ、ほ、本当ですか?」
「わ、我の儀式を閲覧していたのか!?」
「二人揃って早々に絆されるにゃぁぁぁ! そんでもってそーゆーのみくにはないのかぁぁぁ!?」
みくにゃんは元気だなぁ。リアクションが大きいとその分、大きく胸も揺れるからお兄さん大満足である。
さて、みくちゃんが落ち着いたところで改めて差し入れのドリンクを受け取る。自分で用意していた分はついさっき飲み干してたからありがたい。
「みくちゃんたちは、合同ライブの話聞いた?」
「勿論にゃ」
「プロデューサーさんから直々にお話がありました」
「八つの陣営によるラグナロク……我が魔力を解き放つに相応しい宴である!」
基本的に出演するアイドルの選出は各事務所にお願いしている。今回のライブのコンセプトは説明しているので新人アイドルを中心にしたメンバーとなるだろうが、当然シンデレラプロジェクト一期生といった
「うちの場合、出演アイドルの事務所内オーディションが行われることになりました」
そんな内部事情を教えてくれながら美波ちゃんは「これもどうぞ」と、おそらく自分たち用に用意していたレモンのはちみつ漬けを差し出してくれた。うーん、美人マネージャーにお世話される部活動感があっていいなぁ……。
「特に凛ちゃんと加蓮ちゃんが、それはもう張り切っちゃって」
「まるで鬼神の如き気迫であった……」
二人に引っ張られていく涙目の奈緒ちゃんの姿が、ありありと目に浮かぶよ。
「ふっふっふ~、張り切ってるのはその二人だけじゃないにゃ。ね~美波ちゃん?」
「っ!?」
「みく、聞いちゃったんだけどにゃ~? めっちゃ小声で『良太郎さんと一緒のステージ』って言ってるの、聞いちゃったんだけどにゃ~?」
「きゃあああぁぁぁ!? い、言ってない! そんなこと言ってないもん!」
「いーや言ってたにゃ! 間違いなく言ってたにゃ! みく嘘つかない!」
突然みくちゃんと美波ちゃんがきゃーきゃーとじゃれあい始めた。うんうん、最悪の初対面のときから考えると、美波ちゃんからの好感度が人並みに上がっていることに少しだけホッとした。
「我も覇王との共闘を心より望んでいるぞ!」
「
それはそうと、みくちゃんと美波ちゃん? そのじゃれ合いいつまで続くくのかな?
「言った!」
「言ってない!」
俺は天道輝! 最強のヒーローアイドル目指してひた走る俺は、今日もユニットメンバーの二人と共にレッスンだ!
「君はいきなり何を言い出すんだ」
「ほら、こういうナレーションが入るとなんかテンション上がらないか?」
「会話にならん」
「なにをぉ!?」
完全に人を馬鹿にしたような目の桜庭に会話を切り上げられてしまった。
「お前だって男ならヒーローに憧れた記憶ぐらいあるだろぉ!? 覆面ライダーとか、電光刑事シリーズとか、ハイパー戦隊シリーズとか!」
「そんなものはない」
「……ははーん、さては魔法少女シリーズだな?」
「………………」
「桜庭さん! ダメです! お医者さんだったらそんな水筒で人を殴ったらどうなるのか分かるでしょう!? それに相手は弁護士ですよ!?」
そんなやり取りをしつつ、今日も今日とてレッスンである。
諸事情により、今回利用するレッスンスタジオはいつものところとは違うところで、他の事務所のアイドルもよく利用するらしい。既に自分もアイドルになった身ではあるものの、それでも「他のアイドルに遭えるのではないか」と考えてしまう自分がいる。
現に今も三人で乗り込んだエレベーターのドアが閉まる瞬間に、階段から降りてきたであろう年若い女性の声が聞こえて……。
――もー美波ちゃんも頑固なんだから。
――わ、私のせいなの!?
――双方、そろそろ剣を収めてはどうだ……。
「っ!?」
「わっ!?」
突然、桜庭が閉まったエレベーターのドアに手のひらを力強く叩きつけた。
「……今の声……!?」
「ど、どうした桜庭!? 何か忘れものか!?」
「……いや、なんでもない」
「いやいや何でもないことはないだろ……」
流石にこれを「そうかなんでもないのか」と流すのは無理があるぞ。
「………………」
しかし桜庭は「何も言うことはない」と言わんばかりに口と目を閉ざしてしまった。
無言のまま翼と視線を合わせる。翼も桜庭の様子が気になっていたが、これ以上何かを聞き出すことは出来ないだろう。
なんとなく気まずい空気になってしまったが、そのまま予約したレッスン室へと向かう。
「……あれ? まだ誰か使ってる?」
チラリと時間を確認する。どうやら俺たちが早く到着してしまったようで、前の人がまだ使っているらしい。
「……男の人みたいだな」
「おい」
「ちょっと覗くだけだって」
男性アイドルは数が少なく、ダンサーの人という可能性もあるのだが、それでも少しだけ気になってしまうのだ。
ドアの前の通り過ぎるように、自然な動作で中を覗く。そこには一人の男性がなかなか激しいステップを踏んでいて、ほとんど素人みたいな俺からしてみてもその動きからただものではないことがアリアリと理解することが出来て……。
「……って、リョーさん!?」
「えっ!?」
「なにっ!?」
レッスン室の中にいたのは、なんと『周藤良太郎』だった。
「? ……!」
レッスン室は防音になっているため、外にいる俺たちの声が聞こえたわけではないだろう。しかしたまたま目に入ったのか、ドアの外の俺たちに気付いたリョーさんがこちらに向かってヒラヒラと手を振ってきた。
そしてそのままこちらへと歩いてきてドアを開けた。
「どーも、お疲れ様です」
「「「お、お疲れ様です」」」
無表情だというのに朗らかな雰囲気がアリアリと感じられる、そんな声だった。
「もしかして次のこの部屋予約してました?」
「そ、そうです」
「それじゃあそろそろ空けますね」
「あっ、いえそんな!」
思わず遠慮の言葉を口にする翼だったが、リョーさんも「お気になさらず~」と言いながら片付けを始めてしまった。ルールとしては誰も何も間違っていないのに、なんだか罪悪感が……。
「っ! そうだリョーさん! まだ少し時間ありますか!?」
「? ありますけど」
「もしよかったら、俺たちのダンス見てもらえませんか!?」
「「!?」」
「? いいですけど……」
よし!
「ちょ、輝さん!? いきなり何を言い出すんですか!?」
「何を考えているんだ君は!?」
確かに我ながら突拍子もないことだとは思うけれど、別に何も考えずに言ったわけじゃない。
「俺たちはまだ実践経験が少ない。でも『周藤良太郎』に見てもらうことは、十分実践経験にカウントされると思わないか?」
正直千人の人たちに見られるよりも『周藤良太郎』一人に見られる方がプレッシャーが凄いと思う。
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「そんなことのために彼の時間を使わせるわけには……」
「俺は大丈夫ですよ~」
「ほら! リョーさんもこう言ってくれてるし!」
苦言を呈する翼と桜庭だったが、流石にリョーさん本人から直々のオッケーをもらってしまっては反論のしようがないだろう。
「さぁ、見せてやろうぜ!」
今の俺たちの実力を! あの『周藤良太郎』に!
「うん、なかなかいいですね、合格だと思いますよ」
「ほ、本当か!?」
「はい。六十五点です」
赤点ギリギリじゃないかよおおおぉぉぉ!?
・俺の物覚えは相変わらずの凡人レベル
Lesson59参照。
・みく美波蘭子
デレマス組から三人。メンツで何となく察せると思う。
・六十五点
え!? 最近の戦隊は笑顔で仲間を警察に売り飛ばすんですか!?
ようやく始まったエムマス編の本編は、ドラスタの三人からです。登場人物から察している人もいるでしょうが、そういうお話をやります。
他の二人もちゃんと見せ場あるのでご安心を。