嘘予告と言いつつ長すぎて嘘プロローグレベル。
それは、あり得るかもしれない可能性の話。
俺、周藤良太郎(21)はアイドルである。それもただのアイドルではなく『アイドルの頂点に立つ』とまで称されるトップアイドルである。生まれついて表情が動かないと言うアイドルとして致命的な欠陥を抱えているにものの、新曲を出せばたちまちミリオンヒット、ライブを開催すればチケット即日完売というレベルのトップアイドルなのである。
さらに俺には前世の記憶があり、トップアイドルになったのも転生した際の神様からの特典のおかげとかそういう言う話もあるのだが。
今はそんなことどうでもいい。
日本一のアイドルを決めるアイドルアルティメイトというイベントを三回連続で優勝して殿堂入りを果たしたとか、世界一の音楽の祭典であるナショナルミュージックアルティメイトアイドル部門にノミネートされたとか、兄貴が設立したシンデレラプロダクションというアイドル事務所の副社長に就任したとか。
そんなことはどうだっていいのだ。
今重要なことは、ただ一つ。
周藤良太郎は、一人の少女に恋をしたということなのだ。
それはほんの一週間前のことだった。
伊達眼鏡と帽子を装着すると何故か身バレしないという不思議スキルをいかんなく発揮しながら街中を歩いていた俺は、交差点で偶然すれ違ったのだ。
「えっと、アルフ、頼まれてたものはこれで全部だよね?」
「大丈夫だよフェイト! 早く帰ろう!」
「っ!?」
それは、今まで感じたこともないような衝撃だった。目を見開き、思わず息をすることも忘れてしまう。表情は相変わらず変わらない。しかし心臓の鼓動が急速に速くなっていくのを感じた。経験したことが無い、しかしなんとなくこの感情の正体を理解した。
あぁ、これが恋なのか、と。
少女の姿をもう一度見ようと、足を止めて振り返ってしまう。しかし、振り返った時には既にその少女は人混みの中に消えてしまっていた。思わず追いかけようとも思ったのだが、丁度信号が赤に変わってしまって後を追うことすらできなかった。
それはほんの一瞬の邂逅。分かったのは名前と、日本ではやや目立つ髪色をしていたということだけ。
それでも、諦めたくないと強く心から思ってしまうほど。
俺は、彼女に恋をしてしまったのだ。
「それで? どうしたんだいきなり」
「周藤君から話があるなんて珍しいわね」
大学内のカフェテリア。俺と忍は古くからの友人である周藤良太郎に呼び出された。今は講義中なので自分達と同じように講義を取っていない生徒しかおらず、しかしそれでも用心が必要で良太郎はいつもの伊達眼鏡と帽子を装着していた。
「悪い。どうしても相談したいことがあって」
「……相談したいこと?」
「私達に?」
「あぁ」
表情が変わらない良太郎の顔からその心情を読み取ることは難しい。しかしその目はいつにも増して真剣なものなので、本当に相談があるのだろう。
「俺達でよければいくらでも相談に乗ろう」
「そうよ。周藤君には私と恭也の間を取り持ってくれた恩もあるんだし」
「いや、お前らに関してはなるようになったと言うか、俺が関与する余地が無かったと言うか、勝手にくっついてイチャイチャしやがってこの野郎と言うか」
まぁこの際どうでもいいや、と良太郎は自販機で購入した紙コップのコーヒーを一口飲む。
「実は好きな人が出来たんだ」
「「ぶふぅっ!?」」
「うお汚っ!? 美少女の口から出たものでも流石にご褒美とは思えないぞ!?」
思わず口から霧吹きのように飲んでいたものを噴き出してしまう俺と忍。忍は女なんだからその反応はダメだろうと注意したかったが、自分も噴き出している上に気になる言葉が良太郎の口から聞こえてきたため今はそれどころじゃなかった。
「りょ、良太郎、お前今何て言った……!?」
「き、聞き間違い? す、好きな人って言った……!?」
「? 間違いなく言ったが」
どうやら聞き間違いでも幻聴でもなく、良太郎は『好きな人が出来た』と言ったらしい。
本来ならば友人としてどんな女性なのかという話題に発展していくのだが、相手が問題だった。
周藤良太郎。日本のアイドル界を牽引するトップアイドルの中のトップアイドル。『キングオブアイドル』『アイドルの頂点』『覇王』『鉄仮面の王子』など呼び名には事欠かず、『He is the IDOL.』とまで称された正真正銘世界から認められたアイドルである。
そんな周藤良太郎に出来た『好きな人』だ。これはもうスキャンダルどころの話ではない。今まで浮いた話を一つも聞いたことが無かったため尚更である。
「そんなに驚くことか?」
「驚くに決まってるでしょ!?」
バンッと机を叩きながら忍が立ち上がる。
「だってあの周藤良太郎に好――!?」
「待て忍!」
咄嗟に忍の口を抑えるが、どうやら遅かったようだ。
いくら講義中で人気が少ないカフェテリアとはいえ、決して人がいない訳ではない。そんな中で周藤良太郎の名前を叫んでしまえば……。
――え、周藤良太郎?
――そういえばこの大学に在籍してるって話だけど……?
当然、こうなってしまう訳だ。
「……場所変えるか」
「ご、ごめんなさい……」
「全く……」
注目が集まりすぎ、いくらなんでもこんな中で出来る相談ごとでも無かったため俺達は場所を移すことにするのだった。
場所は変わって近所の公園。
「月村、いくら恋バナに敏感な女の子だからって少しは落ち着こうな」
「いや、多分この話を持ちかけられたのが周藤君じゃなかったらここまで驚かなかったわ」
「そうか?」
「そうよ」
先ほどまで飲んでいたものは見事に噴き出してしまったので新たに自販機で買い直してベンチに座る。俺の隣に忍が座り、良太郎は目の前に立っている。
「それで好きな人って誰? 私も知ってる人? アイドルの誰か?」
周りに人がいなくなったことで自重する必要が無くなり、改めてテンションが上がっている忍が目を輝かせながら良太郎に尋ねる。
「あ! もしかして『魔王エンジェル』の朝比奈りん!? 一時期噂があったけど!?」
「いや、違う。相手は街中ですれ違っただけの女の子なんだ」
「って、一目惚れってこと!?」
「あぁ。あれは運命だと思った」
キャーキャー言いながら俺の肩をバシバシと叩いてくる忍。興奮しているのか、一族の力が籠ってて痛い痛い。
「しかしながらすれ違っただけ故に見た目と名前以外が一切分からなくてな」
「あ、名前は分かったんだ」
「聞こえて来た会話からな」
何となく話が見えて来たな。
「つまりその相手を探してほしいと?」
「そこまでは言わんが、聞き覚えが無いか聞きたくてな。珍しい髪の毛の色と名前だったから」
そういうことか。
「それで? 肝心の名前は?」
「あぁ、名前なんだが――」
良太郎の口からその女性の名前が発せられるその直前、その動きが固まった。
「? 周藤君?」
「どうかしたのか?」
表情は依然変わらず、しかし視線はどこか別の場所に固定されたまま一切動いていない。
一体何を見ているのかと首を動かすと、そこには公園に入ってくる一人の少女と子犬の姿があった。
「いい天気だね、アルフ」
「ワンッ!」
金色の髪を二つに結び、黒いワンピースを着た少女。我が家の末妹であるなのはの友人、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンだった。確か今日は小学校が創立記念日で休みとか言っていたが、どうやらアルフと一緒に散歩に来たようだ。
「あら、フェイトちゃんね」
「お前も知り合いだったのか? 良太郎――?」
「……見つけた」
「「え?」」
良太郎は目を爛々と輝かせながら右手を強く握りしめていた。
「ついに見つけた……俺の運命の相手……!」
「えぇ!? 周藤君の一目惚れした相手って……!?」
フェ、フェイトちゃんのことだったのか!?
「よし、早速行ってくる」
「「待て待て待て!?」」
意気揚々とフェイトちゃんに近づこうとする良太郎の肩を忍と二人でガッチリと抑える。
「ちょ、落ち着け良太郎! どれだけ年の差があると思ってるんだ!?」
「年の差など問題ではない。そこに愛があるか否かが問題なのだ!」
「いやいや流石に犯罪だよ!?」
俺達の説得に一切耳を貸そうとしない良太郎。俺と忍が二人がかりで抑えているにも関わらず何故かその動きを止めることが出来ない。
「……? あ、恭也さん、忍さん、こんにちは」
この騒ぎに流石に気付いたフェイトちゃんが挨拶をしながらこちらに寄ってくる。
「ダメ! フェイトちゃん今はこっちに来ちゃダメ!?」
「え?」
「い、いいから今は向こうに行っててくれないか? 詳しい説明はまた今度するから」
「お前ら!? 邪魔をするのか!?」
邪魔ではない! 友人を犯罪者にしないための優しさだ!
「は、はぁ、分かりました……?」
フェイトちゃんはイマイチ状況を理解できていなかった様子だったが、今は理解しなくても大丈夫だ。
首を傾げながらもアルフを連れて去っていくフェイトちゃん。
しかしその後ろ姿に良太郎が声をかける。
「あぁ! 待ってくれ! せめて話だけでも聞いてくれ! そこの――!」
――オレンジ色のお嬢さん!
「「「……えっ?」」」
それは、とある少年の人生の一片の物語。
「な、何でアルフのことが!?」
「あ、アンタ何者だい!?」
「何故分かったかって……? もちろん、愛の力に決まっている!」
「そっかーあいならしかたないなー」
「待て忍諦めるな投げ出すんじゃない」
「にゃー!? 良太郎さんがアルフさんに!?」
「い、イヤー!? 良太郎さんがアルフに寝○られたー!?」
「ちょ、美由希落ち着け!?」
「しかしアルフがフェイトちゃんの使い魔だというのなら、頂いてしまうのは忍びないな……」
「おい誰が頂かれるって?」
「代わりに俺がフェイトちゃんの使い魔になろう! 首輪でも何でも付けるぞご主人様!」
「……いいかも」
「フェイト!?」
「幸太郎、良太郎、今まで黙ってたが……実は父さんの単身赴任先は魔法世界『ミッドチルダ』だったのだよ!」
「「ナ、ナンダッテー!?」」
「アルフがフェイトちゃんと一緒に向こうの世界に行くって言うのなら、当然俺も行こうじゃないか」
「りょ、リョウタロー……!?」
「それに――魔法世界進出ってのも、悪くないんじゃないか?」
これは、一人の少年が魔法に出会い、そして新たな世界へと旅立つ物語。
「あたしは……あたしは、使い魔だ! 狼で、人間じゃなくて……一度、死んでて……!」
「それがどうした!」
しかし。
「俺は! アルフを、君を、君自身を好きになった!」
それ以上に大切なことは。
「それ以外に! 必要なことは何も無いんだ!!」
これは、一人の少年と一匹の狼の恋の物語である、ということだ。
『狼少女に恋をしました。』
「好きだ、アルフ」
「……リョウタロー……」
ネタ倉庫の中に埋もれていたものを加筆修正してみました。
使い魔組の中でアルフヒロインポジの小説があまりにも少なかったため思いついたお話。あのむちむち太ももホットパンツとばいんばいんなスタイルに加えて少々ガサツな性格、姉御肌。何故流行らないのか分からない。
本編が「イノセント混じりのとらハ世界」であるのに対してこちらは「リリなの世界」となっているため魔法が存在する世界となっております。時系列的にはAs終了後空白期スタートとなります。良太郎は魔法が使えないので、バトル要素はほぼ皆無になると思われます。
展開的にはアルフにぞっこんの良太郎をめぐりシグナムやシャマルその他のキャラが良太郎に好意を向けるラブコメ的になるかと。
まぁ連載する予定はないんですけどね!
来週には本編を再開しますのでそれまでどうかお待ちください。