「そ、それでは、みなさん、お手を介錯……!」
「お手を介錯!?」
「それをゆーなら『お手を拝借』やろがい! いや『お手を拝借』でも間違っとるけど!」
グラスを片手にした涙目の可憐ちゃんの言葉に昴ちゃんと奈緒ちゃんのツッコミが飛ぶ。それで少しは可憐ちゃんの緊張が解れればよかったのだが、生憎そうはならなかった。寧ろ奈緒ちゃんの全力のツッコミに、余計委縮してしまった感がある。
「ほらほら可憐ちゃん、落ち着いてもう一度、ね?」
「み、美奈子しゃん……わ、分かりました……」
私が声をかけると、ぐしゅぐしゅと涙声になりつつもしっかりと頷いた可憐ちゃん。その涙は慣れない挨拶を任された故のものではなく……きっと先ほど無事に大役を終えた安心感からくるものだろう。
可憐ちゃんはキュッと目に力を入れ、しかし次の瞬間には再び涙を滲ませながらも、グラスを掲げながら彼女なりの大声を張り上げた。
「じゅ、十一月の定期公演……お、おづ、おづがれさまでじだぁ~!」
『お疲れ様でした~!』
結局最後はしっかりと涙声になってしまった可憐ちゃんの言葉に合わせて、その場の全員が各々のグラスと天井へと突き上げた。
「お疲れ様、奈緒ちゃん。はいコレ、駆けつけ三杯」
「お疲れさん、美奈子。ほんで私は最初っからここにおって駆けつけてないからチャーハン三人前は食わんで」
「まぁまぁチャーハンどうぞ」
「……いやまぁ一人前は食うけど」
奈緒ちゃんに出来立てのチャーハンを盛ったお皿を渡しつつ、お互いに今日の定期公演を労う。
「可憐ちゃん、今日のセンター頑張ってたね」
亜利沙さんや昴ちゃんから大絶賛されてアワアワとさらに涙目になっている可憐ちゃんを見つつ、こっそり奈緒ちゃんのお皿に追加のチャーハンを盛ろうとしたらやんわりと押し留められてしまった。
「せやなぁ。こないだのアレで何か思うところがあったのかもしれんなぁ」
奈緒ちゃんの言う『こないだのアレ』とは、奈緒ちゃんが可憐ちゃんとお出かけをした際に良太郎君や346プロのトライアドプリムスと偶然出会って一緒に遊んだことだろう。
「改めて聞くと凄いことなんだけど……」
「……まぁ、私らはそれぐらいじゃイチイチ驚かんようになってしもたからなぁ……」
奈緒ちゃんと二人で思わず虚空を見つめてしまった。例えばこの打ち上げ会場にしれっと彼が混ざっていたとしても「ビックリしたぁ」程度で済んでしまうと思う。
「ただどっちかっちゅーと良太郎さんというより、同じ名前繋がりで仲良ぉなった北条加蓮の影響が強いかもしれんな」
奈緒ちゃんに見せてもらった可憐ちゃんと北条加蓮ちゃんの画像を思い出す。ギャル風の衣装という普段とは別ベクトルで派手な格好をした可憐ちゃんの姿を見たときは、思わず私も「……ありだね!」と親指を立ててしまったほどだった。
「でもこの繋がりも、元を辿れば良太郎君とのご縁があったから、とも言えないかな?」
「良太郎さん経由すればどのアイドルともご縁が結べそうやな」
「アイドル縁結びの神様だね」
クスクスと笑いながら、もう一人のある意味
「未来ちゃんと初めて会ったときも、良太郎君がいたっけなぁ」
「あぁ、あの良太郎さんとデートしとったときか」
「だからデートじゃないってば」
あの朝比奈りんさんに睨まれるからそういうのはちょっと勘弁してもらいたい。アイドルとしてならばいくらでも挑めるが……。
「そもそも良太郎君、別に私のタイプってわけじゃないし」
「……意外とえげつないこと言うなぁ、美奈子は……」
ウチのお店へご飯を食べに来るたびにいっぱい食べてもらってるけど、やっぱりアイドルだから自己管理が完璧で全然ふくよかになってくれないんだもん。
「って、話が逸れちゃった。今は未来ちゃんの話」
「あぁ、せやったな。……初めてのダンスレッスンで盆踊りを披露して、ボイスレッスンでひーこら言ってたあの未来が、今ではちゃんとアイドルやっとるんやもんなぁ」
奈緒ちゃんはしみじみと、そのときのことを思い出すように目を瞑る。
「可憐や未来だけやない。今話題沸騰中の静香や翼も、それに昴も亜利沙もみんなみんな、順調に前に進んどる」
「不思議だね。ちょっと前までの私たちだったら、他の人の成長を喜べるような立場じゃなければ余裕もなかったはずなのに」
「前に進んどるのは私らも同じってことや。ええことやん」
「……うん、いいことだよね」
だから願わくば、どうか
「……なぁ、美奈子」
「ん? 何?」
「今ウチがちょっと目ぇ瞑っとった間に、
「わっほーい!」
「せめて否定せぇ!」
あっ! 奈緒さんが美奈子さんから沢山チャーハン貰ってる! いいなぁ!
私もお腹が空いているので早速貰いに行こうとすると、ガチャリとドアが開いて「お疲れ様です」という声が……この声は!
「静香ちゃん!」
「あ、未来、お疲れ……ぐえっ!?」
思わず勢いよく抱き着いてしまった。何やら静香ちゃんの口から潰れたカエルの鳴き声のような声が聞こえたような気がしたが、きっと聞き間違いだろう。
「お疲れ様! 今日のお仕事は!? もう終わったの!? もしかしてライブ観てた!?」
「え゛、え゛ぇ゛、最後の゛方だげ……!」
「未来ー、静香の息の根が止まる前に手ぇ緩めたれよー」
確かに抱き着いたままではお話がしづらいし、ちょっと離れることにする。
「ねぇねぇ聞いて! 今日私、八曲も歌ったんだよ!」
「……未来」
「最近いっぱい覚えて、沢山ステージに立てるようになってすっごい楽しいの!」
「あの、未来」
「それでね、それでね!」
「未来!」
「へ?」
私の名前を強く呼びながら、静香ちゃんが私の肩を掴んだ。少しだけ勢いが強くて、少しだけ力が入っていて……少しだけ手が震えているような気がした。
「大事な話があるの」
「……大事な話?」
なんだろう、もしかして楽しいサプライズだろうか……なんて、そんな考えが全く思い浮かばないぐらい。
静香ちゃんは、とても真剣な目をしていた。
「……えっ? ……は、白紙?」
静香ちゃんによって連れてこれてた別室には、プロデューサーさんと翼もいた。
そしてそこでプロデューサーさんの口から発せられた言葉に、私の理解はすぐに追いついてくれなかった。
「は、白紙って? ゆ、ユニットデビューが、ですか?」
そんな、だって、新曲が、そう新曲だって出来てるのに、衣装だって、衣装だって私と静香ちゃんと翼の三人で、可愛いねって言った衣装だって、そんな、だって。
「落ち着いて、未来」
隣に座る静香ちゃんが私の手をギュッと握ってくれた。先ほど私の肩を掴んだときと同じように、少しだけ力が強くて、そして少しだけ震えている手。
「ちゃんと理由は説明する。だからまずは落ち着いてくれ、未来」
プロデューサーさんの言葉に、一つ二つと深呼吸を繰り返す。
「つい先日、社長直々に俺と静香に話があったんだ」
――突然呼び出してしまって申し訳ないね、最上静香君。
――話というのは他でもない。
――『武道館』で歌ってみたくはないかね?
「「ぶ、武道館!?」」
私と翼の声が重なる。
武道館って、あの武道館!?
「屋根の上に金色の玉ねぎが乗ってるあの武道館!?」
「未来にとって武道館はそういう認識なの……?」
「へ~、あれって
「翼、気になることを自分で調べることはとても大切だけど、今はスマホをしまって」
「実はそのまんま『大きな玉ねぎの下で』っていう、武道館で待ち合わせした女の子がこなかったっていう失恋の曲があってだな……」
「プロデューサーまで脱線したら収拾がつかなくなるでしょう!?」
三人纏めて静香ちゃんに怒られたところで、話を戻す。
「なんでも、各事務所の大型新人を集めて競わせる企画の話が来たらしくて、それに静香が選抜された。その最終ライブが武道館なんだ」
「す、凄いよ静香ちゃん! 武道館だなんて!」
『武道館で歌う』ということは、私でも分かるぐらい凄いことだ。
しかし、何故か静香ちゃんの表情は曇っていた。
「……ねープロデューサー。その最終ライブって
「……十二月二十五日……つまりクリスマスだ」
翼からの質問に答える形でプロデューサーさんが教えてくれたその日程は、なんとクリスマス! 凄い! クリスマスに武道館でライブなんて……え?
「く、クリスマス……?」
え、だって、それって……。
「……そうだ。
……それが……白紙の、理由……。
「……静香の選抜企画は『765プロはAS組だけじゃない』って世間に広く知らしめるためにも逃したくないチャンスなんだ。だから最終ライブまでの一ヶ月と少し、静香にはこちらの企画に集中してもらいたい」
そう言って膝の上で拳を握るプロデューサーさんは、目を瞑って何かを耐えるような表情をしていた。
「……今回は事務所の都合で三人を振り回す結果になってしまった……本当にすまない」
頭を下げるプロデューサーさん。何かを言おうとして口を開いたけど言葉は出ず、静香ちゃんや翼も何も言わなかった。
「ユニットの件は一先ず白紙だが、落ち着いた頃にもう一度改めて報告をさせてもらう。だから三人とも――」
――今回は
・「まぁまぁチャーハンどうぞ」
妖怪高カロリー
・『大きな玉ねぎの下で』
爆風スランプさんの曲らしい。
この段々と重苦しくなっていく雰囲気が、書いててなんだかワクワクしてきます()
先に宣言しておきますが、年内のアイ転はずっとこんな感じです^^