それは、あり得るかもしれない可能性の話。
――乳を、揉んでいた。
「……えーっと」
「どーよ」
「どーよと言われても……」
突然の出来事に混乱して頭が働いていない。とりあえずムニムニと指を動かしてその類まれなる大乳を揉んでみる。
「大変素晴らしい大乳だと思います」
「でしょ?」
「というか、いきなりどーしたんだよ早苗」
突然早苗から『うちへこい さもなくば』というとても怖い文面が送られてきたのが今から大体三十分ほど前の話。収録終わりに早苗のマンションを訪れたところ、彼女は既に一人で酒盛りを始めていた。
やはり酒の相手が欲しかっただけか……とため息を吐きつつ、なんとなくそんな気がして買ってきたつまみを袋ごと机の上に置いて、カーペットに座る早苗の隣に腰を下ろした途端、いきなり腕を掴まれて強制的に早苗の胸に押し付けられたのだった。
いや、本当に急展開過ぎる。いつからこの世界は薄い本仕様になったのか。
「困惑しつつも手は止めないのね」
俺だって健全な成人男性で、誰もが知ってるおっぱい星人である。揉んでいいと言われた大乳が目の前にあり、なおかつその相手が自分の恋人なのだから、流石の俺も遠慮はしない。
「まぁ誰も揉んでいいとは言ってないんだけど」
「図ったなぁ!?」
クソッ! 芸能界の闇を華麗に掻い潜って来たこの周藤良太郎が、こんな簡単なハニートラップに引っかかってしまうとは! この悪徳童顔美女婦警め!
「なにが目的だ!」
「声だけ凄まれても手はまだ動いてるわよ」
マジで自分の意志では手ぇ離せないよコレ……。
自分の頬を張って無理やり正気に戻って手を離す。まさかこんな自分の指の骨を折って痛みで幻術から逃れる青年期の火影補佐みたいなことをする羽目になるとは。
「で? ホントにどーしたのさ」
「べっつにー。一人で飲むのも味気なかったから、暇そうな恋人なら付き合ってくれると思ったのよ」
世界一のトップアイドルを捕まえておいて『暇そう』と申すか。それに応じてホイホイとやって来てしまった俺も俺だけど。ちゃうねん、たまたま収録明けやってん。あとは帰って寝るだけやってん。
「ほらほら、甲斐甲斐しくお世話しなさい。恋人でしょ役目でしょ」
最近はハチミツ集めめっちゃ楽だからハチミツ難民はいないと思う。
「少なくともあたしの胸を楽しんだ分はしっかりと働いてもらうわなきゃ」
「もう早苗の旦那として永久就職するつもりだったんだけどなぁ」
「……プロポーズの言葉としては軽すぎるから、今回は聞かなかったことにしてあげる」
「オッケー」
とりあえずテーブルの上に転がっているビールの空き缶を集めて、ついでに散らかっているスーパーの総菜のゴミを片付ける。その性格とは裏腹に意外と几帳面な早苗にしては珍しい散らかり具合だった。
「……そーいえば、もう来週なのよねー」
「……そーだなー」
内心では(何が『そーいえば』だよ)と少し毒づきながら、早苗の言葉に相槌を打つ。
「入籍してから大分時間がかかったわね」
「事務所立ち上げたり冬馬たち受け入れたり恵美ちゃんたちスカウトしたり、ずっと忙しかったからな」
けれどそれも一段落着いた。そして来年の春を予定しているIEを迎えてしまうとまたさらに忙しくなることが目に見えている。だから、このタイミングで兄貴は
「なにか出し物とかやるの?」
「そりゃあ実の兄の結婚式だから盛り上げてあげるのが弟としての役目だろう」
とはいえ兄貴と留美さんの結婚式なのだから、周藤良太郎がただ登場して歌ってもサプライズにはならない。それを上回る何かを披露しなければ披露宴としては役不足なのだ!
「誰が主役の披露宴なのかコレもう分かんないわね」
「でも忘れられない一生の思い出にするために俺は労力を惜しまないぞ」
「そんなことしなくても一生の思い出でしょ」
そう言いながら早苗はテーブルに突っ伏した。早苗の大乳が重力に負けてゆさゆさと揺れている。……やはり付けていなかったらしい。道理で予想以上に柔らかいと思った。
「はぁ……結婚式、かぁ……」
「………………」
なんともあからさまな『何か話しかけろ』という露骨な待機である。このまま揺れる大乳を肴にして一杯やってもいいのだが、一応酒の席に招待された身なので意を決して声をかける。
「その姿勢重くない?」
「めっちゃ重い。……ってそーじゃないでしょ!」
ガバッと身体を勢いよく起こしたことで大乳がぶるんと揺れる。
「普通ここは『まだ未練があるの?』とか聞くところでしょ!」
「聞いてほしいの?」
「聞いてほしい。んであたしは『そんなわけないでしょ、今のあたしの男の方が百倍はいい男だ』って返事するの」
そうケラケラと笑いながら、早苗はまた新しい缶ビールのプルタブを起こして中身を呷り始めた。折角なので俺も一本頂戴する。
ぷはぁっ! と勢いよく缶をテーブルに叩きつけた早苗ねーちゃんは、ポツリと呟いた。
「……まぁ、未練が一ミリも無いって言っちゃうと、嘘になるんだけどね」
「……知ってる」
早苗ねーちゃんが小学校の頃から兄貴のことを好きだったのは知っている。身長は中学から殆ど伸びなくなったにも関わらず胸は順調に大きくなっていき、それと同じぐらい兄貴への想いを強く募らせていたことも知っている。その想いがあと一歩のところで届かなかったことも当然知らないわけがない。
そしてその想いを、今でも胸の奥に秘めていることを。
「ホントに好きだったんだから……」
だからそんな言葉が、早苗の本音に聞こえてしまい――。
「………………」
「……良?」
気が付けばあたしはカーペットの上に仰向けに倒されていて、その上に良が覆い被さっていた。あたしの頭の横に腕を突き、昔からずっと変わらない無表情であたしの顔をじっと見つめていた。
「……やっぱり俺じゃダメだったか?」
「えっ……」
「その……一応、俺も兄貴と似たような顔してるし。兄貴の顔が好みだったなら、俺の顔もそんなに大きく外れてないと思う」
「………………」
「世界一のアイドルじゃ、周藤幸太郎は越えられなかったか?」
そんなことを尋ねてくる良の声は、いつもの様子からは考えられないぐらいに不安に揺れていて……。
――待って待って、なにこの可愛い子。
正直に白状しよう。こういう展開にならないかなーと軽く状況を誘導したことは認める。別に幸のことが本気じゃなかったとかいうわけじゃなく、折角年下の恋人と一緒に宅飲みするのだから、こう、たまには弄びたくなってしまったというか……。
それがまさか、ここまで素直に可愛い反応を見せてくれるとは思わなかった。
「……もしここで、あたしが『そうだ』って頷いたらどうするつもりだったの?」
「………………」
「……あーもーあたしが我慢ならん!」
「わっぷっ」
ついに辛抱できなくなったあたしが、良の顔を自分の胸の中に引っ張り込んだ。そろそろ夏の暑さが見え隠れし始めたこの時期、お酒も入っているあたしは薄着の上に下着も外しているので、良の顔はすんなりとあたしの胸の間に入り込んだ。
「冗談だって! 今のあたしは周藤幸太郎じゃなくて周藤良太郎にメロメロなんだから、今更そんな移り気なこと言わないわよ」
「………………」
先ほどまでの自分の発言が恥ずかしくなったのか、それとも単に拗ねてしまったのか分からないが、良はそのままグリグリと顔を埋めてきた。普段の飄々としている良からは考えられないぐらい素直に甘えてくる仕草に、さらにきゅんきゅんしてしまい、抱きしめる力をぎゅーっと強くする。
「……証明してほしい?」
「……いや、その必要はない」
「へっ」
ガバッとあたしの拘束から離れたと思うと、そのまま起き上がった良はあたしの身体をお姫様だっこで持ち上げた。
「えっ、ちょっ、良?」
一体どうしたのかと尋ねようとするが、その必要は無かった。
良の目が据わっていた。
「早苗は非番だっけ?」
「……ふ、普通に出勤です」
「そっか。俺も朝から収録あるから、お互いに早起き頑張ろう」
そんな会話をしつつ、良はあたしを抱きかかえたままリビングを出た。
「……一応聞くけど、何処向かってる?」
「一応聞くけど、もしかしてベッド以外が良かった?」
(ちょっと意地悪に挑発し続けたかなー)
なんて思いつつ、それでもこの後のことを考えてワクワクしているあたしがいた。
(……さよなら幸太郎)
アンタを好きだったときよりも、幸せになってやるんだから。
・いつからこの世界は薄い本仕様になったのか。
絶対になりません(鋼の意志)
・自分の指の骨を折って痛みで幻術から逃れる青年期の火影補佐
この辺りまではNARUTO読んでたって人多いんじゃないかな。
・ハチミツ集め
でも昔の習性でハチミツ見付けると飛び掛かってしまう……。
・留美さんと結婚式
留美さん大勝利の世界線。
アイ転的にはかなり古参キャラとなる早苗さんとの恋仲○○でした。
なんか今までの恋仲○○と雰囲気違いますが、コレは最近作者の中でおねショタが熱い影響げふんげふん。
あっ、そっち方面の小説の展開、あるらしいっすよ? 来月ぐらいにツイッターで告知するらしいっすよ?(ステマ)
『どうでもいい小話』
ついに! 久しぶりの! シンデレラのライブじゃーい!
一発目は地元愛知! みんな、感染対策はしっかりとしてから現地で会おう!