アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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例えそれがエゴだとしても。


Lesson310 周藤良太郎は救いたい 4

 

 

 

「「………………」」

 

 良太郎との通話を終えた私とプロデューサーは、思わず無言で顔を見合わせてしまった。

 

「……なんというか、まさか周藤君がこんな方法を提示してくるとは思わなかった」

 

「そうですわね……」

 

 静香やニコ、彼女たちの『運命』を変える一手を私も求めたが、まさかその手段として()()()()()を進めるとは……。

 

「……出来ますの?」

 

「……周藤君がここまで考えてくれた企画だ。それに俺もコレは悪くないと思ってる」

 

 プロデューサーは「俺も全力で協力する」と拳を手のひらに打ち付けた。

 

「わたくしも何か、協力できることは……」

 

「いや、確かにかなりの大仕事にはなるが、だからこそ千鶴は定例ライブに集中してもらいたい。この企画の成功の鍵は()()()だ」

 

 ……確かにそうですわね。この企画の成功させるためには、静香と未来とニコを救うためには『私たちがライブを成功させる』必要があるのだから。

 

「……頼みましたわよ、プロデューサー」

 

「あぁ、頼んだよ、千鶴」

 

 コツンと、お互いの拳を合わせた。

 

 

 

 

 

 

「……というわけで兄貴、そういう感じに動く予定だから」

 

「………………」

 

「あっ、それとこの差し入れのワインは別に貢物とか賄賂とかそういうのじゃなくて、単純に年末の激務に追われてる兄貴を労わるためのものだから」

 

「………………」

 

「事務所で酒を開けるなって? いやいやもう九時回ってるんだから業務時間外ってことでいいだろ」

 

 無言の兄貴を尻目にワインの蓋を開ける。注ぎ方とかそーゆーのには疎いので、適当に用意したグラスに適当に注ぐ。いいお酒はそれでも十分美味いのだ。

 

「さぁさぁ兄貴、たまには兄弟二人水入らずのお酒でも楽しもうってうえっ!?」

 

 社長室の豪華な席に座ったまま、何故か兄貴が滂沱の涙を流していた。

 

「えっ、いやいや、わざわざ涙で抗議しなくてもいいだろ」

 

 そんなに嫌か、俺とのサシ飲み。

 

「……いや、違うんだ……不快にさせたのならば謝る……」

 

 ティッシュでグジュグジュと涙と鼻水を拭きながら、兄貴は「すまん……」と謝った。

 

「まさかお前が……こんなに大きな事をやらかす前に、しっかりと報告をしてくれたことが嬉しくてな……」

 

「嘘でしょ……!?」

 

 兄貴の俺に対する評価が低すぎて思わずサイレンスチハヤになってしまった。……何か言い間違えた気がするけど、大体合ってるから問題ないだろ。

 

「フィアッセさんと千早ちゃんの三人の動画」

 

「だからアレは俺が主犯じゃなくて……」

 

 まぁいいや、細かいことはお酒飲んで忘れよう。はいはい兄貴もグラス持って。

 

「はい乾杯」

 

「……ったく、乾杯」

 

 無理矢理グラスを持たせて無理矢理乾杯する。……うん、いい酒だ。

 

「それにしても、今回もまた相当大事だな」

 

「良い企画だろ?」

 

「そうだな、事前報告がしっかりされている良い企画だ」

 

 そこ以外も評価してくれ。

 

「だけど、本当にお前一人で進めるつもりか?」

 

「一人じゃねぇよ。765プロだって協力してくれるし、実際に動くのは現場の人たちだ。俺は名前を貸してその人たちが円滑に動けるように調整するだけ」

 

 クイッとグラスのワインの飲み干して、手酌で二杯目を注ぐ。何かつまみでも持ってこればよかった。

 

「それを『一人で進める』って言うんだよ」

 

 兄貴のグラスも空いたのでお酌をする。色々と楽だから兄貴のデスクに腰を掛けている状態で我ながら行儀が悪かったが、兄貴は何も言わなかった。

 

「俺や留美だって動いてやれないことはないんだぞ?」

 

「俺が勝手に進めた企画なんだから、忙しい二人の手をこれ以上煩わせるわけにはいかねぇよ」

 

 特に兄貴のところは子どもが産まれたばかりなんだ。そろそろ早苗ねーちゃんも実家からこちらに帰ってくるし、俺よりもそっちの手伝いをしてやってくれ。

 

「日本で一番忙しいアイドルであるはずのお前にそれを言われてもな」

 

「そこはホラ、俺ってば身体が丈夫だから」

 

 士郎さんに扱かれたお陰というのもあるが、こうして健康な身体に産んでくれたリトルマミーには感謝してもしきれない。

 

「……()()()()()……か」

 

「おうとも、()()()()()だよ」

 

 なにやら意味深な兄貴の発言に相槌を打ちながら、グイッとグラスを呷る。

 

 

 

「……っ、ゲホッ……!」

 

 

 

「っ、良太郎!?」

 

「いやゴメンまじで紛らわしくてゴメン本当にコレ咽ただけ」

 

 タイミングがドンピシャ過ぎて自分でも引くけどマジで咽ただけなの。赤ワインが口の端から漏れてマジで喀血したみたいになってるけど咽ただけなの。

 

「はぁぁぁ~っ……無駄に焦らせるな」

 

「安心しろ、今の俺はおっぱいビンタの恐怖で易々とシリアスにはならん」

 

「なんて?」

 

 まさかこの俺が女性の大乳に対して恐怖を抱く日が来るとはな……。

 

「……まぁ、確かにな。あれで殴られるのはかなり痛いからな」

 

「真正面から喰らってマジで首がもげたかと思ったもん」

 

「分かる。俺のときは横っ面をいかれたけど、丸一日首が自然と横に傾いたままだった」

 

 そしてまさか兄貴とおっぱいビンタの話題で盛り上がる日が来るとはな……。

 

 

 

「っと、そろそろ帰るか」

 

 ちょうどワインも一本空になった。

 

 今日の周藤家には志希がいるのでリトルマミーも寂しがっていないだろうが時刻は十時も近い。明日も朝が早いのでそろそろ帰宅せねば。

 

「俺はまだ少しだけやることがあるから残る。タクシーを呼んであるからお前は先に帰れ」

 

 ワインを飲みながら俺と会話をして、しかしそれでもしっかりと手は動かし続けていたにも関わらず、兄貴の仕事は終わっていなかったようだ。当然ではあるが、一プロダクションの社長というのはアイドル以上に多忙だった。

 

「あいよ。そんじゃグラス洗ってそのまま帰るわ。お疲れ様」

 

「あぁ、お疲れ……待った、一つ聞きそびれたことがあった」

 

「ん?」

 

 空になった瓶とグラス二つを手に社長室を後にしようとしたら、兄貴に呼び止められた。なんか言い忘れたことあったっけ?

 

「『情』で動かない最上静香ちゃんを『利』で動かすために今回のこれを企画したのは分かった」

 

 あっ、それそんなにさらっと言っちゃうんだ。前回俺が凄いそれっぽく「情で動かないなら……」って意味深な感じで残しておいたセリフ、そんなに簡単に言っちゃうんだ。折角この後、今回のお話のラスト辺りでカッコよく言うつもりだったのに。

 

「そしてこれは矢澤にこちゃんのために企画したものであるのも分かってる」

 

 さらにまだ詳しく説明していなかったことまで言い当てられる始末。やっぱり兄貴の方が俺なんかよりもよっぽどチートだって。

 

「だから聞きたい。……何故そこまでする?」

 

「何故って……女の子が泣いてるんだ、それで十分理由になるだろ?」

 

「あぁ、そうだな」

 

 俺の反論をすんなり同意した兄貴だったが、すぐさま「だが」と言葉を付け加えた。

 

 

 

「例えそうだったとしても()()()()()()()の『周藤良太郎』として動くことはなかったんじゃないか?」

 

 

 

 それは俺に対する問いかけではなかった。

 

「765も346も、お前がアイドルとして関わったのはそこにウチのアイドルがいたからだ。しかし今回の件では123と765は何の関係もないし、矢澤にこちゃんに至ってはアイドルですらない。にも関わらず、お前は今回の企画のために『周藤良太郎』の()()を使った」

 

「………………」

 

「俺が知る限りでは、お前は『アイドルとしての依怙贔屓はしない』っていうスタンスだったと思ったんだがな。どういう心境の変化があったんだ?」

 

「……はぁ」

 

 思わずその場で脱力する。多分バレるとは思っていたが、こうして真正面から問い質されるのはもう少し後だと考えていた。本当にこの人マジでチート。

 

「……りんと約束したんだよ」

 

「りんちゃんと?」

 

「あぁ」

 

 IE決勝前夜。りんに全てを打ち明けて共に生きると誓ったあの夜。

 

 『アイドルの王様』として()まで全て捧げるつもりでいた俺を止めてくれたりんは、その俺の想いを否定しつつ、しかし一つの約束と引き換えに肯定してくれた。

 

 

 

 ――りょーくんは『我儘な王様』になって。

 

 

 

 ――『アイドルの王様』として生きるのはもう止めない。

 

 ――でも、我儘でいて。

 

 ――王様として自分の心を殺さないで。

 

 ――不公平だとか依怙贔屓だとか、そんなことどうだっていい。

 

 ――貴方は目の前のアイドルを、手の届く範囲にいるアイドルを。

 

 

 

 ――全員、愛して。

 

 

 

「……だから俺はもう自重しない」

 

 自分の気になったアイドルを、我儘に、自分勝手に手を差し伸べる。

 

 そんな最低最悪の王様になる。

 

「……なんというか、まぁ……」

 

 呆れたように笑いつつ、兄貴は大きく背もたれに体を預けた。

 

「りんちゃん、ちょっとイイ女過ぎないか?」

 

「だろ?」

 

 しかも上のセリフを言った後で「でも周藤良太郎個人の愛はアタシだけのものだからね!?」と念押ししてくるのだから、可愛さも備えている世界最強の俺の嫁。

 

 

 

「まぁ、IE決勝当日の朝、頬に青痣作ってきたときはマジで終わったって思ったけどな」

 

「その節に関してましては本当に申し訳ないと思っております」

 

 りんってば、無茶をしようとした俺を止める手段が顔面グーパンチなんだもんなぁ……。

 

 

 

「理由は分かったし、納得もした」

 

「これから先、多分こういうことで動くことが増えると思うけど……」

 

「好きにするといいさ。お前は()()()()()()()()()そういう生き方をするって決めたんだろ?」

 

 そう言って笑った兄貴はしっかりと「ただし事前報告だけは絶対にしろ」と付け加えた。

 

「分かってるよ」

 

 それじゃあ今度こそ帰ることにする。

 

「それじゃあ、お疲れ様、兄貴」

 

「あぁ、お疲れ様、良太郎」

 

 挨拶を交わし社長室を後にした俺は、俺と兄貴以外は全員帰宅した後の事務所の廊下を歩く。

 

「……あ、グラス洗ってねぇ……」

 

 時間的にそろそろタクシー来るよなぁ。

 

 ……うん、冬馬辺りにお願いしとこーっと。

 

 

 

 

 

 

「……ゴホッ」

 

 

 




・兄貴号泣
「連載八年以上続いてようやく事前報告してくれた……」

・「嘘でしょ……!?」
・サイレンスチハヤ
おや? 何か間違ったかな?

・健康な身体
身体は健康。

・おっぱいビンタトーク
おっぱいビンタに恐怖する兄弟とか史上初では?

・『情』と『利』
感情ではなく利益。

・最低最悪の王様
感情を殺さず、誰一人切り捨てない、そんな愚かな王様。



 良太郎が動く理由。今までのアイ転のエピソードの大半がなんだったんだということになりかねませんが、逆に言うと『朝比奈りんと結ばれた』からこそようやくこういう考えをすることが出来るようになったんです。

 『大いなる力には大いなる責任が伴う』という蜘蛛男の名言を真正面から殴り飛ばす系ヒロインりんちゃんです。

 結局真面目な話が続きましたが、いよいよミリオンライブ編もクライマックスが近付いてまいりました。皆さんどうか、最後までお付き合いください。

 ただ次回は久しぶりの恋仲○○です。箸休め箸休め。



 ……それでは皆さん、ツアーファイナル公演後にお会いしましょう!

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