テレビ局で静香ちゃんの姿を目撃した翌日。別のテレビ局での収録のため、朝早くからスタジオ入りした俺はその一区画を陣取ってスタンバイをしつつ今日の予定の再確認をしていた。
今日はテレビの収録が四本、ラジオが二本、その合間に年末特番の打ち合わせと新年ライブの衣装合わせエトセトラエトセトラ。今日もゆっくり食事をする時間どころか休憩も碌に取れそうにない。合間合間にりんが送ってきてくれた自撮り写真を眺めて癒されることにしよう。
「………………」
なんてことを考えつつ、意識が少しだけ昨日のことに逸れていく。
静香ちゃんのことと、ニコちゃんのことだ。
テレビ局で見た静香ちゃんのことが気になった俺は、未来ちゃんに『久しぶりー!』『最近どう?』みたいなニュアンスのメッセージを送ってみた。そこで『十二月の定期ライブに静香ちゃん出ないから寂しい!』みたいな返事がきたら、俺もここまで気にしなかった。
しかし、今まで自分の近況よりも静香ちゃんとのアレコレを話してくれた未来ちゃんが、静香ちゃんが『ゴールデンエイジ』に出演するということを話してくれなかった。それどころか
(静香ちゃんとケンカした……ってことはないだろうけど……)
それぞれお互いの道を頑張ろうっていう話になっただけで俺の通り越し苦労ならばそれでいい。ただ俺が心配しすぎの気にしすぎだっていう話で済むのであればそれに越したことはない。越したことはないが……。
――でもね良太郎。本当に時間がない子もいるの。
以前りっちゃんから言われたことが頭を過る。
もし
(……そういうことを気にするのは、プロデューサーさんの仕事のはずなんだけど)
劇場の彼を責めるわけじゃないし、未来ちゃんとのことまでを考えるとそれは既に彼の役割の範疇を超えている。しかし彼が今のままでいいと判断したのであれば、きっと何かしらの考えがあるのだろう。そう信じよう。
さて次に気になるのはニコちゃんのこと。こちらも昨日の出来事になるのだが、内容に変更が入ったりトラブルで長引いたりした収録の最中にノゾミちゃんからメッセージが届いていたのだ。そこでついにニコちゃんがスクールアイドルとしてのデビューステージが行われたことを知ったのだが……。
ステージに立ったのは
話には他に二人のユニットメンバーがいると聞いていたし、ノゾミちゃんに見せてもらったチラシにも三人組のスクールアイドルユニットだと書かれていた。
しかし実際にステージに現れたのは、ニコちゃん一人だけ。そして彼女はそのまま一人で今回のデビュー曲として用意していた伊織ちゃんたち竜宮小町の『七色ボタン』を……笑顔のまま涙を流しながら歌い切ったそうだ。
ノゾミちゃんは『始まる前に何かステージ脇で言い争う声が聞こえた気がする』とも言っていた。友だちではないと言いつつとてもニコちゃんのことを気にしていたノゾミちゃん。きっと本番前に激励をしようとして結局出来なかったのだろう。
……言い争っていたってことは、本番直前のタイミングにはまだ間違いなく他の子たちもいたということだ。
(つまり他の二人は、いざ本番のステージに上がるタイミングになって二の足を踏んでしまい、そしてそのまま……)
そうなると思っていた、とまでは言わない。けれど『衣装代やその他諸々の経費は全てニコちゃんが払う』という
だから俺はニコちゃんに『失敗も後悔も全部ステージの上でするべきだ』と言った。せめて彼女だけでもその勇気の一歩を踏み出してもらいたかった。そんなことがニコちゃんの勇気の一歩の邪魔になって欲しくなかったんだ。
そしてニコちゃんはその勇気の一歩を踏み出した。涙を堪えることは出来なかったが、それでもしっかりと彼女はステージに立った。それは十分すぎる成果だ。
……けれど、心には一抹の不安が残る。
「………………」
この世界で第二の人生が始まり二十一年。アイドルとして第三の人生が始まり七年。ついでに連載が始まってから三年、現実世界換算で八年。
この世界でこういう生き方をしていれば、困難や苦悩に直面したことは一回や二回程度で済むわけがない。それは自分自身のことだったり、自分と親しい人のことだったり、内容も簡単なことから深刻なことまで千差万別。幸運なことに大事件と呼ばれるようなことは『始まりの夜』や『IEの一件』、あとは『
だからそれらの事柄と比べると、きっと今回のことは
『果たして俺がすべきことなのか』とか、『他の人に任せておくべきことではないか』とか、そういうことは考えない。
――俺は『アイドルの王様』なんだから。
「師匠、真面目な顔してるところ大変恐縮なんだけど、すっごいお山の恋人が出来たってマジ? あたし聞いてないんだけど」
「五年ぶりに登場して第一声がそれか棟方ぁ!」
俺のモノローグなんて聞こえてないだろうから仕方がないとはいえ、真面目な顔してるって分かってるなら恐縮しろよぉ!
そんなわけで、突撃してきた弟子こと棟方愛海への対応をしなければいけないため真面目なモノローグは一旦お預けである。
「というか、俺の恋人に関してそんな具体的な内容の噂が流れてるのか?」
「いや? 師匠の恋人ならきっとお山がすっごいんだろうなーっていうあたしの信頼」
弟子からの信頼感が凄い。
「けど自分の恋人を胸だけで選ぶと思われるのは流石に心外だな。確かに俺は女性の胸部の遥かな高みが大好きではあるが、それはあくまで趣味嗜好の話であって……」
「でもどうせすっごいんでしょ?」
「そりゃあもうすっごいぞ」
大きさで言えばもっと大きい子はいるだろうけど、りんは身長の低さも相まってとんでもないことになっている。……周藤家の女性陣、大体そんな感じだなぁ。
「……ありゃ、恋人の存在自体は否定しないんですね」
俺の発言に、棟方は意外そうに目をパチクリとさせていた。
「俺が今更ここで何言ったって噂は勝手に流れるんだ。それにお前だって何かしらの確信があったから聞いてきたんだろ?」
「まぁねー。凛さんが『ノーコメント』って言った時点で確定かなーって」
凛ちゃん、そういう腹芸は苦手だろうしなぁ。
「で? そんな素晴らしいお山の恋人がいるっていうのに、師匠は何を真剣に考えてるんですか?」
「……お? なんだ、弟子が一丁前に師匠の心配か?」
お団子頭の真ん中に手を置いてユサユサと横に振ってやると、棟方は「や~め~ろ~」と抗議の声を上げつつも手で振り払うようなことはしなかった。
「……あたしが師匠の心配なんてするわけないじゃん」
手鏡で自分の髪型が崩れていないかを確認しながら棟方は「でも」と言葉を続けた。
「師匠がアイドルの仕事に対していつも真面目だってことぐらい知ってるけど、
「っ」
ギクッとして周りを見渡すと、確かに年末の忙しさを加味したとしてもいつも以上にピリついている雰囲気になっているような気がした。
「……スマン」
自分の周りに与える影響力がすっかり頭から抜け落ちていた。静香ちゃんやニコちゃんのことが気になるが、今は目の前の仕事に集中するべきだった。
「よっしゃ。それじゃあちょっとだけ空気を和やかにするために、今から男子中学生みたいな話をしようぜ」
「あたし女子中学生なんですけど」
「最近、765で一番大乳な豊川風花ちゃんと飲み会したときの写真とか興味ないか?」
「今だけは男子中学生でぇす!」
その後、めっちゃ大乳な話をした。
・りんが送ってきてくれた自撮り写真
隙あらばイチャコラ。
・ニコちゃんただ一人
原作では確か描写されていなかったと思う。
こちらのニコちゃんは良太郎の言葉を思い出して一人でもステージに立ちました。
・『ステージに上がる瞬間の勇気』
かつてニュージェネやトラプリが乗り越えた勇気。
きっと乗り越えられなかったアイドルは無数にいた。
・『アイドルの王様』
それは果たして称号か、それとも呪縛か。
・五年ぶりの棟方
マジで今まで出番が無かった師匠、シリアスブレイカーとしての登板です。
誰だよニコちゃんにこんな原作よりも重いもん背負わせたの俺だよ()