「す、スクリーンに765プロのライブ……!? そ、それにその周りの映像は……!?」
「うまく繋がったみたいね……」
「は、灰島さん!? 何ですかコレ!? リハと違うじゃないですか! こんなのズルです! 認められません!」
「……あら、私、貴女には言っていなかったかしら? 私がこの企画で欲しいのは『いつでも誰よりも目立って輝いて』そして『勝てる』アイドル。『絶対に勝つという強い意志を持ってる』アイドルだって。ズルかどうかを判断するのはお客さんよ」
「そ、そんな……」
(……それにしてもここまでしてくるとは、流石765プロ……いえ、裏で動いているって噂が流れてる
「こ、これ考えたの良太郎さん……!? ほ、ホンマですか……!?」
「えぇ、本当ですわ」
良太郎は『ウマ娘のアニメ二期でトウカイテイオーの引退ライブでダブルジェット師匠のレースの中継を映すシーンを観て思い付いた』と言っていたが、私には何を言っているのかよく分からなかった。少し気になって調べてみたけどダブルジェット師匠なんてキャラは登場していないのだけど……?
「今は『世界が狭くなった』と呼ばれるような時代ですわ。映像と音声を繋げて
「確かに……特に昨今は何事もリモートでの開催を推奨されとりますしね……」
「それは
ともあれ、これが良太郎の考えた策。静香の武道館ライブの夢を叶えつつ、静香と未来を一緒のステージに立たせる。未来と自分の願いという
この策を聞いた当初は『ゴールデンエイジ』のプロデューサーが了承するかどうかが不安だった。いくら『演出に関しては各事務所に一任する』という企画であったとしても、流石にライブの中継をするのはやりすぎではないか、と。
しかし担当プロデューサーからは『企画が盛り上がるのであれば』と予想以上にすんなりと了承の返事が返って来た。どうやら『禁止されていなければやってもいい』タイプのルールだったらしい。……それはそれで本当によかったのだろうか。
「……楽しそうに歌っとりますね、未来と翼……ほんで静香も」
「そうですわね……」
意識をステージの上へと戻す。新曲を歌っている未来と翼、そしてスクリーンに映っている静香の三人は、それはそれはとても楽しそうな笑顔で歌っていた。曲調的に真剣な表情を浮かべることの多い静香はともかく、未来と翼は笑顔で歌うことが多い。しかし今はそれ以上の、見ているだけで『楽しいこと』が手に取るように分かる笑みを浮かべている。
「『武道館で歌う』と『仲間と一緒に歌う』。その二つの夢が一度に叶っているのですから、当然ですわ」
これこそが、良太郎が作り出した二人の夢のステージ。言うならば『
あの日、屋上で涙を流した二人の少女。静香の方の根本的な問題はまだ解決していないけれど……それでも、今はただ、こうして大切な仲間とのステージを楽しめていることが大切だった。
「……きっと、大丈夫ですわ」
「それで千鶴さん、静香のステージが映っとる理由は分かったんやけど……全国同時中継は一体何があったんですか?」
「……そっちは、良太郎の我儘ですわ」
「……え? 良太郎さんの……わ、我儘?」
「えぇ」
「なんですか? 誰か胸の大きなアイドルが出演するとか、そういう……?」
「そういう考えに至るのも無理はありませんが違いますわ」
寧ろニコの体型を考えると真逆……ではなく。
「……『たった一人のアイドルに肩入れする』という、良太郎としての我儘ですわ」
「それはやっぱり胸の大きな……」
「そういう思考から離れなさいな」
「あと全国同時中継って、中継のタイムラグ的なアレは……」
「そういうことに触れるのもお辞めなさい」
その日、クリスマスの夜。私はこころとここあと虎太郎の三人を連れて、商店街へとやって来た。今日行われる『ゴールデンエイジ』の放送を録画してまでこちらにやって来たのは、ひとえに千鶴さんから聞かされた『サプライズステージ』の存在があったからだ。
765プロのアイドルである二階堂千鶴がわざわざ教えてくれたのだから、それは765プロが関わっているステージの可能性が高い。その千鶴さんは今頃劇場の定期公演のステージに立っているだろうから登場することはないだろうが、それでも765プロの誰かが来てくれるのではないかと、そんな期待をしていた。
そして実際に商店街には特設ステージが設定されていた。ステージがある以上厳密にはサプライズとは呼べないのかもしれない。しかし二階堂精肉店でアルバイトをするようになり仲良くなった商店街の人たちの話でも、ここで何が行われるのかは知らない様子だった。
私は三人の妹弟と共にステージの側でイベントが始まるのを待つ。他の人たちも何かイベントが起こるということを察して足を止めている。
そして、それは突然始まった。
「っ!?」
「わぁ! お姉様これって765プロのアイドルのステージですよね!」
「わー! すごーい!」
「おー」
興奮気味にこころとここあが私の服を引っ張って来て、手を繋いでる虎太郎が驚くような声を上げる。そして私も、余りの出来事に思わず声を失ってしまった。
ステージの後ろ、バックスクリーンに映し出されていたのは、私が何度も足を運んだ765プロの定期ライブのステージだった。
「え、何コレ……!? ま、まさか、中継……!?」
過去のステージの映像かと思ったが、ステージの飾り付けがクリスマスのものになっている。そしてそれだけではなく
正直、もう訳が分からなかった。
『画面の向こうのみんなー!』
色々と衝撃的過ぎて呆然としてしまったが、スピーカーから聞こえてきたそんな声に私はハッとなった。
スクリーンに意識を戻すと、春日未来ちゃんがこちらに向かって手を差し伸ばしていた。
『みんなも! 私たちと一緒に! 歌おう! 踊ろう!』
(……そっか)
これは
別にショックだったとか、そういう千鶴さんに対する負の感情はない。寧ろ気を使ってくれたことへの申し訳なさが先に立ってくる。
商店街のステージの上には、既に数人が上っていた。みんながみんな、素敵な笑顔で、疑似的とはいえ本物のアイドルと一緒のステージに立てることを喜んでいた。
……私の足は、動かなかった。
「お姉様! わたしたち出遅れてます!」
「わたしも! わたしもステージに立ちたい!」
ピョンピョンと小さく飛び跳ねながら、こころとここあがキラキラと目を輝かせながら訴えてくる。流石に虎太郎は行きたがる素振りは見せていないが、それでもステージを見ながら「おー……」という声を漏らしているところを見ると興味がないわけではないらしい。
「……私はいいわ」
私はもうステージに上がれない。一度でもステージを降りることを望んでしまった以上、私にステージに上る資格はない。
……例え資格があったとしても、もう私は自分の足でステージに上がることはない。そんな気になれない。
ここが、ステージの下が、本来私が居るべき場所なんだ。
「……アンタたちだけでいってらっしゃい。私はここで……」
「「ダメ!」」
妹二人を送り出そうとした私の言葉は、その妹二人によって遮られてしまった。
「お姉様も行くんです!」
「おねえさまのアイドル見たいです!」
「え、だから、私は……!」
こころとここあにグイグイと引っ張られる。いつもは聞き分けのいい妹二人の強引な行動に戸惑ってしまう。
「ダメですよ! 嘘ついても! お姉様は誰よりもアイドルが大好きだって、わたしたち知ってるんですから!」
「嘘ついちゃダメ! あの遊園地でだって、おねえさま本当はステージに立ちたかったって、知ってるんですから!」
(……嘘……私の、嘘……)
「だから、お姉様!」
――わたしたちと一緒に、ステージへ!
「……あ」
……足が。
……動かなかった足が。
……あの日、ステージを降りたときから、二度とステージへと向くことがなかった足が。
動いた。
妹二人に手を引かれ、弟と手をつないだまま、私はステージへと向かって歩いていた。
(……なんだ)
どうやら私は。
(……我ながらバカみたい)
誰かに手を引かれることを。
望んでいたらしい。
「……ふー……」
撮影の合間、たまたま覗いたスマホに届いていたのは、一時間近く前のメッセージ。ニコちゃんのことが気になっていたノゾミちゃんからのメッセージ。
――矢澤さんが、ステージに立ってます!
――楽しそうに歌ってます!
ただの文章だというのに、ノゾミちゃんの嬉しそうな様子が伝わってくる。そして自分の浅はかな策が成功したことに対する安堵感に、まだ収録が残っているというのに思わず安堵の息を吐いてしまった。
そう、浅はかな策。策とも言えぬような猿知恵。
自分の足でステージに立つことが怖いのであれば、
ニコちゃんが心を引かれ、それでも足が竦んでしまったそのタイミングで、彼女の
今回は、アイドルが好きで、それ以上にお姉ちゃんのことが大好きな妹二人が。
これだけでニコちゃんのステージに対する恐怖全てが消えるとは思わない。
それでもいつか。
いつかきっと、遠くない未来に。
――行こっ! にこちゃん!
――行きますよ、にこ。
――一緒にがんばろー!
――ほら、ボサッとしないの。
――置いてっちゃうにゃー!
――が、頑張りましょう!
――行くわよ、にこ。
――ホラホラ、にこっち!
ニコちゃんの手を取ってくれる大切な仲間が、現れる。
俺はそう、信じている。
未来ちゃんも、静香ちゃんも、ニコちゃんも。
「……メリークリスマス」
輝かしい明日が待つ少女たちに、幸多からんことを。
・ダブルジェット師匠のレース
あそこは今観ても涙が出る。
・別の世界線のお話
早くこれも「あぁこの時期にはこんなの流行ってたなぁ」っていう思い出話にならないもんかねぇ。
・矢澤にこ
『ラブライブ』無印に登場するメインキャラで『μ's(ミューズ)』のメンバー。
作者が『ラブライブ前日譚編の主人公に相応しい』と考えたのが彼女だった。
……ここまでちゃんとした紹介なかったってマッ!?
・わたしたちと一緒に、ステージへ!
仲間だと思っていた人に裏切られ、ステージを降りてしまったニコちゃん。
彼女が本当に必要としていたのは『ともにステージに立ってくれる』『ステージから手を伸ばしてくれる』そんな『大切な人』だった。
・いつかきっと、遠くない未来に。
(作中時間だと二年後)
まとめて全員を同じステージに立たせるという暴挙のような力業。ありとあらゆるところに顔が利く周藤良太郎だからこそ出来た力業。そんな解決策でした。
まだ静香の家族の問題の解決は出来ていませんが、それでも全員の笑顔を取り戻すことが出来ました。
さて良太郎、最後の大仕事だぞ。